2022年8月7日 06:00
【御巣鷹山から37年】遺族の闘い「裁判に勝って、すべての真実を明らかに」
日航123便墜落事故で夫を亡くした吉備素子さん(撮影:加藤順子)
【前編】【御巣鷹山から37年】「なぜ、救助は翌朝に?」天国の夫に誓う墜落の真相究明から続く
「ひとえに、主人がなぜ亡くならなければならなかったのかの事実、真実を知りたいだけなんです。
今日の今日まで、日航から直接、事故原因を説明されたことなど、一度もないんですから」
1985年8月12日に発生した日航123便墜落事故。
その遺族である吉備素子さん(79)が日航に対し、民事訴訟を東京地裁に起こしたのは、2021年3月26日のこと。当初、この7月に判決予定だったが、8月25日の口頭弁論を経て、9月以降になる見込みだ。
1985年当時から吉備さんは、おもに次の4つの疑問を抱いてきた。
第1に、墜落場所の特定が遅れ、救出が翌朝になったこと。
第2に、相模湾に落下し沈んだ垂直尾翼などの残骸が「引き揚げできない」と結論されたこと。
第3に日航の高木社長(当時)の「私は殺される」という不可解な発言。
第4は、群馬県警事故対策本部長・河村一男氏に言われた「事故原因を追及したら、米国と戦争になる」発言。加えて同氏が退職後、関西で再就職した後の次の言動。