「技術の力で障害の概念を変える。」ロボットの研究から義足開発へ転身した遠藤謙のライフストーリー
編集部:すごい。遠藤さんは初めからそういう考え方で研究をされていたのでしょうか?それとも徐々にそういう志が生まれてきたのか。
遠藤:もともとはロボットの研究をしていました。
ASIMOが2000年に発表されて注目されて、これは面白いと思った。それまでロボットというといかにも機械っぽくてメカメカしかったのに対して、可愛らしい要素が取り入れられたところに興味があって。
編集部:ご自身でも開発をされていたのでしょうか。
遠藤:はい、最初に開発に関わったのがPINOというロボットでした。松井龍哉さんというデザイナーがデザインしたロボットで、宇多田ヒカルさんの「Can you keep a secret」のPVに出たので見たことがある方も多いかもしれません。
編集部:みんなびっくりしましたよね。友達のような、ロボットとの距離感が新鮮だったのを覚えています。でも、そこから義足の研究に切り替えたのは何かきっかけがあったのでしょうか。
遠藤:友達がガンになり、お見舞いにいったんです。その時僕の研究の話をしたら「ロボットで歩くんじゃなくて、自分で歩きたい 」と言われて、ハッとしたんですね。
編集部:なるほど。
遠藤:誰かの役に立つ技術開発をしたい、そう思いました。
そこから色々なことがあって、マサチューセッツ工科大学(以後MITと表記)のヒューハー教授のことを知りました。
出典 : http://graphics8.nytimes.com/images/2013/04/30/science/30CONV_SPAN/30CONV-superJumbo.jpg
遠藤: 彼はもともとはロッククライマーなのですが、事故に遭い両足を失くしたんです。そのとき彼はロッククライミングを諦めるのではなく、自分で義足の設計をしようと勉強し始め、研究の後に教授になった人物です。
編集部:またすごい人物ですね。遠藤: 彼に会いに行った時、「MITに来たらいい、受かったら教えて」と言われて、それで受験したら幸運にも合格したんです。
ただ、入学後はこれまでの専門とは違う学問を学ぶので、それはもう猛勉強の日々でしたね(笑)。
「できなかったらどうしよう」は考えない
編集部:語学の壁、学問分野の壁、と困難続きだったと思いますが、辞めたいと思ったことは?
遠藤:何回もありますよ。