急いで駆け寄って、声をかける。
「新実さん!」
「どうした、そんなに慌てて」
「すみません、私、行けません」
新実さんは訝しげな表情で、こちらを見る。スーツケースを下げてここまで来て、「何を言ってるんだ?」と、言わんばかりだ。
「今回の出張がどれだけ大事か分かってるよな」
「分かっています」
「上手くいけば、プロジェクトリーダーに戻れるかもしれないんだぞ」
「戻る気ないです」
「汐里らしくないな」
確かに、私らしくない。以前の私なら、どんなことよりも仕事を優先していた。ガツガツ必死に働いている自分が好きだった。だけど、今は『頑張り過ぎないでね』って言ってくれる大和と一緒にいる時の自分が好き。
「仕事よりも、大切なものを見つけたんです」
「大切なもの?」
「ごめんなさい、私、新実さんの気持ちには応えられません」
「汐里……」
「彼が好きなんです」
理想とは全然違っていても、思い通りの恋愛じゃなくても、大和が好き。
だから今は仕事より、彼と仲直りすることの方が大切。今になってやっと気が付いたの。
新実さんに頭を下げて、踵を返す。早く大和に会いたいという気持ちが溢れて足が自然と走り出していた。