希望を持てない子が急増? 家庭環境を超えた友達を作る場所が必要なワケ
●同質的な環境に育った子ばかりが集まってしまう学校や塾
今、わが国の子どもたちが置かれている日常の場所はどうでしょうか。
学校はというと、私立学校の場合は完全に同質的な環境に育った子の集団となっているようです。
そういう筆者も中学校は私立の慶応普通部という男子校に通ったのですが、当時のその学校には筆者のような潰れそうな町工場の子もいれば、国務大臣の子、医者の子、中小企業のサラリーマンの子もいて、ゴーディとクリスのような家庭環境を超えた友と出会うチャンスがかなりありました。
友人たちから聞くところによると今はそうでもないようで、潰れそうな町工場の子や中小企業のサラリーマンの子は、ほとんどいなくなってしまったようです。
その意味では、公立学校の方が家庭環境の違う子とは出会えます 。
ところが、せっかくいろいろな家庭環境の子がいるにもかかわらず、進学を目指す子は結局一定以上の経済力の家庭の子だけで集団を形成していくため、学校を卒業して職人になる子や無業者になってしまう子たちとのあいだに交流がなく、友情が成立する余地がありません。
塾も同様です。このような状況こそが、筆者の問題意識の根底にあるのです。
●どこの家の子も好奇心で入っていけるような場所が地域にあるといい
人間のことですから、育った環境が違おうと考え方が違おうと、感性の部分で共鳴できるものがあれば友情を築くことができます 。
筆者の中学生時代、Kくんという立派な印刷会社を経営している家の子がいました。明日潰れてもおかしくない化学薬品工場の子の筆者とは経済力が全然違いました。
でも筆者はKくんの人としての大きさに惹かれてKくんと同じラグビー部に入り、KくんはKくんで筆者が書く作文や感想文を「言葉に魂がこもっている」と褒めてくれました。
考え方も、どちらかといえば保守的なKくんとどちらかといえばリベラルな筆者とではずいぶん違っていましたが、尊敬し合っていました。
そのKくんは大人になって慶応大学の教授を経て、今は京都芸術大学で教鞭をとっているのですが、慶応の教授時代に東京都の港区と連携して“地域の人たちのための家”のようなものを設立したのです。昭和の一軒家のような日本家屋の空き家を改造して、地域の大人も子どもも、おじいさんもおばあさんも、学生もサラリーマンも商店主も、好きなときに好きなように利用してくださいという“場所” を作ったのです。