2021年3月29日 11:00
「ダウン症の兄に守られていた」元ヤングケアラー語る過去
ママはター君と死にます。あなたは殺人者の汚名を一生背負って生きていくのよ。よーく考えて、どちらかを選びなさい」
「私は自分の道を自分で選びたい。ママが死ぬなら、それはママの選択。でも、ター君を巻き込まないでほしい」 持田さんは、悩んだ末にイギリス行きを決心し、母に告げた。
「自分の気持ちを大切にして、本当にやりたいことがあるのならば家族から離れてもいい、自分らしく生きよう、そう思ったんです。イギリスでは、初めてストレスのない生活を体験しました。とはいえ、兄や家族を置いてきた自分は薄情な人間なんだと罪悪感を持ったまま過ごしていました」
海外生活が落ち着いていくなかで、こんな発見もあった。
顧客に誘われ、初めてモータースポーツのF1を見に行ったときのこと。
「有名ドライバーの息子さんがダウン症で、病気の啓発やチャリティが行われていて。日本では陰に隠れて生活する印象でしたから、なんて進んでいるのかと衝撃を受けると同時に、社会全体で支えていく問題だと知るんです」
2年半後、ヘッドハンティングされて帰国し、外資系企業に転職した。絶縁状態だった母親もこれを喜び、実家との交流が再開する。
「帰国後、たまたまパソコン雑誌に掲載されていたダウン症の親御さんグループのホームページを見つけました。