2021年10月11日 11:00
「原点は恩返し」全盲の佐藤ひらりがパラで国歌の夢を叶えるまで
「以来、母はことあるごとにあちこちで公言するように。私ももちろん歌いたかったから、母と一致団結して言ってました。以前、小池都知事を表敬訪問する機会があって。その自己紹介でも『開会式で国歌斉唱するのが夢です』って」
16年、新潟市内の盲学校の中学部を卒業したひらりさんは、点字楽譜などが学べる高度な学習環境を求め、国立筑波大学附属視覚特別支援学校を受験し、見事合格。
「高等部の音楽科は毎年1〜2人しか入れないところで。ひらりの代も、この人1人だけなんです」
東京都文京区にある同校に通うため、母娘は上京。新潟から東京に拠点を移し、2人暮らしを続けた。同校卒業後、ひらりさんは武蔵野音楽大学に進学。
「去年の3月だから、ちょうど大学に入る少し前ですね。ひらりはパラリンピック開会式のキャストのオーディションを受けたんです」
しかし、新型コロナウイルスの世界的流行が深刻さを増し、ひらりさんの大学の入学式も中止に。
「その影響なのか、その後、組織委員会からは一切、連絡が来なくなって。’21年に延期が決まった後も『依然、開催予定です』っていう連絡が何度かあっただけで。オーディションの合否もわからないまま年が明けて……」