グローバルワークの“グローバル”を支えるクリエイティブ・ディレクター、トム トーの“感じる”映像【INTERVIEW】
アメリカに移住し14歳で学校に通い始めました。最初は、まったく英語が話せませんでしたから、必死で勉強しました。英語ができないから成績が下のほうのクラスに入れられましたが、先生に直談判して一番上のクラスに入れてもらいました。絶対に勉強するからと約束して。クラスでは勉強を教えてくれたり何かと助けてくれる生徒と友達になりました。アメリカ人のコミュニティに入っていこうと努力したのです。
それに、人って一生懸命やっている人には手を差し伸べてくれるんです。同じような境遇の人と群れ、運が悪いと嘆いていては、そこから一歩も進まない。
何も学べないし身につかないのです。その考えは今も変わらず、自分の哲学でもあります。
––––その後、アートの道に進もうと決めたのですね。
というよりも、読み書きに苦労していた私にとって、自分自身を表現するにはアートが一番手っ取り早い方法だったのです。
本当は、映画制作の道に進みたかったのです。奨学金をもらってUCLA(カリフォルニア州立大学)の映画学科に進みましたが、同窓生にはソフィア・コッポラなど才能あふれるメンバーがいましたが、フィルムプロジェクトにかかる学費は2万ドル(220万円)