そんな予感はもとよりあった。和紗は、離れていくマサシの頭を両手で抱きかかえると、自分のほうから深く唇を重ねた。もっと、もっと近づきたい。心の底から湧き上がる、奇妙な情熱が、身体じゅうを満たしていた。
「・・・・・・いいのか?」
低い、吐息のようなマサシの声が耳元にささやかれて、和紗は必死に頭をマサシの肩口にこすり付けた。
ただマサシともっと抱き合いたい、というシンプルな欲望だけがそこにあった。夜中まで灯火がキラキラと輝き、終わらない祭りの中にあるようなその小さな村のホテルで、和紗は初めてマサシと一夜をともにした。
過去の日々を思う時、人は大概セピア色だったりモノクロームの映像を思い浮かべる。
それは、実は不思議な話だ。色あせていくのは物理的なフィルムや紙焼きの話であって、記憶の中の映像は決して色あせることなどない。
マサシを思う時、真っ先に浮かぶのは、鮮やかなオレンジ色だ。それは、南仏の街並みを彩る石造りの家の色。朝、ホテルの朝食に並ぶオレンジの果実の色。そして、田園ににじんで落ちていく夕陽の色だ。
マサシのいた風景は、いつまでもその場所の空気をまとっている。そして、ちょっと記憶をたどればすぐに、その場所に飛んで帰ることができるのだ。