子育て情報『小3で「忘れ物の女王」、片づけが苦手で夫から罵倒、離婚も。ADHD当事者が目指す「否定しない社会」――発達障害を描いたCMプロデューサーが聞く【見えない障害と生きる】』

2022年3月28日 13:15

小3で「忘れ物の女王」、片づけが苦手で夫から罵倒、離婚も。ADHD当事者が目指す「否定しない社会」――発達障害を描いたCMプロデューサーが聞く【見えない障害と生きる】


小3でついたアダ名は「忘れ物の女王」

小3で「忘れ物の女王」、片づけが苦手で夫から罵倒、離婚も。ADHD当事者が目指す「否定しない社会」――発達障害を描いたCMプロデューサーが聞く【見えない障害と生きる】の画像

Upload By 桑山 知之

筆者と広野さんとの出会いは2019年に遡る。ドキュメンタリーCM『見えない障害と生きる。』の取材のため、連絡を取ったのがきっかけだった。底抜けに明るい性格について触れると、広野さんは「このくらいじゃないと生きていけない」と笑い飛ばした。その言葉の重みに、筆者の胸が苦しくなったのを今でも覚えている。

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広野さんは幼少期から、目の前にあるもの以外はすぐに忘れてしまう子どもだった。小学校に入ってからは管理しなければいけないものが増え、何かをこなすことは「全く無理だった」。宿題を出され、その場ではやる気でいても、家に帰れば宿題を出されたことすら忘れている。翌日提出を求められて初めて思い出す。小学校2年生の通知表に「忘れ物が多い」とはっきり書かれ、3年になると周囲からは「忘れ物の女王」とアダ名をつけられた。

「どうしてみんなができるのか分からないんですよ。頑張らなきゃいけないんだけど、どう頑張ったらいいのか分からない。困るんですよね、『ちゃんとやって』って言われると。ちゃんとやっているつもりなので。一人だけ違うことしてたりするんですけど、それを問題だとも思っていない。だから怒られますよね」(広野さん)

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学校のあちこちには、広野さんの持ち物が散らばっていたという。5年生ぐらいのころには、遠足で河原に行った際、飯盒炊飯でカレーをみんなでつくって食べるとき、広野さんは肉を持ってくる係だったが、肉を忘れてしまい、広野さんの班だけベジタブルカレーになってしまったこともあった。成績や勉強よりも「生きていくこと自体が難しかった」といい、時間に遅れないようにするなど社会生活に食らいつくのに必死だった。


片づけできず夫から罵倒…「私はいても意味ない」

地元の中学を経て静岡県内の高校を卒業後、青山学院大学に進学。当初は国語の教員になろうと思っていたが、LD(学習障害)の傾向があるのか、時折、字が正確に書けないことがあった。ずっと続けて文字を書いていると、例えば「春」の横棒が四本になってしまうことがあるらしい。「これでは黒板の字が不正確になってしまう」と思い、教師の夢を諦めた。落ち込んでいたところ、ゼミの教授の紹介で、都内の大学病院の教授の秘書になった。

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