子宮・卵巣を全摘出、脳に腫瘍…大病の末に北新地放火殺人事件で兄を亡くした伸子さん
青年の話をじっくりと聞いてから、伸子さんはこう語りかけた。
「その腹立たしさ、これから一生、抱えていくの?それって、しんどくない?そんな怒り、持ち続けなくてもいいんですよ。もったいなくないですか?あなたの人生、これからなのに」
青年は拍子抜けしたように、きょとんとした顔をした。
「どんな人生を生きるのか。あなたは選べるんです。もちろん、悲しみや憎しみを持ち続けていてもいいですよ。でもね、憎しみを持たない人生だって選べるんです」
伸子さんはさらに続ける。
「私も兄を亡くし、犯人も死亡しました。
でも、被害者遺族として怒りや悲しみを持ち続けても兄は帰ってこないんですよ。だから、怒りを持ち続けるのはやめて、“被害者遺族”から抜けたんです」
たしかに伸子さんは、被害者遺族という言葉から連想される暗さとは無縁の人だ。明るい笑顔と相手を包み込む優しいまなざしに、自然と心がほどけていく。青年は顔を上げた。
「大丈夫ですよ。自分を否定するのはもうやめましょう。あなたはあなたが選んだ生き方を生きればいいんですから。大丈夫ですよ」
伸子さんがくり返す「大丈夫」の声に、青年の表情はすっかり柔らかくなっていた。