おとな向け映画ガイド今週の公開作品から、人間って…の3本をご紹介します。ぴあ編集部 坂口英明20/11/15(日)イラストレーション:高松啓二今週のロードショー公開は17本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。全国100スクリーン規模以上で拡大公開される作品は『STAND BY ME ドラえもん2』『フード・ラック!食運』の2本。中規模公開とミニシアター系の作品が15本です。その中から、3本を厳選し、ご紹介します。『ホモ・サピエンスの涙』スウェーデンの“映像の魔術師”、世界のなかで異彩を放つロイ・アンダーソン監督の最新作。ヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞(最優秀監督賞)を受賞した作品です。今年のぴあフィルムフェスティバルでも、コンプリート特集が行われ、特別上映されました。観ている途中で黒澤明監督の『夢』という映画を連想しました。「こんな夢を見た」で始まる黒澤の夢の数々。少年の頃の思い出や、悪夢もありました。最後は牧歌的な楽園で終わります。この作品もロイ・アンダーソンの夢の世界といえなくもありません。難解、という人もいるかもしれませんが、夢の世界なんて不可解なもの。ほとんど脈絡がない33シーンが続きます。どんよりとした空気の北欧の街。陰気にみえる人たちの謎の行動……。1シーン1カットによる5分以内の映像。意表をつく発想もあり、人間の内面がさらけだされる寓話のようでもあり。そのどれもが緻密な構造で描かれた絵画みたい。まさに万華鏡のような映画です。少し紹介すると、恋人たちが戦禍のドイツ・ケルンの上空を舞っている。シャガールの絵『街の上で』からインスパイアされて作られたシーン。牧師が心理カウンセラーの診察室にやってきて「神は去った。私はどうしたらいいのか」と打ち明けるシーン。高台の公園のベンチにすわった中年のカップル、女は「もう9月ね」と、ただ、ぽそっとつぶやくシーンなど。どれが琴線にふれるか、は観る人次第です。ロイ・アンダーソンは独特の映画作りで知られています。すべての撮影が、ロケではなく、自分の所有する巨大なスタジオのセットのなかで、行われます。CGはほとんど使いません。模型を使ったり、遠近法を利用した背景画など、昔ながらの映画のテクニックが駆使されています。有名な役者はキャスティングせず、一般人をオーディションで起用するやり方も、リアル感を高めています。どこかおかしい、愛すべき人間たち。ちょっとブラックなところもあります。絶望的にさせる話もありますが、希望がほの見えるシーンもあります。ほんわりとした後味。不条理を楽しむ、そんな気分で気楽にどうぞ。首都圏は、11/20(金)からヒューマントラストシネマ有楽町他で公開。中部は、11/27(金)から伏見ミリオン座で公開。関西は、11/20(金)からシネ・リーブル梅田他で公開。『フードラック! 食運』もう、肉好きにはたまりません。がぜん、“みすじ”が食べたくなります。 いやいや、滅多に焼肉食べないんだよなぁ、って人も焼肉店に行きたくなってしまうかと思います。これほど焼肉が美味しそうに見える映画は初めてです。食通で知られる、ダチョウ倶楽部・寺門ジモンの初監督作品。これまで番組や雑誌記事で彼の食レポを目にしたことはありましたが、その舌体験がそこここに素敵なスパイスとなり、彼にしかできない、おいしい食と人の映画になりました。EXILE NAOTOがフードライター佐藤くんで、土屋太鳳がサイトの編集者竹中さん。このふたりが、グルメの新サイトで究極の焼肉をとりあげることになり……、と一見『美味しんぼ』的設定。ふたコトめには「この店は食べログ上位です」と、にわか知識をふりかざす竹中さんに対し、佐藤くんは、個人的な食体験から磨きあげた超人的な味覚と嗅覚、そして持って生まれた、おいしいものにめぐりあえる「食運」がついているようです。おそらくジモン監督が食めぐりをするなかで見聞きしたエピソードや、出会った食の達人たちの反映でしょう。でてくる焼肉屋主人たちの一家言がなるほどの連続。演じる役者さんの味のある顔もほれぼれとしますし、確かにこんな感じの親父さんやおかみさん、いますね。寺脇康文、大和田伸也、東ちづる、そして渋いね白竜が。天才佐藤くんのルーツは、りょう演じる母にあったというあたり、泣かせてくれます。彼の肉の焼き方、これ、店でやったら嫌われそうだなぁ、という感じのかなりオーバー・アクション。でも、真似したくなるんだなぁ。『泣く子はいねぇが』大みそかの夜。青年たちが、鬼の赤や青の仮面をつけ、髪をふりみだし、「泣く子はいねぇが」と大声をあげて家々を襲う秋田の伝統行事「男鹿のナマハゲ」。それを受け継ぎ、郷土の文化を守る若者たちの美談とか、そした話ではねえだす。仲野太賀が演じる主人公・たすくは、一応ナマハゲを受け継ぐひとりですが、仕事もなく、だから金もない。結婚して子どもができたのに、妻には愛想をつかされて途方にくれるだけ、そういうどちらかというとみっともない青年です。その年は、テレビの中継も入り、ナマハゲの映像が全国に流されるという晴れの舞台になるはずだったのですが、心にくったくがあったのでしょう。各家でだされる振る舞い酒をしこたま飲んだたすく君は、なんと、とんでもないことをしでかしてしまい……。そこから始まる苦闘の日々。彼が、それでも何とか一人前のおとなの男になろう、父親になろうともがく姿を描きます。監督は、初の自主制作長編作品『ガンバレとかうるせぃ』がPFFアワード2014で映画ファン賞(ぴあ映画生活賞)と観客賞をW受賞した佐藤快麿(たくま)。この作品が劇場デビュー作になります。佐藤監督の原案をバックアップし、映画化にむけた原動力になったのは是枝裕和監督率いる映像制作者集団「分福」(企画協力)。仲野太賀のほか、妻・ことね役に吉岡里帆、親友・亮介役に寛一郎、余貴美子、山中崇、柳葉敏郎(秋田出身)といった豪華な配役が並びます。すでにいくつかの国際映画祭でも上映され、撮影の月永雄太はサン・セバスティアン国際映画祭で最優秀撮影賞を受賞しています。最初と最後に登場するナマハゲ。幼い子どもにとって、その姿は怖いなんてもんじゃないだろうな、と思います。そのナマハゲを見事に活かしたラスト。涙です。「がんばれよ!青年」と声をかけたくなります。
2020年11月15日おとな向け映画ガイド今週の公開作品から、観れば納得の3本をご紹介します。ぴあ編集部 坂口英明20/11/8(日)イラストレーション:高松啓二今週のロードショー公開は29本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。かなりの多さです。全国100スクリーン規模以上で拡大公開される作品は『ドクター・デスの遺産-BLACK FILE-』『ホテルローヤル』『水上のフライト』『魔女見習いをさがして』の4本。中規模公開とミニシアター系の作品が25本です。その中から、3本を厳選し、ご紹介します。『シラノ・ド・ベルジュラックに会いたい!』『シラノ・ド・ベルジュラック』といえば、フランス演劇史上の名作。鼻が巨大で醜い剣客シラノの悲恋物語です。毎年、世界のどこかで演じられていて、例えば日本では、今年の12月に宝塚星組が公演しますし、英国ナショナル・シアターの最新公演も「ライブ・ビューイング」で上映されます。この映画は、作者であるエドモン・ロスタンが、この傑作劇を生み出だすまでの、色恋あり、ドタバタありのロマンチック・コメディです。1897年、瀟洒なベルエポック時代のパリ。売れない劇作家で詩人のエドモンに、名優コンスタン・コクランのための戯曲を書く仕事が舞い込みます。紹介してくれたのは、彼を唯一気にかけてくれていた大女優サラ・ベルナール。が、これから2時間後に脚本を持って行け、という無理難題!200年も前に実在したシラノ・ド・ベルジュラックを主人公にするという付け焼刃なアイデアを、アドリブを加えてプレゼンすると、これが意外にウケて、大成功。なんと、3週間後に舞台にかけることになります。恋愛中の友人へのアドバイスを脚本に入れてしまったり、エドモン自身におきる事件や、次から次へと出てくるバックステージのトラブル、それらがどう解決され、無事初日を迎えられるかが、この映画の楽しいところです。監督・原案・脚本のアレクシス・ミシャリクは、映画『恋におちたシェイクスピア』から想を得たといいます。エドモン・ロスタンが登場する「『シラノ・ド・ベルジュラック』ができるまで」、それをまずは舞台化。2016年の初舞台で大成功させ、この映画につなげました。エンドクレジットには実際のエドモンやコクラン、シラノ役を演じた歴代の役者の写真も紹介されます。『ミッシング・リンク 英国紳士と秘密の相棒』この映画、ストップモーション・アニメーションで作られているんです。パペット(人形)を少しずつ動かして撮影し、それを繋ぎ合わせる手法のアニメ。『ウォレスとグルミット』を観たときは、その手作り感の映像にホッコリし、すっかりファンになりましたが、良くも悪くも、これは別物。目をみはる背景の美しさ、ビクトリア朝時代の家具や小道具、衣装など細部へのこだわり。パペットの動きがスムーズで実に表情豊かなこと。最高なのは、そのなんともユーモラスな造形の楽しさと、最新技術も取り入れて表現されたスケールのデカい躍動感、そしてストーリー。ストップモーション・アニメーションのトップランナーと言われている、アメリカのスタジオライカの作品です。19世紀後半のイギリス。有閑貴族で、ちょい自分本位な英国紳士、ライオネル卿の冒険物語です。シャーロック・ホームズにも似たいでたち、好奇心の赴くままに、世界中の謎に挑む探検家。夢は伝説の生物を発見し、探検界の憧れ「貴族クラブ」の会員になることです。ネス湖の怪獣とおぼしき未確認生物を取り逃したあと、アメリカで身長2メートルの「ビッグフット」に出会い、彼を相棒にヒマラヤにある伝説の谷、シャングリラを目指すのですが……。いま注目のライカ作品というだけあって、声優陣も実に豪華。主人公ライオネル卿の声を担当しているのはヒュー・ジャックマン。他に、ザック・ガリフィアナキスやゾーイ・サルダナ。なるほど、ライオネル卿のパペットはヒューをイメージして作られていますし、みな雰囲気が似ています。『インディ・ジョーンズ』シリーズにも似た、おとなも観てワクワクするアニメの傑作です。『音響ハウス Melody-Go-Round』東京は銀座の早朝。和光、三越、そして歌舞伎座の前を、雨の日も風の日も、同じ時刻に通る男性の姿が映し出されます。その人が通う先は、神の宿るレコーディングスタジオ『音響ハウス』。彼は、このスタジオのメンテナンス・エンジニアなのです。40年にわたり様々な機材を調整、修理してきた「マイスター」。直せないものはない、が信条です。きちょうめんな彼のチェックで、音響ハウスの朝がはじまります。スタジオができて昨年で45年。場所がら、CMなどの音楽制作に使われることが多く、その録音に参加したCITY-POPのミュージシャンの間で、評判がひろがっていったそうです。実際に、この映画のために作られた主題歌「Melody-Go-Round」を、さまざまなミュージシャンがパーツを少しずつ演奏しながら収録。それと平行して、松任谷由実、矢野顕子、坂本龍一、佐野元春……。ビートルズが使用したアビーロードスタジオにも匹敵する、いやそれ以上だと、このスタジオを愛するミュージシャンたちの証言がインサートされます。いくつもあるスタジオのうち、坂本龍一が「2スタ」をいかに愛したか、とか……、さまざまな伝説が紹介され、この偉大なレコーディングスタジオの秘密が浮き上がります。企画・監督を務めたのは、レコーディング・エンジニア出身の相原裕美です。首都圏は、11/14(土)から渋谷・ユーロスペースで公開。中部は、12/18(金)からセンチュリーシネマで公開。関西は、11/20(金)からシネ・リーブル梅田で公開。
2020年11月08日おとな向け映画ガイド今週の公開作品から、世代を超えて共感できる3本をご紹介します。ぴあ編集部 坂口英明20/11/1(日)イラストレーション:高松啓二今週のロードショー公開は19本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。全国100スクリーン規模以上で拡大公開される作品は『モンスターストライク THE MOVIE ルシファー 絶望の夜明け』『おらおらでひとりいぐも』『461個のおべんとう』の3本。中規模公開とミニシアター系の作品が16本です。その中から、3本を厳選し、ご紹介します。『461個のおべんとう』お弁当、作る方も、作ってもらう方も、思いは十人十色です。これは、ロックミュージシャンが、高校に通う息子のお弁当を毎日作った、という実話をもとにしたその3年間のお話。原作は「TOKYO No.1 SOUL SET」のボーカル&ギタリスト渡辺俊美によるエッセイです。とても優しい息子さんです。15歳の多感な時期にパパとママが離婚、受験に失敗し、1浪の末に高校に入ります。年下のクラスメートのなかで、苦労はないだろうか。そんな心配をした料理の得意なパパは「3年間休まず登校する」という息子に、じゃあパパも「3年間、毎日お弁当を作る」と約束します。売れているミュージシャン、シングルファーザーの奮闘が始まります。なんといってもこのパパ役に、V6の井ノ原快彦が、ぴったりハマっています。無理がない感じ、慌ただしい音楽の世界にいてもちょっと余裕の、すてきなパパです。息子役に関西ジャニーズJr.内ユニット「なにわ男子」の道枝駿佑。ふたりで歌うシーンもあります。親子ともに卵焼きが大好き。卵に入れる具材を工夫して日々のお弁当を彩ります。子供の頃から居酒屋に連れていったせいか、息子の渋〜い味の好みにもクスッと笑えます。(1)調理は30分以内 (2)1食単価300円以内 (3)おかずは材料から(出来合いを使わない)が信条の、弁当箱にまでこだわる愛情べんとう。息子の甘じょっぱい高校生活、バンド仲間との濃厚な日々など、いろいろなおかずが詰まっている、後味のいい映画です。『おらおらでひとりいぐも』専業主婦で夫に先立たれ、子供たちと物理的にも精神的にも距離があり、郊外の戸建てにひとり住まい、という75歳の女性、桃子さんの日常を描いた映画です。若竹千佐子の芥川賞受賞作を映画化したのは『モリのいる場所』の沖田秀一監督。桃子さんを演じているのは田中裕子です。朝起きて、トーストの食事をとり、病院へ。延々と続く待ち時間は、テレビの画面にでる時刻表示で表現してくれます。3時間近く待ってもお医者さんとかわす会話はほんの一瞬。たまに来る娘は、金の無心。そんなこと、気にしてはいられない。桃子さんの最大の関心事は、「地球46億年の歴史」なのです。図書館で何冊も図鑑を借り、ノートにイラスト入りでまとめます……。東北出身の桃子さん、故郷を飛び出して上京し55年たちますが、ひとりごとになると、お国なまりがぬけません。桃子さんが心のなかでつぶやく言葉もしっかり東北弁です。映画ではそれをなんと擬人化。寂しさ1(濱田岳)、寂しさ2(青木崇高)、寂しさ3(宮藤官九郎)という脳内キャラクターで見えちゃう化しています。彼らと桃子さん、しんみりと会話したり、時にはどんちゃん騒ぎをしたり。そんなぶっ飛び方が、ともすれば陰気になりそうなムードを楽しいものに変えています。もうひとり、「どうせ」(六角精児)というネガティブキャラもいて、これもかなりウケます。そして回想のなかに登場する、若かりし昭和の桃子さん役は蒼井優。かれら全員で、桃子さんが表現されます。人生、気持ちを解放して謳歌すべし、「おらは、ひとりで生きていっても大丈夫だあ」そんなふうに明るく思える作品です。『PLAY 25年分のラストシーン』ユニークな発想で作られたフランス映画です。1980年生まれの男性が、25年間、自分の周りの出来事をホームビデオカメラで撮りためていて、その大量の映像を整理しながら観ているという設定です。13歳のクリスマスにプレゼントでもらったビデオカメラから始め、現代のiPhoneまで、いかにもアマチュアらしい映像が続きます。だんだん画質がよくなっていくのもリアリティがあります。パーティや結婚式とか、その頃の人間関係、考えていたことをそっとおりこんでいて、男の子の成長や家族の一部始終を覗いているかのようです。映像をつないで見せるだけで、説明的なナレーションもありませんが、1998年のサッカーW杯や、2000年ミレニアムの馬鹿騒ぎも巧みにとりいれていて、時代背景もわかり、ちゃんと映画らしい展開になります。監督はアントニー・マルシアーノ。彼の自伝的作品です。いたずら好きでやんちゃな子供たち。恋の時代をむかえ。それぞれの人生を歩みだし。そして……。どんなラストシーンが待っているか!首都圏は、11/6(金)から新宿武蔵野館他で公開。中部は、11/6(金)からセンチュリーシネマ他で公開。関西は、11/13(金)からシネ・リーブル梅田他で公開。
2020年11月01日おとな向け映画ガイド今週の公開作品から、さまざまな人間模様の3本をご紹介します。ぴあ編集部 坂口英明20/10/25(日)イラストレーション:高松啓二今週のロードショー公開は27本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。とても多い週です。全国100スクリーン規模以上で拡大公開される作品は『罪の声』『とんかつDJアゲ太郎』『映画プリキュアミラクルリープ みんなとの不思議な1日』の3本。中規模公開とミニシアター系の作品が24本です。その中から、3本を厳選し、ご紹介します。『罪の声』35年前、日本を揺るがした未解決の怪事件。その犯人像に迫った塩田武士のベストセラー小説を映画化しています。TV『逃げるは恥だが役に立つ』などの脚本・野木亜紀子と監督・土井裕泰らヒットメーカーたちが集結。小栗旬と星野源がダブル主演という、自信のキャスティングです。京都で小さなテーラーを営む男性が、父の遺品から一本のテープを偶然見つけます。そのテープには、子供の頃の自分の声による、あの事件の脅迫電話が残されていました。まさか、知らない間にあの事件に関わっていた……? 彼は家族に内緒でテープの謎を調べ始めます。テーラー役を演じているのが、星野源です。同じ頃、大阪の新聞社がこの事件を再調査しはじめます。発生当時の状況を知るベテラン記者はすでに現場を離れ、取材を担うのは、テーラーの男性と同世代の記者です。これが小栗旬。このふたりが、迷宮入りの犯罪を地道な聞き込みで調べまわるうちに出会い、闇の中から事件の真相をつかみます。小栗旬と星野源、いい感じ出してます。小栗の役は、スクープのためなら非情にもなるという新聞記者でなく、人間としての暖かさもあるキャラクター。星野は本来の明るい個性を抑え、自分の過去に思い悩む市井人を演じています。ふたりをとりまく俳優陣も納得の顔ぶれ。ある役者さんの登場では、思わず「おー、そう来たか」とうれしくなってしまいました。これぞおとなが満足できるエンタテインメントです。『パピチャ 未来へのランウェイ』パピチャ、というのは、アルジェリアのスラング。“愉快で魅力的で常識にとらわれない自由な女性”を意味するそうです。これは、アルジェリアの1990年代、政府軍と複数のイスラム主義反政府軍が戦う「暗黒の10年」といわれた内戦の時代に、希望ときらめきをうしなわなかった女性たちの物語です。首都アルジェ。ヒジャブという布で頭や体を覆う服装を強要するポスターが街中に貼られています。ドライブをすれば検問にひっかかります。それが政府軍によるものか、反政府かもはっきりせず、運が悪ければ、殺される。男尊女卑、宗教的な制約、性差の抑圧で息がつまりそうです。でも、ファッション・デザイナーを夢見る主人公の女子大生、ネジュマは負けません。彼女の楽しみは、深夜、女子寮をぬけだして郊外のナイトクラブへ踊りに行くこと。白タクのなかで着替えをし、カセットでお気に入りの音楽をかけます。クラブでは、自分がデザインした手作りのドレスを売り、夢の実現への努力も怠りません。自由にファッションを楽しもうとするネジュマたちは、男性だけでなく、原理主義者の女性からも非難の的です。そんな中で、彼女は女子寮で、あるファッションショーを企てるのですが……。弾圧されても、パワフルにカラフルに、自分の人生を切り開いていこうとする女性たち。アルジェリア出身の女性監督ムニア・メドゥールの自伝的な作品です。それをヴェネチア国際映画祭最優秀女優賞を受賞した注目の若手女優、リナ・クードリが熱演。本国での上映は見込みが立っていないそうです。『愛しの母国』中国の建国70周年を記念して作られた、国威発揚のための宣伝映画、といわれると、ついスルーしちゃいますが、世界の巨匠チェン・カイコーが総合監督で、いまや世界第2位の映画大国、中国を代表する監督たちが7つの歴史的瞬間というエピソードをそれぞれ受け持ち、つむいだオムニバス、となると興味がわきます。しかも、いわゆる上から目線でない庶民視点が特徴の、温かい内容になっています。役者も豪華です。例えば、「前夜(1949年・建国式典)」は、式典会場の国旗自動掲揚装置を開発し、当日の準備に奔走する科学者が主人公です。演じているのは、『西遊記〜はじまりのはじまり』のコメディ役者ホアン・ポー。「初恋(1984年・ロス五輪)」は、女子バレーボールチームが決勝進出し、全中国が注目した当日、上海の下町で、電気屋の少年は、白黒テレビのアンテナ調整の仕事の手伝いで大わらわ、引っ越してしまう初恋の女の子へのプレゼントがわたせない……とか。人気者グォ・ヨウが主演した「Hello 北京」は北京五輪がテーマ。グォ・ヨウはタクシー運転手。会社のくじで開会式のプラチナチケットを手に入れ……、という下町人情劇。監督は『クレイジー・ストーン』などブラック・コメディの名手、ニン・ハオです。そして、チェン・カイコーが監督した「流れ星」というエピソードは中国の宇宙プロジェクト「神舟」計画がテーマです。内モンゴルの兄弟が、神舟11号の高原への帰還を目撃する話。かれらを見守る老人役がティエン・チュアンチュアン監督。役者として出演しています。中国の巨匠ふたりのコラボです。もちろん国として都合の悪い話はでてきません。核開発、香港返還などのエピソードもあくまで中国の視点。ですが、日本の戦後の写し鏡のような庶民の物語にはとても共感できます。首都圏は、10/30(金)から池袋・グランドシネマサンシャインで1週間限定公開。
2020年10月25日おとな向け映画ガイド今週の公開作品から、おとなの味がする4本をご紹介します。ぴあ編集部 坂口英明20/10/18(日)イラストレーション:高松啓二今週のロードショー公開は22本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。全国100スクリーン規模以上で拡大公開される作品は『きみの瞳(め)が問いかけている』『朝が来る』『空に住む』の3本。中規模公開とミニシアター系の作品が19本です。今週も傑作揃い。その中から、4本を厳選し、ご紹介します。『キーパー ある兵士の奇跡』いまや、ヨーロッパのサッカー界に国籍はないも同然ですが、この映画の主人公こそが、イギリスのリーグの年間最優秀選手に選ばれた最初の外国人選手。彼は、戦争中、捕虜として収容所に入れられていたナチスの兵隊でした。ナチスの優秀な軍人に贈られる“鉄十字勲章”と、イギリスの“大英帝国勲章”の両方を持つ唯一の男。バート・トラウトマンといいます。ドイツ軍空挺部隊の元伍長。収容所で仲間とサッカーをしていたところを、地元のサッカーチームの監督に見いだされ、キーパーの助っ人に駆り出されるところから、彼の人生はまた大きく変わります。戦後は故国に帰らず、プロチーム「マンチェスター・シティFC」に入るのです。戦後すぐの話です。相当な風あたりだったでしょう。イギリスはドイツと敵国として戦い、空襲の被害にもあっていますし、ユダヤの人たちだって多くいるのです。彼がいかにして、認められ、愛され、「イギリスの」国民的ヒーローになったか。イギリス人の妻とのエピソードなどで語られる、トラウトマンの真摯で前向きな人柄もありますが、何よりも彼のプレイがイギリス人の心を動かしていきます。スポーツの持つ力、ともいえます。監督はマルクス・H・ローゼンミュラー。トラウトマンは『愛を読むひと』で注目されたドイツ人俳優、デヴィッド・クロスが演じています。妻マーガレット役のフレイア・メーバ―、その父で最初にトラウトマンを認めた地元サッカーチームの監督役ジョン・ヘンショウなど、主要な役どころはイギリスの俳優で固めた、ドイツとイギリスの合作。戦後75年、いまだから作れた映画、です。『ザ・バンド かつて僕らは兄弟だった』全盛期の音楽活動はもとより、解散コンサートが伝説の映画『ラスト・ワルツ』として映画史にも燦然と輝く、ザ・バンドを、彼らの音楽的ルーツから始め、解散後まで描いた音楽ドキュメンタリーです。ボブ・ディランのバックバンドとして、1965年からツアーに参加。フォーク・ソングのカリスマだったディランがロックに目覚めた時期です。アコースティック・ギタ―での弾き語りのあとにバンドと登場するツアーの構成は、世界中どこへいっても、古典的なフォークファンからブーイングの嵐でした。やや疲弊した彼らは、ニューヨーク郊外のウッドストックで出直します。バンド名も「ザ・バンド」として活動を開始。ロバートソン夫妻が住む、ピンクに塗られた家の地下スタジオで作曲をし、レコーディングも始め、68年、『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』で本格的なアルバムデビューを果たします。近くに住むディランも加わって……。ハッピーな日々が続きます。唯一無二のバンドとして得た名声。才能がぶつかり合い、やがて訪れる仲違いと解散が待ち受けていますが、そんな、1970年前後絶頂期の彼らは、やんちゃで、生き生きとしていて、本当に兄弟のようで、実に楽しそうです。マーティン・スコセッシが製作総指揮。リーダーだったロビー・ロバートソンの回想を中心に、これでもかというほど豪華な音楽界の大物たちの証言が並びます。エリック・クラプトン、ジョージ・ハリスン……。スコセッシが語る『ラスト・ワルツ』秘話。ブルース・スプリングスティーンは彼らの仲の良さを語り、魅力のひとつを「シンプルな名前、ザ・バンド。これだね」と。首都圏は、10/23(金)から角川シネマ有楽町他で公開。中部は、10/24(土)から名演小劇場で公開。関西は、10/30(金)からシネ・リーブル梅田他で公開。『彼女は夢で踊る』実在する広島第一劇場というストリップ劇場を舞台にしたドラマです。立ち退きを迫られていることもあり、閉館はやむを得ない現実なのですが、往生際悪く、閉館興行をうちながら、2度も再開し、「閉館詐欺」といわれても平然としている劇場主が、主人公の木下社長です。演じているのは、ベテラン俳優加藤雅也。下町のショービジネス世界に、いそうだよなあこういう人、とつい思ってしまう、どこかうさんくさそうな、不思議な個性が、魅力です。札束がうなっていた全盛期、それから幾星霜。場末感ただよう「ヌードの殿堂」もいよいよ閉館。支配人は、全国から集めた踊り子のなかに、かつて憧れた人のおもかげをみつけ……。踊り子、そしてそのヒモさん、職人芸の照明さん、変わったお客さんたち、彼らの人間模様が繰り広げられます。実際、閉館間近という第一劇場で撮影。出番前に、踊り子さんがキスをして舞台に向かう「口紅の壁」が歴史を語っています。ロック座のベテランストリッパー、矢沢ようこが踊る、そのバックに流れる曲は松山千春の『恋』。楽曲使用に意外とすんなり許可がおりたのは、松山が昔、ストリップの照明の仕事をやってたことがあったからとか。とてもしみます。昭和な味もする青春ノスタルジー。哀愁の映画です。首都圏は、10/23(金)から新宿武蔵野館他で公開。中部は、10/23(金)からユナイテッド・シネマ豊橋18、11/21(土)からシネマスコーレで公開。関西は、10/31(土)から第七藝術劇場で公開。『FRIDAY』横浜長者町で40年続く、FRIDAYを追ったドキュメンタリーです。横山剣率いるクレイジーケンバンドを生んだ聖地、とよばれる伝説のライブハウス。ゆかりのミュージシャンとしては、柳ジョージ、宇崎竜童、TCR横浜銀蝿RSRの翔など、つまり、ハマのちょいワルバンドの巣窟です。キャパは50席ほどで、客席と同じ高さのステージ。演奏した音がストレートに響くハコはここしかない、と評判です。名物マスター磯原順一さんの日常を中心に、30組近い、ミュージシャンたちのインタビューと、『長者町ブルース』『雨に泣いている』『カサブランカダンディ』『横浜ホンキートンク・ブルース』『港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ』など22曲が披露されます。横浜、おとなの夜を愉しんでください。首都圏は、10/23(金)から29(木)まで アップリンク渋谷で、10/30(金)から11/13(金)まで 横浜ジャック&ベティで公開。中部は、11/28(金)から12/4(木)まで 名古屋シネマテークで公開。
2020年10月18日おとな向け映画ガイド今週の公開作品から、出色の3本をご紹介します。ぴあ編集部 坂口英明20/10/11(日)イラストレーション:高松啓二今週のロードショー公開は17本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。全国100スクリーン規模以上で拡大公開される作品は『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』『みをつくし料理帖』『夜明けを信じて。』の3本。中規模公開とミニシアター系の作品が14本です。今週も、観逃せない作品が並びました。その中から3本をご紹介します。『博士と狂人』辞典の最高峰といわれる「オックスフォード英語大辞典(OED)」。1928年に第一版を完成するまで、70年以上を要したそうです。膨大な量の言葉をひたすら集め、編纂するという、地味めな仕事ですが、その裏側で、こんなにドラマチックな人間関係と誕生秘話があったとは!OED編纂の中心人物は、マレー博士。独学で語学を学んだ、スコットランドの仕立て屋の息子、たたき上げの人です。計画が始まったものの遅々として進まない辞書作りを、彼が斬新なアイデアを持ち込んで一挙に推進させます。最も重要で大変な「言葉の用例を探す」作業に、一般人の協力を募ったのです。それに応え、世界中から用例が郵便で集まります。なかでも、大量に、しかも的確なものを送ってきたのが、マイナーという医師でした。教養人で読書家、辞書編纂にこれほど力になる協力者はいないのですが、アメリカ人の彼は、実は、南北戦争の後遺症で精神を病み、イギリスで殺人事件を起こし、精神病院に措置入院させられていたのです。マレー博士を演じるのはメル・ギブソン。そして、マイナー役はショーン・ペンです。歴史の教科書にでてくるような、髭面の偉人そのままの顔。格調があり、パッションも充分です。このふたりが、最初は手紙のやりとりから、やがて交流が始まり、深い友情と信頼で結ばれていきます。超アナログ時代の辞書作り、ビクトリア朝のイギリスの再現に好奇心がそそられます。そして、なによりもハリウッドを代表する名優ふたりの奥深い演技がみもの。ご堪能ください。『スパイの妻』黒沢清監督がヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞(監督賞)を受賞した作品です。1940年、大戦前夜の神戸を舞台にした歴史ドラマであり、緻密に作られたスパイサスペンスです。商社を営む主人公福原優作が、満州で重大な国家機密を入手し、正義感からそれを世界にリークしようと決意します。ことが明るみにでたら「国を売った非国民」として、断罪されるのは必定です。その計画を知ってしまった妻・聡子は……。舞台となる神戸の商社と住まい、洋風なライフスタイルなど、少しでもうそっぽいところがあると、なかなか物語に入り込めないものですが、そのあたり、ぬかりはありません。優作が映画ファンで、9.5ミリ(8ミリより前の個人用小型映画)に凝っているという設定も上手に使われています。みどころは、高橋一生の優作、蒼井優の聡子、このふたりの存在感。ミステリアスで、巧みで。まるで、ヒッチコックの作品に出てくるような演技です。言葉遣いに不思議な気品があり、懐かしさ漂う切り返しのショットにも、独特の世界が感じられます。いくつかの謎を解く鍵は、ラストまで残されます。なるほど! と思うか、お見事! と感心するか。それとも、わからない! と頭をかかえるか……。『薬の神じゃない』この作品は反社会的というか、政府の方針にさからう犯罪者が主人公です。しかも刺激的なテーマ。検閲の厳しい現代の中国で、よく作れたなあと感心します。といって肩肘はったドラマではない。コメディ仕立てで、そんなに予算をかけてもいない映画。ところが中国国内では興行収入500億円を稼ぎ出した大ヒット作になりました。テーマは「白血病の特効薬の密売」。観れば納得、最近の中国映画では出色の出来栄えです。上海で、インドの強壮剤を販売しているチョン・ヨンの店に、思いつめた顔をし、マスクを3重にしたヘンな男がやってきます。きけば、慢性骨髄性白血病で、国内で販売されている治療薬が高価で困っている、インドから安価なジェネリック薬を密輸してほしい、といいます。最初は断るのですが、その差益は魅力的。金に困ったチョン・ヨンは渡航し、密輸を始めます。彼に協力するのは、自分が患者だったり、娘が患者だったりの、訳アリ白血病関係者たち。最初は大儲け、ヤバイ商売は順調に拡大するのですが……。実は元ネタというか、実際に起きた有名な事件をヒントにしています。ネタバレになるので書きませんが、中国では珍しい結末。それが映画が大ヒットした要因のひとつです。主演は、シュー・ジェン。コメディといってもややブラックがかったテイストの作品が多い国民的スターです。今回は、彼の出世作『クレイジー・ストーン〜翡翠狂想曲〜』を監督したニン・ハオと共同製作をつとめています。
2020年10月11日おとな向け映画ガイド今週の公開作品から、この秋注目の4本をご紹介します。ぴあ編集部 坂口英明20/10/04(日)イラストレーション:高松啓二今週のロードショー公開は16本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。全国100スクリーン規模以上で拡大公開される作品は『望み』『星の子』『82年生まれ、キム・ジヨン』の3本。中規模公開とミニシアター系の作品が13本です。今週は粒ぞろい! この秋注目の作品が並びました。その中から厳選して4本をご紹介します。『異端の鳥』もし、SNSなどで投稿するなら、最初に「閲覧注意」とか「不適切な動画」と書かなければいけない、そんなショッキングな映像が続きます。でも決して残虐を売りにした映画ではありません。第二次大戦中の東欧の寒村地帯を、ユダヤ人の少年がひとりで逃げ迷い、体験する、この世のこととは思えない数年間を描いた作品。人間の隠れた本質を容赦なくえぐった内容と、その映像の見事さが、ヴェネチアなど国際映画祭で評判となった映画です。少年は、ホロコーストの災禍を避けるため、村の老婆にこっそり預けられます。ところが、その老婆が急死し、家も火事で消失したことから、身寄りをなくしてしまうのです。両親はどこにいるかさえわかりません。結局、彼は、呪術師に金で買われ、命拾いしますが、それから苦難の日々が始まり……。描かれている暴力は、野蛮で迷信深く偏見にみちみちた農民たちによるものです。当時東欧で戦っていたソ連やドイツの軍隊も登場しますが、残虐さはその比ではありません。異端の鳥ー原題は“Painted Bird”。この映画のなかほどで、この“色を塗られた鳥”が少年の暗喩だと気づかされます。ピーター・セラーズ主演の映画にもなった『チャンス』の作者、ポーランド生まれのユダヤ人、イェジ―・コシンスキの同名小説を原作にしています。ポーランドでは長い間、発禁書でした。製作・監督はチェコ出身のヴァーツラフ・マルホウル。完成に11年を要したそうです。3時間近い息詰まるような時間が苦にならないのは、映像の力です。荒れ果てた土地、すさんだ人の心、ピュアゆえに失っていく少年の声…、そんな世界が、何か大きな存在が見ているかのような、モノクロで引き気味の映像でゆったりと映し出されます。それをシネマスコープサイズで見せられると、迫力に圧倒されるはずです。『82年生まれ、キム・ジヨン』1982年生まれのキム・ジヨン。キムは韓国では多い姓、ジヨンはこの年に最も多くつけられた名前です。この映画は、そんな30代の、きっとたくさんいる韓国女性、の物語なのです。子どもの頃から、女はこうでなくてはいけないといわれ、我慢した。大学は出るが就職難、苦労してやっと入った会社では、いい仕事をしても軽んじられた。尊敬する女性上司もいたが、その苦労を目の当たりにした。結婚して退職。2歳の娘の子育てと家事の日々。お正月には夫の実家へ里帰りをしなければいけない。行ったら行ったで、義母に気をつかい、台所仕事が待っている。公園で子どもを遊ばせていると、サラリーマンの「主婦は気楽でいいよな」、そんなおしゃべりを耳にし、傷ついたり。夫はやさしいのだけど、本当の私の気持ちはわからない。決して不幸せな生活ではないのに、気づかぬストレスが彼女を支配して……。韓国で130万部を越えるベストセラーになった小説の映画化。日本でも20万部といいますから大ヒットです。現代の韓国映画にでてくる韓国人のライフスタイルや、日常的な喜び、悩みは、日本人と驚くほど似ている感じがします。女性が生きづらい世の中、も同じ。周りに助けられ、悩み、もがく。そんななかで、希望がほのみえる映画です。『望み』『犯人に告ぐ』などの雫井脩介のベストセラー小説の映画化ですが、読んでいなくてよかったと思ってしまいました。先の読めないサスペンス。下記くらいの予備知識で観るのがよろしいかと。東京近郊に住む一級建築士の一家。両親、高校生の息子、高校受験を控えた娘の四人家族。学校でも人気者だった長男が、打ち込んでいたサッカー部をケガで辞めてから、ふさぎがちになり、外出も増え、ある夜、姿を消します。同じ日、彼の友人が何者かに殺害されるという事件が発生し……。両親を演じるのは堤真一と石田ゆり子。息子(岡田健史)の事件への関与に気をもむ、そして無事を祈る親の心理、行動が映画のテーマです。モデルルーム代わりに使う一家の住む家とか、こだわりのある生活スタイルをしていた母の変化、しつようなメディアスクラム、周囲の目など。登場人物の設定や、ロケ地選び、セット、小道具にいたるまで、細部への心配りが、ドラマの背景や展開に重要な役割をになっています。監督は堤幸彦。職人の仕事です。『星の子』こちらも家族の物語です。天才子役、芦田愛菜の主演作。もう16歳になるのですね。愛菜の演じるちひろは中学三年生。姉がひとりいます。一見仲のいい、幸せそうな家族です。実は、この両親が、ちょっと訳アリ、です。永瀬正敏、原田知世が両親を演じています。これが絶妙のキャスティング。夜の公園で、緑のおそろいのジャージを着て、タオルにあやしげな水をひたし、ちょんまげのように頭にのせあっている光景は、はっきりいって不気味でございます。ふたりとも実直そうで、狂気にとりつかれた様子にはみえません。そもそも、未熟児で病弱だったちひろのため、あらゆる療法を試みたのがはじまりです。万策つきたときに「金星のめぐみ」という不思議な水に出会います。この水をちひろの体につけたところ、湿疹がなくなったのです。この「奇蹟」に両親は感激。その高価な水を提供するあやしい宗教のとりこになってしまいました。宗教団体の教祖様はでてきません。が、高良健吾と黒木華が謎めいた幹部として登場します。姉は家を飛び出しますが、ちひろはその困った両親を否定もしませんし、むしろ受け入れています。彼女の自分を置いてでも他人を思う優しさ、信じる心、がけなげです。ところが、さすがにと思う場面に遭遇し……。この家族、どうなるのか……? 監督は大森立嗣。最新作は『MOTHER マザー』という長澤まさみ主演の超恐いお母さんの映画でしたが。
2020年10月04日おとな向け映画ガイド今週の公開作品から、笑って泣ける家族の映画2本とファッション・レジェンドのドキュメンタリー1本をご紹介します。ぴあ編集部 坂口英明20/9/27(日)イラストレーション:高松啓二今週のロードショー公開は20本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。全国100スクリーン規模以上で拡大公開される作品は『浅田家!』『トロールズ ミュージック★パワー』『小説の神様 君としか描けない物語』の3本。中規模公開とミニシアター系の作品が17本です。その中から厳選して、ハートウォーミングな家族を描く2本とファッション・レジェンドのドキュメンタリーをご紹介します。『浅田家!』この映画のモチーフとなった写真集『浅田家』を最初に見たときは、おもわず笑いました。写真界の芥川賞といわれる木村伊兵衛写真賞を浅田政志さんが受賞した後だったと思います。消防士から始まり、レーサー、バンドマン、極道など、いわばコスプレなんですが、写っているのはいつも同じ中年の男女と若者2人。どうやらこれは家族の写真らしい、と気がついて、想像力がふくらみました。でも、まさか、映画になるとは思ってもみませんでした。なるほど、この写真集がどのようにして作られたか。すてきな着想です。写真家になりたかった次男(二宮和也)に協力し、家族がなりたかった自分を演じる。消防士は、お父ちゃん(平田満)が夢見た職業でした。看護師のお母ちゃん(風吹ジュン)は昔映画で観た『極道の妻たち』を、とやや悪のり。やさしいお兄ちゃん(妻夫木聡)は、勝手な弟に振り回されながら、父母が喜んでくれるならと、例えば消防車を借りる交渉とか、縁の下の力持ちに努めます。そのメイキング・オブ・写真集『浅田家』と、東日本大震災後の東北で浅田さんが体験した「写真洗浄」のボランティアをめぐるお話を、「家族と写真」という心のテーマとしてつないでいます。『湯を沸かすほどの熱い愛』という珠玉の家族映画を世に送り出した中野量太監督のオリジナルストーリーです。マイペースな自由人であり、どこか優柔不断で涙もろい、浅田政志役の二宮、もうぴったりです。妻夫木、平田、風吹の家族はみていてほっこりします。政志の幼馴染若奈は黒木華(この人もいいなあ)。大津波で散乱した写真を探して洗浄し、持ち主に返すというボランティアのエピソードでは、菅田将暉、渡辺真起子が重要な役割を演じます。いまの日本映画を代表する顔ぶれが揃いました。個人的には、浅田の才能をみつけ、写真集『浅田家』を出す弱小出版社の、いつも一升瓶を小脇にかかえる豪傑社長(池谷のぶえ)の存在が楽しかったです。ネットで調べると、この社長の人生もユニークで、映画になってもよさそうな。『フェアウェル』同じ民族、同じ家族でも、住んでいる国やライフスタイルが異なれば、なかなか理解し合うのは難しい、それでも家族はひとつになれるー。中国系のルル・ワン監督の実体験をもとにした中国人一族の物語です。映画の舞台はほとんど中国ですが、アメリカ映画です。スタート時は全米で4館のみという、日本で言えばミニシアター系の公開でしたが、批評のよさと口コミで3週目には全米興行TOP10入りという大ヒットになった作品です。ルーツは中国の長春。ここからアメリカに渡り、ニューヨークで暮らす中国人一家の娘、ビリーが主人公です。30歳をすぎてもまだ自分探しの日々。そんなある日、中国に住む祖母ナイナイが末期ガンで、余命3ヶ月とわかります。自身の本当の病を知らない祖母のため、従兄弟の結婚式という嘘を作り、親族が故郷に集まることになります。よかれと思ってつくみんなの「優しい嘘」がおこす悲喜劇。中国の大叔母は「助からない病は本人には知らせない」のが中国の習わしと言い、ビリーの父母や、東京にいる叔父など一族のほとんどがそれに賛成します。身も心もアメリカ人のビリーだけは、そんなのはおかしいと反対です。夢を追い続ける彼女の最大の理解者であるナイナイ、その残された時間を、自分の思うように過ごしてほしい、と考えたのです。しかし、久しぶりに再会したナイナイの顔をみると、その嘘は、まちがいでもないと思い悩むビリーでしたが……。ビリー役はラッパーでもある注目のオークワフィナ。昨年のゴールデングローブ賞では、この作品でアジア系女優初の主演女優賞(コメディ・ミュージカル部門)を獲得しています。『ライフ・イズ・カラフル! 未来をデザインする男ピエール・カルダン』日本で、ピエール・カルダンといえば、 中年以上の知名度はバツグンです。とはいえ、例えばタオルにこのロゴがつけば高級感がでるというくらいのブランドイメージの人が、実は多いのではないでしょうか。でも、このドキュメンタリーを観ると、印象が驚くほど変わります。こんなすごいブランドなのだと。創設者のピエール・カルダンはことし98歳。元気にインタビューに答えています。パワフルな現役です。ファシズムが台頭するイタリアを逃れ、家族でフランスへ。10代の頃は仕立て屋で働き、戦後まもなくファッション・ビジネスの世界に。28歳の時にディオールのアトリエから独立。富裕層向けのオートクチュール(高級仕立服)からプレタポルテ(既製服)へ、ファッションの大衆化の旗振り役となります。以降、ファッション界の「初」に挑戦し、様々なジャンルのデザインに進出しただけでなく、ブランドを活用した新しいビジネスモデルを編み出した企業人でもあります。色とりどりの写真や映像と関係者の証言で語られるカラフルな人生。スリムな美男子だったカルダンは、同性愛のアーティストたちのあいだで人気者だったようです。恋人と目された男性の姿もちらちらするのですが、男性だけでなく、結婚寸前までいったという名女優ジャンヌ・モローとの恋は、当事者のふたりが証言をしています。インタビューに使われた場所は、パリのマキシム・ド・パリ。カルダンがここのオーナーになったいきさつは…(これが笑えます)。監督は、P.デビッド・エバ―ソール&トッド・ヒューズ。実はこれがカルダンをとりあげた初めてのドキュメンタリーです。完成後の作品を観たカルダンは「すべて真実だ!」というメッセージをよせた、といいます。ファッション界の異端児、成功したビジネス・イノベーター、芸術の理解者であり後援者、古城からアール・ヌーヴォーのコレクター、そして恋する男。常に未来をイメージしてきたピエール・カルダン。100歳は軽々と越えそうです。
2020年09月27日おとな向け映画ガイド今週の公開作品から、役者に注目!の3本をご紹介します。ぴあ編集部 坂口英明20/9/20(日)イラストレーション:高松啓二今週のロードショー公開は23本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。多くなってきました。全国100スクリーン規模以上で拡大公開される作品は『映像研には手を出すな!』『アダムス・ファミリー』『ミッドナイトスワン』の3本。中規模公開とミニシアター系の作品が20本です。その中からオトナが愉しめる3本を厳選して、ご紹介します。『鵞鳥湖の夜』現代中国の暗部をえぐりとったフィルム・ノワールの傑作です。2019年のカンヌ映画祭で、『パラサイト 半地下の家族』にコンペの評価が肉薄し、中国国内でも大ヒットした、ディアオ・イーナン監督の注目作です。前作『薄氷の殺人』では、雪の舞い散る中国北部の風景が印象的でしたが、この作品は、繁栄に取り残された南部の地方都市が舞台。雨、そして夜が背景です。ひとけのない駅、終電間際、高架を走る鉄道、降り止まぬ雨を避けるように柱の影に身を潜める男……。この冒頭シーンからぐいぐい中国的暗黒映画の世界に引き込まれます。前科を終えて、大掛かりなバイク窃盗団に戻った主人公が、縄張り争いに巻き込まれ、逃走中に誤って警官を殺してしまい、ヤクザ仲間と警察から追われることになります。彼の首にかけられた多額の報奨金と、彼にすりよるファム・ファタール的な謎の女が、事件を複雑なものにしていき……。江湖とよばれる中国裏社会と警察の対立。ジャ・ジャンクーの『帰れない二人』でも描かれていますが、同じ中国でも、大陸は、香港のギャング映画で描かれる義理と任侠の世界よりドライ。金がすべてといった感じです。映画での描かれ方もリアルです。警察のスタイルは制服ではなく普段着、一見どっちがどっちかわかりません。銃撃戦もギクシャクしていたり、と嘘っぽくありません。イケメンスターのフー・ゴーが陰りのある主人公チョウ・ザーノンを演じています。彼を惑わす女にグイ・ルンメイ。台湾を代表する女優で、イーナン監督作品には前作に続いての出演です。チョウの訳アリの妻役にも人気スター、レジーナ・ワンを起用。一見マイナーな映画にみえますが、この顔ぶれは超一級です。『ミッドナイトスワン』トランスジェンダーの主人公に芽生えた”母性”、という難しいテーマに草なぎ剛が体当たりした野心作です。新宿のニューハーフ・ショークラブで働く凪沙(なぎさ)の元に、広島の実家から親戚の娘を預かってほしいと連絡が入ります。娘の名は一果。育児放棄した母親から引き離すためです。凪沙は実家にはカミングアウトしておらず、一果は「叔父さん」の写真を持って、新宿のバスターミナルにやってきます。女装の叔父さんと少女の、不思議な共同生活が始まります。映画の導入で、凪沙たちホステスが、『白鳥の湖』を踊るシーンがでてきます。トロカデロ・デ・モンテカルロバレエ団でもおなじみ。コミカルにみえるショーです。凪沙のアパートで、一果は、その時に着るチュチュ(というんですか)を目にし、身につけてみます。広島での絶望的な暮らしのなかで、一果が密かに夢見ていたのは、バレリーナになることだったのです。内田英治監督のオリジナル脚本。実は一果にはとても秀でたバレエの才能があり、最初は冷淡だった凪沙が、次第にバレエを通し、母のような愛にめざめていく……。美の象徴ともいえるバレエを凪沙と一果の接点にしたことがポイントです。まるで『ベニスに死す』を思わせる草なぎクンの名シーンも見もの。さらに、一果を演じる服部樹咲のすばらしさが特筆ものです。バレエができるという条件でのオーディションに合格した新人。無理解な世界にひとり対置する少女、きりっとした佇まいが魅力です。将来の大女優がまたひとり生まれた、そう感じました。『甘いお酒でうがい』40代独身女性、いわゆる「おひとりさま」の日々、を描いた日本映画です。主人公「川嶋佳子」は、お笑い芸人シソンヌじろうが、コントのなかで演じてきたキャラクターです。その川嶋佳子が日記を書いていたら、そんな想定でシソンヌ自身が小説化。それを、大九明子監督が映画にしました。大九は、『勝手にふるえてろ』など、ナイーブな現代女性を撮らせたらこの人という監督です。主演松雪泰子、は意外でしたが、こんな人いるかも、と思わせる地味な、それでいて独特の世界を持つヒロインを見事に演じています。川嶋佳子は、出版社で校正の仕事をする、たぶん派遣社員。趣味はお酒、というだけあって、家での酒量は多そうです。バーでひとり、ちょっとだけおめかしして飲むこともあります。社員の若林ちゃん(黒木華=いるいる感満載!こんな子いてくれたら最高です)がなぜか気にかけてくれて、お昼はいつも一緒。彼女が後輩の岡本くん(清水尋也)を紹介してくれたことから、この二回りも年下の男の子とのいい雰囲気がはじまり……。ダイアン・キートンの『ミスター・グッドバーを探して』という映画がありました。あの主人公は、よなよなバーでセフレを探していましたが、この佳子さんは何を探しているのでしょう。なかなか、読めないこの世代の女性の日常、考え方。同世代はきっとたくさん共感できて、おじさんにはちょいと覗き見できる、そんな映画です。古舘寛治、前野朋哉など、大九監督の『勝手にふるえてろ』でちょい役ながら強烈な印象を与えてくれた個性派俳優たちが、今回もサイコーの演技を見せてくれています。
2020年09月20日おとな向け映画ガイド今週の公開作品から、ミニシアター系で注目の3本をご紹介します。ぴあ編集部 坂口英明20/9/13(日)イラストレーション:高松啓二今週のロードショー公開は17本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。全国100スクリーン規模以上で拡大公開される作品は『TENET テネット』『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』『思い、思われ、ふり、ふられ〈アニメ〉』の3本。中規模公開とミニシアター系の作品が14本です。その中からオトナが愉しむ3本を厳選して、ご紹介します。『メイキング・オブ・モータウン』マイケル・ジャクソンもスティーヴィー・ワンダーも、多くの偉大なミュージシャンがこのレーベルからキャリアを始めました。モータウン、60〜70年代のアメリカ音楽シーンを牽引したレコード会社の、貴重なドキュメンタリーです。創設者ベリー・ゴーディJr.と、ナンバー2として草創期から関わったスモーキー・ロビンソンとのくだけたトークのあいだに、ポンポンと信じられないほど豊富な映像、音源、インタビューが挿入されて、うきうきしたノリで観られる構成です。車の町(モータータウン)、デトロイトで生を受けたゴーディは、フォードの工場で働いた時、その分業化された組み立てラインに感動したそうです。音楽ビジネスに参入すると、それを取り入れた、といいます。ヒッツヴィルと名付けられた、スタジオのある小さな一軒家で会社を設立したときから、曲作り、アーティスト発掘、レコード制作、販売などにそれぞれプロを集め、分業を徹底します。新曲を出すときは、ミュージシャンも参加する「品質管理会議」で自由な議論を交わし、競争をかき立てます。次々と若い才能が集まってきます。マーヴィン・ゲイ、スティーヴィー・ワンダー、スプリームス(シュープリームス)、ジャクソン5……。11歳の天才少年スティーヴィーや、幼いマイケルのオーディション映像は圧巻のひとこと。ダイアナ・ロスの独立をめぐるエピソードは独占秘話、といったところ。1965年、当時ヒットチャートを5位まで独占するビートルズを引き下ろした、「史上最高のギターリフ(=スモーキーの言葉)」で始まるあの歌、テンプテーションズの『マイ・ガール』ができるまで、も感動的です。品質管理会議では、賛否両論だったそうですが。首都圏は、9/18(金)から新宿シネマカリテ他で公開。中部は、10/30(金)からセンチュリーシネマで公開。関西は、9/18(金)からシネ・リーブル梅田他で公開。『ブリング・ミー・ホーム 尋ね人』世界失踪児童の日(5月25日)というのがあるくらい、少年少女をめぐる謎の失踪事件は世界的な問題のようです。『宮廷女官チャングムの誓い』で日本でも人気のイ・ヨンエが、結婚、子育てから復帰し、14年ぶりの主演作に選んだのはこの題材でした。ヨンエが演じるのは、6年前に失踪した息子を夫と探す看護師ジョンヨン。元教師の夫は、リアガラスに写真入りの「息子を探しています」というメッセージを描いた車に乗って、有力情報には多額の懸賞金をだす、そんなチラシをまき、全国を探索して回ります。からかいや金目当ての通報に振り回される夫婦。手かがりがあればどこへでもとんでいくのですが、そんな夫婦にまた予期せぬ事態が起こり……。ああ、そんなことしたら、警戒されるだけじゃん、とか、もう少し慎重にことを進めればと、この理不尽な現実と必死で戦う姿を観てると、つい気をもんでしまいます。手が込んでいて、まさに手に汗にぎるサスペンス・スリラー。最後の最後まで目が離せません(本当です)。キム・スンウによるオリジナル脚本、初の監督作品。地元警察の署長役は人気ドラマ『梨泰院クラス』の敵役ユ・ジェミョンです。首都圏は、9/18(金)から新宿武蔵野館他で公開。中部は、9/25(金)から伏見ミリオン座で公開。関西は、9/18(金)からシネ・リーブル梅田他で公開。。『マーティン・エデン』最近も『野生の呼び声』がハリソン・フォード主演で映画になりましたが、ジャック・ロンドンは20世紀を代表する作家のひとり。村上春樹さんの小説にも引用されたことがありますね。その彼の自伝的小説の舞台を、20世紀初頭のアメリカから、イタリア、ナポリに移して映画化した作品です。ナポリの労働者地区で育った、船乗りの若者マーティンが、偶然知り合った良家の息子を助けたことから、彼の家に招かれ、姉エレナと出会い、たちまち恋に落ちます。エレナも、無教養だけれどハンサムで純粋な心の持ち主の彼にまんざらでもなさそう。そして、この家に出入りするうちに、マーティンは詩や文学の世界に興味を持ち、自分でも何か書いてみたいと思いはじめるのです。そこからの集中力というか、一途な思いが心を打ちます。中古のタイプライターを買い、小説を書きはじめます。売れない小説家、というのはよく映画の題材になりますが、日本のように、登竜門となる文学賞があるわけでなく、出版社へ送り続け、返され続ける日々。そんな苦しい日々を支えてくれる周囲の人々の静かな応援と、その逆にあざけりも半ばするなかで、身分違いの恋、夢と現実のはざま……文学青年がいかに生きるかという青春映画になっています。マーティン役のルカ・マリネッリがなんといっても魅力的。この作品で、2019年ヴェネチア映画祭の主演男優賞を受賞しています。首都圏は、9/18(金)からシネスイッチ銀座他で公開。中部は、10/9(金)から伏見ミリオン座で公開。関西は、9/25(金)からテアトル梅田他で公開。
2020年09月13日おとな向け映画ガイド今週の公開作品から、バラエティにとんだ3本をご紹介します。ぴあ編集部 坂口英明20/9/6(日)イラストレーション:高松啓二今週のロードショー公開は18本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。全国100スクリーン規模以上で拡大公開される作品は『映画クレヨンしんちゃん 激突!ラクガキングダムとほぼ四人の勇者』『ミッドウェイ』『窮鼠はチーズの夢を見る』の3本。中規模公開とミニシアター系の作品が15本です。今回はその中から3本を厳選して、ご紹介します。『ソニア ナチスの女スパイ』第二次世界大戦中のスパイ映画です。舞台は北欧のノルウェーとスウェーデン。スウェーデンはコロナ禍にロックダウンをせず、独自な対策で世界の注目を集めていますが、大戦中でも中立を維持し、北欧四国のなかで独自の道を進んだ国でした。中立国ですから、枢軸国と連合国の両方と外交関係があり、各国の大使館も存続していました。そのため、スウェーデンは両陣営のスパイ活動の中心地となっていたのです。もちろん自国も中立を維持するべく、さかんに諜報活動を行います。その犠牲になったのが、この映画の主役、隣国ノルウェーの女優ソニアです。ノルウェーは、『ヒトラーに屈しなかった国王』に描かれたように、1940年の4月、デンマークとともにドイツに侵略されます。数カ月は抵抗するのですが、最終的に国王はロンドンに脱出し、亡命政権を作り、レジスタンス活動を指揮します。国内は傀儡政権が形だけ存在、実質はナチスの国家弁務官が統治しているのです。ソニア(イングリッド・ボルゾ・ベルダル)は、ノルウェーとスウェーデンの両国で女優活動をしています。最初は、プロパガンダ映画への出演依頼も断るほどナチスと距離をおいていたのですが、レジスタンスの罪で強制収容所に入れられた父親を救出してくれるというスウェーデンの諜報機関の約束を信じ、スパイとなりナチスへ接近します。魅惑的な彼女はやがてナチスの国家弁務官の寵愛を受けることに成功しますが、逆にナチスからもスウェーデン国内でのスパイ行為を強要され……。時代に翻弄される女優の悲劇。派手な活劇シーンはありませんがとてもドラマチックです。華やかな芸能界を背景に、様々な組織が入り乱れ、思いもよらない展開が待っています。ラブ・アフェアもあり、エンタテインメント性の高い映画です。『チィファの手紙』とても繊細に、ていねいに作られています。プロデュースを『ラヴソング』などのピーター・チャンがつとめ、中国人スタッフのなかに入り、ローカライズに気を配った成果は、「外国人で初めてちゃんと中国映画を撮ることのできた映画監督」と中国の有名トーク番組の司会者が称したことでもわかります。そう、これは岩井俊二監督による中国映画なのです。主演はジョウ・シュン(周迅)、チャン・ツィイーらと中国四大女優のひとりとよばれ、いまや人気、実力とも中国でトップといっていいでしょう。テーマは、岩井監督らしく初恋とラブレター。出世作『Love Letter』は中国でも人気のある作品ですし、独特な世界観、リリシズムにはファンが沢山います。そして、ネット先進国の中国でも、郵便による文通というのは、逆にロマンチックにうつったのかもしれません。主人公のチィファは40代の主婦。亡くなった姉の死を伝えようと出席した同窓会で、姉と間違えられ、スピーチまですることになります。姉は美人で頭もよく、みんなのアイドルだったのです。いたたまれなくなって会場を後にしたチィファを、姉と仲のよかったチャンが追いかけます。それがきっかけで、ふたりの手紙のやりとりが始まり……。最初はスマホでアドレスを交換したふたりが、郵便での文通をすることになったいきさつは映画でみていただくとして。実は、チャンはチィファの憧れの先輩、そして初恋の人。30年ぶりに再会した男女の、めぐり逢いのドラマです。もとは、韓国のペ・ドゥナを主演に作った『チャンオクの手紙』というショートムービー。それを長編にし、中国・日本それぞれで作ったらどうなるか、そんな発想で始まった作品。日本映画版は今年1月に公開された『ラストレター』です。私にとっては、懐かしい中国映画の味がしました。でありながら、岩井俊二の世界、でした。『ミッドウェイ』真珠湾で手痛い打撃をうけたアメリカが、勢いづく日本軍の攻撃をはね返し、太平洋戦争の流れを変えたミッドウェイ海戦。それをとりあげた正統派の戦争映画大作です。あくまでアメリカが主役ではありますが、監督がドイツ出身のローランド・エメリッヒ。両国を公平な視点で描いています。製作出資しているのはアメリカ、カナダ、そして中国、香港です。なんと、雪の清澄庭園のシーンから始まります。アメリカ軍の日本駐在武官だったレイトン少佐(パトリック・ウィルソン)は、山本五十六海軍大将(豊川悦司)と会食し、ふたりで酒を酌み交わします。山本大将はワシントン駐在の武官だったこともあり、親しみをこめ「日本は石油を80%アメリカに依存している。我々を追い込まないでくれ」と英語で話しかけます。その4年後の1941年。ハワイで太平洋艦隊の情報主任参謀となったレイトンは日本の攻撃を予測するのですが、上層部は受け入れません。アメリカ側は無防備のまま、12月7日(現地時間)、真珠湾に停泊していた太平洋艦隊が日本軍の奇襲にあいます。そこから始まった太平洋戦争。映画は翌42年6月のミッドウェイ海戦まで日米両軍を追います。アメリカの勝因のひとつは、日本軍のミッドウェイ攻撃を予知できたこと。レイトンを中心とした、情報収集部隊の暗号解読、情報撹乱戦がスリリングです。急降下爆撃機などのパイロットたちも一方の主役。航空母艦、戦艦、駆逐艦、潜水艦と飛行部隊のバトルシーンの迫力はスゴイです。言っちゃいけないのかもですが、こどもの頃のプラモデルファンに戻って楽しめます。真珠湾の意趣返しのように、42年4月、ドゥーリトル中佐率いるB25爆撃機16機が初めて日本を空爆します。帰りの燃料の余裕なく、爆破を終えたあとは日本を突っ切り中国大陸へ。なるほど、ここで中国の出番がありました。
2020年09月06日おとな向け映画ガイド今週公開から、オトナの心を揺さぶる3本を紹介します。ぴあ編集部 坂口英明20/8/30(日)イラストレーション:高松啓二今週のロードショー公開は23本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。全国100スクリーン規模以上で拡大公開される作品は『映画きかんしゃトーマスチャオ!とんでうたってディスカバリー!!』『宇宙でいちばんあかるい屋根』『僕たちの嘘と真実 Documentary of 欅坂46』『はたらく細胞!! 最強の敵、再び。体の中は“腸”大騒ぎ!』の4本。中規模公開とミニシアター系の作品が19本。公開本数の多い週です。今回はその中から3本を厳選して、ご紹介します。『世宗大王 星を追う者たち』イケメン系王様が主役の韓国TVシリーズみたいなタイトルですが、いえいえどうして、名優ふたりによる、夢多き男たちの友情を描いた、あまり女っ気のない、感動の歴史ドラマです。時代は1440年代。日本でいうと戦国時代の少し前あたり。世宗(せじょん)大王は、李氏朝鮮時代に実在した王様です。中国・明の属国だった朝鮮で、独自の文化を育て、様々な改革に取り組み、あのユニークな韓国の文字、ハングルを創ろうとしたイノベーター。その世宗大王が、奴婢とよばれた下層階級ではあるけれど、才能豊かな男を抜擢し、朝鮮初の時計や天体観測機器を発明していく物語。側近の官僚たちは、革新的な政策が明の反感を買うと恐れ、みな反対、王様のチャレンジを酔狂な企てとみて、なんとか潰そうとします。王と奴婢出身のチャン・ヨンシル、このふたりの身分を越えた友情物語でもあります。おっさんずラブではありません。同じ夢を共有し、理解し合える友の存在が、苦境の王様にどれほど心強かったことか。「世の中を見下ろしているばかりの私には、見上げる存在があるだけでうれしいのだ」……。並んで寝転び、星空を見上げながら交わす会話が泣かせてくれます。王様を演じるのはハン・ソッキュ、ヨンシル役はチェ・ミンシク、韓国を代表する名優です。ハン・ソッキュは、この映画の監督ホ・ジノとのコンビによる『八月のクリスマス』や、最近では『悪の偶像』など渋い演技派として定評があります。チェ・ミンシクも『オールド・ボーイ』などバイオレンス度高いアクション映画のイメージですが、最近は『ザ・メイヤー 特別市民』の野心的な市長役、昨年日本劇場公開の『バトル・オーシャン 海上決戦』では韓国の英雄李舜臣を演じた国民的大スター。共演は『シュリ』以来だそうです。首都圏は、9/4(金)からシネマート新宿他で公開。中部は、9/5(土)から名演小劇場で公開。関西は、9/4(金)からシネマート心斎橋他で公開。『マイルス・デイヴィス クールの誕生』マイルス・デイヴィス、なんてカッコいいんだ!1981年に55歳で来日したときのやや怖そうな「巨人」然としたイメージが強烈ですが、20代から30代に、ジャズに革命をもたらした頃の、ぴしっとスーツで決めた若いマイルスをみて、そう思うはずです。イリノイ州で2番目にリッチな黒人家庭に育ったマイルス、年代を追いながらその生涯をたどります。元妻フランシス・テイラー所有の秘蔵のショットを含む400枚の写真と、16ミリ映像、演奏映像、そしてハービー・ハンコックや、カルロス・サンタナ、クインシー・ジョーンズといったミュージシャンや、ジャーナリストなどへのインタビューで構成されたドキュメンタリー。なかでもマイルスに影響を与えた(ファッションも含めて)女性たちの証言は実に興味深いです。例えば。『クールの誕生』をギル・エヴァンスと制作し、ジャズの世界に旋風を巻き起こしたマイルスは、1949年、パリに渡ります。芸術の都は当時ジャズ・ブーム。マイルスはこの街で、ピカソをはじめセレブたちの人気者となり、シャンソン界の大スター、ジュリエット・グレコと恋におちるのです。名曲『パリの空の下』が流れ、グレコ自身がインタビューに答えます。「(友人の)サルトルが、なぜふたりは結婚しないんだときいたの。マイルスは、彼女を愛してるからだ、と答えました」と、過ぎ去りし若き日を懐かしむグレコ。ジャズの帝王とシャンソンの女王の、かりそめの恋です。映画ファンにとっては、マイルスが映画音楽を担当した『死刑台のエレベーター』のエピソードが語られているのはうれしいところです。58年、フランス滞在中にまだ新人だったルイ・マル監督に声をかけられ、撮影済みの映像にあわせて即興で音楽をつけた。これも当時は革命的でした。ジャンヌ・モローが映るスクリーンを前にトランペットを生演奏するマイルスの映像が観られます。首都圏は、9/4(金)からアップリンク渋谷他で公開。中部は、10/16(金)からセンチュリーシネマで公開。関西は、9/4(金)から第七藝術劇場他で公開。『パヴァロッティ 太陽のテノール』世界のテノール、ルチアーノ・パヴァロッティ、なんて幸せな人生でしょうか! 映画のチラシにも「今こそ、人生の歓びを! 歌とその生き方で、世界を照らしたひと。」とポジティブな言葉が並びます。冒頭、なぜか、アマゾン川をさかのぼるシーンで始まります。パヴァロッティが行きたかった場所、ジャングルの奥地に建てられたテアトロ・アマゾナス。彼のあこがれのテノール、エンリコ・カルーソがかつて歌ったことのある古びたオペラ劇場です。ここで即興で歌うパヴァロッティ。初公開の貴重なプライベート映像ですが、映画『フィツカラルド』を思い出す人も多いのでは。没後13年。そんな秘蔵映像をはじめ、残された公演映像、テレビ出演や、家族とのショット……。23人の証言インタビューを加えて映画化したのは『アポロ13』のロン・ハワード監督です。『ザ・ビートルズ EIGHT DAYS A WEEK』に続く音楽ドキュメンタリー。彼の人生を、三幕もののオペラにした、といいます。パヴァロッティ といえば、プラシド・ドミンゴ、ホセ・カレーラスとの、ローマのカラカラ浴場をはじめとした大会場での3大テノール公演や、ボノとのコラボなど、オペラの世界にとどまらない活躍が有名ですが、プロモーターやマネジャーの証言も多く、エンタメ業界の裏側ものぞけます。トークショーのやりとりでは、あの満面の笑顔で、大好きな料理を語り、女性にやさしい言葉をかける、イタリア人ここにあり、という感じです。やや巻き舌で、その名前をよぶだけでなんとなくハッピーになれます。
2020年08月30日おとな向け映画ガイド今週公開の作品から、期待以上に楽しめる3本をご紹介します。ぴあ編集部 坂口英明20/8/23(日)イラストレーション:高松啓二今週のロードショー公開は12本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。全国100スクリーン規模以上で拡大公開される作品は『青くて痛くて脆い』『事故物件 恐い間取り』の2本。中規模公開とミニシアター系の作品が10本。数は少ないですが傑作ぞろいです。今回はその中から3本を厳選して、ご紹介します。『ようこそ映画音響の世界へ』映画は、1970年代を境にまるで別ものになったのだ、と驚きを新たにするドキュメンタリーです。その理由は音の違い。映画は、映像と音=音響でできています。その音響の革命が、フランシス・フォード・コッポラやジョージ・ルーカス、スティーヴン・スピルバーグなど、ニュー・ハリウッドの映画人登場とともに劇的に始まったのです。映画館のスピーカーもモノラルからステレオ、5.1サラウンドへ。効果音はよりリアルになり、ミキシングの技術も格段に進歩していきます。数年前、ジョン・ウィリアムズなど映画音楽の作曲家にスポットをあてた『すばらしき映画音楽たち』や、台湾で活躍する効果音の魔術師たちを描いた『フォーリー・アーティスト』(東京国際映画祭で上映)といった、映画と音についての秀逸なドキュメンタリーがありましたが、この作品は、VOICE(セリフ)、SOUND EFFECT(効果音)、MUSIC(音楽)と音響全体にスケールを広げ、その歴史をひもといています。豊富な映画のシーンやインタビュー映像、登場する映画人の豪華なこと! そして語られる映画制作の裏側の楽しいこと! 映画に明るい人にも、そうでない人にも、なるほどと思える知識とわくわく感をくれるはずです。映画は、その登場から科学技術の発展と無縁ではありません。でも、実は、ハイテクを駆使しながら、いまもアナログ技術があちらこちらで幅をきかせています。それを支えている技術者は「職人」といってもいい、愛すべき映画オタクたちです。かれらが語る映画の音秘話。例えば、『スター・ウォーズ』のチューバッカの声がどう生まれたか、『トップガン』のあのカッコよく響くジェット機の音は本当のところ……。この映画には映画人の創意と夢がつまっています。首都圏は、8/28(金)から新宿・シネマカリテ他で公開。中部は、9/18(金)から伏見ミリオン座で公開。関西は、8/28(金)からシネマート心斎橋で公開。『事故物件 恐い間取り』いわゆる不動産業界用語なんでしょうけど、タイトルがそそります。ググってみると、大都会の異次元世界が現出します。殺人、自殺、火災などによる死亡事故があったいわくつきの不動産。「心理的瑕疵あり物件」といわれるんだそうです。売れない芸人さんが、テレビ局の企画にのせられて、そんな物件に住んだところ、運良く? 不思議な現象がおき、彼は「事故物件住みます芸人」として売れてしまい……。松原タニシの体験実話本を、『リング』の巨匠中田秀夫監督が映画化したホラーです。タニシ(映画では山野ヤマメ)役を演じているのは亀梨和也。芸人役もホラー映画出演も初めてです。実直そうで、とても好感が持てます。関西のTV業界や、お笑いの世界が舞台。視聴率がとれれば、話題になれば、何だってOK、というぎりぎりの世界ですが、関西弁でやられると、ギャグとしか思えません。木下ほうかが演じるTV局のプロデューサーの、「何とか、何か(霊のようなものを)撮ってきてくれい。でもヤラセはあかんよ」という二枚舌にも笑えます。そしてなんといっても傑作なのは、江口のりこ扮する不動産屋さん。事故物件を並べ、「殺人、首吊……どれにします?」と事務的に薦める手際のよさやリアクションが実に堂に入っています。この絶妙なうさんくささは、ちょっと古いですが、伊丹十三の『お葬式』で江戸家猫八が演じた葬儀屋さんをほうふつとさせます。江口のりこ、『半沢直樹』での鮮やかな登場といい、出演するごとに存在感増しています。助演女優賞候補に一票! あ、1シーンの出演ですが、高田純次も最高。場をさらってくれる怪演技です。なんか、恐怖映画なのにオモロい映画の紹介みたいになってしまいましたが、実は、そうなのです。ヤマメと相方の中井(瀬戸康史)、そして霊が見えてしまう梓(奈緒)の三人に起こる怪奇現象は、恐い!けど笑える、けど恐い!というのがこの映画の醍醐味なのです。『オフィシャル・シークレット』2003年、イラクとアメリカや有志連合が戦ったイラク戦争。その勃発前夜のイギリスで起きた、国家機密漏洩事件を描いています。米英間の裏工作を暴露し、何とか戦争を避けたいと考えた勇気ある女性の実話です。ともすれば政治的主張が前面にでそうな題材ですが、ハラハラ・ドキドキのエンタテインメント性も満点。オススメの映画です。主人公のキャサリン(キーラ・ナイトレイ)は英国の諜報機関GCHQで働いています。といっても、中国語の書類を翻訳する地味な政府職員。ある日、GCHQに、アメリカの諜報機関NSAから、国連安保理の主要メンバーを盗聴するよう要請がメールで届きます。イラクに戦争を仕掛けたいアメリカが、安保理の多数派工作をするための超法規作戦。操作された情報で戦争がおきようとしている、そのことに義憤を感じた彼女は……。キャサリンの家庭環境、職場の雰囲気、彼女のリークを受けて記事にしたオブザーバー紙の内部事情などが巧みに織り込まれ、前半はサスペンス・タッチでテンポよく進みます。後半は意外な展開をみせる法廷ドラマ、息付く暇もありません。諜報機関のボスやマスコミ、老獪な検察官、弁護士など、彼女をとりまく人間模様の描き方もなかなか奥深く、謎めいています。
2020年08月23日おとな向け映画ガイド今週公開の作品から、心にしみる3本をご紹介します。ぴあ編集部 坂口英明20/8/16(日)イラストレーション:高松啓二今週のロードショー公開は18本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。全国100スクリーン規模以上で拡大公開される作品は『2分の1の魔法』と『糸』の2本。あとの16本は中規模公開とミニシアター系の作品です。今回はその中から、心にしみる3本を厳選して、ご紹介します。『糸』中島みゆきの”あの名曲”を元に、人と人のめぐり逢い、その不思議さ、深遠さを描いたラブストーリーです。主人公ふたりを平成元年(1989年)生まれにし、平成の終わりまでの物語にしたことで、恋愛映画を超え、同じ中島みゆきの『時代』が聞こえてくるような、スケールの大きい「平成を描いた初めての映画」になりました。監督は瀬々敬久(ぜぜ たかひさ)。感動のドラマ『8年越しの花嫁 奇跡の実話』で泣かせてくれたかと思えば、『菊とギロチン』のような骨太の歴史群像劇を低予算で自主制作映画のように作り、ファンをうならせる。変幻自在のマルチプレイヤーです。『64-ロクヨン-』という警察ものの傑作は、1989年1月7日に昭和天皇が崩御し、わずか7日間しかない昭和64年に起きた少女誘拐殺人事件の映画でした。この『糸』は、同じ1989年でも、平成元年生まれの主人公と、それを取り巻く人々の個人史、その中に30年間の平成史が絶妙に織り込まれています。主人公の漣(菅田将暉)と葵(小松菜奈)。平成時代によくつけられた名前なんだそうです。北海道で育ったふたりは、13歳のときに出会い、恋におちるのですが、幼さゆえに引き離され、別々の人生を歩むことになります。それから17年。無責任な親に苦しめられる葵は、キャバ嬢やネイリストと様々な職業を経験し、住む場所も東京、シンガポール、沖縄と変わります。ふたりは、まさに糸の歌詞をなぞり、運命に導かれるかのように、出会いと別れを繰り返し、そして……。音楽担当は亀田誠治、ちらりと聞こえる中国語版の『時代』、エンドタイトルに流れる、菅田将暉×石崎ひゅーいによるカバー版『糸』や、いくつかの印象的なシーンも記憶に残ります。榮倉奈々、斎藤工、二階堂ふみ、成田凌、高杉真宙、松重豊……主役級を並べた脇役陣にもそれぞれのスト―リーがあります。『きっと、またあえる』全寮制の大学を舞台にした映画というと、アメリカ映画の傑作コメディ『アニマル・ハウス』をはじめ、エリートの男子学生が思い切りハジけていたずらをする、下ネタたっぷり、がお約束ですが、それはインドでも同じ。そんな学園コメディに、親子の情愛感動ドラマをあわせた、もりだくさんのインド娯楽作です。現代のムンバイ。大学受験に失敗した息子が自殺をはかり、病院に運ばれ、生死をさまよう事態に。父は、なんとか生きる力を与えようと、自分だって学生の頃は「負け犬」だったんだ、と青春時代の思い出を心をこめて話しだします。時代は1990年代初頭、ボンベイ工科大学というエリート校に入学した父。全寮制なのですが、父が入寮したのは数あるなかでも最下位の”負け犬”と呼ばれる寮でした。寮対抗競技会でも毎年ビリ。でもそこには、気さくで心優しく個性的な仲間たちが。そんな仲間たちと奮起一番、知恵とチームワークで起こした痛快な奇跡。話をしている間に、友の息子を心配したその頃の旧友が病院に集まります。普通、同じ役でも若い頃と中年では役者を変えますが、この映画、同じ役者が演じているんです。30代の俳優が体重を落として大学生、体重を増やして親の時代を演じています。髪の毛を薄くしたり、ひげをはやしたり。多少不自然なところはありますが、なるほど、そのかわり様が面白い。90年代、成長期にあったインドの青春映画。ほほえましくて、楽しめます。監督は、アミール・カーン主演『ダンガル、きっと、つよくなる』のニテーシュ・ティワーリー。タイトル、ややこしいですが、同じカーン主演の大ヒット作『きっと、うまくいく』が気に入った方は必見かと。『グッバイ、リチャード!』ガンで余命6カ月を宣告された大学教授の物語というと、洋の東西を問わず、残された人生をどう生きるかというシリアスなドラマになるものですが、主演がジョニー・デップです。そうはなりません。初期の頃の『シザーハンズ』、あのナイーブなキャラクターや、『パイレーツ・オブ・カリビアン』で魅せたハチャメチャな海賊ジャック・スパロウなど、風変わりな役が多いジョニー・デップも、いまや50代なかば。今回は、文学を教え、教養もありつつ、ちょいワルを漂わせる、学生たちに人気の教授役を「素顔で」演じています。そんな彼ならではの演技を楽しむ映画、です。特に問題もなく、順調な人生に、急な終焉の宣告があり、ほころびが見えはじめます。妻の浮気や、可愛い娘にも問題が。いろいろボロボロになったすえ、怖いものなしの自由奔放な行動が始まるのです。教室では、単位を取りたいだけのやつはあげるから出ていけ、と言い放ち、残った少人数の学生を引き連れ、続きはバーで。学生からマリファナを手に入れる、これまで経験したことのないあれとか、久しぶりのあれとか……。やりたい放題です。そして、人間関係も、こういう状況になるとみえてくるものが……。『パイレーツ…』ではウン十億円のギャラを稼ぐデップですが、この作品は、『ハート・ロッカー』でアカデミー賞を受賞したグレッグ・シャピロ製作の低予算映画。こういう役もやってみたかった、のでしょう。いい味をだしているジョニー・デップ。コミカルで、ちょっとほろ苦い、オトナの映画かと、思います。
2020年08月16日おとな向け映画ガイド今週は、バラエティにとんだセレクト3本をオススメします。ぴあ編集部 坂口英明20/8/9(日)イラストレーション:高松啓二今週のロードショー公開は17本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。全国100スクリーン規模以上で拡大公開される作品は『弱虫ペダル』『思い、思われ、ふり、ふられ』『劇場版 Fate/stay night [Heaven’s Feel]III.spring song』の3本。あとの14本は中規模公開とミニシアター系の作品です。今回はその中から、おとな向けの作品3本を厳選して、ご紹介します。『ジェクシー!スマホを変えただけなのに』なんだか気詰まりな夏休み、というかたも多いでしょうから、あえて、気軽に楽しめて気分が上がる、ぶっちゃけていえば「おバカ映画」を最初にご紹介しましょう。サンフランシスコが舞台。主人公のフィルは、やわらかニュース系配信会社に勤める、不器用な独身男。かなりのスマホ依存症です。ところが、歩きスマホが原因で愛機を破損してしまい、機種変更をするはめに。購入した最新鋭のスマホには、Siriの上をいく、ジェクシーというフェロモン声の「ライフコーチ」機能がついていて、お節介な生活指導が始まります。仲間も増え、仕事もうまくいき、恋人まで出来て!、と効果はバッチリなのですが、実はこのジェクシー、ジェラシーもすごくって……。銀行のパスワードはもちろん、恥ずかしい写真だって、こっそりやった検索だって、個人情報はすべてスマホが知っています。しかも、超優秀なジェクシーはクラウド上にいるので、あらゆるデバイスを駆使してフィルにせまるのです。人工知能型OSと恋におちる、『her/世界でひとつの彼女』という映画がありました。設定は似ています。あの作品が作られたのは2013年。近未来におきるかもしれないというラブファンタジーでしたが、7年もたってみると、「ハイ、Siri」とか日常的にやってるわけですからね。ずっとリアル感あります。なんといっても、あの『ハングオーバー!』シリーズの原案・脚本を手がけた、ジョン・ルーカスとスコット・ムーアが脚本・監督。下ネタもふくめ、やんちゃなギャグやセリフは、おとなも楽しめること請け合いです。『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』このところ毎週のように、スターリン時代のソ連を舞台にした映画が公開されています。それも決して良い時代として描いているわけではありません。この映画もそんな一本。1930年代前半、ソ連の経済は好調と伝えられた裏で、ウクライナでは「ホロドモール(飢餓による殺害)」と呼ばれる飢饉が起き、死者は300万人以上にのぼったといいます。この隠蔽されている状況を取材し、世界に伝えようとした実在のイギリス人記者、ガレス・ジョーンズの物語です。力をつけてきたヒトラーにインタビューをしたこともあるジョーンズは27歳、野心と正義感に燃えるジャーナリストです。元首相ロイド・ジョージに買われ、外交顧問をつとめたこともあります。大陸の政治状況が劇的に変化しつつあることに警鐘を鳴らし、ヒトラーに対抗するためにもイギリスはソ連と組むべきだと主張しますが、耳を貸す政治家はいません。彼は、スターリンに単独インタビューを試みるため、モスクワに乗り込みます。功名のためはもちろんですが、ジャーナリストとして、大恐慌で世界中が苦しむ中でなぜソ連は繁栄を続けているか、という疑問の答えを見つけたかったからです。前半はスパイ映画のようにテンポよく進み、ウクライナに潜入してからは、まるでモノクロのドキュメンタリー映画のようなタッチで衝撃の事実が描かれます。監督はポーランドの社会派、アグ二ェシュカ・ホランド。脚本と製作を担当したのは、ホロドモールを生き延びた祖父を持つアンドレア・チャルーパ。イギリス、ポーランド、ウクライナの合作映画です。『ファヒム パリが見た奇跡』これも実話をもとにした映画です。バングラデシュから父親とふたりでフランスに亡命してきた8歳の少年ファヒムが、チェスのフランス全国大会で、ジュニアチャンピオンになるという、一見おとぎ話のようですが、いろいろな苦難や、複雑な社会背景もかいまみえる、なかなか深い映画です。母国を出た理由は、親族が反政府組織に属していたことと、ファヒムがチェスの大会で優勝したことへの妬みから、一家が脅迫を受けたため。決意した父親はそれ以上に、ファヒムの才能を伸ばしてやりたかったのでしょう。ふたりが、チェスのトップコーチ、シルヴァンと出会えたのは幸運としかいいようがありません。シルヴァンを演じているのが、フランスの名優、ジェラール・ドパルデュー。ちょっと変わり者、巨漢の熱血コーチです。ファヒム役は、やはりバングラデシュ出身の子役アサド・アーメッド。この師弟のドラマ、父子のドラマを中心に映画は進みます。心がなごむのは、彼らをとりまく大人たちや、チェス学校の級友たちの、人情といいますか、温かいまなざしと支え。ちょっとステキな話、です。
2020年08月09日おとな向け映画ガイド今週は、なかなかインパクトのある3本をオススメします。ぴあ編集部 坂口英明20/8/2(日)イラストレーション:高松啓二今週のロードショー公開は18本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。コロナ禍ではありますが、いよいよ夏休み、ファミリー向き映画も公開です。全国100スクリーン規模以上で拡大公開される作品は『映画ドラえもん のび太の新恐竜』『ぐらんぶる』『劇場版ウルトラマンタイガ ニュージェネクライマックス』『EYES ON ME:THE MOVIE』の4本。あとの14本はミニシアター系の作品です。今回はその中から、おとな向けの作品3本を厳選して、ご紹介します。『ジョーンの秘密』007シリーズ「M」役のジュデイ・デンチが主演で、イギリス製のスパイ映画、それでもってこのタイトルとなると、凄腕おばあさんのスーパー・スパイものかと早合点しますが、それとは若干、趣が異なります。デンチ扮するジョーンは、80歳を越えた、ごく普通の幸せな生活を送るおばあさんなのです。そんな彼女が、MI5に逮捕されてしまいます。MI5と書きましたが、まちがいではありません。MI5(英国軍情報部第5課)通称保安局は、スパイやテロリストを取り締まるところです。007がいるのはMI6という秘密情報部で、こちらはスパイをする方なんですね。ジョーンさんが逮捕された理由は、第2次大戦後、核開発に関する軍事機密をソ連に漏洩したスパイ容疑。2000年に「核時代最後のスパイ」と報じられた実際の事件が元になっています。映画は、当局の取り調べに答える彼女の回想で綴られていきます。若き日の姿を演じるのは、ソフィー・クックソン。『キングスマン』シリーズ等、スパイ映画にご縁のある顔です。ジョーンは、ケンブリッジ大学を優秀な成績で卒業後、原子力開発機関で働くうちに才能を認められ、原爆開発という機密任務に参加していたのです……。原爆は最初に開発に成功したアメリカのマンハッタン計画が知られていますが、敵国ドイツ、連合国側のイギリス、カナダ、そしてソ連も進めていました。この各国の激しい諜報合戦と、一般市民のジョーンが国を裏切ってでもスパイになった真相が、みどころです。『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』不思議なテイストの映画です。アメリカ南部、アラバマ州の片田舎の事件。カッコいい人はでてきません。あの『ファーゴ』に似た味というか、匂いというか、がします。つまり、ヘンな人ばかりでてきます。無人島からの脱出で死体を水上スキー代りに使うというすごい発想、しかもその死体をダニエル・ラドクリフにやらせたキテレツ映画『スイス・アーミー・マン』のダニエル・シャイナート監督による新作。今、アメリカで一番元気のいいインディーズ系映画会社、A24と再びタッグを組みました。うだつが上がらない30男たち、ジークとアールとディックは、「ピンクフロイト」というアマチュア・バンドの仲間です。今日も今日とてガレージで練習、終わるといつもの馬鹿騒ぎなのですが、ディックの様子がおかしくなります。血まみれになり、気を失い…。死んだのか? ジークとアールは、そんな彼を、こともあろうに病院の玄関前に置き去りにし、結局ディックは死んでしまいます……。翌朝から警察の捜査が始まります。めったに起きない町の大事件、保安官たちはみなどこか興奮気味です。やばいふたりは、昨夜の行動を隠そうとして家族にまで嘘をつき、その嘘がさらなる面倒をひきおこす。なんでそこまで嘘を? その真相が結構インパクトあります。全編、やんちゃな子供みたいな男たちのイカれたダークな映画。ブラックコメディ好きなおとなには、たまりません。『ランブル 音楽界を揺るがしたインディアンたち』インディアンとよばれた先住民が与えた、アメリカのポピュラー音楽への影響についての壮大なドキュメンタリー。彼らがいかに弾圧されてきたかも語られます。これは知らないことばかりでした。アメリカ音楽好きの人もあまりご存知ないのでは。具体的に先住民にルーツを持つミュージシャンの名前をあげた方が良いですね。ジャズ・ボーカルのミルドレッド・ベイリー(コ―・ダリーン族)、『サークル・ゲーム』などのフォーク歌手バフィ・セイント・マリー(クリー族)、ザ・バンドのロビー・ロバートソン(モーホーク族)、ジミ・ヘンドリクス(チェロキー族)……。500以上のインディアン部族がかつてあったそうです。コロンブスのアメリカ発見から530年の間に、土地を奪われ、アメリカ社会に同化させられたなかで、魂の叫びとして音楽は残りました。そのインディアン・ミュージシャンたちの歴史を1920年代からひもといていきます。タイトルになった『ランブル』は、リンク・レイというショーニー族出身のロック・ギタリストの作品。暴力行為を駆り立てるとしてインストゥルメンタルにもかかわらず放送禁止になった過激な曲ですが、ジミー・ペイジやザ・フーのピート・タウンゼントなど沢山の大物ミュージシャンにインパクトを与えています。ジミ・ヘンドリクスは、インディアンだけでなく、アフリカ系アメリカ人、スコットランド人の血も引いているといいます。アフリカ系アメリカ人とインディアン、抑圧された民族が結びついていった歴史と、それによって豊かな音楽世界が広がっていったことも観逃せません。首都圏は、8/7(金)から渋谷・ホワイト シネクイントで公開。中部は、8/15(土)から名古屋シネマテークで公開。関西は、9/4(金)からシネ・リーブル梅田で公開。
2020年08月02日おとな向け映画ガイド今週は、おとなが観逃せない!3本をご紹介します。ぴあ編集部 坂口英明20/7/26(日)イラストレーション:高松啓二今週のロードショー公開は18本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。連休後でもあり、全国100スクリーン規模以上で拡大公開される作品はなく、すべてミニシアター系の作品です。今回はその中から2本、もう1本は上映中から、ぜひ観逃さないで、という3本をご紹介します。『海辺の映画館-キネマの玉手箱』大林宣彦監督最後の作品がいよいよ公開されます。当初予定されていたのが4月10日。コロナ禍のため上映延期となったのですが、その公開するはずの日に他界されました。まさに、文字通りの遺作。しかもその内容たるや、映画で遺言を残されたとしか思えないほど、メッセージは明確で、映像表現は実験映画の精神に満ち満ちた「ぶっとんだ」ものでした。海辺の町にある古い映画館「瀬戸内シネマ」がいよいよ閉館。その最後の日のプログラムは「日本の戦争映画」オールナイト上映会です。老若男女で満員の館内。画面に見入る3人の若者は熱中するうち、スクリーンの世界、つまり日本が体験したさまざまな争いの場に入っていってしまいます。あるときは、新選組が跋扈する幕末の京都、戊辰戦争の会津、さらに日中戦争、沖縄戦、原爆投下直前の広島……。舞台は監督の生まれ故郷・尾道。代表作『転校生』『時をかける少女』『さびしんぼう』は“尾道三部作”とよばれています。この作品は、20年ぶりにその尾道でロケをし、制作されました。劇中には、少年時代に初めて作った手描きアニメの思い出も再現されますし、監督に影響を与えた映画や、中原中也の詩の引用など、自伝的要素も盛り込まれています。同じく尾道を舞台にした『東京物語』の小津安二郎監督も登場します。その小津監督を演じているのは手塚眞。前知識がないとわかりません。そんな異色のキャスティングは、映画のいたるところにみられます。それはまるで「キネマの玉手箱」のようです。例えば、幕末の世界にとべば、近藤勇は尾美としのり、武田鉄矢が坂本龍馬、中岡慎太郎に柄本時生、西郷隆盛は村田雄浩、なんと大久保利通役は稲垣吾郎です。そしてその脇でお茶をたてているのは千利休役の片岡鶴太郎、おなじみ常盤貴子、根岸季衣、入江若葉……。きりがないのでやめますが、大林作品ゆかりの俳優たち総出演です。3時間近い大作です。パロディで茶化しながら、ファンタジックな映像を駆使し、思いのすべてをここにこめた、そんな映画作家の熱い気持ちが伝わってくる、映画史上にない映画による遺書です。『剣の舞 我が心の旋律』『天国と地獄』や『剣の舞』、運動会徒競走にかかる曲、あれ、どなたが選んだんでしょうね。聴くとやたら元気がでて、逃げ足が早くなりそうな『剣の舞』は、もともと、第二次大戦下のソ連で、アルメニアを舞台にしたバレエ『ガイーヌ』のためにアダム・ハチャトゥリアンが作曲したのだそうです。世界でも屈指の演奏回数といわれるその名曲の、誕生秘話をもとにオリジナル脚本で映画化しています。もちろんアルメニア人ハチャトゥリアンの幼年期の思い出などは背景として描かれますが、映画は『剣の舞』が作られる前後2週間に絞り込んだスト―リーになっています。戦時下、レニングラード国立オペラ劇場も地方へ疎開しています。10日後に控えたバレエ『ガイーヌ』のリハーサル中。検閲にやってきた文化省の役人から、時節柄、士気高揚のため、勇壮な曲を付け加えるように命じられます。芸術をプロパガンダの道具としか考えない理不尽な文化官僚に抗いながら、ハチャトゥリアンは、ある着想がひらめき、開幕の前夜、この曲をひと晩で書き上げるのです。実際に親しかったといわれる作曲家、ショスタコーヴィチやオイストラフも登場します。親友ふたりとの会話では、不自由な国家のなかで、どう生きるかが語られます。ハチャトゥリアンに恋するバレリーナ、同郷の従者、そして対立する文化官僚など、わかりやすいキャラの登場人物が織りなす人間模様と差し迫った時間のなかで展開する曲づくり。クラシック好きでなくても大満足のエンタテインメント映画です。首都圏は、7/31(金)から新宿武蔵野館他で公開。中部は、7/31(金)から名演小劇場で公開。関西は、8/7(金)からテアトル梅田で公開。『コンフィデンスマンJP プリンセス編』公開初日の23日、渋谷の映画館で観ました。さすがの人気シリーズ、コロナ禍対応で座席数を絞っていますが満員の盛況。映画としては2作目。前作よりさらに面白いです。長澤まさみのダー子、東出昌大のボクちゃん、小日向文世扮するリチャードというメイン3人に、アシスタントの小手伸也や「子猫ちゃん」とよばれる協力スタッフも加えたおなじみの詐欺師チームの、国際的犯罪プロジェクト。今回狙いを定めたのは、シンガポールの大富豪フウ一族の後継者争い。当主の死後、遺書に書かれていた全財産の相続者は3人の実子ではなく、ミシェルという隠し子だった―。ダー子の計画は、このミシェルをでっちあげ、遺産をいただく、というもの。その替え玉ミシェルになった、コックリ(関水渚)のシンデレラ・ストーリーでもあります。『男はつらいよ』をはじめ、愛されるシリーズものの楽しさは、登場人物のキャラクターがわかりやすく、彼らの「お約束」やフォーマットがかっちりできていること。それでいて、初めて観ても楽しめる。その点このシリーズは完璧ですし、マンネリにもなっていません。前回もそうでしたが、舞台がアジアの観光地というのも成功の秘訣と思います。シンガポールのフウ一族にしても当主役の北大路欣也をはじめ、ふたりの息子を日本人の古川雄大や白濱亜嵐が演じても無理を感じません。逆にギャグがかっていて笑えます。それにしても、長女役に台湾の元アイドル、ビビアン・スーを起用してくるとは驚きました。45歳って、信じられないキュートさ。やや悪役ですけど。執事役の柴田恭兵も渋いです。またまたでてくる日本のマフィア・赤星の江口洋介や、竹内結子、石黒賢、広末涼子といったシリーズ常連もなるほど、それぞれに見せ場あり。そして、プレイボーイの詐欺師ジェシーを演じた三浦春馬は欠かせない存在でした。とても惜しまれます。
2020年07月26日おとな向け映画ガイド今週は、おとなにこそ観てほしい3本をご紹介します。ぴあ編集部 坂口英明20/7/19(日)イラストレーション:高松啓二今週の新作本数は21本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。連休のため、23日から公開の作品もあります。うち全国100スクリーン規模以上で拡大公開されるのは『コンフィデンスマンJP プリンセス編』と『海底47m 古代マヤの死の迷宮』の2本。ミニシアター系が19本です。今回はその中から、おとなの皆さんにこそ観てほしい3本をご紹介します。『グランド・ジャーニー』渡り鳥たちと編隊を組んで、ハングライダーのような超軽量飛行機に乗った少年が、ノルウェー最北のラップランドからフランスへ、大空を渡っていく。実話をもとにした、夢のようなアドベンチャー・ムービーです。離婚した母と暮らす14歳の少年トマの夏休み。南仏の父の家に預けられ、WiFiもない環境にふてくされていたのですが、最初は超軽量飛行機への興味から、次第に父の計画に夢中になっていきます。気象学者で少々風変わりな父が熱中しているのは、絶滅危惧種の鳥に安全な「渡り」のルートを教え込もうというプロジェクト。『グース』というアメリカ映画がありました。あの設定と似ています。鳥は孵化したとき最初にみた動くものを親と思う、という習性を活かします。トマは親鳥の代わりとなり、やがて、GPSをつけた超軽量飛行機で、彼らを先導できるまでになります。少しずつ成長していくカリガネガンの雛たちが、またとんでもなくかわいらしいんです。トマが、父の書斎でみつけた『ニルスのふしぎな旅』を夢中で読むシーンがでてきます。妖怪に小人にされ、ガチョウの背中に乗ってガンたちと北をめざすというスウェーデンの児童文学。トマは、渡り鳥たちの中でちょと成長が遅い一羽に『ニルス…』にでてくる「アッカ」という名前をつけたり、自分のことを「ニルス」と名乗るシーンもでてきます。父親のキャラは、鳥類保護活動家でバードマンという愛称のクリスチャン・ムレクがモデルです。ムレクはドキュメンタリー『WATARIDORI』の制作にも関わり、この作品では脚本を執筆、飛行部分の監督も担当しています。ノルウェーの空から見下ろす雄大な森やフィヨルド。ガンたちと一体になって飛ぶトマの姿。このわくわくする映像には心踊ります。あの境界のない空を飛べたら、と夢見たことのあるあなたに、オススメします。『追龍』今、中国の国家安全法強行で世界が注目している香港。その60〜70年代は、古き良き時代、ではなく、警察と香港マフィアがつるんで汚職の限りを尽くした、驚くような暗黒の時代でした。これまで何度も映画化されたこともある、実在の人物をモデルにした、まさに実録犯罪ドラマの集大成。黒社会(香港マフィア)のボス、ン・シーホウ役にドニー・イェン、香港警察のリー・ロック役にアンディ・ラウ、現代の中国・香港映画を代表する二大スターが初共演した香港ノワールです。まるでEXILE TRIBEの『HIGH & LOW』のようなヤクザの出入りシーンから始まります。潮州の田舎からでてきたシーホウは、この騒ぎの中で腕っぷしを買われ名を売り、警察官のロックと出会います。お互いまだ見ぬ未来への野望で目が血走っていた頃。その後いくつもの修羅場で貸し借りを繰り返し、ふたりは不思議な友情を力に、それぞれの世界の「龍」となっていくのです。アクションシーンの舞台になるのが、実在した香港の九龍城砦。その再現は見事です。3万人以上が住む12階建ての崩れかけたような巨大ビルのなかは、スラム街のように入り組み、諸悪の温床だったといいます。当時の啓徳空港を発着する飛行機がビルすれすれをかすめていくなか、ダニ―・ハサウェイの『ザ・ゲットー』がバックに流れ、巨大な魔窟のなかをカメラが移動するシーンのかっこよさときたら…。監督は香港映画のベテラン、バリー・ウォンとジェイソン・クワン。2017年、今の騒ぎの前に製作された映画です。こういうアウトローたちの香港映画はこのあとどうなるのでしょうか。生死も貧富も天命次第、という孔子さんの言葉が映画のなかではでてきますが。『アルプススタンドのはしの方』おとな向け、とはいえないかもしれませんが、じんわり熱くなって、共感したくなる、今年の夏とびきりの青春映画と思います。夏の甲子園第一回戦です。公立高校、たぶん初出場。盛り上がるアルプススタンド。動員がかかって、やむなく「来た」またはワケありで、「はしの方」に座った、そんな4人の高校3年生が主人公です。ふて気味で観戦しているのは、演劇大会県予選出場をインフルエンザが原因で断念した演劇部の女子ふたり。その近くに座る元野球部の男子が、野球のルールも知らない彼女たちに声をかけます。そこに、成績優秀だけど、影のうすい帰宅部女子1名がからみます。悩み多き年頃、みなそれぞれに屈託を抱えていて、なかなか応援に熱が入りません。優勝候補を相手に勝てるはずのない試合、なんとか持ちこたえているのは、ピッチャーの園田君の活躍があるからです。4人の会話は園田君の話題が中心。が、試合の方も急展開!原作は全国高等学校演劇大会で最優秀賞を獲得した高校の名作戯曲。それをもとに、2019年に浅草九劇で舞台化されたもの。舞台とほぼ同じ出演者、脚本も同じく奥村徹也が担当、監督は、なんとピンク映画の世界では大人気の、城定(じょうじょう)秀夫です。一試合中のお話ですが、観戦スタンドとその裏の通路が舞台。撮影も甲子園よりややしょぼい地方の球場ですし、野球試合そのものは歓声と球音だけ。でもそれが、かえって効果的です。なるほどこれはアイデアです。妬み、思いやり、小さな挫折、憧れ、そして片想い……どこか思いあたる遠い日の記憶といいますか。はしっこの方の青春!を声援したい気分になります。首都圏は、7/24(金)から新宿・シネマカリテ他で公開。中部は、7/31(金)からイオンシネマ・ワンダー他で公開。関西は、7/24(金)から梅田ブルク7他で公開。
2020年07月19日おとな向け映画ガイド今週は、ド迫力!アクションと、ハートウォーミングな2本をオススメ。ぴあ編集部 坂口英明20/7/12(日)イラストレーション:高松啓二今週末に公開の新作は21本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。うち全国100スクリーン以上で拡大公開される作品が『今日から俺は!! 劇場版』の1本、ミニシアター系の作品が20本です。その中から、おとながグッとくる3本をご紹介します。『悪人伝』マ・ドンソク! 今、世界の映画界で、いちばん華のある悪漢スターではないでしょうか。ぶ厚い胸板、豪腕からくり出す強烈パンチ、ワルだけどちょっぴり愛嬌もあるマスク。彼の登場シーンは、まるでゴジラのような地響きがします。『新感染 ファイナル・エクスプレス』で人気をさらい、その後毎年4、5本の映画に出演してきましたが、これが決定打です。ヤクザのボスが何者かに襲われ、刃物でめった刺しにされるのですが、奇跡的に、というか人並外れた身体能力でなんとか助かります。当初は敵対する組の仕業と疑いますが、実は、襲ったのは世の中を騒がしている無差別殺人犯で、ボスは運悪く遭遇した被害者、貴重な目撃者だったのです。なめた真似をしやがって! とヤクザのプライドをかけ、組織を挙げての猛烈な犯人探しをはじめます。このボス役がマ・ドンソク。もうぴったりです。決して好人物ではありません。全身タトゥーの超コワモテ。冒頭から肉弾戦の連続です。蛇の道は蛇、といいます。ヤクザのノウハウを活かした独自の「捜査」を繰り広げ、犯人を追うあらくれ刑事(キム・ムヨル)とだってタッグを組みます。ヤクザ=警察の、化かし合いだらけの共同作戦はどこかユーモラスでもあります。韓国本国では観客動員300万人の大ヒット作。すでに、あのシルヴェスター・スタローンがハリウッドでリメイクを決定しています。マ・ドンソク、カメオ出演してくれないかな。『ブリット=マリーの幸せなひとりだち』主人公のブリット=マリーは専業主婦。女性の就業率が80%を越えるというスウェーデンでは少数派です。63歳。結婚して40年、子供はいません。炊事、洗濯、掃除の日々。キッチンのカトラリーの中が整然としていないと気持ち悪い、毎日の家事をTO DOリストにしてそのチェックが楽しみ、という、どちらかというと仏頂面の堅物キャラクターです。そんな彼女に訪れた転機。実直だと信じていたビジネスマンの夫に、あろうことか、長年の愛人がいたのです。彼女は傷つきます。自分のこれまで生きてきた誇りや証し、それは何だったのか?そして、ひとりで生きようと思い立ちます。さて、ここからが、本番。ブリット=マリーの強みは、空気を読めないこと、忖度をしないことです。特に技能もないのですが、"ハローワーク”の係の女性にずんずん近づき、田舎町の「ユースセンター管理人」兼「少年少女サッカー・チームのコーチ」という仕事を手にします。サッカーなんて興味のかけらもなかった彼女。相手は移民の子どもたちがほとんど、町の人たちも最初は冷淡。そんなアウェー環境のなかで、堅物なキャラのまま、いかにして、独り立ちし、ハッピーなリスタートができるか。原作は大人気作家フレドリック・バックマンの『ブリット=マリーはここにいた』。ラストでこの原作タイトルの深さが生きてきます。面倒なおばさんが、だんだん愛らしくみえてくる、ハートウォーミングな映画です。ブリット=マリーを演じたのは、スウェーデンの名優、ペルニラ・アウグストです。どこかで見た顔だと思ったら、あの『スター・ウォーズ ファントム・メナス』のアナキンの母親ではないですか。『ぶあいそうな手紙』こちらはブラジルが舞台。78歳の、ちょっと気難しいおじいさんと自由気ままな23歳の女の子の、風変わりな関係と、手紙をめぐるお話です。エルネストは年金暮らしの独居老人。サンパウロに住む息子は、家を売って一緒に住もうといいますが、彼はこの思い出がつまった住まいで本やレコードに囲まれて残りの人生を過ごすつもりです。悩みの種は視力がおち、ほとんど字も読めないこと。そんなある日、故国ウルグアイに住む親友の妻ルシアから、友の死を伝える手紙が届きます。ちょっとしたトラブルが元で知り合った若い娘ビアに手紙を読んでもらい、ルシアとの文通が始まります。返事の書き出しは「拝啓」なんてぶあいそうな文言でなく「親愛なるルシア」がいいとか、ビアのアドバイスで、エルネストの手紙は次第に恋する男のものに変わっていきます。頑固親父ですが、文学の教養もあり、音楽の趣味もよく、詩を諳んずるエルネスト。若いビアと付き合いだしてからどんどん若やいでいき、ちょっと不良の彼女も素直さを取り戻していきます。そして……。ブラジル音楽のレジェンド、カエターノ・ヴェローゾの『ドレス一枚と愛ひとつ』を挿入曲に、古い港町を舞台に展開する、ジジイmeetsガールのロマンチック・ストーリーです。首都圏は、7/18(土)からシネスイッチ銀座で公開。中部は、7/31(金)から伏見ミリオン座で公開。関西は、7/31(金)からシネ・リーブル梅田他で公開。
2020年07月12日おとな向け映画ガイド今週も、これは、という3本を選りすぐってオススメ。ぴあ編集部 坂口英明20/7/05(日)イラストレーション:高松啓二今週末に公開の新作は17本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。うち全国100スクリーン以上で拡大公開される作品が『私がモテてどうすんだ』『透明人間』の2本、ミニシアター系の作品が15本です。その中から、これは、という3本をご紹介します。『バルーン 奇蹟の脱出飛行』成功するとわかっていてもドキドキする、スリリングなサスペンスタッチのドラマです。冷戦下に東ドイツから西ドイツへ、小さな子どももいるふたつの家族が、なんと手作りの気球に乗って国境を越えるという、破天荒な、でも実際にあった脱出行の映画化です。1979年、ほんの40年前のできごとです。ベルリンの壁崩壊はその10年後。捕まったら銃殺覚悟の亡命が、まだその頃あったのです。主人公のひとりは、長髪でベルボトムのジーンズを履いています。東ドイツでも『チャーリーズ・エンジェル』が隠れた人気で、話題にでてきます。インターネットの時代ではありませんが、テレビ電波は越境していたわけで、西側の生活を垣間見ることができたはず。それと比べるとかなり過酷な、息詰まる日常があったのでしょう。気球の故障で一度失敗。秘密警察に追われる中、家族のひとりが兵役を6週間後に控えている、そういった差し迫った状況での再チャレンジ。高さ32メートル、面積1,245平方メールもの気球用布地の調達と縫製、近所の目をしのぶ密かな準備、10代の子どもたちは秘密を守れるか……。いくつものハードルを劇的に飛び越える姿は圧巻です。この事件は1982年にディズニーが『気球の8人』として一度映画化。36年の時を経て、本国ドイツで作られました。今年2020年は統一から丁度20年です。『透明人間』タイトルでイメージすることを見事に裏切ってくれると思います。新趣向の“透明人間”です。なるほどこれは、不可能じゃない、かも知れないと思わせてくれます。支配的に同棲していた恋人に逃げられ、悲嘆のすえ、富豪の天才科学者が自殺。その恋人には遺言により多額の遺産が転がり込むのですが……。その後、彼女の身近で起きる怪事や、誰かにストーキングされているような感じは何?ひょっとして自殺したはずの……。気配があるその感じ、気持ち悪さを、どう説明しても周囲は信じてくれない。彼女の精神は崩れだし、そして賭けに出るのです……。SFというよりはホラーサスペンス。しかもスタイリッシュなんです。マッドサイエンティストにふさわしい冷たく、金属的な邸宅、張り詰めた映像、キレそうなヒロインを矢継ぎ早に襲う恐怖。狙われた女性の視点で描いたというのもユニーク。きっちり冷んやりさせてくれる映画です。『マルモイ ことばあつめ』日本統治下の朝鮮半島。日本語を強要され、名前さえ日本式に変えさせられた時代に、母国語を守ろうと、”マルモイ(ことばあつめ)”を続け、辞書を作ろうとした人たちがいた、という史実をもとにできた韓国映画です。物語は、辞書作りのリーダーで小さな出版社を営むジョンファン(ユン・ゲサン)と、街で彼のバッグをひったくろうとしたことからつながり、やがて同士として活躍するお調子者のパンス(ユ・ヘジン)を軸に進みます。パンスは学校に通ったことがなく、読み書きを知らない、逃げ足とムショ仲間の人脈は強く、喜怒哀楽豊かな、愛すべきキャラクターです。演じているユ・ヘジンは、韓国映画の庶民派スター。日本でいうと、『男はつらいよ』以前の渥美清さんのような感じ。40歳をすぎた彼が、辞書製作に関わりながら、文字を覚えていきます。ハングルを読めるようになると、街の看板もわくわくする楽しみに変わります。そして、初めて小説を読んで涙し、子供たちに手紙を書くのです。映画のなかでは、いくつかの韓国のことばの語源が象徴的に使われます。「言葉は民族の精神を持った器」、抑圧された時代のなかで、ことばが市井の人々をひとつにまとめていく、感動のドラマです。『タクシー運転手 約束は海を越えて』の脚本を担当したオム・ユナの監督作品。出演のユ・ヘジンや同作のプロデューサーが名を連ねています。首都圏は、7/10(金)からシネマート新宿他で公開。中部は、7/10(金)からイオンシネマ鈴鹿、7/25(土)から名古屋シネマテークで公開。関西は、7/10(金)からシネマート心斎橋他で公開。
2020年07月05日おとな向け映画ガイド今週は、かなりオトナな人が主役の3作品をおすすめ。ぴあ編集部 坂口英明20/6/28(日)イラストレーション:高松啓二今週末に公開の新作は13本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。うち全国100スクリーン以上で拡大公開される作品が『MOTHER マザー』の1本、ミニシアター系の作品が12本です。名作『アニー・ホール』のダイアン・キートンとウディ・アレン、それぞれの新作が偶然にも同日公開です。その2作品と石橋蓮司18年ぶりの主演作、という「かなりオトナな」顔ぶれによる3作品を、ご紹介します。『チア・アップ!』ダイアン・キートンは、本当にステキな歳の重ねかたをしているなあ、と思います。容姿やファッショニスタとしてのセンスはもちろんですが、出演している作品も、シリアスな方向に流れず、例えば『ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります』『ロンドン、人生はじめます』など、おとなのライト・コメディを楽しそうに演じてくれていて、とても憧れます。今回の作品は、製作総指揮も担当しているそうで、彼女のポジティブなパーソナリティが前面にでた、どんな世代にもパワーをくれそうな人生讃歌になっています。ある事情で、誰の世話にもならずにひっそりと暮らそうと、都会からシニアタウンに引越したマーサ(ダイアン・キートン)。でも、人が集まるところ、面倒はついてまわります。たくさんのルールがあって、年寄りらしい生活の強要に、ちょっぴり反骨精神のあるマーサはカチンときます。そんな時、お隣りに住むおせっかいでパワフルなシェリル(ジャッキー・ウィーヴァー)に後押しされ、子どものころ実現できなかったチア・ガールのクラブを作ろうと思い立ちます。集まったメンバーは超個性的。でも平均年齢は、72歳! そしてめざすは、全米チア・リーディング大会!……と、単純にストーリーを書くと、よくありがちな展開ですが、さにあらず。その行間が、面白いのです。心に刻まれるシーンもふんだんにあります。ベテラン俳優たちのウィットに富む演技で、若者との粋なつき合い方、仲間の大切さ、人生の愛おしさを教えてくれます。ぜひご覧になってみて下さい。『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』原題そのまま、何ともロマンティックなタイトル。おしゃれな看板に偽りなし。ダイアン・キートン主演で撮った『アニー・ホール』から43年。この作品も、魅惑のニューヨークがいっぱいでてくる、いかにもウディ・アレンのラブ・コメディです。アレンもことし84歳。出演はしていませんが、その瑞々しい感性はさすがです。主演は、売れっ子ティモシー・シャラメ。役名はギャツビーと、華麗です。その恋人アシュレーを演じるのはエル・ファニング。やはり今旬の女優です。ふたりはニューヨークから少し離れた大学の同級生。大学新聞の記者として、ニューヨークで高名な映画監督のインタビューをすることになったアシュレーにギャツビーが同行するのですが。実は彼の実家は超セレブなニューヨーカーで……。映画監督や、映画スター、撮影所など、映画界の裏話的な世界が次々と登場します。が、描かれ方はリアルというよりは、まるで黄金期のハリウッド映画のようで。大スターをカメラマンがとり囲み、恋の噂がマスコミの注目を集める。ラブ・コメディの舞台としてはぴったりです。#MeTooスキャンダルで追いまくられたご自身の最近の事件をカリカチュアライズしているのかも知れません。昨年ドキュメンタリーにもなった、NYセレブ御用達のカーライルホテルや、メトロポリタン美術館、もちろんセントラルパークなど、アレン映画ではおなじみのニューヨーク名所もふんだんに登場します。主役は実はこの街、といっていいかもしれません。『一度も撃ってません』いまの日本映画には珍しい、余裕すら感じられる洒落たコメディです。70年代の、例えば松田優作が出演したアクション映画や探偵ドラマのテイストもある、日本製ハードボイルドへのオマージュ。「ハードボイルドだど」とあえて茶化して作った、おとなの映画人たちの遊び心に嬉しくなりました。売れない小説家・市川進。夜な夜な渋いバーに、トレンチコート、黒ハット、薄めのサングラスで現れる、彼の裏の顔は、伝説のヒットマン、殺し屋だった……。よくある通俗的な設定ですが、さらにひねって、でも彼は「一度も撃ってません」てどういうこと?リアルなハードボイルド小説をめざす彼は、殺しの依頼を受けると、プロに下請けしてもらい、その仕事ぶりを詳細に取材して執筆する。これがリアルすぎて、かえってうそっぽい→だから売れない→だから元教師の妻の年金が頼り。夜のハードな取材で帰っても、朝のゴミ出しの仕事が待っているのです。この企画は、阪本順治監督の『大鹿村騒動記』で主演した原田芳雄(2011年7月逝去)にゆかりの飲み会が原田邸であり、そこに参加した桃井かおりが、「次は(石橋)蓮司の映画を作ってよ。だったら手弁当ででる」という発言からはじまったそうです。その場にいた岸部一徳、大楠道代、佐藤浩市、江口洋介も賛同。そして、暴力団役で柄本明、渋川清彦。他に、豊川悦司(怪演!)、妻夫木聡、柄本佑などがなるほどの役どころで出演。よくこれだけの顔ぶれが集まったなと感動します。優作映画の脚本家丸山昇一のアイデアをもとに映画化されました。日本映画ファン必見! です。
2020年06月28日おとな向け映画ガイド今週は、ミニシアター系で公開の作品から厳選!オススメの5本を。ぴあ編集部 坂口英明20/6/21(日)イラストレーション:高松啓二緊急事態宣言の解除後4週目、今週末公開の新作は14本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。うち『ランボー ラスト・ブラッド』『ソニック・ザ・ムービー』など全国100スクリーン以上で拡大公開される作品が2本。通常の本数に戻ってきました!観ものの多い中から、今回はミニシアターで上映される、おとなの映画ファンにオススメの5本を、ご紹介します。『SKIN/スキン』人種差別にからむ事件が連日報じられている今、この映画は、なぜこんなことが、という疑問への、ある答えを示しているように思います。スキンヘッドで、全身を憎悪と威嚇のタトゥーで覆い、白人至上主義で、ネオナチグループのメンバーだった男が、いかにして、その差別と暴力の泥沼からぬけだしたか、を描いたドラマ。実話の映画化です。主人公のブライオン・ワイドナーは、14歳のとき、路上生活をしていたところをネオナチのリーダー夫妻に拾われ、我が子のように育てられました。「黒人、イスラム、同性愛はアメリカから出ていけ」という過激な主張を繰り返すグループの若き幹部です。そんな彼が、三人の娘と暮らすシングルマザーのジュリーと出会い、知らなかった家族愛にふれることで、グループからの離脱を決意するのですが、これが並大抵のことではありませんでした。腹は減っていないか、いい暮らしをしたくないか……、世の中からスポイルされた若者へのネオナチのメンバー勧誘ぶりは、映画で描かれた日本のやくざの世界とよく似ています。タトゥーは生まれ持ったものではないですから、自己表現のひとつ。刻まれたその差別意識の象徴を除去するのに16カ月。入れるときより数倍痛いそうです。それでも強い意思と実行力と「愛」があれば。『悪の偶像』清廉な市議会議員の息子が犯した轢き逃げ事件から始まる、犯罪と悲劇の連鎖。韓国の新鋭イ・スジン監督による、一級のサスペンスです。事件を目撃し、現場から逃亡した被害者の新妻の存在が鍵。警察の捜査とは別に、その新妻を加害者の父(ハン・ソッキュ)と被害者の父(ソル・ギョング)が探しはじめ、事態を複雑にしていきます。韓国を代表する名優ふたりが好対照で、ドラマをひっぱっります。行方をくらますミステリアスな新妻を演じているのはチョン・ウヒ。狂気も感じられ、薄気味悪い存在、まさに熱演です。選挙戦と捜査が同時進行する展開、被害者とその妻の隠された事情、普通の人がどんどん狂気に走る予想だにしない展開、そして人間の業の深さ。韓国ノワールらしい映画です。いつも雨模様というのも含め、その独特な緊張感と陰鬱さがたまりません。『はちどり』思春期の女性の、カオスのような世界を描いた映画です。韓国の映画雑誌のベスト10では、『パラサイト 半地下の家族』につづく「第2位」という評価。38歳の監督キム・ボラは、このデビュー作で50以上の世界の映画賞を獲得した、いま注目の女性監督です。小さな体で懸命に羽を動かす、蜂なのか鳥なのかわからない存在の“はちどり”に、主人公をなぞらえた象徴的なタイトル。ウニは14歳、中学2年生。商店街で餅屋を営む両親と高校生の兄と姉、後輩女子や、他校の親友、そして彼氏、日々起こる人間関係の悩みに、親は勿論、誰も気づいてくれません。でも、やっと親身にきいてくれる塾の先生に出会うのですが……。そんなウニの日常を彼女の目線で丹念に描いています。時代は、韓国にとって激動の1994年。民主化、国際化、空前の高度成長の歪みがではじめる年。それはウニの生活とも無縁ではありません。突然来る別れ、将来の自分への不安、それでも「世界は不思議で美しい」と、ウニをそっと見守ってあげたい、そんな温かい気持ちにさせてくれる映画です。首都圏は、6/20(土)からユーロスペースで公開中。中部は、名古屋シネマテーク他で近日公開。関西は、7/4(土)から第七藝術劇場で公開。『ハニーランド 永遠の谷』今年の米アカデミー賞でドキュメンタリー賞と国際映画賞の2部門に同時ノミネートされた、注目の作品です。バルカン半島、ギリシャの上に位置する北マケドニア。電気も水道もない寒村で、盲目の母と暮らす、自然養蜂家の女性の暮らしを3年間追い続けています。「半分は蜂たちのもの、あとの半分だけはわたしが」、彼女は蜂との共生を第一に考えてきました。ところが、近所に住みだした一家が、蜂の乱獲をはじめます……。古来から連綿と、ほそぼそと続いてきた養蜂の仕事は、彼女で終わるのか。静かな、哀しみに満ちたドキュメンタリーです。『オーバー・ザ・リミット 新体操の女王マムーンの軌跡』ドラマで演ったら、うそでしょ、うそっぽい、やりすぎと思うにちがいない辛辣な罵声の数々。イリーナ・ヴィネルという、新体操王国ロシアを率いる伝説的な総監督に圧倒されます。2016年のリオデジャネイロ五輪で金メダルを獲得した、マルガリータ・マムーンの、オリンピック直前の様子をとらえたドキュメンタリーです。その練習ぶりも、なんとも凄まじい。同じアスリートの恋人に励まされるシーンに安堵しますが、私生活でも辛いことが続いて起こるマムーン選手の精神力にも脱帽です。それにしても鬼監督の迫力がすごい。よく撮ったなあ、撮らせたな、と感心します。師弟関係を描いたということで、映画『セッション』を想起するという声がありますが、本物の迫力はあんなもんではありません。首都圏は、6/26(金)からヒューマントラストシネマ渋谷他で公開。中部は、7/31(金)から伏見ミリオン座で公開。関西は、7/3(金)からシネ・リーブル梅田で公開。
2020年06月21日おとな向け映画ガイド今週公開の作品も傑作揃い。その中からオススメ3本。ぴあ編集部 坂口英明20/6/14(日)イラストレーション:高松啓二緊急事態宣言の解除後3週目、今週末公開の新作は17本。『ドクター・ドリトル』など全国100スクリーン以上で拡大公開される作品も登場しています。映画館が日々感染防止対策の努力をしていることもあり、少しずつ活気が戻ってきました。今週も傑作揃いのなかで、これはという、おとなの映画ファンにオススメの3本を、ご紹介します。『エジソンズ・ゲーム』功成り名遂げた偉い人、実は嫌なやつだった、というのが、おとなが納得する偉人伝の真実ではないでしょうか。その点でも、この映画はよくできています。主人公の発明王エジソンは、嫌なやつなのです。でも独創的で個性的。演じているのが、ベネディクト・カンバーバッチ、このクセ多いキャラ、もうぴったりです。交流と直流、理科の時間にならったあれですが、電気の規格をどちらにするかという一大ビジネス戦争が、1880〜90年代にアメリカでありました。その一方の旗頭が、エジソン。対するは、マイケル・シャノンが演じる実業家のウェスティングハウス。中心人物ふたりがさまざまな仕掛けをもって対立します。特許訴訟、マスコミ操作、脅し、そして裏切り……。実は死刑台の電気椅子の発明もエジソンが関係していて、論議のタネになってしまうというなかなか興味深いシーンもあります。クライマックスは、1893年のシカゴ万博。19世紀末のクラシカルな世界で繰り広げられる、天才たちの知恵と駆け引きが、すごくスリリングです。『ペイン・アンド・グローリー』黒澤や小津作品など“巨匠の映画がデジタルで修復される”という最近の映画界で流行っている話題をうまくとりいれた、スペインの巨匠ペドロ・アルモドバル監督の新作です。映画ファンならそれだけでもニヤリとしそうです。体調をくずし、映画作りから遠ざかっている高名な映画監督が主人公。アルモドバル作品ではおなじみのアントニオ・バンデラスが演じています。32年前の作品が、修復の上、シネマテークで古典として上映されることになったのですが、それは彼にとっては失敗作。発表後に封印していた作品です。でもこれがきっかけとなり、観返してみると、意外やいい出来じゃないか、と思います。そして、この作品が原因で絶交していた薬中毒の主演役者を訪ねることになります。彼と旧交をあたためながらヘロインに酔ううちに、気持ちがよくなり、子どもの頃の思い出がいくつもよみがえってきて……。アルモドバルそのものといっていい、セミリタイアした映画監督の日常。 人生を感じさせるセリフ、監督が住む赤を基調にしたインテリアの家もおしゃれです。渋いなかにも繊細さを持つバンデラスが魅力的ですし、母の思い出(演じているのは、監督とつきあいの長いペネロペ・クルス)、同性愛者である監督の原点ともいえる少年時代の性的な事件、 恋人との出会いと別れなど、ちょっといい思い出話が続きます。確かに『ニュー・シネマパラダイス』を彷彿とさせるところも。アルモドバルが肩の力をぬいて作った、過去に向かうだけでなく、明るい未来もほの見える、後味のいい映画です。『なぜ君は総理大臣になれないのか』日本の現役政治家、衆議院議員小川淳也を17年間追い続けたドキュメンタリーです。これが、めっぽう面白い! カメラの前で17年、これでいいのか、と悩み続ける代議士の、愚直なまでに真っ直ぐな姿に、政治の世界でもこんな人がいるんだと驚きます。民主党から民進党、希望の党、そしていまは無所属。このコロナ禍で、国会の質問に立ったこともあります。見たことはある、気がします。当選は5期。政府、政党の要職についたことはほとんどない、といっていいでしょう。安倍長期政権時代に入り、野党の集合離散の波にもまれていく小川氏。高松市に帰るとその説明に追われる日々が続きます。選挙になると、地元新聞社のオーナー一族の自民党議員に常に惜敗し、比例代表で復活が常。政策通、ビジョンが明確な彼ですが、政党間のヘゲモニー争いのなかでで板挟みになり力が発揮できません。理想と現実のから回りや、周囲のから騒ぎ、地方選挙の人間模様など、日本の政治の世界ならではの様々な人間ドラマもこの映画には映し出されています。この議員の暮らしぶりと謙虚な話し方は、政治家とは上から目線のえらそーな人、というイメージの真逆にあります。そうか、だから、総理大臣にはなれない、のか。首都圏は、6/13(土)からヒューマントラストシネマ有楽町、ポレポレ東中野で公開中。中部は、名古屋シネマテーク他で近日公開。関西は、7/24(金)からシネマート心斎橋他で公開予定。
2020年06月14日おとな向け映画ガイド映画館再開!新作は粒ぞろいです。ぴあ編集部 坂口英明20/6/7(日)イラストレーション:高松啓二緊急事態宣言の解除を受けて、待ちに待った新作映画の公開が、6月1日から映画館で始まりました。6日までで20本、今週末12日、13日にはさらに20本以上の作品が封切られます。各館、座席間を離すなど、鑑賞方法に気を使いながらのリスタートですが、映画館のスクリーンで作品を味わうのは、やはり格別の高揚感があります。しかも今回のロードショー内容たるや、素晴らしい!のひとこと。そのなかで、これはという4本をご紹介します。粒ぞろい! オススメです。『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』オルコットの名作小説『若草物語』の4度目の映画化です。久しぶりの、オーソドックスで優雅なアメリカ映画を堪能してください。19世紀後半、ニューイングランド地方に住む四姉妹の成長と青春を描いた作品。先日、1949年版がBSで放送されていましたが、ジューン・アリソンや若き日のエリザベス・テイラーなど当時大人気のスター女優が出演する青春文芸作品でした。今回も、いま最も輝いている女優、シアーシャ・ローナンを主役の次女ジョーに、『美女と野獣』で不動の人気を得たエマ・ワトソンを長女役に起用するなど、ハリウッドの王道を行く作り。特に、シアーシャ・ローナンは観てるだけで幸せな気持ちにさせてくれます。見どころのもうひとつは、ていねいに再現されたセットデザイン、衣装やインテリア、小道具の数々。米アカデミー賞で衣装デザイン賞を受賞したのも納得です。細部にまでこころ配りのある、見事な作品です。『お名前はアドルフ?』ドイツ映画。まさにおとな向きの知的な、それでいて大笑いしてしまう、珠玉のコメディです。元はフランスのお芝居だったそうですが、ドイツで映画化すると、また意味あいが違います。舞台は、ライン川のほとりにある、現代ドイツ文学を教える大学教授のおしゃれな邸宅。妻の弟夫婦に待望の赤ちゃんが生まれるということで、お祝いの宴が始まります。ゲーム感覚で子どもの名前を当てっこしていると、とんでもない事態に。なるほど、舞台劇の映画化。すべてセリフのやりとりで進行します。名前をめぐって、哲学、歴史、文学の大論争。そのうち、それぞれの思いや秘密が吹き出して、さらに修羅場に。家の中での自粛疲れで、プチストレスに襲われていた今だからでしょうか、ここまでぶちまけられると、観終わって何故かスッキリもします。首都圏は、6/6(土)からシネスイッチ銀座他で公開。中部は、7/24(金)から名古屋・伏見ミリオン座他で公開。関西は、7/10(金)からテアトル梅田他で公開。『罪と女王』デンマークはフィンランドと並んで、世界一幸せな国といわれていますが、そんな国の、アンモラルな映画です。その辺が面白いのです。弁護士で、児童保護を専門とする女性が主人公。医者の夫、幼い双子の娘もいて、幸せな生活を送っていたのですが、やや素行の悪い、夫と前妻の間にできた17歳の少年を家にひきとったところから、ほころびが生じ始めます。彼を立ち直らせようとしているうちに、関係を持ってしまうのです。映画のすごさはここからで。過ちが発覚しそうになるや、彼女は、極めて残酷な大人の対応をし、自分の立場を守ろうとする行動にでるのです……。これまで観たことのない展開の映画です。女性監督メイ・エル・トーキーの、デンマーク・アカデミー賞(ロバート賞)作品賞など世界中で映画賞を受賞した作品です。首都圏は、6/5(金)からヒューマントラストシネマ有楽町他で公開。中部は、6/27(土)から名古屋・名演小劇場で公開。関西は、6/5(金)からシネ・リーブル梅田で公開。『コリーニ事件』大物実業家がベルリンのホテルで、銃で撃たれて死亡するシーンで始まります。犯行理由について沈黙を続ける犯人。事件の弁護をたまたま引き受けたのは新米弁護士の主人公。特に社会正義に燃え、という意識も、野心もそれほどない、普通の青年です。勝てる見込みのない裁判でしたが。調査を始めると、ある事実が浮かび上がります。それは……。ドイツのベストセラー小説を映画化した、現代のドラマですが、歴史ミステリーであり、後半は裁判劇。殺人事件が歴史を掘り起こし、戦後ドイツが隠してきた事実につきあたるこのドラマの展開はスリリングで、おとな向け一級エンタテインメントです。犯人コリーニ役は、マカロニ・ウェスタンの伝説のヒーロー、フランコ・ネロ。これがめちゃ渋いんです。
2020年06月07日おうち時間を華やかでハッピーに株式会社あみだ池大黒が新商品「大阪花ラング」の期間限定オンライン販売をスタートしました。2019年11月に大阪を盛り上げるおみやげとして誕生した「大阪花ラング」は、テーブルに並べるだけで心おどる幸せなひと時を作り出せるような華やかな形が特徴。大阪生まれのはちみつをたっぷり練り込んだラングドシャ生地のお花に、口どけ良くなめらかなホイップクリームをのせ、ストロベリーとブルーベリーをさりげなくあしらっています。これまでは駅や空港で販売されていましたが、新型コロナウィルスの影響でお店に行きにくい人たちに少しでも元気になってほしいという使命のもと、今回のオンライン販売が決定しました。2020年5月31日までは、1ヶ所1500円以上の注文に限り送料無料サービスとなります。老舗ならではの発想で新しい製品を提案長堀鶴見緑地線「西長堀」駅より徒歩1分の場所に本店を置く株式会社あみだ池大黒は1805年創業。日本で最も古い歴史を持つお菓子といわれる「おこし」の伝統を守り続けながらも、「おこし」のイメージにとらわれることなく和・洋融合の創作菓子を製造・販売しています。(画像はプレスリリースより)【参考】※株式会社あみだ池大黒のプレスリリース/@Press※株式会社あみだ池大黒◎※大阪花ラング公式サイト
2020年05月08日おとな向け映画ガイド今週のオススメは、韓国冷血犯罪もの、山田孝之が父親役!?、スーダンに映画の灯を! この3作品。ぴあ編集部 坂口英明20/3/30(月)イラストレーション:高松啓二今週末に公開される映画は、3月30日時点で13本(ライブビューイング、映画祭を除く)。こういうつらい時期の公開ですが、実は、話題作、佳作ぞろいです。この中から2本と、近日公開の1本を、おすすめしたいおとな向き映画としてご紹介します。万事解決して、皆様が御覧になれますように。『暗数殺人』このところハズレなし。韓国映画の傑作です。暗数殺人、統計にでてこない、闇から闇に葬られた殺人。当然あるんでしょうね。そのひとつが、ある事件をきっかけに明るみになったという実話の映画化です。現代の釜山。恋人殺人事件の容疑者が、刑事に別の殺人の犯行をほのめかします。虚言癖のある男なので、多少疑いながら調べてみると、自白の場所に白骨死体が。が、事件が表面化すると、彼は「死体を運んだだけ」ととぼける。そんな繰り返しでつぎつぎと明らかにされる殺人。ふてぶてしく、かわいげもない容疑者の意図は何か?刑事にとっては手柄をたてるチャンスであり、反発をしながらも、どんどん深みにはまっていき……。役者がいいです。刑事役にキム・ユンソク。『チェイサー』や、一昨年公開の『1987、ある闘いの真実』でも警察所長を好演していました。犯人役はチュ・ジフン。TVドラマ『宮 ~Love in Palace』や、映画でも『神と共に』など話題作に多く出演しているイケメン俳優です。悪魔的といいますか、いったいこの顔で何人殺したのだ、不気味なつらがまえです。ユンソクの部下役、チン・ソンギュも、私注目の役者です。今年公開の『エクストリーム・ジョブ』では刑事でありながら唐揚げ作りの天才というキャラで笑わせてくれました。今回は真面目一方ですが。『ステップ』かぶりものも全裸も辞さない、闇金や勇者ヨシヒコとか変わった役を演じる印象が強い山田孝之が父親健一役で、妻に先だたれてからの娘美紀との10年を描く感動の物語。ってありかと、思いましたが、ありでした。シングルファーザーの暮らしがていねいに描かれます。2歳半の娘を保育園に預け、会社へ。営業から時間の自由がきく総務に回してもらい、周りに迷惑がかからないように仕事をてきぱきこなし、娘を迎えに行き、食事の支度をし……。やがて小学校に入学し、卒業するまでの、さまざまなエピソード。「ステップ」は一歩、一歩ずつという意味でしょうか。原作は重松清の小説です。監督・脚本は飯塚健。代表作『荒川アンダー ザ ブリッジ』とはだいぶ雰囲気がちがいます。もちろん父娘の話が中心ですが、まわりの大人たちの描き方がとてもていねいです。私は、國村隼演じる義理の父親に感情移入して観ました。娘の夫、もう実の息子のような主人公と孫への愛情の表し方。國村さんはこういうの実にうまいですね。昔、ウイスキーのCMで家族の絆をテーマにしたシリーズに出ていましたが、あれを思い出しました。母役の余貴美子、健一の同僚役広末涼子、保育士の伊藤沙莉、それぞれに見せ場があります。健一の上司で、いつでも営業にもどってこいよ、と声をかけてくれる営業部長役岩松了もいいなあ。いつも誘ってくれるお昼ごはんが、ちょっとせこくて。『ようこそ、革命シネマへ』スーダン出身の若い監督スハイブ・ガスメルバリによる、ドキュメンタリーです。かつてのスーダンでは、映画は人気の娯楽で、自国製の作品もあったのですが、1989年に軍事クーデターが起き、その後、映画制作は禁止され、映画館も閉鎖されました。79年生まれのガスメルバリ監督は、留学先のフランスで映画にめざめ、そこで過去の「スーダン映画」に初めてふれます。帰国した監督は自国での作品制作をめざし、そんななかで、4人の年老いた映画人に出会います。いずれも1960〜70年代に外国で映画を学び、制作集団「スーダン・フィルム・グループ」を設立したこの国の映画の父、たちです。軍事独裁政権で表現の自由を奪われ、散り散りになっていた仲間たちは、その後再会し、ほそぼそと野外上映会をしたりして、スーダンにもう一度映画の灯をともそうと、活動をしていたのでした。カメラは、その4人が、首都ハルツーム近郊で廃墟と化していた映画館、その名も「革命シネマ」を再建しようと奮闘する姿を追っていきます。70歳前後、さまざまな苦難をへて、それでも失わなかった4人の映画の夢。映画館が修復されたら掛けようと決めた作品は、クエンティン・タランティーノの『ジャンゴ 繋がれざる者』、というのが泣かせます。首都圏は、4/4(土)から渋谷・ユーロスペースで公開。中部は、4/18(土)から名古屋シネマテークで公開。関西は、第七藝術劇場他で近日公開。
2020年03月30日おとな向け映画ガイド“世界一貧しい大統領”を描いた2本と、異文化トラブルを笑いとばすフレンチコメディが今週のオススメ。ぴあ編集部 坂口英明20/3/23(月)イラストレーション:高松啓二今週末に公開される映画は13本(ライブビューイング、映画祭を除く)。全国約100スクリーン以上で拡大上映されるのは『劇場版 Fate/stay night [Heaven’s Feel] III.spring song』のみ。予定されていた春休み映画『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』『ソニック・ザ・ムービー』『3年目のデビュー』は公開延期になりました。ミニシアターや一部シネコンなどで上映される作品が12本。この中からの2本に4月公開の1本を加え、今週のオススメしたいおとな向き映画をご紹介します。『世界でいちばん貧しい大統領 愛と闘争の男、ホセ・ムヒカ』イギリスBBCが、その質素な暮らしぶりを「世界一貧しい大統領」と評したウルグアイの元大統領、ホセ・ムヒカ。彼の半生をテーマにしたドキュメンタリーが相次いで公開されます。それぞれ視点が違っていて、いつか並べて上映しても面白いと思える2本です。先に公開されるこの作品は、旧ユーゴスラビア出身のエミール・クストリッツァが監督。『パパは、出張中!』でカンヌ国際映画祭パルム・ドール賞を獲得したのをはじめ、ベルリン、ヴェネチアを制した巨匠は、トラクターを運転する大統領がいるときいて関心を持ち、2014年から撮影を開始、翌年の退任式後までムヒカ大統領に密着しています。愛車はボロボロのフォルクスワーゲン・ビートル、給料の9割は貧しい人々のために寄付をし、時間の許す限りトラクターに乗り、小さな畑で農業に精をだす。愛嬌のある顔をした好々爺。実は、若いときは極左反政府ゲリラで、銀行強盗もしたことがあるツワモノです。クストリッツァ監督とマテ茶を回し飲みしながら、にこやかに語ります。確かに、青年時代の写真をみると、精悍で歴戦のゲリラ兵士といった感じ。軍事独裁政権により、13年間も収監され、不屈の精神が培われたといいます。1985年に軍事政権が倒れた時、49歳で解放され、以後政治家として活躍、94年に下院議員になります。2009年には大統領選に出馬し、当選。10年から大統領職を務めました。在任中は、貧困率を劇的に下げるなど施策を次々と実現、国民から圧倒的支持を受けた5年間でした。青春の思い出を語るのですが、話はいささか物騒です。かつてのゲリラ活動の現場に立ち「45口径を手に銀行に入るのは最高だ」といい放つサングラス姿は、まるでフィルムノワールのギャングです。かと思うと、好きなタンゴのことを「挫折を知ったあとで好きになる歌だ」とつぶやく詩人です。夫人は元ゲリラの同志。愛の歴史も語られます。ホセ・ムヒカ、愛称は「ぺぺ」。84歳、「その顔に歴史あり」です。首都圏は、3/27(金)からヒューマントラストシネマ有楽町他で公開。中部は、3/28(土)から名演小劇場で公開。関西は、3/27(金)からテアトル梅田で公開。『ムヒカ 世界でいちばん貧しい大統領から日本人へ』続いて、4月10日に公開されるこの作品は、フジテレビのディレクター、田部井一真監督による日本のドキュメンタリーです。ムヒカさんと日本との意外な関係を、2016年に来日した時の映像と、ウルグアイ現地でのインタビューなどで描いています。そもそも、ムヒカさんの存在が世界で知られるようになったのは、2012年、リオデジャネイロで行われた国連持続可能な開発会議でのスピーチ。「私たちは発展をするためにこの地球上にやってきたのではありません。幸せになるためにやってきたのです。……行き過ぎた消費主義こそが地球を傷つけ、さらなる消費を促しています」。大量消費社会をやさしい口調で問いただす発言が、世界に反響をよんだのです。演説をもとに日本では子供向けの絵本が作られ、なんと50万部を超えるベストセラーになりました。このことがきっかけとなり、来日にもつながるのですが、ムヒカ元大統領と日本との縁はそれだけではありませんでした。ウルグアイでインタビューした田部井監督に「日本にはとても感謝をしているんだ」ときりだし、日本について話しだします。ウルグアイには、日本人の移民が多くいて、菊の花などの栽培をしていました。彼の家の近くにもそういう農家があり、困った時に花の苗を分けてもらったこともあったそうです。2016年4月、夫人とともに来日したムヒカさんが、行きたいと希望したのは、広島。原爆ドームを見終わって「未来に向けて記憶しよう。人間は同じ石でつまづく唯一の動物だと歴史が示しているのだから」と記します。楽しみにしていたのは若者との対話。「人生でいちばん大事なことは成功することでなく、歩むことだ、転んでも再び立ち上がることだ」と、語りかけます。全編を通し、力強いメッセージがつまった映画です。首都圏は、4/10(金)からシネスイッチ銀座他で公開。中部は、4/10(金)からセンチュリーシネマで公開。関西は、4/17(金)から梅田ブルク7他で公開。『最高の花婿 アンコール』フランスの大ヒットコメディ。2014年に作られた『最高の花婿』の続編です。ロワール地方のお金持ち一家。両親は敬虔なカソリックで保守的。にもかかわらず、美しい4人姉妹は全員、外国人と結婚してしまいます。長女はアラブ人と、次女はユダヤ人と、三女は中国人と。四女の相手がやっと同じ宗教のカソリックときかされ、安心したのですが、実はコートジボアール出身の黒人で……、前作はそんな大騒動でした。と、ここまで頭に入れていれば、第1作を観ていなくても充分楽しめます。あれから4年。花婿それぞれの故郷を訪ねる旅行から帰国した両親を囲み、みやげ話を聞こうと家族が集まります。ややコンサバな父の毒舌は相変わらずです。が、きいている花婿たちには、それを笑いとばす余裕もありません。仲のいい彼らはみな同じような悩みを抱えていました。それは、住んでいるパリの「異文化ハラスメント」。例えば、四女の夫、役者のシャルルは「黒人に振られる役はヤクの売人ばっかり。マシなのは『最強のふたり』のあいつだけさ!」とご不満です。で、彼がいきなり思いついたのが、インド行き。ツテもないのに、ボリウッドでスターになろうという計画です。義兄の3人もそれぞれ、フランス脱出を考えています。それを知った父と母。愛しい孫たちの顔が見れなくなるなんて耐えられません。花婿たちをフランスに引き留める大作戦が始まります……。フランスは「人種間混合結婚数」が世界一。20%近くが異民族・異人種・異宗教間での結婚、というデータがあります。ヨーロッパの他の国は3%前後ですから、その多さが窺えます。この映画の面白さは、人種や文化のちがいを茶化したり、皮肉ったり、それを陰湿なハラスメントでなく、当人の前でやるところ。そんな本音トークが受けた理由でしょうね。しかし愛があるんだな。幸せな気分になれること請け合いの映画です。首都圏は、3/27(金)からYEBISU GARDEN CINEMAで公開。中部は、4/18(土)から伏見ミリオン座で公開。関西は、4/17(金)からシネ・リーブル梅田他で公開。
2020年03月23日おとな向け映画ガイド「悪カワヒロインアクション」と「三島由紀夫vs東大全共闘秘蔵映像」が今週のオススメ。ぴあ編集部 坂口英明20/3/16(月)イラストレーション:高松啓二今週末に公開される映画は13本(ライブビューイング、映画祭を除く)。全国約100スクリーン以上で拡大上映されるのは『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒』『一度死んでみた』『弥生、三月ー君を愛した30年ー』の3本。ミニシアターや一部シネコンなどで上映される作品が10本です。この中から、おすすめしたいおとな向きの2作品をご紹介します。『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY』いやあ、あなどっておりました。恐るべしハーレイ・クイン、面白いです。スーパーマン、バットマンまではわかるけど、最近のマーベル・コミックとか、DCコミックスとか(あ、これはDCです)、キャラクターものありすぎでよくわからんなという人にも、かなり親切な作りになっています。おとなにもやさしい、「悪カワ」ヒロインの痛快アクションです。観終わって気分がスカッとします。ハーレイ・クインは、あのジョーカーの元彼女。実は精神科医で、ジョーカーは患者だったのですが、恋人になってしまい、といったこれまでのいきさつは、最初にハーレイがアニメを使って紹介してくれます。ジョーカーの庇護下で好き勝手やってたのに、別れた途端、町の悪党どもがみんな手のひら返しで……。なかでも最強の敵は、サイコで残忍なブラック・マスク。路上暮らしの少女、カサンドラが盗んだダイヤをめぐって、ふたりはブラック・マスクに追われることになります。キュートなのにクール、服やメイクもぶっとんでいて、腕っぷし(というか蹴りか)も強い。ちょっと狂気もはらんで、暴力的。武器はショットガンにドでかいハンマー。ハーレイのキャラクターがなんとも楽しいです。住まいは、ダウンタウンにある謎の中国料理店の上。ごたごたとしたポップなインテリアに、ペットはハイエナの「ブルース」です。ハーレイを演じているのは、前作の『スーサイド・スクワッド』と同じマーゴット・ロビー。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』のシャロン・テート役、そして『スキャンダル』ではアカデミー賞助演女優賞ノミネートと、のりにのっている女優です。実は、一匹狼のハーレイが、行きがかり上、タフな女性3人と手を組み、最後はチームになります。それぞれのキャラクターがまた凄いんです。クラブの元歌手で、その声が凶器というブラック・キャナリーとか。この女性陣がサブタイトルの「BIRDS OF PREY (猛禽類)」なわけです。監督は中国系のキャシー・ヤン。スーパーヒーロー(ヒロイン)映画を演出した初のアジア人女性となりました。バトルの前にバストのガードを考えたり、ファイトの途中で髪留めの貸し借りがあったり、男性監督じゃ気づかない細部のこだわりというか、ちょとした気の使いかた、テンポのよさ、この監督うまいです。『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』今から50年前に三島由紀夫と東大全共闘が激論を交わした討論会のフィルム、こんなものが残っていたのかと驚くTBS秘蔵の映像に、新たな取材を加えて作られた貴重なドキュメンタリーです。三島由紀夫は、当時、若者向け雑誌『平凡パンチ』の「オール日本ミスター・ダンディ」という人気投票で、ダントツの1位(2位三船敏郎、3位伊丹十三)だったと、紹介されます。ノーベル賞の候補である大作家というだけでなく、映画に出演したり、マスコミにもよく登場する人気者でした。討論会が行われたのは1969年5月13日。東大安田講堂事件の数カ月後です。前年には新宿南口が炎上した新宿騒乱事件があり、学生運動はますます過激化。繰り返されるデモでは、ヘルメットにゲバ棒の新左翼が投石と火炎瓶で機動隊と激突していました。そういう空気のなか、行動右翼として、つまり敵とみられていた三島由紀夫が東大全共闘から招かれ、駒場キャンパスへ論争に乗り込んだのです。驚くのは、会場に集まった1000人の学生や壇上の全共闘メンバーを相手に、知識をひけらかして論破してやろうとか、馬鹿にするような態度は一切なく、真摯に意見に耳を傾けているところです。逆に全共闘の方が、超うえから目線で、えらそうです。それにしても、三島が、前年に楯の会という私兵のような集団を組織し、この討論会の翌年には、市ヶ谷の自衛隊で軍服を身にまとい、切腹自決するという最期を知っているだけに、いまにしてみればと、意味深長な発言もあります。論争そのものはやや難解ですが、内田樹さん、小説家・平野啓一郎さん、社会学者・小熊英二さん、瀬戸内寂聴さんのコメントがあり、理解が深まります。実際に討論に参加した元全共闘の闘士たち、三島を師と仰ぐ楯の会メンバー、現場に立ち会ったジャーナリストへのインタビューなど、秘話満載です。内田樹さんは「スクリーン越しにこの映画からいやおうなく吹きつけてくるのは1969年の『時代の空気』である。『政治の季節』の空気である。」と記しています。熱い! あの頃の熱気、熱情がびしびし伝わってくる映画です。
2020年03月16日おとな向け映画ガイドグザヴィエ・ドラン新作と夢のような農場の実話、が今週のオススメ。ぴあ編集部 坂口英明20/3/09(月)イラストレーション:高松啓二今週末に公開される映画は17本(ライブビューイング、映画祭を除く)。全国約100スクリーン以上で拡大上映されるのは『貴族降臨-PRINCE OF LEGENDー』1本。ミニシアターや一部シネコンなどで上映される作品が16本です。この中から、おすすめしたいおとな向きの2作品をご紹介します。『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』いまや、ネットの時代になって、絶滅危惧種的な存在かもしれませんが、ファンレターが重要な役割を担っています。世界が注目する映画監督のひとり、グザヴィエ・ドラン、待望の新作です。ドランは、子供の頃、レオナルド・ディカプリオに夢中で、ファンレターを書いたことがあり、そんな思い出をモチーフに作られたそうで、ちょっとノスタルジックな味もある映画です。タイトルバックの前、いわゆるアバンタイトルが、いかにも意味深にまとめられ、物語が始まります。2006年、ニューヨーク。テレビの人気俳優ジョン・F・ドノヴァンが29歳で謎の死を遂げます。そのショッキングなニュースが流れた時、ロンドンでは、11歳のルパートが自分宛ての手紙のことでお母さんを責めています。彼は子役、母はいわゆるステージ・ママです。11歳の少年の手紙の相手は、その人気俳優でした。なぜ彼らは100通を超える秘密の文通をしていたのか。ドノヴァンにとっての少年はどんな存在だったのか。10年の時を経て、21歳の若手俳優になったルパートが、ドノヴァンとの思い出を書いた著書『若き俳優への手紙』について、語りはじめます。ドラン作品ではおなじみのテーマ「母と子」も、やはり映画の大切な要素です。ルパートの母親役はナタリー・ポートマン、ドノヴァンの母親役はスーザン・サランドン、これにドノヴァンのマネジャー役でキャシー・ベイツ、とアカデミー賞受賞&ノミネートの女優たちが脇を固めています。さすがに名優たち、監督の脚本力も加わって、見事に「キャラ立ち」しています。ドノヴァン役はTVの人気者キット・ハリントン。11歳のルパート役ジェイコブ・トレンブレイは、天才子役!です。神童といわれたドラン監督も30歳。アップを多用し、時に70ミリフィルムを使い、構図もすべて自分で決めるという映像や、音楽の使い方など、いたるところに才器を感じます。冒頭、少年が手紙をなくした母を問い詰めます。「インクの色は何色だったの?」。インクの色、匂い……、手紙が伝えるのは文だけではありません。『ビッグ・リトル・ファーム理想の暮らしのつくり方』こんなときこそ、自然の無限の可能性を感じ、とてもポジティブな気持ちになれる、このドキュメンタリーをオススメします。ロサンゼルス郊外、ジョンとモリーという若い夫妻が、2010年から8年間で作りあげた「理想の」農場のお話です。妻は野菜を中心とした料理研究家でブロガー、夫は野性生物番組の監督・カメラマン。マンション暮らしだったのですが、殺処分から救ったワンちゃんと暮らし始めたのがきっかけとなり、農場経営を決意します。動物と共生し、あらゆる食材を伝統農法で育てるのがモリーの夢。それを実現しようというわけです。最初は相手にされなかった資金集めも、話題が話題を呼んで、なんとか成功。東京ドーム約17個分もあるロス郊外の農地を手にします。そこからの奮闘。一部始終をジョンがカメラに収めていきます。まずは、死んだ土壌を生き返らせるところから。ここに伝統農法のプロ、アラン・ヨークという仙人のような人物がサンダルをはいて登場します。そして、仲間の協力も得て、まるで「ビフォー・アフター」のように土地が劇的に変わり、野生植物の楽園と化していきます。が、難問は続出します。果樹園の樹にアブラムシが大量発生したり。でも、それはどこからともなくやってきたてんとう虫が食べてくれます。そう、そんな風に、自然の難題は自然が解決してくれると彼らは身を持って気づいていくのです。ときに、コヨーテがニワトリを襲います。ジョンは、銃で駆除すべきか、苦渋の選択で悩むのですが……。製作・監督・脚本・撮影監督はジョン・チェスター自身。トロント映画祭、サンダンス映画祭など多くの国際映画祭で「観客賞」を受賞した作品です。生きとし生けるものが共生しあうこと、意味のない命はない、そんなことを痛感します。若い人たちに観てもらいたいなあ。首都圏は、3/14(土)からシネスイッチ銀座、新宿ピカデリー他で公開。中部は、3/28(土)から伏見ミリオン座他で公開。関西は、4/3(金)からシネ・リーブル梅田他で公開。
2020年03月09日おとな向け映画ガイド『ジュディ 虹の彼方に』『星屑の町』が今週のオススメ。ぴあ編集部 坂口英明20/3/02(月)イラストレーション:高松啓二今週末に公開される映画は18本(ライブビューイング、映画祭を除く)。全国約100スクリーン以上で拡大上映されるのが『仮面病棟』『Fukushima 50(フクシマフィフティ)』『ジュディ 虹の彼方に』の3本。ミニシアターや一部シネコンなどで上映される作品が15本です。当初8日に公開予定されていた『映画ドラえもん のび太の新恐竜』は公開延期となりました。この中から、おすすめしたいおとな向きの2作品をご紹介します。『ジュディ 虹の彼方に』ラストで泣きました。 映画はこれでなくては! まさに感動必至の作品です。ジュディ・ガーランドの最晩年を描いています。子役時代の『オズの魔法使』はミュージカル映画の象徴ともいえる1本、その中で歌った『虹の彼方に(オーバー・ザ・レインボー)』が不朽のスタンダードソングになりました。ショービジネスに燦然と輝くまさに星のような存在です。が、そういうひとに限って、実人生は、そんなに恵まれていないんですね。1954年に『スタア誕生』(最近レディー・ガガがリメイク)に主演。アカデミー賞では本命視されながら、最優秀主演女優賞を逸し、女優から歌手に軸足を移したとされています。60年代はショービジネスの第一線で活躍、カーネギー・ホールでの名パフォーマンスなど、レコードでも名盤を残しています。この映画が描く1968〜69年は、ジュディが47年の人生を終える直前。長年の酒と薬、金銭問題、愛する子どもたちとの別離など、心身ともに疲れ果てていたといいます。最後の舞台はロンドンのナイトクラブ「トーク・オブ・ザ・タウン」での長期公演。このロンドン時代を中心に物語は進みます。ジュディ役を演じたレネー・ゼルウィガーに圧倒されます。『ブリジット・ジョーンズの日記』で、アラサーの悩める独身女性を演じた、ややふっくらした印象の強いあの女優さん。その後『シカゴ』ではアカデミー賞主演女優賞にノミネート、『コールドマウンテン』では助演女優賞を受賞した実力派。この作品でも、女優魂というか、相当の練習を積まれたのでしょう。吹き替え無しで歌い、ジュディが憑依しているかのようです。クラブで歌う『トロリー・ソング』『カム・レイン・オア・カム・シャイン』などのスタンダード・ナンバーの楽しいこと……、そして感動の『虹の彼方に』。レネーはこの作品で、ジュディがなしえなかったアカデミー賞最優秀主演女優賞受賞を果たしています。ちょっといいエピソードが心に残りました。ジュディが、舞台がうまくいかず、打ちひしがれて、もう世界に自分の味方はいないと絶望した夜。「出待ち」のファンが彼女を救います。ショーに通いつめる中年のゲイのカップルです。彼らのもてなし、というか心配りがどれほど力になったか。LGBTQコミュニティでは、ジュディと『虹の彼方に』がシンボル的な存在であるといいます。『星屑の町』こちらもショービジネス!ですが、うって変わって、売れないムード歌謡コーラスグループ「山田修とハローナイツ」の歌と涙の人情喜劇。シリーズ化し、25年も演じられてきた、下北沢あたりじゃ評判の、舞台の映画化です。例えば、内山田洋とクール・ファイブのように、前川清のバックでわわわわーとコーラスをつけている人たち、いますよね。どこか謎の存在でありますが、かれらに着目したアイデアが面白い。舞台と同じメンバーが出演、これがまた実に絶妙のキャスティングです。映画を観る前の予備知識として、グループ結成のいきさつを書いておくと。元大手レコード会社社員の山田修(コント赤信号の小宮孝泰)が、担当の演歌部門が縮小になったのを機に、それなら自分でとこのグループを作りました。メンバーは、行きつけのスナックのマスター(同じく赤信号のラサール石井)、そして店の客(渡辺哲と有薗芳記)。これに大阪ミナミからボーカルの大平サブローが参加し、グループが誕生。さらに、博多の焼き鳥屋の親父(でんでん)が、グループの経済的な救世主となり、途中から加わります。以後、解散と再結成を繰り返し現在にいたる、というわけです。東北巡業、といっても温泉の余興がほとんど。今回は山田修の故郷、東北の田舎町、廃校になった小学校で公演です。主催は山田の弟(菅原大吉)が率いる町の青年団。ゲストというか前座歌手で「キティ岩城」(戸田恵子)もやってきます。公演前日に行ったスナックで、歌手志望の愛ちゃんにまとわりつかれ、すったもんだあり…。愛ちゃん役はのん。久しぶりの映画出演です。彼女がグループに加わってからの展開はちょっとした「スター誕生」風。かっこよくいえばショービジネス・エンタテインメントですが、どこかしょぼいのが逆に魅力です。大平サブローが歌う『宗右衛門町ブルース』『中の島ブルース』『ほんきかしら』や、グループのオリジナル『MISS YOU』。戸田恵子が歌う『手紙』など、昭和歌謡がたっぷり味わえます。すべて歌詞が字幕になってでます。のんちゃんが歌う『新宿の女』『恋の季節』はよく考えた選曲ですね。脚本は、お芝居のときから、演じる役者の個性を活かす「当て書き」で書かれています。小宮はいかにも気が弱そうだし、一見コワモテだが優しい渡辺、謎がありそうなでんでん、すねものの有薗。なかでもラサール石井が傑作です。舞台での大平との関西弁の漫才のようなやりとりなんて、最高です。
2020年03月02日