女王はすっかりご立腹で、わたしはもう歩き疲れてしまった。やはり普通のやつを何かひとつ買おう。ふつうの、結婚式の2次会で着るような、1万円前後の、なんか、レースとかの……。でもそれももうネットの通販とかでいい、きょうは帰ろう。歩き疲れたフロアの角の店の奥にふと目をやると、とてもきれいな深緑の生地が見えた。ちょうど、店員のお姉さんがマネキンにそれを着せようとしているところだった。
「あ」
「これだ!」
女王が絶叫した。すぐに試着をする。
深緑のワンピースは上品に首元が丸く切り取られている。生地にはりがあり、でらでらと光りすぎない程度につやがある。胸元で切り返すAラインは絵本のようにきれいに広がり、ぽんっ! と膨らむ袖には同じ深緑のリボンがあしらわれていた。むくむくと自尊心が育っていく感じがした。「これよ、覇気ってのは」と女王が言う。値段は1万8千円。買いだ。わたしは忠実に守ろうとした母のワンピースの極意の「3回迷う」をあっさり破った。
はじめて自分で選んで買ったワンピースで出た祝賀会で、わたしはすこぶる可愛がられた。「上品だ」「賢く見える」「お姫様のようだ」とほめてくださるのはみな70歳を過ぎた人たちだった。