くらし情報『ファッションという言葉の意味と正義の話《水曜のケセラセラ》』

ファッションという言葉の意味と正義の話《水曜のケセラセラ》

薄っぺらさと戦うファッション「◯◯してればおしゃれっぽいよね」と今ではファッション化している行動も、それがまだ少数派だった時は日の目を浴びず「おしゃれ」だとは認識されませんでした。例えば、ノマドワーカー(もはや死語ですが)という言葉が流行する前は昼間からカフェでPCを広げて作業している人なんて、フリーターなの...?と怪しい目で見られていました。しかし、世に広まり多数の意見として「おしゃれ」認定されると、一気に明るいサイドで生きていけるようになりました。そして、元の空気感だけ残して徐々に消えていく、本質の部分。ファッションという言葉には良くも悪くも薄っぺらさが付きまといます。例えば自らの行動を主張しようとしてSNSという「薄っぺらフィルター」に通して発信してしまうと、途端に「ファッションっぽく」なってしまったり。誰かが何か行動を起こしている時、その姿勢や方法がちょっと厄介なニュアンスを持って「ファッション」として認識されうるのが今の時代なのだと思います。正義=多数の意見=おしゃれ?そう考えたら、私はファッションという言葉があまり好きじゃないのかもしれない。
少々の薄っぺらさを伴った行動がファッションじみていると言われるのは悲しいし、自分でも思ってしまうから、最近、ファッションとかおしゃれという言葉に違和感を感じています。

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