ノイジーなのは音だけではない。かつてその路地で葬られた物語が女性の姿を借りて出てきたような不思議な存在が、何人も登場する。窪塚演じる“兄さん”は、体温の高そうな登場人物の中にあって、最初から最後までひんやりした温度で舞台上に立ち、すでに半分は路地に魅入られてしまった人間であることを示す。昨年の『血は立ったまま眠っている』に続いて蜷川の指名を受けた窪塚だが、この世とあの世の中間に立つような役は、なるほど、確かによく似合う。輪郭を持たない“兄さん”の像を浮かび上がらせるように、弟役の近藤公園、元・恋人のふね役の中嶋朋子、恋仇のハルキ役の丸山智己が、的確な演技で脇を固める。
蜷川のダメ出しも、ちょっとした立ち位置の注意程度。ラストシーンまで約90分、ノンストップで終えたあとの言葉も優しいものだった。「今は70%でいいよ」
実はこの舞台、ほぼ全編に渡って舞台上に雨が降っている設定。
この日は雨の音だけを流していたが、蜷川の言葉は実際に降らせた時のことを想定したものだ。「雨を降らせたら、声や動きが絶対に変わる。だから今の段階でガチガチに固めず、変更に対応できる糊しろを持っていたほうがいい」という意味だ。