くらし情報『歴史学的にはフィクション…それでも三谷幸喜が八重と義時を結婚させた理由』

2022年4月19日 06:00

歴史学的にはフィクション…それでも三谷幸喜が八重と義時を結婚させた理由

平家との関係悪化を恐れた祐親は幼児を殺害し、八重姫を自分の館に幽閉してしまいます」(稲井住職)

『鎌倉殿』でも大泉洋(49)扮する源頼朝との子が殺されるなどの悲劇は描かれていたのだが……。

「八重は1180年7月16日、館を抜け出し頼朝に会いに行きますが、すでに北条政子と結ばれていたのです。ショックのあまり八重は館に帰る途中、『私自身の身を犠牲にして、今後こんな悲しい女性が現れないように守護神になりましょう』と言って、この眞珠院近くの真珠ヶ淵に身を投げたんです。これは、資料などに残っているわけではなく口伝され、眞珠院にずっと伝わっているものです」

史実としての八重の生涯について、東京大学史料編纂所の本郷和人教授はこう語る。

「八重については歴史上の資料はほとんどありません。伊東祐親の娘で頼朝との間に1児をもうける。そして祐親に2人の仲を裂かれ子供を殺された。史実として確かなのはここまでです」

■専門家は「義時と八重の結婚は歴史学的には完全にフィクション」と断言
大河では、八重がその後、義時と夫婦になり泰時を出産しているが、本郷教授は「歴史学的には完全にフィクション」と断言する。

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