どうして、あのまま彼についていかなかったんだろう。もうここに、彼はいない。彼は、永久に、失われてしまったのに。
窓の外を流れていく、日を受けて黄金色に輝くなだらかな丘陵を見ながら、和紗はただただ静かに涙を流した。
パリに着いた時は、正直少しホッとした。
田舎の風景の中にいたら、否が応でも思い出してしまう、この夏の日々のことを、せめて街中では思い出さず済むだろうからだ。
だが、そう思ったのは早計だった。一晩開けて、窓を開けると、石造りの街並みを見ても、やはり、そこにはない田園風景の幻を追ってしまう。
そこにはいない男の影を追ってしまう。そして、ただただ切なくて胸が苦しくなるのだった。
どうしようもなくて、ケータイで、1日に1度はマサシにメールをした。内容は他愛もないことだった。そして、最後に必ず、jtbと記した。
フランス語の略語で、「キスを、あなたに」。
マサシからの返事は、ほとんどなかった。きっと、メールは苦手なんだろう。
ぶつくさと言う彼の低い声が聞こえてくるようだった。それでも、送らずにはいられなかった。
マサシと離れていることがつらく、毎日が砂をかむように虚しかった。