ほんの少しだけ入った酒で頬が火照っていて、夕暮れの風が心地よい。もう少し歩いていたい気持ちになって、フラフラと住宅地の奥へ迷い込む。
ふと、目をやると、どこかで見たことのある看板が目に入った。
「ここ・・・・・・なんだっけ?」
少し立ち止まって眺めていたら、記憶の淵から不意に嫌な思い出があふれ出した。そこは、祐二が、元カノと会っていた、例の洋食屋だった。
店の中のカウンターに2人で腰かけている男女の姿が見えた気がして、あわてて夏花は身をひるがえす。
駅まで早足で歩きながら、悔しさが新たに湧き出て来るのを感じた。
あの日、祐二が選んだのは、“彼女”だった。
祐二に、彼女と別れるように迫ったら、何も言わずに彼は出て行った。メールで、たった一言、「もう2度と会わない」と送りつけられたのは、自分のほうだった。
そのあと、何度も連絡したが、着信拒否されていて叶わなかった。会社まで行ったが、受付で断られた。
彼からスッパリ切られたのは、自分のほうだと悟った。人生で初めての屈辱だった。悔しくて、悔しくて、涙も出なかった。あんな男、最初から好きじゃなかったんだ、と自分に言い聞かせることで、なんとか精神を保とうとしてみた。