でも、目の前に困難があれば、ついそちらに気を取られるのが人間というもの。母親である前に、人間としての匂いを醸し出すバルバラの姿に、真実の迫力を感じるのです。
つまり、理想の前に現実があるというわけなのです。実は、日本語タイトルにある『理想の出産』は、ちょっとアンチテーゼ的な意味合いもありそう。“理想”というのは、誰にとっての理想なのか。理想にこだわるあまり、ほんとうに大事な何かを忘れてはいないのか…などなど。実は、ヒロインの友達が、育児で精神的にも肉体的にも追い詰められたバルバラに「どうして早く言ってくれなかったの」と言うシーンが出てきます。それに対してバルバラは「ママは幸せでなくちゃ。
文句を言うなんて失礼だわ。子を授かるのは尊いことだもの」と答えるのですが、それに対して友人が「それは理想論よ」と言ったことが印象的でした。
本作では、妊娠中にどんよりとした気分の主人公が、ファッション誌「ELLE」に掲載されたレティシア・カスタの美しいマタニティ・グラビアをぼんやりと眺めるシーンも登場します。何気ないシーンですが、これがまさに象徴的。こちら側とあちら側。虚構と事実。理想と現実。とかく人は、良きものの方に近寄りたくなるものですからね。