水谷豊「映画『轢き逃げ』では被害者と加害者の両方を描きました」
水谷さんのこの優しいまなざしは、多くの出会いが培ったものなのかもしれない。
「人間は、自分の価値観に縛られて、狭い範囲でしか物事を考えられなくなってしまうことがありますよね。でも、本当はさまざまなものの見方があることを、これまで出会ったさまざまな人たちが、僕に教えてくれました。それに感謝しています」
そのことをもっとも身近で教えてくれた人が、’10年に亡くなった母だった。
「優しさもありましたけど、ここ一番は怖い人でした。やはり子どもって、母親について大好きなところと、嫌いなところが、必ずあるものだと思っています。でも、母が亡くなると、全部が好きになったんですよ。嫌いだったところもすべて……。
なんで、母が生きているうちに、全部、好きになってあげられなかったんだろうとも思うんですが……。そういう思いも含め、人とはどういうものであるかを、身近で教えてくれたのが母でした」
《人が確実に悪いことをしたとわかっていても逃げ場をつくってあげなさい。どこにも逃げられないところに追い詰めてはいけない》
小学生のときに、母に言われたことはいまも心の奥底に刻まれている。今作の、つらくて優しいエンディングは、どこかそんな言葉を彷彿とさせるものだ。