2015年12月14日 11:30
テレビ・ワンシーン考現学 (21) 青春ドラマのエンディングは、とにかく無人駅で見送る
揺るぎない事実として「自分は東京郊外育ちである」「自分の学生時代は恋愛云々とは疎遠であった」があるにもかかわらず、田舎町の学校で繰り広げられる淡い恋模様を描く学園ドラマや映画を前にして、下手すれば涙を流したりするわけである。おそろしいことに、「うんうん、懐かしいなぁ」とか思っちゃっているわけである。この「うんうん」はまったくの虚偽なのだが、繰り返していると一丁前の強度を持ち始める。危うく記憶がアップデートされそうになるのである。
新宿まで出るのに40分程度の多摩地方で育ったくせに、1時間半に1本の無人駅で列車を待つ高校生カップルの淡い気持ちに、いつの間にか共感。ふと我に返り、頷いている自分を指差して、「ちょっとお前、そこに座れ」と声を荒げながら詰問する。そもそもお前は自転車通学だったじゃないか、そもそもお前はまともに女の子と喋れなかったじゃないか、友人にどんどん彼女ができたのに焦燥感もなく残された者たちだけで駄菓子屋に集っていたじゃないか。捏造を指摘された自分Bは自分Aに「すみません、そんな青春時代ではありませんでした」と素直に陳謝するのだが、自分Bは自分Aに対して、「でも、そういう気持ちになったことは本当なんだ……」