2022年8月7日 06:00
矢部美穂イジメ体験告白「ラジオだけが私を人間扱いしてくれた」
の美少女発掘コンテスト「New MOMOCO CLUB」のグランプリを受賞したのだった。
「グランプリが決まったときはうれしくて“生きていくことができる”ってホッとしました」
以来、浮き沈みの激しい芸能界に身を置き続けられているのは、ハングリー精神を持ち続けているから。
「運のよさもあると思います。’92年にデビューしてバラエティ番組やグラビアの仕事が続いたのですが、数年たって仕事が少なくなった時期もありました。でも、そんなときにこそチャンスが訪れる。たとえば’90年代後半に発売された『たまごっち』にハマっていることを、よくまわりに話していたのですが、空前のブームになったことで私にもテレビや雑誌の取材が殺到し、死んだたまごっちを生き返らせる裏技などを紹介したりしました」
デビュー数年後には、念願の中山美穂との対面を果たした。
「私のマネージャーさんがミポリンの所属事務所へ転職したこともあって、あるときコンサートに行くと『せっかくだから、楽屋へ挨拶に行こう』と声をかけてくれたんです。すっぴんのミポリンに会うという貴重な体験をしましたが、あまりに舞い上がって、何をしゃべったのかまったく覚えていません。