「あそこまで成功するとは」『甦る三大テノール』音楽ビジネスの駆け引き見える本編映像
三大テノールの発案者であり初演舞台のプロデューサーであったマリオ・ドラティは、「数社は『歌詞が古臭い』『誰も聴かないから契約しない』」との声があったものの、「幸いにも(イギリスのレコード会社)デッカの社長がその場にいて、こう言った『全権利を今すぐ買い取ろう』」と、最初は誰もが飛び付く企画ではなかったことを打ち明ける。
そして、当時のデッカの担当者も「彼らを説得した。『出演料は低く抑えて、高い印税を払う形にしたい。結果的にあなた方も儲かる』」と申し出たが、すでに著名だった“三大テノール”たちは実はその申し出に難色を示していたという。「2人は反対、とくにプラシドはかたくなで、高額契約を主張した。あそこまで成功するとは思わなかったからだ」。
プラシド・ドミンゴ自身も「正直なところ大成功はまるで期待してなかった。たった1回のコンサートだ。
特別な企画とはいえ まさか あそこまでとは」と彼自身予想もしなかった空前の大成功に苦笑い。「彼(ドミンゴ)が地球規模の成功に気付いたのは公演が終わる頃だ。歓声に手応えを感じてようやく分かったらしい。『印税契約にすべきだった』『あの契約書にサインしたのは愚かだった』」