2022年10月2日 06:00
「赤ちゃんポスト」一人目の宮津航一さん「僕が子ども食堂を作った!」
九州から東日本へ、乗り物を乗り継いだ。航一さんが美光さんの膝の上でぐっすり寝てしまったころ、車窓の風景はのどかな地方都市のものに変わっていた。
駅前でレンタカーを借りて、菩提寺を訪ねた。「もしかしたら、お母さんもここを走ったかもしれないな」「ここで買い物していたんだろうな」と、航一さんはかすかに残る実母の足跡をたどった。
「お墓は遠いところでしょっちゅう行けないから、その分、お父さんは何本も線香を買ってくれたんです」(航一さん)
せめてもの供養にと「宮津のお父さん、お母さんの子として元気で暮らしています。心配しないでね」と実母に宛てた手紙を墓前で燃やした。灰になった手紙は、やがて風に吹かれ、天国の母の元に舞い上がっていった。「それまでのボクは、実の母を感じられるものは何もありませんでした。
でも、お墓の脇にあった小石を持ち帰り、半分は地元の教会の納骨堂に、半分は自分の部屋に置いています。母の形見みたいなものです」(航一さん)
児相が実母の職場の友人を探してくれ、3枚だけ残っていた実母の写真も入手できた。現在は航一さんの部屋に飾ってあり、笑顔の実母に見守られている。
「“やさしそうだな”というのが最初の印象。