捧げた曲は69曲…宇崎竜童語る「山口百恵さんとの別れのワイン」
僕と妻と百恵さん。お金を払ったのは百恵さん(笑)。ワインをテイスティングしていましたから、百恵さんも20歳になっていたころでしたね」
百恵さんが引退の決意を表明したのは21歳になってまもなく。この食事は“最後のお礼に”という気持ちがあったのかもしれない。
引退から30年後にも、夫妻と百恵さんは久しぶりに会い食事をともにする機会があった。そのとき宇崎さんは、最初に自分たち夫妻に曲を依頼したのは誰だったのかを百恵さん本人に聞いている。
「『ああ、私が言い出したことです』と百恵さんから直接、聞きました。すごいなと思ったのが、当時17歳ほどの少女がマネージャーにそういうふうに頼んで、マネージャーも“わかった”と聞いて本当に僕たちにオファーしてくれて。
セルフプロデュース能力がやっぱり只者ではないですよね。さだまさし、谷村新司が百恵さんの曲をつくったときは、僕、外されたと思いましたけど(笑)。さださんについては、あれも百恵さんのオファーだったんじゃないかと僕は勝手に思っています。僕と百恵さんが一緒にやっていたラジオがあったんですが、そこで百恵さんが“さださんって面白いですね。『雨やどり』笑っちゃいました”というような話をしていて。