アカデミー賞候補の仏映画『レ・ミゼラブル』。監督と出演者が語る「現代の問題」
本物の“郊外映画”になると思ったよ。それで、なんとしても役をもらわないとと、オーディションを受けたんだ。僕はいま37歳だけど、この年でいまこそやるべき役と思ったのが市長役だった。当初は、違う役を想定されたみたいなんだけど、僕は市長にこだわって受け入れられた。この自称、市長は自然とあのエリアの平穏を保つために存在している。いわば行政と住人の調整役だったりする。ただ、だからといって彼の身は安泰ではない。調整役ゆえにいつ恨みをかって、危ない目にあうかわからない。
常に恐怖と裏返しで、綱渡りの人生を送っているといっていい。ある意味、このエリアのギリギリな状況を象徴している人物だと思うんだ。一見すると彼は自分の帝国を作り上げているようにみえるんだけど、その実物は砂上の楼閣なんだ。いつ、自分がこの世界から消えてもおかしくない。そういう人物の複雑な心境を表現したいと思ったんだ」
作品は、断ち切れない暴力の連鎖、権力者によって抑圧される弱者、自分ではどうすることもできない貧困など、社会のシステムから零れ落ちてしまった人間たちの姿と、歪んだ現代社会の現状が浮かび上がる。自己責任論など、世間の目が弱者に対して厳しく当たる現代の日本にも当てはまるところが多々ある。