「六本木アートナイト」という、夜通しのアートイベントに行ったときもあのワンピースを着ていた。真夜中の毛利庭園がさまざまな光に照らされるのを、私たちは見ていた。3月の終わりで、冷たさのほぐれた優しい風が吹く夜だった。でもまだまだ光はきれいだった。
彼は4月から遠くの大学に行くことが決まっていた。私たちは未来の遠距離恋愛の約束をしていなかったし、数日後にはこの恋愛が終わることをわかっていた。もともとこの冬だけの恋人だったのだ。
冬の光はきれい。
日本の冬は乾いていて、空気中の水分の乱反射が少ないから、光が遠くまで届く。彼に教えてもらったことだ。ねえ、と私は言う。「あなたがどこに行こうと、私はここで光っているから、また冬が来たら、遠くから見えると思うよ」。彼は笑って頷いた。
あれから幾度も冬が来て、そのたびに私は新しく赤いワンピースと口紅を買った。「いつか彼に見つけてほしい」というのはロマンチックな言い訳で、ほんとうにほんとうに、冬が来るとすべての赤いワンピースが発光しているのだ。私にはそう見える。
「またそれ買うの?」「同じようなの持ってるでしょ」などと友人に言われることもあるけれど、毎度しっかり無視をする。