2020年3月10日 16:30|ウーマンエキサイト

ママ友に振り回される日々に決別! そして彼とも別れの日が近づく…【わたしの糸をたぐりよせて 第10話】


■思い出の彼との別れ。そして新しい一歩

待ち合わせ場所は、私とイナガキくんが出た高校の最寄り駅。

電車から見る景色は、10数年前とだいぶ変わったようにも感じるが、実際は大きく変わっていなかった。葉桜がしげる橋を渡ったとき、少し胸が締めつけられた。もう、あのころには戻れない。なぜかそんな思いが頭をよぎる。

ホームに降りると、すでにイナガキくんがベンチに座って待っていた。

「待ってたよ、いこっか」

私はうなずき、イナガキくんの半歩後ろを歩き始める。

駅舎を出ると、そのまま学校のほうに向かっていた。

「学校に行くわけじゃないけど、久しぶりに通学路を歩きたくなってね。こんな時間からつき合わせちゃってごめんね」

イナガキくんはそういいながら微笑んだ。どこか、寂しさを含ませながら。

「ううん、大丈夫。それより、話って何?」

そう言うと、イナガキくんは深く息を吐いて私の顔をすっと見つめた。

「僕、日本を離れることになったんだ」

……え? イナガキくん、いなくなっちゃうの?

こうなる予感はしていたのに、いざ言われるとなんて返せばいいのかわからない。

「一年間、フランスを拠点に活動することになったんだ。
詳しいことはまだ話せなんだけどね。仕事の合間にオリジナルのテキスタイルを作れたなぁと思ってね……あれれ、友里ちゃん。そんな顔しないで」

そういわれても、気持ちは追いついていかない。

「せっかく、再会したのにもうお別れなんだなって思ったら、急に……」

私はイナガキくんから視線を逸らしぎゅっとくちびるを噛み締める。これ以上言葉を紡いだら、何かが壊れそうな気がしたから。

「これを逃しちゃいけないんだ……」

優しい口調だけど、強い決意を秘めているように聞こえた。

「そうだよね。私も少しずつ……」

進まなきゃ……と言いたかったけど声にならない。
でも、お互いがいま、それぞれの道を進み始めるときだということは、言葉にしなくてもわかった。

■離れていく彼。私が選んだ夫

「そっかー。そんなことがあったんだ」

私は、歩きながらイナガキくんにこれまでのことを丁寧に話した。就職のこと、結婚や出産のこと、亮の転勤でこちらに戻ってきたときのこと、孤独な育児、幼稚園入園、そして――。

「友里ちゃんはそういう生活のなかで妙に人に気を遣う子になっちゃったんだな。この間は、よく聞きもしないでホントごめん」

「ううん、私もいろいろ気づかされることがあったから別にいいの。それに、私はその場にうまくなじもうとするあまり、自分を出さないようにしていたみたい」

「その通り。
友里ちゃんは“みんなと同じ”を安心するタイプじゃないのに、無理やりそういうキャラになろうとしてるからね。出る杭は打たれるっていうけど、出過ぎた杭は打ちようがないのが僕の持論」

「出過ぎた杭って、もしかして自分のこと言ってる?」

私は真顔で尋ねると、イナガキくんは笑いながら私の髪をわしゃわしゃとなでまわす。

「なにするのー?」

私が体をよじりながら避けようとすると、

「これだよこれ、友里ちゃんのいいところ! 的確なツッコミ! 鋭い切れ味超サイコー!!」

ケタケタ笑うイナガキくんに、私もつられて笑っていた――。



楽しい時間は過ぎ、帰りの電車を待つホームで、ふいに疑問に思ったことを確かめたくなった。

「ところで、聞きにくいことなんだけど、ご両親、最近どうしてるの?」

「一昨年、父親が倒れちゃってさ。あ、たいしたことないんだ、単なるギックリ腰だから。それでちょっと寂しくなっちゃったみたいで……」

「誰かいい人と再婚したの?」

「それがね、なぜか母親に連絡取ったみたいで、いろいろ食事の差し入れとかしてもらってるうちに復縁しようという話になって、今、温泉地にあるマンションでふたりで暮らしてるよ。だからね。
今、夫婦仲が怪しくても、長い目で見れば大丈夫なんじゃないかなって思ってる。それにね」

イナガキくんは言葉を切ると、そっと私の耳に唇を寄せてくる。
私たちはお互い前に進まないといけない
「友里ちゃんが選んだ人なんだ、自信持っていいと思うよ」

そう囁くように言われ、私は妙にどきりとしてしまった。

私はひたいの汗を拭うためにハンカチを取り出そうとして、バッグの中身を盛大にぶちまけてしまった。慌てて拾い集めると、いつの間にかイナガキくんがクロッキー帳を手にしていた。

「あ、それは……」

恥ずかしくて返してほしくて手を伸ばしてもそのたびにイナガキくんは身体を反らして渡してくれない。

「友里ちゃん、何枚か貰うね。ちょっといろいろ参考にさせてほしい」

リングから切り取るとイナガキくんは自分のバッグに入れていた。

その目は、さっきまでと打って変わって真剣なものだった。

電車はあっという間に駅に着き、改札でイナガキくんが振り向きながら

「じゃ、僕はここで」

そういってスタスタと歩き出そうとしたので、私は引き止めるように

「あ、ホテルまで送るよ?」

とついて行こうとした。だけど、

「ダメ……ぶっちゃけ今の僕はキミに何しでかすかわかんないから」

イナガキくんは私に背中を向けて手を振り、タクシーに乗り込んだ。

(イナガキくん……)

唐突に現れたた、少女だった私が大切にしていた青い糸の彼。そして彼はきっとまたいつか多くの人に希望や夢を届ける商品を紡ぎだしてくれるのだろう。



季節は廻り、秋。

年に一度の、おゆうぎ会の季節がやって来た。
しばらく続いた穏やかな日常に、ひっそりと暗い影が忍び寄る。


次回更新は3月17日(火)を予定しています。
イラスト・ぺぷり

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