渡辺美佐子 反戦朗読劇の原点は、原爆で奪われた“初恋の人”
本当に申し訳ない気持ちになりました」
予感は当たっていた。龍男くん一家は戦前、満州で暮らしていた。ところが、両親は息子を内地で学ばせたいと、小学生だった龍男くんを東京に送る。そこで、渡辺さんと同級生になったのだ。しかし、戦況はみるみる悪化し、龍男くんは祖母を頼って疎開。その疎開先が広島だった。
迎えた’45年8月6日。中学1年生になっていた龍男くんは、同級生たちと朝から建物疎開に動員される。
彼らがいたのは、原爆の爆心地だった。龍男くんには、遺体はおろか、遺品も、最期をみとった目撃者もいなかったという。
「ご両親は初めて会った私に『だから、35年もたつというのに、お墓も造ってやれない』と言って涙を流されて……」
渡辺さんは言葉を失った。
「もちろん、広島で約14万、長崎で約7万4,000もの人の命を落とした原爆の悲惨さ、恐ろしさは知っているつもりでした。でも、龍男くんが犠牲者の1人だったということで、原爆というものがズシーンと、私の胸に重くのしかかってきたんです」
本番中のスタジオでは、たくさんのテレビカメラが渡辺さんの表情を捉えようと、慌ただしく動いた。