富士フイルム「X-T10」+「XF56mmF1.2 R APD」 - APS-C最高峰のボケを味わう
高速な新AFと簡易な操作性でフジノンレンズ群の魅力的な描写を手軽に味わえる、富士フイルムのプレミアムミラーレスカメラ「X-T10」。カメラ本体と標準ズーム、あるいは望遠ズームは手に入れたけれど、次に選ぶ一本は? と考えたとき、真っ先に候補に挙がるのは単焦点レンズだろう。そこで今回は、もっとも気になる単焦点レンズのひとつ「XF56mmF1.2 R APD」の実写レビューをお届けする。
発売からそろそろ1年になる製品ではあるが、そのぶん安心感があり、しかも今なら(2016年1月13日まで)、キャッシュバックキャンペーンの対象。今こそ、再注目したいカメラとレンズなのだ。
○その見た目から、すでに描写を期待してしまう
富士フイルムのXFレンズの中でも、アポダイゼーションフィルター(APDフィルター)搭載というギミックと、1.2という開放F値でひときわ目を引くのが「XF56mmF1.2 R APD」だ。F1.2という開放F値からもわかるとおり、前玉は大口径レンズ。カメラ本体から取り外した状態で絞りを開放にすると、まるで素通しのように大量の光を取り込むさまが見える。
鏡胴やリング類は金属製で高級感があり、「いかにもできそう」な風采。この見た目だけでも、写りを期待せずにいられない。
最大径×長さは、73.2mm×69.7mm。大口径レンズにしてはコンパクトだ。小柄なX-T10に装着してもバランスがいい。重量は405gと、X-T10(331g)よりやや重め。よって、カメラ装着時にはバランスが前方に傾くが、鏡胴を左手で下から支えてやると、むしろ安定感がある。
ピントリングはかなり太めで重めのトルクが特徴的。
MF(マニュアルフォーカス)を積極的に使うよう、ユーザーに語りかけているのだ。というのも、XF56mmF1.2 R APDは、フルタイムマニュアルフォーカスに対応しているから。
詳しくは後述するが、このレンズでは、その特長から絞り開放付近で撮影する機会が必然的に多くなる。当然ながら被写界深度は浅くなり、ピントの芯が狙った位置に決まらないこともあるだろう。しかしそんなときでも、このレンズはAFモードのままピントリングを回して、ギリギリまでピントを「追い込む」ことができる。また、そこから少しずつピント位置をずらして「表現を探っていく」楽しみもあるだろう。
焦点距離は56mm。Xシリーズのレンズ交換式モデルはすべてAPS-Cサイズのセンサーを搭載しているので、フルサイズ判換算の画角は84mm相当だ。
このことから、XF56mmF1.2 R APDは、フィルム時代からポートレートレンズの王道とされてきた「85mm F1.8のレンズ」の立ち位置に近いことがわかる。
「ちょっと待って。なぜF1.2じゃなくてF1.8なの。せめて、F1.4じゃないの?」
そう思いますよね。実は、ここに関係してくるのがAPDフィルターなのだ。
●実写作例は思い切ってポートレートのみ
○ボケに大切なのは「大きさ」だけじゃない
APDフィルターは、鏡胴内に設置されている。これにより、ボケの中心から輪郭までのボケ足が長くなり、階調豊かな美しい背景ボケを描き出すことができる。富士フイルムのサイトにわかりやすい解説(その1、その2)があるので、参考にしてほしい。
ただ、フィルター形状からもわかるとおり、鏡胴内部に「若干しぼった絞りが入る状態」になるため、設計上の絞り値が影響を受ける。
XF56mmF1.2 R APDの絞り環の写真をご覧いただきたい。白字の絞り値(設計値)の下に赤字で数値が書き込まれているのがわかるだろう。実は、これがAPDフィルターの影響を考慮した絞り値。この白字と赤字の数値差が大きいほど、APDフィルターの効果が発揮される。早い話が、もっともAPDフィルターの効果が大きいのは絞り開放での撮影時だ。逆に、F5.6以降では、APDフィルターの効果はほぼない。
先に「このレンズでは、絞り開放付近で撮影する機会が多くなる」と書いた理由はこれだ。
そして、絞り開放値であるF1.2に相当する赤字はF1.7。したがって、フルサイズ判における85mm F1.8のレンズに近い、というのが理屈だ。
とはいえ、それはあくまで被写界深度やボケの大きさの話。APDフィルターによる圧倒的に滑らかなボケ足や、開放から文句なくシャープなピントの芯。立体感と透明感の頂点を目指すかのような繊細さには惚れ惚れする。人によっては、むしろ解像感があり過ぎると思うかもしれない。
○実写作例は思い切ってポートレートのみ
「ちなみに筆者は、Xシリーズはその肌色再現性の高さと滑らかな質感表現能力から、人物が被写体でこそ本領を発揮するカメラだと思っている。Xマウントには、ひときわ美しいボケを生み出すアポダイゼーション・フィルターを採用した「XF56mm F1.2 R APD」があるのも魅力。
こちらも、X-T10とのコンビネーションでぜひ使ってみたいレンズである」
と、以前、X-T10のレビューで書いたとおり、今回の実写作例は思い切ってポートレートのみとした。屋外撮影時の天候は曇天。日常の外出で友達や恋人を撮影することを想定している。
白い肌と艶やかな唇が魅力的なモデルさんなので、多くの写真が頬のハイライトを基準に露出を取っている。ただ、大口径レンズゆえかブラウスが白の場合は階調が飛びやすいので、露出のせめぎ合いが難しい。
最短撮影距離は70cmなので、それなりに寄った撮影も可能。ホワイトバランスを意図的にずらしてみたり、Xシリーズならではのフィルムシミュレーションを選んだりしながらの撮影は非常に楽しかった。
APS-Cで56mmという焦点距離は、街中では若干取り回し難い。
全身を入れようと後ろに下がると、被写体との間に人が入り込んでしまったり……。ただし、街の雑踏やごちゃごちゃした背景をたやすく美しいボケ模様として整理できてしまうのは、たいへん心強い。
背景に玉ボケのある写真を見るとわかるとおり、決して大きなボケが得られるわけではないのだが、ボケ足の長さと階調のなだらかさから、背景をとてもキレイに整理できるのだ。ボケは大きさより美しさ。その選択は十分にアリだ。
それは屋内でも同様。窓から差し込む自然光で、十分に雰囲気ある写真を撮れるのは、F1.2という開放値と高度な光学設計、そしてAPDフィルターの恩恵だ。APDは一見「こだわり」に近い要素と思われがちだが、そのボケの美しさを目のあたりにすると、「ボケがざわつくレンズ」には戻れない。
XF56mmF1.2 R APDは、風景やスナップ撮影にも、十分に効果を発揮すると思う。が、やはりこのレンズは、ポートレートで使うのが一番幸せな気がする。ペットを撮るのもいい。XF56mmF1.2 R APDの表現力が、被写体へのあなたの想いも余すことなく描き出してくれるだろう。
なお、富士フイルムはレンズレンタルサービスを提供している。東京、大阪、福岡のサービスステーションに直接足を運べる人に限られてしまうが、XF56mmF1.2 R APDも含め、魅惑のXレンズを最大7泊8日まで、有償で借りられるのだ。当日返却なら、なんと無料。実売価格で15万円前後(筆者調べ)と、そうそう気軽に買えるレンズではないだけに、自分好みの描写かどうかを確認したうえで悩めるのは嬉しい。
とりあえず購入予定がない人にも、ぜひレンタルをおすすめしたい。XF56mmF1.2 R APDは、Xマウントユーザーなら一度は使ってみる価値のあるレンズである。
機材撮影 : 青木明子