スーツはマッチョが似合うものだからね。あとネクタイって元々男性器が由来って説もあるんだ。これで君も綺麗に締めたくなったでしょう?」とマンスプレイニングされたことがある(私はネクタイをすぐ売った)。
そのようなスーツないしスーツ観、ひいては男性性…それらを再生産するんじゃなく脱構築する方をすればいいのに。合わせるのではなく、あるいは合わないから耐えるのではなく、規範の方を変えればいいのに。社会や美の基準に合わせて目を二重にして褒められるような競争は、もういやだ(afterでメガネを外していないビフォーアフター動画があっただろうか)。
別の例を挙げよう。「#KuToo」で前景化した、職場におけるハイヒールおよびパンプスの強制という問題。
①女性だけに、②健康を損なう物が、③強いられている、という3点の問題性だろうと思う。この問題に際し、「より健康を損なわないパンプス・ハイヒールを」と、各メーカー・事業者が工夫していた。
もちろん餅は餅屋だからそれはそれだが、あくまで弥縫策であり根本的ではないだろう。対応ではあれ、アクションではない。一方、そもそも①〜③の状況がひどい(理不尽であることはもとより、差別である)