2022年8月10日 19:00
【カツセマサヒコのショートショート】あなたはいらない。指だけ欲しい。
を発端に大喧嘩をして、勢い余って飛び出してしまった俺の暴言を決め手に、彼女はこの部屋を出ていった。
さすがに、もう終わりだろう。
そう思いながら、俺が会社から帰るたびに少しずつ減っていく彼女の私物を眺めていたら、一度だけ、彼女とはち合わせたことがあった。風のない土曜の昼下がりだった。
今更話すこともなく、引き止めたところでこれまでの繰り返しになるだけだと、割り切ってベッドに横たわっていた。すると、しばらくして、彼女が俺の上に、ゆっくりと乗っかった。
「何?」
「もう、この部屋には来ないよ」
「うん」
「うん」
そこから、沈黙が続いて、代わりに、彼女の指先だけが落ち着きなく、俺の体の上を、行ったり来たりした。それで、俺もその背中に指を沿わせて、いつもどおり、彼女が求めている部分を的確になぞっては、互いの体温を上げるようにした。
何度も喧嘩をした。しょっちゅう怒鳴り、涙を流し、不貞腐れていた。それでも俺たちが続いていたのは、やはり、体の相性が良かったからだろうか。
互いに隔てるものをなくそうと、服が一枚また一枚と、ベッドからずり落ちていく。そうしている間にも、彼女の吐息は強くなり、俺もそれに委ねる。