私たちはいつも“仮面”をつけている!? 『泣きたい私は猫をかぶる』監督が語る
佐藤ムゲは仮面をかぶって猫になっていると思っているけど、実は仮面を被っている時がいちばん自然にしていて、脱いでる時は学校や家でも自分の居場所を荒らさないための仮面をかぶっている。ムゲは自分に居場所が与えられた時に、そこに自分を合わせてやっていく。それはいまの小・中学生の子供たちも苦じゃなくやっていたりすることなんですよね。それを“仮面をかぶる”と表現するのだとしたら、仮面をしていることに気づかないぐらい自然にやっている。でもそれがうまくいかなかったときにどうすればいいのかわからなくなってしまうことはある気がしたんです。そこを丁寧に描くことで観る人がちょっとずつ共感してくれるんじゃないかと思いました。
柴山僕も人の気持ちを読みすぎてしまって、うまく話せなくなることがあって日之出に近い部分もあるのかもしれません(笑)。だからストレートに自分の想いを伝えられないことで行き違いやスレ違いが生まれてしまう。
その心の機微を描くことがこの作品を描く上では大事な部分だろうと思ってましたね。
仮面をつけたように周囲に接する、仮面をつけていることに気づかないまま暮らしている、仮面をつけた時だけ本心を明かすことができる、仮面を脱ぐことができないまま大人になってしまった……本作では誰もが経験したことのある感情や葛藤が丁寧なキャラクター描写を積み重ねることで浮かび上がってくる。