「母のように日本の作品に出てみたい」フランス映画界の新星が語る日本での思い出
思春期というのは世の中の現実とぶつかる年代ですが、そういう時期を過ごしている人たちにとって訴えかけるものが多くある作品だと感じたからです。
あとは、やはりクリストフ・オノレ監督と仕事をしたかったというのがありました。私小説的な映画を作らせたら「彼の右に出る者はいない」と思っているくらい、本当に素晴らしい監督です。
オーディションで意識していたのは、客観的な視点
―ポールさんは300人近い候補者のなかから抜擢されたということですが、なぜ選ばれたのかをご自分で分析したことはありますか?
ポールさんおそらく僕と同じくらいの年齢の少年たちは、まだ本格的な俳優ではない人が多いので、演技が上手いかどうかで決めているのではないというのは感じていました。それよりも自分の内側にあるものを見せることができて、持っているエネルギーを撮影で出せる人を監督は探していたんだと思います。
そういうなかで、僕がほかの人たちと違ったところがあったとすれば、オーディションのときの“立ち位置”。僕はすべてに対して客観的な視点を持つことを意識していたので、少し引いたところに立っていましたが、そうやって観察している姿が野性的に見えてよかったのかなと。