連載記事:わたしの糸をたぐりよせて
「ママだから」に縛られていた。彼の一言に女としての自分を思い出す…【わたしの糸をたぐりよせて 第8話】
■抜け出せない地獄と思っているのは、私だけ?
イナガキ君の指摘を引きずりながら幼稚園に迎えに行くと、ちょうど上田さんと鉢合わせる格好になった。上田さんは、建築パースの仕事をしていて、ときどき延長保育を使っていることを保護者会の席で話していた。
「あ、立花さん。今日は延長したんですね」
「はい、ちょっと人に会う用事があって。個人的な用事で制度を使うのってあんまりよくはないんでしょうけど」
「ちょっと待って、よくないって誰が決めたの?」
「誰がってことはないですけど……先生方の負担を考えると申し訳なくて」
私はとっさに言葉を濁す。脳裏に浮かんでいるのはカオルさんたちの姿で、しきりと園に甘えるのはよくない、母親なんだから自分のことは後回しにすべきだと言われたことが頭のなかで響いている。
「あのね、制度として存在しているものに対して、“本当は使ってほしくないんじゃないか”と遠慮するの、自分の首を絞めるだけだと思うのね。
だって、その制度をうたっているんだから、それを利用することのどこが悪いの? ルール違反はだめだけど、規約の範囲内なら罪悪感を持つ必要はないと思うわ」
「……」
「もし、もしもね、それに対して裏でグチグチいうような園だったら、私はここに入れていないと思うの。
それに、『本当は嫌なんだけどね』なんて言い出すくらいなら、最初から制度化しなきゃいいだけの話だと思わない?」
私は、ただ黙って上田さんの話を聞いていた。
園の門にさしかかったとき、上田さんは一呼吸おいて私と向き合った。
「ねえ、言いたくなかったら別に言わなくてもいいけど。もしかしたら園ママの誰かに“良妻賢母とは”みたいな感じの話をされた?」
私はぎくりとした。まさにカオルさんにその説教を繰り返し言われているところだったから。
「いえ、あの…。確かに、言われたこと、あります。でも、それがなにか……?」
「あなたが言われた『理想のママ』というものが苦しかったのなら、それはスルーしちゃっていいと思うのよ」
上田さんの凛とした、でもなぜだかもっと聞いていたくなる言い方に、わずかに心が動く。
そんなふうに振る舞えたら、どんなにか楽だろう。
周りの声を気にするがゆえに、クモの糸が絡みついたように身動きが取れなくなっているいまの自分を思い、にわかに焦りを感じ始めた。
早くこの状況を抜け出さなければ……。
イラスト・
ぺぷり
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