「《エリーゼのために》はベートーヴェンが愛する女性に捧げた曲。自信のない駄作を贈るわけがない。それ以前に書いたピアノ・ソナタ、《熱情》や《テンペスト》のテイストが、つまりベートーヴェンの個性、哲学、意志が凝縮されている。まさに名曲だと思うんですよ」
実によく歌う人だ。比喩でなく、実際に自分の声で。
「ピアニストは鍵盤だけじゃなくて、実際に歌えないとダメだと思うんですよ」
この取材中も、音楽作品に関わる話題のほとんどを歌いながら説明してくれた。その「歌」がとても味がある。きれいな声だとかいうのではない(失礼!)。
それはちょうど、良い指揮者がオーケストラにニュアンスを伝えるために歌って聴かせるような。2年後、ベートーヴェン生誕250年イヤーの2020年に、五大ピアノ・ソナタ(《悲愴》《月光》《テンペスト》《ワルトシュタイン》《熱情》)のコンサートを構想中(今回の《熱情》はその準備の一環でもあるという)。ではピアノ協奏曲全曲弾き振りなんていうのはどうですかと水を向けると、「もちろんやりたいですよ!」と目を輝かせて即答した。それが2020年に実現するかどうかはわからないけれど、弾き振りにとどまらず、この人はいつか絶対にオーケストラを指揮する人だと思うし、指揮すべきだと思う。