高嶋ちさ子父語る忠夫さんとの絶縁理由【2019ベストスクープ】
子供たちが仲よく遊んでいた当時を思い出したのか、微笑を浮かべる弘之さん。しかし記者の質問に表情が引き締まった。
ーーそれほど仲が良かった両家に距離が生じたのには、何かきっかけがあったのでしょうか?
「……きっかけといえば、母の介護問題かな。兵庫県で暮らしていた母が、うつ病になったので、’98年に東京の医療施設に入れたんです。でもこのとき母の介護方針を巡って兄とひどい口論になってしまって……。兄貴は昔から穏やかだったから、兄弟げんかなんかもしたことがなかったのにね」
’98年といえば、忠夫さん自身が不眠とアルコール依存により、重度のうつ病を発症した時期でもある。
「振り返ってみて、彼も病気のせいで感情のコントロールができなかっただけなんだと理解できました。でも兄の病気のことを知ると、今度は“治療の邪魔になってもいけないなぁ”なんて考えて、連絡もとれないし、訪ねていくこともできないし。
お互いの家族も行き来しなくなって、そうこうしているうちに、気がついてみたら20年以上もたってしまったんですね」
2年前の’17年には、弘之さんの妻が逝去した。
「うちも、ちさ子夫妻や家族だけで葬儀を営んで、向こう(高島忠夫一家)