2023年2月26日 06:00
オリコン常連で中卒の作詞作曲家・岡嶋かな多さん「音楽を作って辛さも悲しさも成仏させてきた」
そして15歳にして、思うだけでなく行動するところが、彼女らしさなのだろう。
「音楽の道へ進もうと決めているのに、なんで高校へ行かなきゃいけないの」
相談した父親は、
「わかった。ただし、やるなら勝ち戦しかするなよ」
と、背中を押してくれた。こうして中学を出て、自ら新聞広告で見つけた音楽専門スクールへ。
「目標は、17歳で武道館!」
しかし、思い描いていたようにスカウトされてデビューといった出来事は起こる気配もなく、新たな苦悩に満ちた日々が始まった。
■この歌詞を書くために今までの苦しみや悲しみがあった。もはや、表も裏もない!
「焦りまくってました。同世代のSPEEDがデビューと同時にブレークして、最年少メンバーは同い年。
宇多田ヒカルさん、安室奈美恵さんたちもみな10代でヒット連発でしたから、私はすでに手遅れ、という思いでした。曲を作り、バンド活動を始めても先は見えず、私の人生はどうなるんだろうと不安で、ピアノに突っ伏して泣いていました」
18歳からは渋谷のCDショップでアルバイトを始め、気づけば20歳になっていた。
「いちばん葛藤していた時期です。私は相変わらずバイトしながら、中華屋のダクトからの煙の匂いをおかずに塩にぎりを食べる日々。