「カメラ目線でいいですか?」マスク姿のカメラマンに問いかけながら、髪をかき上げたり、腕を組んだり、次々とポーズを繰り出していく小林麻美さん(66)。そのしぐさはごく自然で、30年というブランクを感じさせない。70年代に17歳でデビュー後は、モデルや歌手として、それまでのアイドルとは一線を画した“アンニュイで、いい女”のイメージで独自の存在感を示した小林さん。所属事務所社長との入籍を明かし、結婚・引退会見を行ったのは91年春のこと。以降、きっぱりと芸能界から身を引き、育児に専念していた。それから25年後の復帰も、また衝撃的だった。16年に雑誌『クウネル』の表紙に登場した際は、再び世間とファンを驚かせたものだ。「このコロナ禍で子供は学校にも行けないし、家でじっとしてろというのも無理ですよね。そうそう、私も、あのお母さんみたいに、いつも息子の公園に付き添ってました。この日差しだと、帽子をかぶっても日焼けしちゃうんですよねえ」事務所の大きなテーブルを挟んで“距離”が保たれ、かつ窓が開放されているのを確認した小林さんは、これもごく自然にマスクを外すのだった。話しぶりも実にサバサバとして、これまで知ることのなかった屈託のない人柄が伝わってくる。「本当に25年間は、子育て一筋でしたから……。着ているのも、いつも家では汚れてもいいスエットだったり(笑)。そんな話でよかったら、今日は何でも聞いてください」そう言って、ひたすらに孤独だったという少女時代のことから、あけすけに話し始めた。「家族はもちろんいたんですが、いわゆる団らんを味わうような家庭は、私にはなかった」53年11月29日、東京都大田区に生まれた小林麻美さん。父親は会社経営、母親も美容室を経営しており、何不自由ない環境で育った。「お金には困りませんでしたが、それより、学校から帰ったら母親がオヤツを用意して待ってくれているような普通の家庭、そう、テレビの『サザエさん』のような家庭に憧れていました」180cmの偉丈夫で、大型バイクも乗りこなす趣味人の父は、娘にとって理想の男性像でもあったが、自宅のほかに別宅を持ち、愛人がいることもわかっていた。「母はよく泣いていたかな。父と諍いがあると、母が荷物をまとめ始めたり。幼かった私は、『ママが家出しちゃう』と不安でなりませんでした」中学に上がるころ、家庭での孤独を紛らわすかのように、遊び歩く日々が始まる。「週末には映画だったり、グループサウンズを見たくて銀座の日劇ウエスタンカーニバルだったり。中1からハーフのボーイフレンドもいましたし、そのうち、横浜の米軍の本牧ベースにも行くようになってました。ライブを見ようと銀座をうろついていると必ず補導されて、やがて大田区の青少年保護センターで面接指導を受けるようにも」あるとき、父親の埼玉にあった別宅に、米軍キャンプで知り合ったボーイフレンドを連れて行き、夜通し遊んでいた。そこへ突如父が帰宅して、小林さんは仲間の前で両頬にビンタを食らう。「父の別宅を出て乗り込んだ京浜東北線の中で、ふと思うんです。“もう、やめよう”と。こんな親のために、不良と呼ばれて人生を棒に振るなんて冗談じゃない、そう思いました。あのとき、もし、逆ギレして自暴自棄になっていたら、私は取り返しのつかないところに行っていたと思うんです。“少女A”は、その夜で卒業しました」以降、芸能デビュー、電撃結婚を経て、子育てもひと段落したかつての“少女A”は、今は母のおおらかさを感じさせる顔でほほ笑む。小林さんは、今後は自分のキャリアを生かせる仕事を自然体でこなしていきたいと、抱負を語った。「いまは、3歩進んで2歩下がって、またちょっと横になって、1歩前へ、という感じかな。最初の一歩を踏み出すのは勇気がいりました。でも、全力を注いだ子育ての時間があったからこそ、すっぱり気持ちを切り替えて、もう一度、何かお仕事をしてみようかなと思えたんです」「女性自身」2020年7月7日号 掲載
2020年06月29日「カメラ目線でいいですか?」マスク姿のカメラマンに問いかけながら、髪をかき上げたり、腕を組んだり、次々とポーズを繰り出していく小林麻美さん(66)。そのしぐさはごく自然で、30年というブランクを感じさせない。70年代に17歳でデビュー。モデルや歌手として、それまでのアイドルとは一線を画した“アンニュイで、いい女”のイメージで独自の存在感を示した小林さん。所属事務所社長との入籍を明かし、結婚・引退会見を行ったのは91年春のこと。以降、きっぱりと芸能界から身を引き、育児に専念していた。それから25年後の復帰も、また衝撃的だった。16年に雑誌『クウネル』の表紙に登場した際は、再び世間とファンを驚かせたものだ。「本当に25年間は、子育て一筋でしたから……。着ているのも、いつも家では汚れてもいいスエットだったり(笑)。今日は何でも聞いてください」初めて所属した芸能事務所でアイドルデビューしたものの、「なりきれなかった」と語る小林さんは、事務所を辞めた後、元ザ・スパイダースのメンバーで、芸能事務所を立ち上げていた田邊昭知さん(81)と出会う。彼は、初対面で小林さんのファッションの違和感について、率直に口にしたという。「背伸びしてたというか、その日はイヴ・サンローランのコートに、頭にはリボンという赤面するような格好で(笑)。それを指摘されて、すんなり聞いている自分がいて。あっ、この人についていこう、と思いました。振り返ると、運命的な出会いだったかもしれません」そのまま、田辺エージェンシーと契約。彼は、出会いの当初から、小林さんに真剣に言い続けた。「若さは、あっと言う間になくなってしまう。でも、人間としての魅力は60代、80代になってもなくならない。だから、どんどん自分を磨きなさい」その延長で、日本のモデル業界の草分けである岩崎アキ子さんのナウファッションエージェンシー(現N・F・B)で、モデルとして1年間の武者修行へ。ここで、コンプレックスだった背の高さが武器に変わる。日本は、バブル景気の真っただ中。ユーミンのプロデュースでアルバムも出したし、ファッション誌の企画で、パリではあの名店「ロブション」を貸し切ったりも。しかし、そんな華やかな活動の陰で、小林さんは、かつてないほどの孤独の中にいた。「主人との交際が始まったのが、出会って半年のころ。もちろん事務所社長との交際など芸能界のご法度ですから、誰にも言えません。私自身は、結婚したかったのですが、15歳年上の彼に自分から言い出すことは、どうしてもできませんでした。健気だったなぁと思います」行き詰まる彼との関係。寂しさを紛らわし、忘れさせるのは酒であり睡眠薬だった。そんな生活を十数年も送った末のことだった。「フッと力が抜けたというか。子供を持たない人生もあるな、と思ったんです。そしたら不思議なもので、半年後に妊娠がわかって」これがきっかけとなって、田邊さんも結婚を真剣に考えるようになり、91年春の夫婦そろっての「電撃会見」となる。《小林麻美17年間の秘愛実らせ極秘出産!正式入籍!》当時の本誌記事の見出しにあるとおり、会見では長男の泰三さん(29)の出産も明かされた。のちに“芸能界のドン”とも呼ばれる実力者と生活感を最も感じさせない女性タレントとの結婚は、文字どおり、世間の度肝を抜いた。「結婚を機に引退といっても、私は山口百恵さんのようなスーパースターじゃないですから、そんな大それたことじゃないんです。ただ、ご迷惑をかけた人も多かったのと、これからは一心に子供を育てていくという決意表明で、自分の中でのみそぎというか、落とし前でした」あれから25年。今後は、自分のキャリアを生かせる仕事を自然体でこなしていきたいと、抱負を語る。「いまは、3歩進んで2歩下がって、またちょっと横になって、1歩前へ、という感じかな。好奇心と向上心さえあれば、人間、60歳になっても80歳になっても、魅力的でいられるはずですから」最後に、20歳のときに夫から贈られ、ずっと大切にしてきたという言葉を、大きくうなずきながら口にした――。「女性自身」2020年7月7日号 掲載
2020年06月29日「カメラ目線でいいですか?」マスク姿のカメラマンに問いかけながら、髪をかき上げたり、腕を組んだり、次々とポーズを繰り出していく小林麻美さん(66)。そのしぐさはごく自然で、30年というブランクを感じさせない。70年代に17歳でデビュー。モデルや歌手として、それまでのアイドルとは一線を画した“アンニュイで、いい女”のイメージで独自の存在感を示した小林さん。所属事務所社長との入籍を明かし、結婚・引退会見を行ったのは91年春のこと。以降、きっぱりと芸能界から身を引き、育児に専念していた。それから25年後の復帰も、また衝撃的だった。16年に雑誌『クウネル』の表紙に登場した際は、再び世間とファンを驚かせたものだ。「本当に25年間は、子育て一筋でしたから……。着ているのも、いつも家では汚れてもいいスウェットだったり(笑)。今日は何でも聞いてください」《小林麻美17年間の秘愛実らせ極秘出産!正式入籍!》のちに“芸能界のドン”とも呼ばれる実力者・田邊昭知さん(81)と生活感を最も感じさせない女性タレントとの結婚は、文字どおり、世間の度肝を抜いた。子育て時代のエピソードを聞きたいという問いかけに、小林さんは本当にうれしそうに語り始めた。「私、お受験の苦しさは、めっちゃ、わかってます。息子は小中高と成城学園に通いまして、幼稚園から取り組みました。園が終わると、受験塾にも通いました。受験には父親も同意見で、面接の模試なども夫婦で行きましたよ。2人とも、お受験用のまじめーな格好して(笑)。そうやって、家族一丸で乗り越えました」孟母三遷の格言のとおり、わが子の通学の便を最優先に、小学校の近くに引っ越しもしたという。「入学後は、父母会の役員も買って出て、『母の会』の会報作りや運動会の世話係もやりました。芸能界やスポーツ関係など有名人の親御さんも多い学校でしたが、私はあえて一線を画して行動していました。主人も父親として、本当にかわいがりましたね。遊園地のヒーローショーやディズニーランドにも一緒に行きました。子供が相手ですから、計画どおりにいかない生活というのを、主人は人生で初めて体験したのでは」ファッションリーダーだったはずが、おしゃれもすっかり頭の中から消えていたと振り返る。「洋服も買わないというか、着ていくとこもなかったし(笑)。ブランドのバッグも、それこそ二十数年間、買ってません。とにかく、やれお弁当だ、やれ模試だで、1日の大半が終わってました。楽しみは、たまに放課後に、子供とママ友とスーパーのサミットの上で食べるラーメン!」その後、泰三さんは慶應義塾大学を卒業し、大手広告代理店に就職。その初任給で食事にも招待してくれた。「初出勤する息子の後ろ姿を見ながら、親として一つ大きな役目を終えたんだなぁ、なんて幸福な二十数年間だったんだろうと感慨に浸る自分がいて。で、ふと思うんです。はて、私はこれからどこに向かうんだろう、って」今後は、自分のキャリアを生かせる仕事を自然体でこなしていきたいと、抱負を語る。「いまは、3歩進んで2歩下がって、またちょっと横になって、1歩前へ、という感じかな。主人に相談ですか?いえ、してません。すれば、きっといい顔はしないんで、ちょっとずつ既成事実を積み重ねてます(笑)。自立した息子とも、つい先日、彼が拾ってきたネコを一緒に動物病院に連れていったとき、久しぶりに母子水入らずの半日を過ごすことができました。あのネコちゃんがくれた、思いがけず幸福な時間でした。いま、コロナ禍で家にいて、考える時間が十分にあるでしょう。つくづく思うんです。ああ、私は、主人にも、息子にも、いつも守られてきたんだなぁ、と」その安心感があるから、また新たなステージへと踏み出せる。「そうですよね。好奇心と向上心さえあれば、人間、60歳になっても80歳になっても、魅力的でいられるはずですから」最後に、20歳のときに夫から贈られ、ずっと大切にしてきたという言葉を、大きくうなずきながら口にした――。「女性自身」2020年7月7日号 掲載
2020年06月29日元フリーアナウンサーの小林麻耶(40)が6月24日に、占いサイト『小林麻耶の幸せ数秘』を開設した。“数秘”とは古代ギリシャの数学者・哲学者のピタゴラスに由来し、生年月日などから人生を読み解く占いだという。「友人に数秘を見てもらったのがきっかけ」という小林は、数秘の資格を取得したこともサイト内の動画で明かした。また数秘と出会ったことで、「今まで自覚していなかった『本当の自分』を知り、心が楽になりました」という。「シンプルでわかりやすい!幸せになれる数秘をたくさんの人に知っていただきたいです」と勧めている。09年3月にTBSを退社し、その後フリーになった小林。しかし16年に、過労による体調不良で1年ほど休業した。18年7月には一般男性と結婚。一時は引退を報じられたこともあったが、19年には舞台『罪のない嘘』に抜擢されるなど幅広く活躍している。いっぽう占いに関しては、17年に数秘用のインスタグラムも開設していた。ブログでもフォロワーからの依頼に快く応じ、相性診断など行っている。時には芸能人も占うこともあり、今月不倫が発覚したアンジャッシュ・渡部建(47)についても“予言”していたという。「小林さんが占いにハマったのは、休業中だといいます。ご主人と結婚したのも、『数秘のおかげかも』と語っていました。17年にバラエティ番組で、当時新婚だった渡部さんと佐々木希(32)さんの相性も占っていました。渡部さんについては、『とてもモテる』や『夜の営みも大好き』と指摘。昨年もブログ内で渡部さんを、『安心感とトキメキ両方を求める』と診断していました。そういったエピソードもあり、小林さんの占いに注目度が上がっています。ご主人もブログで占いを受け付けているので、今後夫婦で占い師として活躍するかもしれません」(メディア関係者)多様なキャリアを築いてきた小林の新たなチャレンジに、エールが寄せられている。《おめでとうございます。一人でも多くの人が見て、幸せになりますように》《楽しみです!応援しています。頑張って下さい》《おめでとうございます麻耶ちゃん色んな分野に挑戦して凄いですね才能満載です。これからも楽しみです》
2020年06月24日歌舞伎俳優の市川海老蔵(いちかわ・えびぞう)さんが、2020年5月25日にブログを更新。2017年6月に乳がんで亡くなった妻・小林麻央さんが夢に出てきたことを報告し、多くの反響が寄せられています。市川海老蔵、妻と「いつもよりかは話せた」市川海老蔵さんは「最近、夢が鮮明です」との書き出しで、小林麻央さんが夢に現れたことを報告。「いつもよりは話せた」と語り、多くの人の涙を誘いました。今日は麻央が生きていました。闘病中の夢、この夢はよく見る。そして悲しい気持ちで目が覚める。いつもは夢の中では微笑んでいて会話はなしです。でも今日の夢は病院からの移動で谷を越えていかなくてはならず、手を繋ぎ抱っこして渡っていつもよりか話せたかなー?と夢のなかですが笑よかった。話せたから市川海老蔵オフィシャルブログ ーより引用市川海老蔵さんは最後に「今日も多くの方々が幸せで愛を感じ、楽しめる最高の1日でありますように」と記し、ブログを締めくくっています。ブログを見たファンからは「よかったですね」「朝から優しい気持ちになりました」といったあたたかなコメントが殺到。市川海老蔵さんのメッセージに感銘を受けた様子の声も多く寄せられました。・切なすぎて思わず泣いてしまいました。でも、麻央さんと話すことができてよかったですね。・一度きりの人生、自分らしく大切に過ごしていきたいですね。・私まで嬉しい。幸せな気持ちになりました。ありがとうございます。今でも市川海老蔵さんの心には、小林麻央さんとの思い出が深く残っているようです。悲しく、さみしい気持ちになってしまうこともあると思いますが、これからも子供たちとともに前に進んでいってほしいですね。小林麻央のブログ『KOKORO.』から闘病生活を振り返る姉・小林麻耶が語った想いとは[文・構成/grape編集部]
2020年05月27日元フリーアナウンサーの小林麻耶(こばやし・まや)さんが、2020年5月22日に自身のブログを更新。2017年6月に乳がんで亡くなった妹・小林麻央(こばやし・まお)さんの月命日を報告し、素敵な家族写真を公開しています。小林麻央のブログ『KOKORO.』から闘病生活を振り返る姉・小林麻耶が語った想いとは小林麻耶、「愛する人を大切にしよう」と呼びかけこの日、小林麻耶さんは「こんな写真を見つけたのでブログにアップ」とつづり、自身と母、愛犬、そして小林麻央さんと写った家族写真を公開。続けて、「愛する人を大切にしよう」と読者に呼びかけています。愛する人を大切にしよう。今、自分の目の前にいて触れられて、笑いあえて会話ができることは奇跡。小林麻耶オフィシャルブログーより引用 この投稿をInstagramで見る 【小林麻耶】 MAYA KOBAYASHI(@maya712star9)がシェアした投稿 - 2020年 5月月22日午前3時18分PDT大切な人が突然、いなくなってしまう悲しみを体験した小林麻耶さんだからこそ、説得力がある言葉ですね。最後に「ありがとうを心から感じられる22日です」と語り、自身にとって妹は「今でもかけがえのない存在である」ということを改めてつづっていました。小林麻耶さんのブログを見たファンは「いい写真!」「笑顔が素敵」と親子のスリーショットを絶賛。このほか、小林麻耶さんのメッセージに共感するコメントも寄せられています。・麻耶さん姉妹とお母さまのきれいな笑顔に癒されました。・メッセージ、本当にそう思います。今のこの瞬間に感謝する気持ちを大切にします!・素敵な写真をありがとうございます。3人の心のきれいさが伝わってくるようです。今を普通に生きていられることが「奇跡である」ということを教えてくれた小林麻耶さん。一日一日を大切に過ごしていきたいですね。[文・構成/grape編集部]
2020年05月25日フリーアナウンサーの小林麻耶が、自身のブログとインスタグラムで、2017年6月に乳がんで亡くなった妹・麻央さんの子供時代の写真を公開した。麻耶は、11日に放送されたフジテレビ系バラエティ特番『愛情!マザーSHOW』に母親とともに出演。麻央さんと3人で食事をしたという思い出のレストランで、母と娘の本音トークを展開した。放送当日の11日に更新したブログでは、「番組ご覧いただき、ありがとうございます感想すごく嬉しかったです。ありがとうございます!」と感謝。「ランチ中、思い出話にも花が咲きました。麻央ちゃん、一輪車乗るのが上手だったんです」と、一輪車に乗っている子供の頃の麻央さんの写真を公開し、翌日に「昨日の写真は麻央ちゃんが7歳~8歳の時のです!」と補足した。12日にインスタグラムでも同じ写真を公開し、「ランチ中、思い出話にも花が咲きました麻央ちゃん一輪車上手だったよね~と母と盛り上がりました(2枚の写真)麻央ちゃん、7歳~8歳」とつづった。麻耶の投稿に、「涙涙で観ました」「番組見ましたよ~、涙がとまりませんでした。ほんと素晴らしいご家族です!」「ママもまやちゃんも前を向いて生きているなと感動しました。ありがとうございました」「とても感動しました素敵なご家族ですね」「ほんとうに素敵な姉妹です」などと番組の感想が続々。また、「麻央ちゃん。子供の頃から既に美人さん」「麻央ちゃん小さい時から可愛い」「この写真は、麗禾ちゃんみたいだなー」「麻央ちゃんの一輪車姿 かわいいですね」「この写真、笑ったお顔がかん君にそっくりですね」「麻央ちゃんの一輪車姿、可愛いですね。小さい頃から美人さんです」「麻央ちゃん。子供の頃から既に美人さん」と、麻央さんの子供時代の写真についても多くのコメントが寄せられている。
2020年04月13日作家の林真理子さん(66)は、本誌連載『血流講座』でおなじみの順天堂大学医学部教授の小林弘幸先生(59)と10年来の友人。そんな2人の対談では、新型コロナウイルス対策から、さまざまなダイエット法を試してきた林さんの悩みに、先生が適切な答えをーー。小林「作家としてお忙しい林さんですが、体調管理はどうされていますか」林「実は先生に教えていただいた食物繊維と乳酸菌を毎日取ることを続けてみたら、お肌の調子がよくなり、髪にもハリが。あとお通じも順調になったんです」小林「腸が健康になって、しっかり働いているようですね。体の隅々まで栄養が行き届いている証拠ですよ」林「ただ最近は、新型コロナウイルスの影響で、楽しみにしていた歌舞伎、オペラが中止で、大相撲は無観客に。私の講演会やイベントも全部、延期。講演で食べているわけではありませんが減収にはなるし、買い物ひとつでも、心ざわつくことが多くて……」小林「とにかく今の時期は正しい情報を知って、それを守ることが求められています。換気が悪くて狭い閉鎖空間で、大人数で集まらないこと。密閉、密集、密接の『3密』を避けることを徹底するのが大事ですね」林「コロナ対策もさることながら、小林先生に、相談があるんです。実は昨年から会食が重なり、暴飲暴食を続けていたら、女性としてどうかというレベルまで体重が増加。それから食事を我慢するなどすごく頑張ったのに毎日200グラムずつ増えていくので、体重を量るのをやめてしまいました。体重計が怖くて……」小林「食事に加えて、痩せ体質を作るには体を動かすことも重要ですが、林さんはどんな運動をされていますか?」林「週2回ジムに通って軽い筋トレやストレッチを中心にしていました」小林「今はジムにも行きづらいと思いますが、家でもいいので運動を続けることは大事です。林さんは仕事上、座りっぱなしが多いと思いますが、長時間座っている人ほどがん、糖尿病や心筋梗塞などのリスクが高くなることがわかっています。仕事の合間にウオーキングするのもオススメですよ」林「スーパーの帰りに遠回りしたり、用もないのに隣町まで歩いたりしています」小林「ウオーキングが流行していますが、正しい歩き方をしないでただ漫然と歩いているだけではあまり効果は期待できません。たとえば僕は、胸を張って腕を後ろにしっかり振り切ることを意識しています。腕を振ることで大股になるし、そうすることで、腸を支えている腸腰筋が動きます。腸の働きを促すだけでなく、美しい姿勢を維持できる。あと、階段の上り下りをするのが効果的な運動です」林「私も階段は意識して使うようにしています。地下鉄に乗るときもエスカレーターを使わずに階段を上り下りしていますが『おばちゃん頑張っている』と冷ややかな目で見られたら嫌だなと。考えすぎかもしれませんけど」小林「階段は無料のジムです。階段を見つけたらラッキーだと思うようにしてください」林「さっそくやってみます。とにかく今は免疫力を上げるのが大事ですからね」小林「林さんの近刊『綴る女』(中央公論社新社)を読ませてもらいましたが、宮尾登美子さんの波瀾万丈の人生に心躍らされたし、彼女の生きざまに感動しました。そのように心揺さぶられる感情によって、幸せホルモンといわれるセロトニンやドーパミンが分泌され、免疫力も上がると考えられています。今、自粛ムードが広まっている中、家で私の『グーパー体操』(『寝たきりでもできる!死ぬまでボケない小林式グーパー体操』〈光文社〉小林弘幸著)をするのもいいですが、読書もいいことだとあらためて思いました」林「家にこもってスマホをいじっていると鬱々した気分になりますからね。とくにSNSの情報にはデタラメが多くて……」小林「この新型コロナウイルスの流行もいずれ終息します。どんよりした気分で過ごすよりも少しでも、心を豊かにさせて、前向きに生きることが大事です」林「終息後には、テレワークが発達したり、働き方が改善されたりとさまざまな変化が起こるでしょうね。家族の触れ合いの大切さが見直されたりするのもいいことだと思います。先生とお会いしたら、元気な気分になれました」小林「こちらこそありがとうございました」「女性自身」2020年4月21日号 掲載
2020年04月10日三代目 J SOUL BROTHERSのパフォーマーである小林直己さん。今、役者としても世界から注目を集めている。退路を断つ覚悟で必死に語学に取り組んだ3年間。11月15日から配信されているNetflixオリジナル映画『アースクエイク バード』で、ハリウッドデビューを果たした小林直己さん。劇中ではルーシー(アリシア・ヴィキャンデル)とリリー(ライリー・キーオ)という2人の外国人女性を翻弄する男・禎司を、ミステリアスに、そして大人の色気たっぷりに演じている。――この作品への出演は、どのような経緯で決まったのでしょう?小林:僕はダンスと並行して10年ほど前から芝居もやっているんですが、3年ぐらい前に、演技でしか伝えられないことがあると改めて思い、芝居に本腰を入れようと、アクティングと英語のトレーニングを始めたんです。海外でも役者の活動ができるように、その窓口になってくれるマネジメントやエージェントとも組織づくりを始めて。そんな中でこの作品と出合い、オーディションを受けました。――舞台は日本ですが、セリフはほぼ英語です。昨年のアンアンのインタビューの時に英語の勉強をされていると伺いましたが、ここまで流暢とは正直驚きました。小林:トレーニングを始める前までは、アメリカのマクドナルドで「Dr Pepper」が通じないレベルでしたから(笑)。でも、役者としての可能性を広げるために英語は必要だと思ったし、その頃30歳を過ぎたあたりだったので、「今を逃すと、もう二度とやらないだろう」という気がしていて。それに当時はグループのみんながソロ活動で忙しくしている中、僕だけ個人の仕事が本当になかったんです。自分はメンバーの隣に立っていていいのか…。そう考えた時、英語をメインにしゃべっているメンバーがその時いなかったから、習得すれば自分の武器になるかもしれない、と。でも、やるなら世界一を目指すぐらいまで突き詰めるのが、EXILE TRIBEのやり方。それを途中で投げ出したら、ここを辞めるのも同然。そんな覚悟で始めたんです。あれから3年ほど経ちましたが、この作品で10 月にロンドン映画祭に参加した時は、通訳なしで20社ぐらいのインタビューに答えました。多国籍な意見が交わる現場。それはもう刺激的な体験!――今作では語学もさることながら、禎司の揺らぎのある表情など、その演技にも引き込まれました。小林:禎司は、自分なりの価値観を持っていて、どちらかというと器用なタイプではない。脚本を読んだ時から、そんなところが僕自身とリンクすると感じていたんです。監督(ウォッシュ・ウエストモアランド)とは、撮影に入る前からLAで食事やミーティングを重ねて、禎司というキャラクターについてお互い意見を出し合い、作り上げていきました。撮影現場でもその自由度は変わらず、多国籍のクルーやキャストとアイデアを持ち寄って、一つの作品を作る作業は、それはもう刺激的でしたね。――劇中には大胆なベッドシーンもありましたが、そのあたりの躊躇はなかったのでしょうか?小林:作品にとって必要であればやるので、そこはとくに意識はしていませんでした。それより、グローバルな作品の中で裸を見せるとなった時に、尊厳としてどうなのかっていう観点で考えられたことや、その選択を自分の意思でしたこと、そしてそれが作品にとってプラスに出たらいいな、というような思考で捉えられたことは、今後の活動にいい形で影響していくのでは、と思います。――製作総指揮は、映画『ブラック・レイン』などで知られるリドリー・スコット監督ですが、直接嬉しい言葉をかけられたとか。小林:映画の撮影が終わってから一度LAでお会いして、この間のロンドン映画祭で久しぶりに再会したのですが、その時に、「君には映画にとって必要な存在感があるから、これからも絶対に続けたほうがいい」と言ってくださって。もともと彼の作品のファンでしたし、世界的な巨匠にそんな言葉をかけていただけるなんて、とても光栄で。ここからがスタートだなっていう思いが強くなりました。ここ最近の芝居の経験を、グループにも還元したい。――小林さんといえば、映画『HiGH&LOW』シリーズの不死身のアクションも圧巻でした。ハリウッドのアクション作品に挑戦したいという気持ちは…?小林:やってみたいです。マーベル映画に、『ジョン・ウィック』『ミッション:インポッシブル』も!でも、海外のマネジメントと仕事をして改めて感じるのは、一人では何もできないんだ、ということ。何をするにもチームで力を合わせることが大事。そういうところは、EXILEや三代目での経験がすごく役立っていると思います。――今、劇場では、小林さんが主演されている「海風」を含む5編の短編映画集『その瞬間、僕は泣きたくなった-CINEMA FIGHTERS project-』も公開中です。小林:「CINEMA FIGHTERS project」自体が面白い試みで、作詞家の小竹正人さんの詞に、それぞれの監督がインスパイアされてオリジナルの脚本ができるという。僕が出演している「海風」は、行定勲さんが監督で、詞の世界観から横浜が舞台になったんですが、「直己が演じるなら、ヤクザか刑事だろう」と。――その二択なんですね(笑)。小林:結果、ヤクザになりました(笑)。この作品でも撮影前に監督と食事に行って、僕が演じる蓮という男について思うところをお伝えしたり、今回あてがきもしてくださるとのことだったので、僕のバックグラウンドをお話ししたりもしました。それに僕のアイデアを脚本に反映していただくなど、“一緒に作った”感覚の強い作品ですね。――小林さんの言葉から、お芝居への充実ぶりが窺えるのですが、その経験は三代目の活動にもフィードバックされそうですか?小林:そうですね。ここ何作かを経て、アーティスト活動に対する向き合い方も、全く変わったので。僕たちの姿は、オーディションの頃から見てくださっている方もいると思いますが、それぞれに夢を持ち、成長をして、そしてまた一つに交わって。七角形が、さらに多角形になるほど三代目自体が大きくなりますし、それはとてもポジティブな変化だと思っているんです。今後、年齢を重ねていく中で、「大人として、共に歩んでいけたらいいよね」みたいな話を、最近メンバーとよくしています。こばやし・なおき1984年11月10日生まれ、千葉県出身。EXILE、三代目J SOUL BROTHERSのパフォーマー、俳優。舞台『熱海殺人事件 40years’ NEW』(‘13)、映画『たたら侍』(‘17)、『HiGH&LOW』シリーズ(’17~)などに出演。Netflix映画『アースクエイク バード』が配信中。日本のみならず、アメリカでも俳優として活動の場を広げている。ジャケット¥78,000パンツ¥38,000(共にCOMOLI/ワグ インク TEL:03・5791・1501)その他はスタイリスト私物※『anan』2019年12月11日号より。写真・加藤純平スタイリスト・渡辺康裕(W)ヘア&メイク・RYOインタビュー、文・保手濱奈美(by anan編集部)
2019年12月09日梅雨晴れとなった7月上旬の昼下がり。都内の住宅街を談笑しながら歩く夫婦がいた。小林麻耶(40)と夫の國光吟氏(36)だ。サングラスにハーフパンツ姿など初夏らしいラフな服装に身を包んだ2人は、そろって同じマンションに入っていく。そこは、麻耶が独身時代から実母と同居している実家。夫は新居での生活ではなく、妻の実家で暮らす“マスオさん同居”を始めていたのだ。2年前の6月22日、妹の小林麻央さん(享年34)を乳がんで亡くした麻耶。その後、18年7月に4歳年下の國光氏と交際0日での電撃結婚を発表。翌8月には芸能界引退が報じられ、立て続けの急展開にファンの間で衝撃が走った。しかし、麻耶は今年5月末に突如として芸能界復帰を宣言。約9カ月間の“充電期間”を経て、生島ヒロシ(68)が代表を務める生島企画室への所属を発表した。夫の國光氏も芸名を「あきら。」とし、麻耶とともに同事務所に所属。公私ともに二人三脚で活動していくこととなった。喪失から、徐々に立ち直っているように見える麻耶。だが、今年2月18日のブログでは《悲しみは全く消えていません。乗り越えられていません》と、いまだ悲痛な気持ちを抱えていると打ち明けていた。失った妹は、二度と帰ってはこない――。そんな癒えることのない悲しみに襲われながらも、麻耶が再出発を決意できた陰には“献身年下夫の支え”があった。「つねに“妻ファースト”な國光さんのおかげで、麻耶さんの心はだんだん回復していきました。けれど、彼女には悩みがありました。それは、麻耶さんのお母さんのことです。2人はずっと、麻央さんが大変だったときからつねに助け合って暮らしていました。しかし結婚して家を出ると、お母さんは1人になります。仕事復帰すると、さらに親子の時間は減ってしまうでしょう。麻耶さんはそれを不安に思っていました。そんなとき、國光さんは麻耶さんの実家でお義母さんと3人で暮らすことを提案したんです。そんな國光さんの選択があったからこそ、麻耶さんも少しずつ前を向いて歩き始めることができたのです」(芸能関係者)2人きりの結婚生活よりも、麻耶と義母が安心できる環境を優先した國光氏。その決意の姿を、本誌は目撃している。7月下旬。前出のマンションから麻耶が出てきた。外は肌寒く、雨が降っている。そんな彼女の横には、やはり國光氏がしっかりとついていた。車道側を歩く國光氏は、優しい表情で麻耶と会話している。マスオさん生活の負担を感じさせない夫に、隣を歩く彼女は満面の笑みを見せていた――。
2019年07月25日フリーアナウンサーでタレントの小林麻耶さん(39)が生島ヒロシ企画室に所属し、芸能活動を再開するとブログで公表しました。麻耶さんといえば妹・麻央さんの死去に始まり休業や引退、そして結婚に芸能界への突然の復帰と目まぐるしくいろんなことがありました。その時々で応援する声や批判の声があるわけですが、今回の復帰に際しても「結局注目されたい欲が止められなかったんだ」といった声も多数集まっています。仮に注目されたい欲からくる復帰だとしても「それは天性のタレント性なので良いんじゃないかな」とは思うのですが……。ま~やはいったい、どこへ向かっていくのでしょう。■スピ全開のま~や!あなたは一体ナニモノなの?麻耶さんといえば、実は結婚をしたころを境に「スピリチュアルキャラ」のアピールが増え始めています。たとえばパワースポットとして名高いイビザ島でヨガを体験したり、明治神宮内での不思議な光を投稿したりしています。そして今回の復帰に際しても「事務所に所属し仕事をしたいと思いながらお茶をしていた時、偶然目の前を通られたのが生島ヒロシさんでした」とまるでシンクロニシティ(導かれたような意味のある偶然の一致)を示唆するような投稿が……。最近の彼女のブログをみると、ほぼ毎日「◯月◯日生まれの人」といった誕生日占い的なメッセージが書かれています。筆者も個人的にはスピリチュアルや神社が好きなタイプではあります。ただ彼女のスピリチュアル好きアピールには、なぜかモヤモヤしてしまう人もいるようです。その正体はおそらく“スピリチュアルが好き”という片鱗は出しつつも、何をどう伝えたいのかが全然分からないからなのだろうなと思ったりします。アナウンサーなのかタレントなのか謎であり、一般人に戻りたいといった次の瞬間にはやはり芸能界復帰。夫は一般人だからと公表を差し控えたと思ったら、気づいたら顔出してテレビ共演。繊細で揺れ動きやすいタイプなだけかもしれませんが、注目される存在としてはスキが多く、今回の復帰もまた批判にさらされるだけなのでは……と思えてならないのです。■アナウンサー?タレント?夫婦売り?小林麻耶の目指す道麻耶さんはもともとTBSのアナウンサーでした。実力は折り紙付きですし、タレント性もある。とはいえ、今回の復帰後は一体何をしたいのでしょう。アナウンサー?タレント?夫婦タレント?はたまたライフスタイルプロデューサー的な存在になりたいのか。そこがまず見えてこないと批判を浴びる“ぶりっ子キャラ”は払拭できず、また心ない言葉に傷つくような気がしてなりません。とはいえ今度は旦那様が守ってくれるのかなあ……それならそれで良いのかも。今回の芸能界復帰が、彼女の人生にプラスになるのか否か。それはまだ分かりませんが、いつかスピリチュアルタレントになる日もあるのか?迷走するま~やの今後が、まだまだ楽しみでなりません。(文・イラスト:おおしまりえ)
2019年06月12日昨年8月に引退を発表した小林麻耶アナ(39)が5月31日にブログを更新。芸能活動を再開すると宣言した。小林アナは昨年7月に4歳年下男性との結婚を発表。所属事務所とのマネジメント契約終了報告とともに、芸能界引退が報じられた。しかし先月30日放送の「直撃!シンソウ坂上」(フジテレビ系)では引退の真相について「心身の状態が悪くなって事務所は辞めたものの、引退するつもりはなかった」と明かしていた。ブログでは、事務所後に引退報道が流れたものの「体調が悪かったので引退でも仕方ないかなと思っていました」と改めて説明。そのうえで「体調が良くなった今、仕事をしていきたいと思います」と復帰を宣言した。「引退宣言後も小林アナはSNSを継続。一般人としか紹介していなかった、夫で整体師の國光吟さん(35)との2ショット写真を公開するなど何かと話題になっていました。先月30日の番組にも夫と一緒に出演し、反応も上々でした」(芸能記者)さらに2日放送のAbemaTV「7.2新しい別の窓」では、國光さんとの結婚式の模様を放送するという。「大学在学中から女子大生タレントとして活動。TBSを経てフリーに転身など、すでに人生の半分ほどは一般人とはかけ離れた華やかな世界で生きてきました。体調が戻った今、やはり芸能界こそが彼女の居場所だと考えたのでしょう。今後は夫とともに、“夫婦セット売り”がさらに増えそうです」(前出・芸能記者)
2019年06月01日今月の人。Illustration:Hidemi Ito作家・マンガ家小林エリカさん1978年、東京都生まれ。2014年、長編小説『マダム・キュリーと朝食を』(集英社刊)で第27回三島由紀夫賞候補、第151回芥川龍之介賞候補。その他の著書に、アンネ・フランクと実父の日記をモチーフにしたノンフィクション『親愛なるキティーたちへ』(リトルモア刊)、作品集『忘れられないの』(青土社刊)、“放射能”の歴史をめぐるコミック『光の子ども1、2』(リトルモア刊)、短編小説集『彼女は鏡の中を覗きこむ』(集英社刊)など。主な展覧会は個展に『野鳥の森1F』(2019、Yutaka Kikutake Gallery、東京)、グループ展に『更級日記考—女性たちの、想像の部屋』(2019年4月6日~7月15日、市原湖畔美術館、千葉)、『六本木クロッシング2016展:僕の身体、あなたの声』(2016年、森美術館、東京)など。2019年8月28日~11月11日に東京・国立新美術館にて開催予定の6人のグループ展『話しているのは誰?現代美術に潜む文学』に参加。2019年9月5日よりロンドン、Yamamoto Keiko Rochaixにて個展『父たちの冒険 Adventures of fathers』開催予定。種というミクロな世界が広大な世界につながる感動親子ともに大好きな絵本『わたしたちのたねまき―たねをめぐる いのちたちのおはなし―』作:キャスリン・O・ガルブレイス絵:ウェンディ・アンダスン・ハルパリン訳:梨木香歩¥1600/のら書店強い風はさまざまな植物の種を遠くへ飛ばします。太陽の光は植物のさやを温め、乾かし、種を弾け飛ばします。雨つぶは種を別の場所へと洗い流していきます。太陽、風、雨、川の流れ、鳥、動物、そして人間……私たちはともに広くて大きな庭にたくさんの種をまいてきました。繰り返し、繰り返し、命がつながり、地球という大きな庭が作られていく様子を描いた美しい絵本。翻訳を手がけた作家の梨木香歩さんによるあとがきも必読です。「アスファルトの道路の隅に咲いている花とか、人間が植えたはずのない植物があちこちから生えているのはなぜなのか。本当にさまざまな方法で種まきが繰り返されてきたことに気づいた瞬間、自分の今いる“ここ”と、ずっと遠くにあった植物の生がつながっていることを実感して、とても感動しました。絵もすごく丁寧で繊細で、ちょっとマンガ調にコマ割りされているのも素敵。これからの名作になっていく、読み継がれる絵本だと思います」目の前にある日常の中での気づき抒情と科学のバランスに惹かれるマンガ、小説、アート活動など、ジャンルの枠を軽々と超えて、自由な表現活動を続けている小林エリカさん。小説『マダム・キュリーと朝食を』で放射性物質を研究したキュリー夫人を扱い、コミック作品『光の子ども』では放射能と人類の関わりの歴史を描くなど、科学的なものを大切なテーマのひとつにしている彼女が、今、3歳の娘とともに夢中になっている絵本が『わたしたちのたねまき ‐たねをめぐる いのちたちのおはなし‐』だ。「最初は図書館の新入荷で手に取ったんです。読んでみたら、本当にすばらしい内容だったので、即、買って。あまりにもいいから『みんな読んで!』みたいな感じで、まわりの人にもどんどんプレゼントしています(笑)」したたかに子孫を増やすべく、より遠く、条件のいい場所へ向かうための工夫がギュッとつまっている植物の小さな種。植物も、私たち人間を含む動物も、互いに協力し合いながら、この地球という生命体を作っていることに気づかせてくれる絵本である。「そういえば、子どもの頃、オナモミの果実がいつの間にか服についていたなぁとか、懐かしい記憶もよみがえってきて。娘は2歳のはじめの頃、言葉もあんまり分からないうちから、この絵本が大好きでした。ウサギがピョンと跳んでいく場面を楽しんだり、外でどんぐりを見ると『リスがうめていったのかなぁ』と言ったり。ちょっと年齢が上がると、オウゴンヒワが出てくるページで “ピーチクリー!パーチクリー!” という鳴き声のフレーズを繰り返すようになったりして。ディテールをどんどん読み込んでいける本ですね。Illustration:Kashiwai描かれている植物や動物の絵も、すごく正確なんだけど、単に写実的というわけじゃない。科学的であると同時に、ドラマティックで抒情的でもあるんです。ワクワクするような楽しさと、科学的な正確さの絶妙なバランス。抒情と科学!そういうのが私、好きなんだなぁと、絵本が気づかせてくれました。やっぱり、どこかに分析的な目がないと、日常も流れちゃうから。そのバランスが大事なのかもしれないですね」これが大好き!というピュアな想いこそが胸を打つシャーロック・ホームズ研究家として知られた精神科医、小林司氏を父に、同じくシャーロキアン(シャーロック・ホームズの熱狂的なファン)として、東山あかねという筆名で活動していた母を両親にもつ小林さん。シャーロック・ホームズ関連の共著や翻訳本を数十冊も刊行する両親と4人姉妹が暮らす家の中は、まさに本の山。本棚だけではおさまりきらず、階段やテーブルにまで本がうずたかく積まれていた。「父と母が本好きだったから、家族全員、本がない生活は考えられないというか。本にかこまれて育ちました。もうあらゆるジャンルの本が何の分けへだてもなく、それこそポルノ雑誌も転がっているみたいな状況で(笑)。私は4人姉妹の末っ子で、長女の姉とは18歳、3番目の姉とも12歳離れていたので、姉たちの本もたくさんあって。私が幼い頃から、姉たちそれぞれが好きな本を勧めてくれて、絵本を読んでくれるという環境でした。両親から『こういう本を読みなさい』と言われたことは特になかったですね。二人とも大人なのに、それこそ『ひとまねこざる』シリーズのジョージみたいに、好奇心のおもむくままに生きていて、常に自分たち自身がおもしろいことを学んでいるっていう感じでしたから。あ、でも、シャーロック・ホームズだけは子どもたち全員、強制的に読まされていました。バイブル的に。だから私、“練馬区ヴィクトリア朝育ち” って言っているんです(笑)」「自分はこれが大好き!」という情熱は、純粋でエネルギーが強いぶん、他の人に伝わりやすい。小林さんの両親は、本のおもしろさを教育の一環として子どもに教えるというより、本を通して自分たちが感じる幸せを全身で体現している人たちだった。子どもの頃に読んだ絵本が今の自分を形成してくれた「科学にしても、好奇心や探求心にしても、『世界を知るって、こんなにも楽しくて、エキサイティングなんだ!』っていうことを、子どもの頃に読んだ絵本に教えてもらっていたんだと、最近気づきました。こざるのジョージの『失敗を恐れなくていい』っていう気持ちとか、かこさとしさんの科学的なことをベースにした絵本の楽しさとか、小さい頃に読んだものがいまだに深く根づいていて、今の自分を形作っているんだと思います」小林さんが作家になりたいと思ったのは、もう少し大きくなってから『アンネの日記』を読んだことがきっかけ。子ども時代に出会った本は、ときに後の人生を左右するほどの影響力を持つこともある。「そこまで自分に深い影響を与えてくれていた存在が実際には会ったこともない他人だった。しかも、すでに亡くなっている人だったりするわけで。そういう人たちが私の人生を変えてくれていると思ったら、胸を打たれて、泣けてきました。と同時に、子育てもすごく気が楽になったというか。なにも血縁とか家族だけが子どもに影響を与えるわけじゃない。私にとっては、本から受けた影響も、家族から受けたそれと同じくらいある。親だからって『自分だけががんばらなきゃ!』と気負う必要はないのかなって。世の中には、すばらしい本がいっぱいあるんだと思うと、それだけでなんだか安心します」小林さんの両親が、何より自分たち自身が好きな本に夢中になっていたように、母となった小林さんもまた、今は再び絵本の魅力にとりつかれている。「とにかく自分が読みたい!っていう(笑)。子どもがいなかったときは、読書といえば、自分の好きな本しか選んでこなかったんです。でも、子どもは、どんな絵柄が好きかも、どういう話が好きかも分からないから、はじめの頃は、それこそ図書館に行って、片っぱしから借りるというのをやっていて。最近だと子どもも大きくなったので、本人が持ってくる絵本はそのまま借りますし。ロングセラーだけじゃなく、新しく出版されたおもしろい絵本に出会えることも多いから、自分が楽しくて、絵本をいっぱい買っちゃっています(笑)。自分だけが読むなら選ばなかったような絵本も、読んでみたら、すごくおもしろくて、子どもも大喜びしたりする。思いもよらなかったおもしろさを発見できるのが、すごく新鮮!子育てを機に、新しい絵本をいっぱい読めることが、今、嬉しくてしょうがないです」【小林エリカさん、これもオススメ】「虫が好き!」という愛情が力強い絵と言葉からあふれている『てんてんむし』作・絵:あべ弘士¥1400/童心社体に丸いテンテンのある虫、しましまの虫、ハートやダイヤ、スペードなどのトランプ模様、三角、ひし形、漢字、アルファベット、さらには人の顔に見える模様まで……不思議な虫たちが大集合!虫は体にさまざまな模様を持っています。虫の模様はすなわち “虫の言葉” 。虫はこの言葉を使って、ずっと昔から私たちに話しかけてきたのです。虫好きな子はもちろん、それまで虫に興味がなかった子も、きっと虫が大好きになってしまう一冊。「あべ弘士さんが描く虫の絵は、ラフに見えて、繊細に正確に描かれているところがいいですね。虫を見つめる視線が優しくて、虫へのあふれんばかりの愛情が伝わってきます。うちの子は特に、人の顔に見える模様のページがお気に入り。『かわいいね』とか『こわいね』ってちっちゃく書いてあるところも好き。絵だけでなく、色や図形にこだわって読んだり、虫の名前に注目したり、年齢によって読み方が変わってくる楽しさもあります」素敵な絵とともに詩を味わう絵本を開くたびに優しい気持ちに『くまさん』絵:手島圭三郎文:藤村久和¥1500/絵本塾出版自然に口ずさみたくなる、まど・みちおさんの優しい詩に、ましませつこさんが心をこめて描いた絵。「はるがきてめがさめてくまさんぼんやりかんがえたさいているのはたんぽぽだがええとぼくはだれだっけだれだっけ……」春の暖かさに誘われて、冬ごもりの穴から出てきたこぐま。まだ覚めない頭で「ぼくはだれだっけ」と考えますが……。草木が芽吹く春の喜び、こぐまの生きている嬉しさが伝わってきます。「私が出産したとき、ましませつこさんとお友達のアーティストの山田愛子さんがプレゼントしてくださった絵本です。『くまさん』は小学校の教科書にも載っている有名な詩ですが、こうしてページごとに一語一語、味わいながらじっくり読んでいくと、一語一語に新しい発見がある。詩だけサラッと読むのとは、また全然違う読み方ができるんです。ゆったりしたテンポと、かわいい絵のバランスも絶妙。読み聞かせにもすごくおすすめです」好奇心を恐れない気持ちは幼い頃ジョージに出会ったおかげ『ひとまねこざるびょういんへいく』文:マーガレット・レイ絵:H.A.レイ訳:光吉夏弥大型絵本版¥1400/岩波書店※この本には2種類の判型があり、岩波の子どもの本版は¥800ですパズルのかけらをキャンディと間違えて飲み込んでしまったこざるのジョージは、具合が悪くなり、さあ大変!病院でレントゲン写真を撮ったジョージは、急きょ入院することに。無事、手術でかけらを取り出してもらったら、すっかり元気になって、たくさんいたずらをします。ジョージのいたずらが、ただ騒ぎを巻き起こすだけでなく、入院中の他の子どもたちを元気にしてくれたように、失敗にも力が秘められているのだと教えてくれる名作。「私自身、好奇心が旺盛で、おっちょこちょいだから、まわりに迷惑をかけちゃうことも多いんですが、そこで『おもしろいね』って笑ってくれる人がいるんだと思うと、すごく安心して、勇気がわいて、好きなことを追求して生きられる。そう思えるようになった“原点”がジョージです。また、親にとって子どもの入院は、考えただけで心配で胸がいっぱいになるもの。親も子も不安なとき、この絵本があったら、すごくいいなぁと思います」Illustration:Hidemi Ito/KashiwaiText:Keiko IshizukaConposition:Shiho Kodama
2019年05月31日「小林さんは鼻歌を口ずさみながら部屋に戻ると、待っていた男性に『会計したから先に出て大丈夫よ』と声をかけていました。付き合いたてというより、長年一緒に寄り添っている雰囲気でしたね」(目撃した女性客)ゴールデンウイーク明けの5月7日21時ごろ、若者でにぎわう東京・下北沢のカラオケ店にいたのは小林聡美(53)だ。3時間ほど滞在して約5千円の会計を済ませ、部屋へ戻った小林。男性に声をかけるとトイレへ向かっていった。すると、部屋からメガネをかけた小太りの中年男性が。彼は周囲を警戒しながら、彼女と時間差で店をあとにした。カラオケデートを堪能した小林。しかし、気になるのはお相手。彼女をよく知る友人はこう語る。「小林さんはエッセイでも『非常に緊張する』とつづるほどカラオケが苦手なんです。そんな彼女が一緒にカラオケに行くということは、よっぽど心を許した間柄ということだと思います」11年、小林と三谷幸喜(57)は16年間の結婚生活にピリオドを打った。三谷は、13年に元女優の女性と再婚。その翌年には第1子が誕生した。いっぽうの小林は離婚後、女優業に専念。そのかたわらで大学に入学し、趣味の俳句にもいそしむおひとりさま生活を送ってきた。そんな彼女が“メガネの男性”とのデートに興じる裏にはこんな思いがあったという。「仲のいい女性が離婚して子供と実家に帰ってしまってから、小林さんは1人で飲むことが増えたそうなんです。親しいスタッフに『私も子供がいたらなぁなんて考えるときがあるんだけど、もうこの年だから出産なんてねぇ……。チクショー!』と愚痴をこぼしていたといいます」(前出・小林の友人)小林は14年10月7日号の『婦人公論』でもこう寂しさをあらわにしていた。《私は1週間の5日、下手すると6日はひとりでご飯を食べている。確かにサビシイというかワビシイというか、なんで今夜もひとりで晩御飯を食べているのか、ふと考えるときがある》そんな心の隙間を埋める男性の存在が、小林を変えたという。友人はこう続ける。「離婚後は愛猫との生活を満喫してきた小林さんですが、50歳を過ぎて『やっぱり話せる相手がそばにほしい』と改めて思ったそうです。恋愛にも前向きになり『次は価値観が合う人がいいかな』とよく語っていたそうです」故・美空ひばりさん(享年52)がカラオケの十八番だという小林。果たして“愛燦燦”となるか――。
2019年05月23日令和へと持ち越された、眞子さまと小室圭さんのご結婚延期問題。漫画家で保守の論客としても活躍する小林よしのりさんは、お二人の結婚に「賛成」だという。その理由とは?■とにかく今は、眞子さまがかわいそうで、かわいそうで……。あんな自由のない世界で育って、初めて本気で惚れた男が小室圭さんだったのに、世間体ばかり重んじる大人たちが寄ってたかってお二人を別れさせようとしている。あまりにも残酷な話です。わしはお二人の結婚に賛成です。ご結婚させてあげてほしい。皇族女性と交際して結婚までしようなんて、これほど勇気のある男っているだろうか。デート中でもボディガードに監視されるんですよ。そんな不自由な恋愛でも眞子さまを選んだのだから、小室さんは本気で惚れているのでしょう。ニューヨークに行ってまで法律の勉強を続けているのも、小室さんが本気である証拠です。わしの本音を言えば、女性宮家が創設されて、小室さんがそこに入るのがベスト。このままではいずれ悠仁さまお一人しか皇室に残られないのだから、もう女性宮家を創設しないと、今の天皇制は続きません。とにかく皇族を残す策が必要です。女性天皇だけでなく女系天皇についても、世論調査では賛成が70%を超えています。頭の固い保守派の政治家も、旧宮家の皇籍復帰に固執せずに、議論を進めるべきでしょう。こんなに恋人の粗探しばかりされたら、皇族はもう結婚できなくなってしまいます。誰も皇族と結婚してくれなくなったら、皇室の存続は危機的になります。ただ、女性宮家もまだ実現するかわからないから、とにかく今は眞子さまのお気持ちを第一に考えるべきです。大衆は、貴い身分の方がスキャンダルにまみれて不幸になる様子を楽しんでしまうところもある。秋篠宮さまは、そんな大衆を気にする必要はありません。眞子さまの幸せだけを考えてあげてほしいです。
2019年05月02日元フリーアナウンサーの小林麻耶さん(39)が2月28日の夜、自身のブログを更新。’18年7月に結婚した夫からサプライズで結婚指輪をプレゼントされたことを報告し、「奥さんにしてもらえて、私は幸せです」と喜びを炸裂させている。麻耶さんは『大大大大サプライズ!!!』と題してエントリー。「交際0日で電撃婚した私たち。お付き合いの期間がなかったので夫婦というより付き合いたてのカップルのように毎日新鮮で、ドキドキ」「そのままを丸ごと受け止めてくれる優しくて心が広い夫には感謝しかありません」と恋人同士のような結婚生活をおくっているとつづった。「結婚してくれてありがとう」と眠る前に毎晩伝えてしまうほど幸せだという麻耶さん。この日は帰宅後に夫が突然「遅くなってしまったけど……」と結婚指輪をプレゼントしてくれたという。「全く!!予想もしていなかったので、大号泣……。嗚咽レベル。本当に本当にびっくりしました。そして、嬉しくて、嬉しくて、身体中がブワーッと熱くなるほど幸せを感じました」と感動で涙が止まらなかったと明かした。そして「突然!の結婚だったので貯金が足りなかったらしく……HARRY WISTONの結婚指輪をプレゼントする!と、結婚後一生懸命貯めてくれていたそうです」と輝く指輪の写真を公開。「夫の奥さんにしてもらえて、私は幸せです」と喜びをかみしめた。読者たちも「本当に良かったですね!」「幸せなお話を聞かせてくれてありがとう」「麻央ちゃんの分まで幸せなってください」と麻耶さんの幸せエピソードに癒されているようだ。
2019年03月01日元フリーアナウンサーの小林麻耶さん(39)が2月18日、自身のブログにて音声も投稿できる「こえのブログ」を投稿。’17年6月に亡くなった妹・麻央さん(享年34)への思いを語った。麻耶さんは「結婚してから幸せな時なのにすみませんというコメントが何人もの方から来ていて、ああどうしようそんなことを思わせてしまっていると思っていた」と結婚後に読者から寄せられるコメントの変化が気になっていたと明かした。そして、「もちろん結婚してすごく幸せな時間は増えましたし、笑うことも増えました」と新婚生活は順調だとしつつも「妹を亡くした悲しみは全く消えていません。乗り越えられていません」と胸中を告白。以前は悲しみを乗り越えようと努力していたという麻耶さん。「乗り越えられることはないと思うので乗り越えなくていいというふうに思うようにしました。自分に許可をしたんです」と現在は無理せずに感情を受け入れるようにしていると話している。続けて、「私がすごくつらかった時に、私のことを知らない人が何かアドバイスしてくれたらすごく気が楽になったり、気持ちを言える人がいたらいいなと思ったので、そういう存在に私はなりたいんです」と読者の悩み相談に答え続けている理由を明かした。最後は「だから親戚のまやちゃん、まやさんでもいいですけど、そうして私のことを見ていただけたらうれしいです」と語りかけた。読者からは「どんだけ優しいの」「素直な気持ちを言ってくださってありがとうございます」「こえのブログを聞いて泣きそうになりました」といった反応があがっている。
2019年02月19日日本橋三越で期間限定イベント開催みつばちの恵みに着目した”アピセラピー”を紹介するイベント「山田養蜂場みつばちの恵みフェア~アピセラピーの世界へようこそ~」が、日本橋三越本店にて開催される。2019年1月9日(水)から1月21日(月)までの期間限定だ。”アピセラピー”とは?”アピセラピー”とは、はちみつやローヤルゼリー、プロポリスなど、みつばち由来の天然素材を活かした自然療法のこと。山田養蜂場ではその美容効果にも着目し、アピセラピーコスメティクスを展開、今注目を集めている。同イベントでは、アピセラピーコスメ「RJ エクセレントシリーズ」などの化粧品が限定ショップとして登場。専門スタッフによるカンセリングで、アピセラピー美容を直に体験することができる。楽しい企画が盛りだくさん当日会場となる「はじまりのカフェ」では、韓国出身の人気料理研究家”いんくん”が監修する、アピセラピーメニューを楽しむことができる。1月9日(水)と1月13日(日)には、いんくん本人も来場。料理や美容について語るトークイベントが予定されている。また東京室内管弦楽団によるミニコンサートやみつばちミニ文庫コーナーなど、アピセラピーの魅力を知れる様々な企画を用意。ぜひ足を運んでみてはいかがだろうか。(画像はプレスリリースより)【参考】※株式会社山田養蜂場のプレスリリース
2018年12月23日「EXILE」のAKIRAと小林直己(「EXILE/三代目J Soul Brothers from EXILE TRIBE」)が、日本の魅力を海外に発信するジャパン・ハウスとのコラボ「ショートショート フィルムフェスティバル in ハリウッド」(共催:在ロサンゼルス日本国総領事館)のアンバサダーに就任したことが分かった。本イベントは、米国アカデミー賞公認・アジア最大級の国際短編映画祭「ショートショート フィルムフェスティバル&アジア」(SSFF&ASIA)が映画祭20周年を迎えたことを記念し、現地時間の1月17日、ロサンゼルスのTLC チャイニーズシアターにて開催。現地では、「SSFF&ASIA 2018」のグランプリ作品(ジョージ・ルーカス アワード)に輝いた『カトンプールでの最後の日』や、第90回米国アカデミー賞メイクアップ&ヘアスタイリング賞受賞の辻一弘を追ったドキュメンタリー作品『The Human Face』。LDHと「SSFF&ASIA」によるコラボレーション企画『ウタモノガタリ -CINEMA FIGHTERS project-』の一篇『カナリア』。河瀬直美監督&脚本、別所哲也が主演する『嘘 -LIES-』などの上映が行われる。そして今回アンバサダーに就任した2人は、「SSFF&ASIA」代表の別所哲也や様々なセレブリティと共に、レッドカーペットやイベントを彩ることに。AKIRAさんは「この度は、LAでのショートショート フィルムフェスティバル&アジアの開催に際して、アンバサダーとして就任させていただいた事、また、映画の原点でもあるハリウッドで開催されるこの映画祭に参加させていただける事を光栄に思います」とコメント。小林さんも「ショートフィルムの魅力をお伝えできるよう尽力しつつ、また、自分も映画に携わる俳優の一人としても、日本を発信するJAPAN HOUSEの皆さんとともに、ハリウッドにおいてショートショート フィルムフェスティバル&アジアを盛り上げていけたらと思います」と話している。(cinemacafe.net)
2018年12月18日西武園ゆうえんちの冬の風物詩として定着しているナイトイベント「イルミージュ」が、“ランタン”を使用した光の祭典「ホワイトランタジア(WHITE LANTASIA)」として生まれ変わる。巨大オブジェの展示などを園内各所で、2018年11月10日(土)から2019年3月3日(日)まで開催する。西武園ゆうえんちの冬イベントとして親しまれてきた「イルミージュ」に代わってスタートする「ホワイトランタジア」は、“雪と氷の世界”をテーマに、中国で最も有名な四川省自頁市の最大約4mのランタンをはじめ約200個の造形が立ち並ぶ光の祭典。これまでのイルミネーションが織りなす幻想的な光の世界観とは異なり、立体造形が新しい光の世界へと誘う。園内各所では、「雪に包まれる深い森」、「雪にまつわる伝説の獣たち」、「雪の女王の住む古城」などをそれぞれ展開。波のプールエリアでは、大波や氷山がそびえる中にホッキョクグマ、ペンギンなどの極地に暮らす生き物たちのオブジェが立ち並び、「極地の海洋」を表現する。また、2018年12月22日(土)から24日(月・振)までの期間は 「スカイランタン飛ばし」イベントを開催。火の代わりにLED電球を風船に入れ、和紙の 袋をかぶせて作ったランタンが夜空に舞い上がり、幻想的な景色をつくりだす。【詳細】西武園ゆうえんち ホワイトランタジア期間:2018年11月10日(土)~2019年3月3日(日)※11月10日~1月7日、2月1日~3月3日は毎日営業。1月11日~1月27日は金~日・祝日のみ営業。住所:埼玉県所沢市山口2964営業時間:16:00~21:00点灯時間:2019年1月7日(月)まで17:00~21:00点灯、1月11日(金)以降17:30~21:00点灯 料金:ナイトパス(入園料+限定アトラクション乗り放題) ※16:00以降の発売 おとな(中学生以上)2,200円、こども(3歳~小学生)1,600円 限定アトラクション:6機種(ジャイロタワー、大観覧車、メリーゴーランド、バイキング、オクトパス、ハローキティトレイン)■スカイランタン飛ばし開催日:2018年12月22日(土)~24日(月・振) 開催時間 18:30~ 開催場所 ハローキティメルヘンタウン内 備考・17:00よりハローキティメルヘンタウン内にて整理券配布(各日限定200名)。・一斉に飛ばしたランタンは21:00まで鑑賞可。 ・雨天、強風中止(打ち上げ後も荒天の場合は撤去)。【問い合わせ先】西武園ゆうえんちTEL:04-2922-1371
2018年11月18日小林ひろ美さんが登場する「オイル美容体験講座」株式会社オレンジは2018年10月26日(金)、自社内キッチンスタジオであるコトラボ新橋において、「米肌アンバサダー×オレンジページ限定イベント!今こそ注目したい大人のオイル美容体験講座」が開催する。人気美容家の小林ひろ美さんが、オイル美容を日常に取り入れる方法を伝授。9月4日(火)に米肌から発売された「肌潤トリートメントオイル」を使ったスペシャルケアを体感できるイベントとなっている。受け付け開始時間は18:15。開催時間は18:30から20:30頃まで。定員は30名。参加費は無料。「コトラボ」専属講師・SHINOBUさん特製の美肌ごはんを食べることができ、参加特典として「米肌肌潤トリートメントオイル」を含むお土産が用意されている。参加申し込みは、KOSEのウェブサイトにて受け付けている。申し込みの締め切り日時は10月1日(月)23:59となっている。小林ひろ美さんのプロフィール小林ひろ美さんは、翻訳や輸入業を経て、1991年に母の小林照子さんとともに株式会社美・ファイン研究所を設立。海外での暮らしを生かして発信する美容や生活に関する情報が人気となっている。著書には「小林ひろ美のすべてがつまった美肌図鑑」、「小林ひろ美の1日中どこでも 24時間美容」などがある。(画像はオレンジページnetより)【参考】※オレンジページnet
2018年09月23日欅坂46の中でも、キレのあるダンス、媚びないパフォーマンスで人気の、土生瑞穂さんと小林由依さんの二人が考える“ハンサム”とは。――お二人はお互いのどんなところがハンサムだと思いますか?小林:土生ちゃんはもう長身でスタイル抜群で見た目がハンサム!土生:全然そんなことないよ!でも背が高いから、確かに撮影の時はかっこいい衣装が多いかも。小林:「風に吹かれても」の男装もすっごく似合ってた。土生:ハンサムなスタイルはすごく好きで、最近は私服もパンツばっかり。欅坂46の楽曲は結構かっこいいものが多いから、“かわいい”よりは“かっこいい”って思われたいなって。だから曲中で自由に踊っていいよって言われているところは、鏡を見ながら“どうしたらかっこよくなるかな”って日々研究したり、猫背になりやすいのでなるべく胸をはっていられるように気をつけてるよ。小林:私も欅坂46のかっこいい曲が好き。オーディションの時は、アイドルらしいフリフリのワンピースを着ていったけど(笑)。土生:ゆいぽんは見た目はかわいらしいのに、中身はすごく落ち着いていて、ダンスもキレッキレみたいなギャップがハンサム!陰でたくさん努力してるのに、その汗を見せようとしないところも本当にかっこいいなって。小林:そんなことないよ~。ただ、もともと喋るのも得意じゃないから、とにかく自分にできることをしっかりやらなくちゃなって。自分ではそんなに努力してるとも思ってないし、もっともっと頑張らないとなって思ってるよ。土生:本当に年下とは思えないほどしっかりしてるよね。だからかな?ゆいぽんと一緒にいると安心感がある。ライブ中もゆいぽんと目が合うと、すごく落ち着くの。「よし!」みたいな(笑)。小林:わかる、わかる(笑)。私も土生ちゃんと目が合うと大丈夫だなって思うし、ライブ中も土生ちゃんと手が合わさる振りの時とかなんかホッとするもん。土生:二人であれこれ話さなくてもいいというか、なんかお互いに伝わってる感じ、するよね?(笑)小林:うん(笑)。――続いて、お二人が思うハンサムな女性、男性の条件とは?小林:女性の場合は、仕事ができるのに心はすごく優しくて同性の後輩から慕われているような人。土生:誰に対しても常に笑顔で話しかけられるようなフラットな人はかっこいいよね。小林:男性の場合はレディファーストが自然にできる余裕のある人。土生:スーツが似合う人も“ハンサム”っていうイメージがあるな。――では、欅坂46のメンバーの中で一番ハンサムだと思う人は?土生:それは、織田奈那!小林:そうだね!土生:織田奈那はしっかり自分を持っている人。悩んでいる姿を見たことがなくて、いつも相談に乗ってくれるよね。誰に対しても分け隔てなく接して、メンバー全員としっかりコミュニケーションをとるから常に輪の中心にいる。すごく尊敬しているし、私も織田奈那みたいになりたいってよく思う。小林:織田奈那はメンバー全員の彼氏みたいな感じだもんね(笑)。誰かが何かをする時、「織田奈那ついてきて~」って言うと、必ずついていってあげてるし。土生:確かに(笑)。しかも唯一、下の名前で呼んでくるよね。私はみんなに“土生ちゃん”って呼ばれてるのに、織田奈那だけは私のこと“みづ”って。小林:そうそう(笑)。私も織田奈那には“由依”って呼ばれてる。土生:本当、男前だよね!こばやし・ゆい1999年10月23日生まれ、埼玉県出身。女性ファッション誌『with』専属モデル。欅坂46の7thシングル『アンビバレント』に収録されている土生瑞穂とのユニット・線香姉妹としての楽曲「302号室」も好評。ニット¥40,000(ピンコ/ピンコ ジャパン)レザースカート¥40,000(セルフ・ポートレイト/ミッドウエストTEL:03・3463・6589)はぶ・みづほ1997年7月7日生まれ、東京都出身。女性ファッション誌『JJ』専属モデルとして活躍するほか、MBSラジオ『ちょこっとやってまーす!』(毎週土曜24時~)のレギュラーパーソナリティも務めている。スカート¥22,000(ロザリームーン/ロザリー)Tシャツはスタイリスト私物※『anan』2018年9月19日号より。写真・須江隆治スタイリスト・柾木愛乃ヘア&メイク・犬木 愛(小林さん)北原 果(土生さん)インタビュー、文・菅野綾子(by anan編集部)
2018年09月15日先日、アナウンサーでタレントだった小林麻耶さん(39)が結婚を発表。それと同時に長年所属していた事務所を退社したと宣言したことで、事実上の芸能界を引退だと報じられました。麻耶さんといえば、妹の麻央さんのご病気のこともあり、支える側としても大変苦労されたことが報じられていました。そこへ来ての電撃結婚と引退ですから、多くの人が「疲れちゃったんだね」と理解を示しています。現在は元々あったブログ「まや道」の更新と、新たに作成したインスタグラムのアカウントを更新するのみにとどめている彼女。しかしここへ来て、多くの人の中で疑問や違和感が浮かんでいるようです。それは「引退したはずなのに芸能人と変わらない発信をする彼女は本当に一般人なのか?」という疑問です。■「芸能人をやめる」とは一体どういうことなのか?ことの発端は彼女が事務所を退社し、同時にインスタグラムのアカウントを開設したことにあります。芸能界引退を公表した形になる彼女ですが、ブログに関してはこれからも皆さんと接せられる場所として残すことを宣言。またインスタグラムも旅行風景や彼とのディナーや婚約指輪の写真をアップしており、元気になったのはいいのですが、“いつもの麻耶”が出始めているような……。忘れていましたが、彼女は元々ぶりっ子キャラ。キャラを取っ払ったとしても、元々不思議ちゃんなどと呼ばれるような“自分大好きっ子”だったはずです。そんな彼女が「主婦」と名乗り彼とのノロケをアップしている現状を、引退と捉える人はどのくらいいるのでしょう。■「引退」の定義が変わり始めている今まで芸能界引退を宣言してやめていった人の多くは、その後に自己発信をしてきませんでした。直近であれば堀北真希さんや江角マキコさん、乃木坂46の橋本奈々未さんなどが引退宣言して芸能界をあとにしました。彼女たちは今日までにテレビはもちろん、SNSでの活動も探すことができません。いっぽう引退を宣言したものの、そのままフリーで活動を始める人も最近は多くなりました。俳優の成宮寛貴さんや元ももいろクローバーZの有安杏果さんなどが、現在はフリーとしてSNSを中心に活動を始めています。このようにインターネットでの発信が評価される今、フォロワーさえ集められれば事務所やテレビ出演にこだわり続ける必要がありません。むしろ、自分の興味関心のあることだけを仕事にできるというメリットだらけ。こういった現状を踏まえると小林麻耶さんの「芸能界引退」はある意味で“ウソ”であり、正しくは「テレビ出演を引退」といえるのかもしれません。でもテレビは過剰なキャラづくりやネタっぽいトークが常に必要で、入れ替わりも激しい世界です。彼女がぶりっ子を手放し、芸能人という立場をやめたくなるのも分かります。お疲れ様とその点については思うものの、今後のSNSでの“まや道”はどうなっていくのでしょう。■27,000円の婚約指輪にパワースポット!小林麻耶のイメチェンはどうなる?開設から10日、彼女のインスタはパッと見何気ない日常で彩られています。ただ1つ1つをしっかり見ると、今後のキャラチェンジの片鱗をうかがうことができます。たとえば旅行先はパワースポットで有名なイビサ島の写真だったり、そこでヨガに興じる自分の写真だったり。はたまたお出かけも明治神宮であったりと、スピリチュアル色が強いものが目立つのです。彼女のブログにもこれら投稿は載せてありますが、そこでは好物のアイスの話やカラオケにいった話などがさらに加えられています。その点から考えると、ブログ→日常的なことSNS→日常の中でもスピリチュアル的なことと彼とのノロケと使い分けているのかもしれません。もともと占い好きはファンの間でも有名。ここへ来てぶりっ子を捨て、スピリチュアル系女子になろうとしているのでしょうか。とりあえず個人的にいちばん気になったのは、六芒星があしらわれた彼女の婚約指輪の投稿です。#starjewelrygirlとハッシュタグをつけられたその指輪は、調べると20代女性にファッションジュエリーとして楽しまれているブランドです。婚約指輪は値段じゃないとは思うものの、キュービックジルコニアがあしらわれた指輪は年齢や収入を想像するに安すぎやしませんか……。そう首をかしげてしまいます。以前ブログで公開していた私物(お財布やキーケースなど)がすべてハイブランドだったのを踏まえると、やっぱり違和感を覚えるのは筆者がオンナだからでしょうか。写真1枚1枚から見る人を考えさせ、そして楽しませてくれる小林麻耶という女性。やっぱり彼女は、生粋のぶりっ子で芸能人!そう思えてなりませんが、まずはご結婚おめでとうございます。そして新たな発信を楽しみにしています。(文・イラスト:おおしまりえ)
2018年08月15日7月24日に4歳年下の一般男性と結婚し、今月3日に芸能界からの引退を発表した元フリーアナウンサーの小林麻耶さん(39)が6日、自身のブログを更新。週刊誌に直撃され、義弟で歌舞伎俳優の市川海老蔵(40)との関係について聞かれたことを明かし、「いい加減、海老蔵さんとの記事はやめませんか?」と呼びかけた。「週刊誌の方へ」と題した投稿で、「先ほど、大好きなセブンイレブンから出てきた所を直撃されました!!! 昨日も私がどこにいたか、ご存知で驚きです。すごいですね」とコメント。「でも、、、私は、引退しました。主人も、一般の人です」とし、「カメラを向けられスマートフォンで撮影され記者さんに質問され3人に取り囲まれ、怖くなり...走って逃げてもなぜ、走って、追いかけてくるのでしょうか?」と問いかけた。記者からは「海老蔵さんと疎遠になっていますがどういうことなのですか?」というような内容を聞かれたそうで、「海老蔵さん家族は海外旅行中です。どうやって日本にいる私が会えるのでしょうか?」と麻耶。「もう、いい加減、海老蔵さんとの記事はやめませんか?笑いくら直撃されても、関係がないものは、ないです 笑」と呼びかけ、「それにですね!!!妹とは、好きな男性のタイプが違いますので笑。そこのところ、よろしくお願い申し上げます」と加えた。さらに、「直撃されたとき私も、記者の方たちの写真と動画を撮ってみましたが...SNSに載せないでくださいね、と、言われたので約束を守って、載せませんでした!!!私のことも、載せないでくださいね!!!」と掲載しないよう求めた。
2018年08月06日小林麻耶(39)が8月3日、自身のブログで引退を発表。麻耶といえば、先月24日に一般男性と入籍したばかりだ。同ブログ記事で「私、小林麻耶は8月3日をもって所属事務所(株)セント・フォースとの契約が終了致します」と報告。「今後は大好きなメディアの仕事を離れ、全身全霊、家族のために日々たくさん働きたいと思います」としている。また結婚や退所は突然の決定だったようで、今年11月に出版される予定の自著「しなくていいがまん」について「全く想像もしていなかったことが起きたので 今、書き直しをしている最中です」と明かしている。交際期間が半年未満というまさに電撃婚。彼女をよく知るテレビ局関係者は本誌の8月14日号で「今年の5月にはもう結婚が決まっていたそうですが、そんな素振りはまったくありませんでした」とし、驚きを表している。また入籍日である7月24日は麻耶が熱心な数秘術にちなんでいるようだ。前出の本誌で占い師のLove Me Doさんは「2+0+1+8+7+2+4=24→2+4=6」とし、「『6』という数字にはサポートする・奉仕する・尽くすという意味があります」と説明している。引退を機に“将来”のサポートに専念するというが、それはあまりに急な方向転換だったようだ。
2018年08月03日《私、小林麻耶は7月24日に入籍致しました》7月26日、公式ブログで結婚を発表した小林麻耶(39)。自身も今回の電撃婚を“ミラクル”と表現しているが、「本当に予想外だった」と話すのは麻耶をよく知るテレビ局関係者だ。「お相手が一般男性ということもあって、麻耶さんサイドは事前に情報が漏れないように細心の注意を払っていたようです。今年の5月にはもう結婚が決まっていたそうですが、そんな素振りはまったくありませんでした」市川家の知人によると、お相手は優良企業に勤める会社員ということだが、交際期間は半年未満という超スピード婚だったという。そんな2人の入籍日は7月24日。麻耶の誕生日は7月12日のため、なぜこの日を選んだのか疑問の声も上がっているのだが――。「麻耶さんが資格を取るほどにハマっている“数秘術占い”で入籍日を導き出したといいます。数秘とは自分の誕生日をもとに“運命数”を導き出し、運勢を占うものです」(前出・テレビ局関係者)2018年7月24日の運命数は、「2+0+1+8+7+2+4=24→2+4=6」。占い師のLove Me Doさんはこう解説する。「『6』という数字にはサポートする・奉仕する・尽くすという意味があります。見返りを求めない、深い愛情や絆。試練を乗り越えてお互いに成長するという意味もあるので、お2人にぴったりの結婚記念日と言えるでしょう」《たくさんの愛と光に満ち溢れた生活を送っていきたいと思っています》と、ブログにつづっていた麻耶。素敵な家庭を築いてほしい!
2018年08月02日《私、小林麻耶は7月24日に入籍致しました。お相手は4歳年下の優しい男性です》7月26日、公式ブログで結婚を発表した小林麻耶(39)。最愛の妹・小林麻央さん(享年34)の逝去から、13カ月が経つ。麻耶はこれまで、麻央さんの残した長男・勸玄くん(5)と長女・麗禾ちゃん(7)の“母親代わり”として奮闘してきた。この子たちのママは私しかいない――。そうした重圧のなかで、彼女は自ずと自分の幸せを後回しにしてきたのだという。「幼稚園の行事に参加したり、習い事などの送り迎えのためにペーパードライバー講習を受けたりと、麻耶さんは率先して子供たちの世話をしてきました。まだ自分もショックから立ち直れていないのに、『子どもたちが元気でいてくれれば私のことは二の次でいい』と、頑張り続けてきたんです。そうは言いつつも、仲の良い友人家族を見て『やっぱり結婚っていいな……』と漏らすこともあったそうです」(芸能関係者)そんな揺れる女心を抱えた彼女を支える意外な人物がいた。市川海老蔵(40)の母・希実子さん(65)だ。「多忙な海老蔵さんに代わって孫たちの面倒を見てくれている麻耶さんに、海老蔵さんの母・希実子さんはとても感謝しているんです。でも同時に頑張りすぎてしまう麻耶さんをずっと心配していました。『あなたにもちゃんと幸せを掴んでほしい』と、希実子さんは麻耶さんのためにお見合いをセッティングしてあげたそうです。具体的には昨年12月から今年2月までに、何人かの男性を紹介したと聞いています」(市川家の知人)一部報道では海老蔵と麻耶の再婚も取沙汰されてきたが、そのことも希実子さんの“婚活サポート”を後押ししたのだという。「海老蔵さんの團十郎襲名は東京五輪前の19年に予定されているそうです。そうした大事な時期に麻耶さんとの関係を面白おかしく報道されることに対して、成田屋の後援者たちは当然快く思っていませんでした。海老蔵さんも麻耶さんも“再婚説”が報じられるたびに困っていて……。それを案じた希実子さんが『これ以上麻耶ちゃんを振り回すのは良くない!』と奮起したのだと思います」(梨園関係者)希実子さんの努力の甲斐あって実った、麻耶のゴールイン。彼女を射止めた男性とはどのような人物なのだろうか。「希実子さんは麻耶さんに“とっておきの男性”を紹介していたそうです。成田屋の後援者の子息が多く、どの男性もお金持ちで将来有望な好青年だったとか。その中から最終的に麻耶さんが選んだ人なので、最高の結婚相手だったのは言うまでもありません」(前出・市川家の知人)そんな素敵な男性と手を取り合って、今後は自分自身の幸せも追い求めてほしい――。
2018年07月31日歌舞伎俳優の市川海老蔵(40)が29日、自身のブログを更新し、昨年6月に亡くなった妻・小林麻央さん(享年34)の姉であるフリーアナウンサーの小林麻耶(39)の結婚を祝福した。海老蔵は「おはようございます」と題した投稿で、「千穐楽の朝です」と書き出し、「麻耶さんの結婚は当然おめでたいし嬉しいことです」と祝福。27日に麻耶がブログで結婚を発表してから、海老蔵はその件について触れていなかったが、「あまり私から発信する事でもないかなと少し控えていました」と説明した。麻耶はブログで、「私、小林麻耶は 7月24日に入籍致しました。お相手は4歳歳下の優しい男性です」と報告。「結婚はしないと思っていた私がまさかの結婚をすることになったこのミラクルは、妹がいなくなり、あまりにも私が悲しみ続けていたので天国でみかねた妹からの最高のプレゼントだと感じています」と記し、周囲の人たちやブログ読者への感謝もつづっていた。
2018年07月29日小林麻耶(39)が7月27日、自身のブログ上で結婚を発表した。お相手は「4歳歳下の優しい男性」で、結婚について「このミラクルは、妹がいなくなり、あまりにも私が悲しみ続けていたので天国でみかねた妹からの最高のプレゼントだと感じています」とつづるなど最愛の妹・麻央さん(享年34)に感謝の思いを伝えている。麻耶といえば、「結婚できないキャラ」として取り上げられることが多かった。もともと結婚願望は強かったが、16年5月に発売された著書「まや道」では「結婚が怖い」としてこんな“トラウマ”も明かしていた。「妹家族や友だち家族を見て『結婚っていいな』と思っていたのに、深層心理では結婚することに恐れがあったのです」同書では梨園妻となった麻央さんと独身の自分を比較する箇所もあり、結婚への焦りもあったようだ。同書の出版直前には過呼吸となり、病院へ緊急搬送。休養モードのさなか、17年6月には麻央さんの死という悲しいできごともあった。そうしたなか、本誌では姪の麗禾ちゃん(7)や甥の勸玄くん(5)を支える麻耶の姿をたびたび目撃してきた。“母変わり”の奔走をすることで、麻耶もまた元気を取り戻していった。そして麻央さんの一周忌を機に、自身の幸せを見つめ直したようだ。今年6月に「今夜くらべてみました2時間SP」(日本テレビ系)へ出演した小林は、今後の番組出演についてこう答えている。「妹の一周忌が終わったので、いつまでも暗い気持ちでいるのはよくない。前を向いて歩いて行こうと思います」これからは夫婦二人三脚で、歩んでほしい!
2018年07月27日音楽プロデューサーの小林武史らが出演するコンサート「小林武史:交響組曲『円奏の彼方(Beyond The Circle)』~based on 柴田南雄『ゆく河の流れは絶えずして』~」が、7月28日・29日に開催することが決定した。15日よりチケット先行受付もスタートしている。同コンサートは、小林の他、安藤裕子・桐嶋ノドカ・Salyu・TOKUなど個性豊かなアーティストが出演。指揮者・寺岡清高率いるオーケストラととも音楽を奏でる。また小林は、世界最大級の国際芸術祭「大地の芸術祭2018 オープニングコンサート」のために、8楽章からなる交響組曲を新たに書き下ろす。この交響組曲は、日本の音楽に偉大なる足跡を残した作曲家・柴田南雄氏の「ゆく河の流れは絶えずして」をベースにしたもの。「ゆく河の~」は鴨長明の随筆「方丈記」をもとに、日本の音楽家の回顧を試みるものとして作られたと言われている。小林は「柴田南雄さんの作品をあらためて観て、ある種の"触媒"のようなあり方を感じたんです。柴田南雄という人にはインスピレーションを表現する天才的な表現者の部分もあるのですが、日本/欧米、日本/アジアなどを世界を相対化して考えた音楽の研究者という"知"の側面があった」と評する。「ゆく河の~」については「僕らの時代はいよいよAI が登場するまでになって、でも一方では東日本大震災のように自然の前ではまだ無力であることを思い知らされたりもする。そんな"無常"という大きなベクトルのなかで鴨長明が感じたこと、それを継いで柴田南雄さんが作った交響曲」と語っていた。
2018年05月17日