男はじろりと、和紗を見る。
「あんたのおごりか?」
和紗は、あわててポシェットを引っ張り出す。
「はい!おごりで。1杯だけですが!」
男は、それを見てふわっと、氷が解けるように笑った。心の底からの笑顔というのは、まるでその人の中を覗き込んでしまうような錯覚を覚える。あ、・・・・・・と思った。
この感覚は、確かに覚えがある。
「いいよ。
1杯奢ってもらおう」
男は目の前の椅子に座り、メニューをさっと見ると、店員に合図を送り、流ちょうなフランス語で白ワインを注文した。
「座れよ。いつまで突っ立ってるんだ?」
和紗は、痛いほど音を立てる自分の心臓の音を聞いていた。
そうだ、これは、きっと、恋だ。
和紗は、出会った瞬間から、マサシに恋に落ちていたのだった。
マサシと出会って、その夏の色合いはすべてがらりと変わってしまった。
こんなに、すべての景色が輝き出して、色彩が鮮やかに浮き立ってくるとは思わなかった。もともと素晴らしいと思っていた南仏プロヴァンスの風景が、急速に現実のものとして自分を取り込んでいくのを感じた。
■オレンジ色の夢
マサシは、マルセイユの港で働いているエンジニアで、たまたま休日に友人に会いにアルルの町を訪れていたのだった。