1964年生まれだから、日本流にいうと今年で還暦。でもキング・オブ・ベルカントは健在だ。そのつややかな高音、軽やかな歌には1ミリの衰えも感じられない。さすがだ。アミーナとのぴったり息のあった二重唱にもほれぼれ。
日本人キャストたちも負けていない。とくにロドルフォ伯爵役の妻屋秀和(バス)とリーザ役の伊藤晴(ソプラノ)は、よく練られたクォリティの高い歌唱で重要な役どころを見事に演じ切っていた。第1幕第2場でこの二人が接近するシーンはなかなかの体当たりの演技で、ちょっとどきどきしてしまった。
その充実の歌手陣を率いるのはベルカント・オペラのエキスパート指揮者マウリツィオ・ベニーニ。オーケストラ(東京フィルハーモニー交響楽団)を緩急自在にドライブして、歌手たちを自由に歌わせる。ただし、リハーサルはじつに理詰めで、歌手とともにスコアを丁寧に読み込んでいくタイプだという。いつまでも聴いていたくなるような幸せな音楽。第2幕のクライマックスが近づいてくると、「もう終わりか!」と寂しくなる。演出はバルセロナ出身のバルバラ・リュック。彼女はダンサーを起用して、アミーナが夢遊病を発症する原因であるストレスを描く。