今年も恒例の全国リサイタル・ツアーに挑戦中のピアニスト外山啓介。9月1日(土)には東京オペラシティでの東京公演を控える。昨年デビュー10周年を終え、次の10年へ向けての新たな1歩を踏み出した今年。〈月の光〉で有名なドビュッシーの《ベルガマスク組曲》とシューマンの《謝肉祭》を軸に、「音が紡ぎ出す情景」をテーマにしたプログラムを組んだ。「まず《謝肉祭》を弾きたい!一方で《ベルガマスク組曲》を全曲弾いてみたい!というところから選曲を始めました」【チケット情報はコチラ】実は芸大に入って最初のレッスンに持っていったのが、《ベルガマスク組曲》の中の〈メヌエット〉だった。「幼い頃からCDを聴くのが好きで、ジャック・ルヴィエだとかウェルナー・ハースだとか、ドビュッシーをすごく聴いていた時期があったんです。独特のしゃれた和声の中に少し毒がある。子供心に、そんなところに魅力を感じていたのだと思います。今年はドビュッシー没後100年。これまであまりまとめて取り上げたことがなかったのですが、どんどん弾いていきたいです」そして、シューマンが《謝肉祭》に添えた「4つの音符による面白い情景」という副題から、「情景」というキーワードが浮かんだ。それに導かれたのが、ドビュッシーと「月の光」つながりになる、ベートーヴェンのソナタ《月光》だ。ベートーヴェンは「今後、長い時間をかけて勉強して、あらためて取り組んでいきたい」という。そしてメインとなる《謝肉祭》は、まさにさまざまな「情景」の連なりだ。「実は最近まで、自分がシューマンを弾くイメージがありませんでした。あの独特のとりとめのなさ。ある意味直観的な音楽の表情の移り変わりに根拠がないように感じて、ついていけないと思っていたんです。ところがなぜかある時期からすごく弾きたくなってきた。《謝肉祭》も、1曲ごとに題名がついているように、キャラクターの移り変わりがとても面白い作品です。でもたぶんそこに自分が入り込み過ぎてしまってはダメ。個々のキャラクターを自分の中で整理しておかなければなりません。とりとめないように聴こえるからこそ、緻密な計算が必要なのです。ただ好きなように弾いて終わってしまう危険があるのが怖いところで、シューマン、面白いけれど難しい作曲家です」つまり、子供の頃から弾きたかったドビュッシーと最近目覚めたシューマンを中心に、11年目の新しい外山啓介が聴ける充実のプログラムなのだ。「内容がたっぷりなので弾くのは大変(笑)。頑張ります。新しい出発の年ということで、東京のリサイタルも、10年続けたサントリーホールではなく、東京オペラシティにしました。デビューのきっかけになった日本音楽コンクール(2004年優勝)の会場ですが、リサイタルで弾くのは初めて。少し流れを変えて、新しいステップアップのためのいろいろな可能性を探ってみたいと思っています」公演は9月1日(土)東京・東京オペラシティコンサートホール:タケミツメモリアルにて。チケット発売中。取材・文:宮本明
2018年07月24日美しきディーヴァ、ソプラノの森麻季がデビュー20年を記念して、愛唱歌を集めた記念CDをエイベックスからリリース。9月16日(日)東京・東京オペラシティ コンサートホール:タケミツメモリアルにて記念リサイタルも開催する。【チケット情報はこちら】「アルバムのコンセプトは、私自身がリラックスしたい時に聴きたいなと思うような音楽です。美しくて、寄り添えるような作品。寝る前に聴いて安らかに眠れそうな音楽を集めました」。イタリア、ドイツ、フランスを中心に、古典から近現代までの歌曲集。キャリアと年齢を重ねるごとに、歌の意味がよりわかってきたという。「たとえばイタリア歌曲は声楽の勉強を始めた17~18歳の頃から歌っていますけれど、その頃は辞書を引いて勉強しても表面的な意味しかわかりませんでした。“愛”と言っても、いろんな愛がある。そんな深さがだんだんわかってきて、やっと歌曲を表現できる土台ができたのかなという気がしています。オペラは役柄を通しての言葉ですが、もっと自分に近い感覚から訴えられるのが歌曲です。これからたくさん取り組んでいきたいですね」。9月のリサイタルもCDの収録曲が中心となるが、ホールでは、目の前のマイクに向かって録音するよりも大きな表現も求められるから、CDとはまた異なるバランスの表現になるのだと教えてくれた。われわれファンはどちらも聴き逃せない。来年1月に同じオペラシティで行なわれるアフタヌーン・コンサートでは、鈴木優人のオルガン&ピアノと共演する。昨秋には鈴木が指揮するとモンテヴェルディ《ポッペアの戴冠》の題名役で、バロック・オペラがけっして古楽を専門に歌う歌手だけのものではないのだということを示し、圧倒的な成功を収めた。「鈴木優人さんもどんどんマエストロになっているので、ますますお忙しいでしょうけれど、いろんな公演でご一緒できたらうれしいです」。バッハ、ヘンデルからデュパルク、そして彼女が歌ったNHKドラマ『坂の上の雲』のメイン・テーマ(久石譲)まで、平日午後の公演ということもあり、気軽に楽しめる多彩なプログラムが組まれている。1998年、プラシド・ドミンゴが主宰するコンクール「オペラリア」で第3位に入賞し、ドミンゴの紹介で、日本人として初めてワシントン・ナショナル・オペラに出演(モーツァルト《後宮からの逃走》ブロンデ役)してから20年。節目の今年、次へ向かう新たな一歩が、今回のCDとリサイタルだ。ずっと第一線で息長く歌い続けていきたいと語る。「今までやってきたものも温めつつ、新しいことにも挑戦しながら。まだ歌ったことのない《ルチア》なども歌ってみたいですし、バロック・オペラもどんどん歌ってみたい。歌曲にも素晴らしい曲がたくさんありますし。若い時の高い声も保ちながら、年齢とともに低音も出てくるので、歌えるものを増やしていけたらいいですね。グルベローヴァさんのように、ファンのニーズもありつつ、いつまでもチャレンジできる立場でいられたら素晴らしいです」9月16日(日)公演のチケットは発売中。取材・文:宮本明
2018年07月12日新国立劇場2017-18シーズンオペラの最後を飾るのはプッチーニの人気作《トスカ》。アントネッロ・マダウ=ディアツ演出による舞台は、2000年9月の新制作初演以来、繰り返し上演されている、劇場の看板プロダクションのひとつだ。公演の指揮者には、「天才」の呼び声も高いローザンヌ出身の28歳の俊英ロレンツォ・ヴィオッティが起用された。【チケット情報はこちら】実は2000年のこのプロダクションの初演指揮者マルチェロ・ヴィオッティは彼の父親。その父が2005年に50歳で早逝した時、彼はまだ14歳だった。「そこで私の人生は1度終わり、そして始まったのです。というのは、もし父が生きていたら、今こうして指揮者になっていたかどうか。父が亡くなったことで、自分の道を自分で選んで決断する自由を与えられたと思っています。今回、父と同じ演目を指揮することは、時を超えて父とつながるようで幸せです。しかし一方で興味深いのは、私たちの解釈がまったく異なるということ。昨晩、2000年の映像を見せてもらいました。そこで聴いたのは、非常に伝統的な、歌手のために誇張されたカリカチュアのような《トスカ》でした。いたるところにルバートがあり、それはトゥーマッチです。プッチーニはチョコレートのように甘い音楽を書いたわけではありません」よりスコアに忠実にというアプローチは、師のジョルジュ・プレートルから大きな示唆を受けている。「プレートルの《トスカ》は、スコアにとても忠実で、歌手に余計なスペースを与えていません。勝手に『解釈』するのでなく、作曲家の書いたスコアのしもべとなったうえでマジックを起こす人でした」今回《トスカ》を初めて指揮するにあたって、スコアをゼロから見直した。「歌い上げるのではなく、ほとんどが会話で成立しているようなオペラです。だから無理に盛り上げず、抑えたほうが効果があるのです。すべてはスコアに書いてあるのですから」そういうと彼は《トスカ》のドラマ構造を、調性や音程関係から分析してくれた。詳細は割愛するが、たとえばオペラ冒頭の3つの和音の連結(変ロ長調-変イ長調-ホ長調)は、多くの解説が「スカルピアの主題」と論じるところだが、彼はそうではないという。また、「神」という単語に対応する変ロ長調の使用を重要と指摘する、新鮮な、しかし非常に興味深い解釈は彼独自のものだ。真面目に静かに語る知的な口調はとても魅力的。何か新しいものを見せてくれそうな予感に満ちている。観客にも、「オペラには伝統的な約束ごとなどない。ぜひ予期せぬ体験をしてほしい」と語る。その言葉どおり、予期できない、新しい《トスカ》が見たい。新国立劇場《トスカ》は7月1日(日)・4日(水)・8日(日)・12日(木)・15日(日)の5公演。また、提携公演として、7月21日(土)・22日(日)に滋賀県立芸術劇場びわ湖ホールでも公演が行われる。取材・文:宮本明
2018年06月29日あの感動が帰ってくる!レナード・バーンスタイン生誕百年の今年、最後の愛弟子・佐渡裕渾身のオーケストラ・サウンドによって鮮烈に蘇る最高傑作。8月、佐渡が指揮する『ウエスト・サイド物語』シネマティック・ フルオーケストラ・コンサートが東京と大阪で6年ぶりに上演される。【チケット購入はこちらから】デジタル音声処理により、音楽部分だけを消した映画全編に、オケの生演奏をシンクロさせるコンサート。「映像や歌にぴったり合わせるのはものすごく大変。職人技の連発です。でもね、ただ合わせるだけではなく、『ここは勢いで行って多少ズレてもいい部分』とか、オケとそういう瞬時のやりとりもあって、映画とライブ感がちゃんと共存するのが面白い」『ウエスト・サイド』の音楽の魅力を、「あんなに印象に残るナンバーばかりなのに、それが実は非常に理屈で書かれていること」という。たとえば、「ソ-ド-ファ#」という音程関係が、全編を巧みに貫く。それが「どこか不良っぽくて人を惹きつける」と同時に、その不協和な音程が、トニーの死によって抗争が収まったかに見えるラスト・シーンでは、そんな安直な平和の到来に疑問を投げかけるかのように鳴り響く。「でも、そんな理屈を知らなくても虜にさせるのがすごい。バーンスタインの音楽にはさまざまなジャンルの音楽が共存している。ジャズの自由さ、クラシックの重厚さ、ラテン音楽のノリ。それをオケをフル活用して聴かせてくれる。欲張りバーンスタインのなせるわざですね」。『ウエスト・サイド』は、まさにそんな魅力が凝縮した、バーンスタインの最高傑作だ。1990年の夏、来日中に体調を崩して帰国するバーンスタインを佐渡は空港に見送った。「ついにユタカにビッグ・グッバイを言わなければならない時が来た」と言う師に、なぜかどうしても別れを言えなかったという。その3か月後、バーンスタインは急逝する……。6年前の前回公演。「音楽=レナード・バーンスタイン」というエンドロールに、客席から静かな拍手が自然に湧き起こったのは、小さな奇跡のようで感動的だった。会場のライヴ・スクリーンに大写しされた佐渡も感極まっているように見えた。「そりゃ、映像に合わせるの、めちゃくちゃ大変でしたから」と笑うが、けっしてそれだけではなかったはずだ。1987年にタングルウッド音楽祭でバーンスタインに師事。翌年から3年間、アシスタントを務めた。「あの頃の僕の興味は指揮者としてのバーンスタインだったし、彼の作品について直接教わったのは実はほんの少し。今にして思えばつまらない自分でした。でもだからこそ今、バーンスタインのいろいろな作品を紹介したいし、初めて聴く人にも興味を持ってもらえる道筋を作らなきゃいけない。それが、最後にそばにいたことへの恩返しであり、使命だと思っています」バーンスタインの魂を、佐渡裕というひとりの音楽家を通して共有する。それを味わえるのが、佐渡が振る東京と大阪のこのコンサートだ。クラシック界最後のカリスマの生誕百年を、佐渡とともに噛み締めたい。取材・文:宮本明
2018年06月18日1998年6月。世界三大コンクールのひとつ、チャイコフスキー国際コンクールの声楽部門を制したソプラノの佐藤美枝子。優勝に限らず、3位以内に入賞した日本人声楽家はいまだに彼女だけだ。10月1日(月)に東京・紀尾井ホールで優勝20周年記念のリサイタルを開く(ピアノ=河原忠之)。【チケット情報はこちら】コンクール参加を決めたのは、開催のわずか半年ほど前。「松本美和子先生からやっとお許しが出て、それから受験できるのはチャイコフスキーだけでした」。急遽ロシア語の発音を学ぶところから始めた。おそらくは短すぎる準備期間。しかし一次予選で大きな手応えを得る。今回の演奏曲にもあるチャイコフスキーの歌曲《子守歌》のあと、客席の大拍手が鳴り止まず、次の曲を歌い始めることができなかった。「実はこの曲の最後の高いラ♭の弱声を克服できたのは、モスクワに入ってから。それからは、いくらでも長く延ばせるぐらい自信を持って歌えました」。そこで喝采を浴びて気持ちも乗った。ところが予期せぬ困難も。二次予選通過後、事務局の不手際で、事前に登録済みの本選の2曲のうち1曲を変更させられたのだ。代わりに指定されたリムスキー=コルサコフのアリアを中1日の急ごしらえで暗譜。それでも栄冠を獲得したのだからすごい。もう1曲の本選曲《ルチア》の狂乱の場の圧巻の素晴らしさは、当時発売された実況CDでも聴くことができる。彼女の代名詞とも言えるコロラトゥーラの超絶技法を駆使するこの難曲は、もちろん秋のリサイタルでも聴ける。今回の選曲は、自分の表現、自分の声の色に徹底的にこだわった。「叙情だったり、激しさだったり、自分が今できることを最も出せる曲を選びました」。声の色やニュアンスだけで情景が浮かぶような表現者になりたい。高校時代にマリア・カラスのレコードで衝撃を受けて以来、その思いは変わらない。「ずっとそれを追い求めて、できることの幅も広がって自信もついて来たけれど、まだまだ勉強。たぶん歌手人生が終わっても、自分の生徒たちにそれを求めてゆくことになるのだろうと思います」もうひとつ、今回の大きな挑戦だというのが声質とレパートリーの拡大だ。彼女が最も得意とするのは、ソプラノの中でも一番軽いレッジェーロの声質のレパートリーだが、年齢とともに声はふくよかに、重くなってゆく。今回はその重い声のための曲も加えた。「レッジェーロが歌えなくなってレパートリーを変えるのではなく、常に両方を歌えるような歌手でいたい。今年、オペラ《夕鶴》を歌わせていただいて、そのイメージが具体的に見えて来ました」つまり、《ルチア》や《ラクメ》のようなレッジェーロの歌と、《ノルマ》や《エフゲニー・オネーギン》のような少し重いソプラノの歌の両方が並ぶ。両者をどう歌い分けるのか、あるいはどう共通の表現で聴かせるのか。20周年の集大成のリサイタルはまた、さらなる円熟に向けての新たな地平を拓く機会にもなりそうだ。取材・文:宮本明
2018年06月06日2019年4月からドイツ人指揮者セバスティアン・ヴァイグレが第10代常任指揮者に就任する読売日本交響楽団。昨年のメシアンの大作オペラ《アッシジの聖フランチェスコ》全曲日本初演に象徴されるように、現職のシルヴァン・カンブルランが、フランス音楽や近現代音楽で成果をあげていただけに、ワーグナーやR・シュトラウスなど、オペラを中心にドイツ・ロマン派音楽を得意とするヴァイグレが、今度はどんな方向に舵を切ってゆくのかが注目だ。5月28日、ヴァイグレ本人が出席して就任発表会見が開かれた。【チケット情報はこちら】「これまでオペラを多く指揮してきた。フランクフルト歌劇場の音楽総監督を10年。もう少しコンサートも指揮したいと思っていたところ。だから仕事というよりも、楽しみであり喜びだ」。すでに2016年8月に初登場して4公演を指揮、昨年は東京二期会《ばらの騎士》のピットでも振った読響の印象を、「メンバーがいつも100パーセントの力を出して向かってくる。こちらの言うことも、ひと言も洩らさずにスポンジのように吸収してくれるオーケストラ」と語った。気になる就任シーズンのプログラムについて。この日知らされた一部曲目は、ベートーヴェン、メンデルスゾーン、ブルックナー、ブラームス、マーラー、R・シュトラウスなどのドイツ音楽が並ぶ。「彼を紹介することは自分の使命と考えている」という夭折の作曲家ハンス・ロットの名前もあるが、今後加わる協奏曲のソリストの人選などとともに、「もう少し時間がほしい。ドイツ音楽以外も含めて、さらに色とりどりになる可能性もある」という。10月上旬に予定されている詳細発表を待ちたい。将来的にはフランクフルト歌劇場とのコラボレーションなども視野にあるようだから楽しみ。ヴァイグレは1961年ベルリン生まれ。ベルリン国立歌劇場のホルン奏者としてキャリアをスタートし、バレンボイムの勧めで1990年代から指揮者に転身した。現在音楽総監督を務めるフランクフルト歌劇場がオペラ専門誌『オーパンヴェルト』の「年間最優秀歌劇場」に選ばれるなど、その手腕が高く評価されている。1980年代にホルン奏者として初来日。以来、今回が21度目の来日というが、いつも1番楽しみにしているのは和食だそうで、「世界一の料理」と語る。記者たちの質問にひとつひとつ丁寧に答える。そこに垣間見える誠実な人柄にも、過去の客演ですでに楽団員から厚い信頼を得ているという理由の一端がうかがえる。新常任指揮者の任期は2022年までの3シーズン(退任するカンブルランは、「桂冠指揮者」として今後も指揮者陣にとどまる)。来シーズン、新体制となった読響は、どんなプログラムを、どんなサウンドで聴かせてくれるだろう。新たな旅立ちに期待しよう。取材・文:宮本明
2018年05月31日この秋、サントリーホールで新たな室内楽フェスティバルが始まる。【チケット情報はこちら】2011年から続く「ARK Hills Music Week」(昨年まで「アークヒルズ音楽週間」)は、サントリーホールのあるアークヒルズを中心に、周辺のホテルや美術館、大使館、教会、レストランなど、さまざまなスペースを会場にコンサートが開かれる「まちの音楽祭」。今年も10月5日(金)から13日(土)まで開催されるが、そこに、新たなコンテンツとして加わるのが、「サントリーホール ARKクラシックス」だ(サントリーホール、エイベックス・クラシックス・インターナショナル共催)。サントリーホール大ホールと同ブルーローズ(小ホール)を使って行なわれる室内楽フェスティバルで、10月5日(金)から8日(月・祝)の4日間に全9公演が予定されている。そして、このイベントのプロデューサー役に当たる「アーティスティック・リーダー」として、ヴァイオリンの三浦文彰とピアノの辻井伸行という、人気・実力ともに現代の日本を代表するふたりのアーティストがタッグを組むというから超強力。5月14日に開かれた発表会見にも、ふたりが揃って出席して抱負を語った。「室内楽のアンサンブルは音楽の原点。10年前ぐらいから、日本でももっと室内楽を広めていきたいと思い始めた。それがサントリーホールで実現できるのはうれしい。この東京のど真ん中で、室内楽を演奏して皆さんで盛り上がるのが楽しみ。ヨーロッパの仲間たちもすごく楽しみにしている」(三浦)「昨年初めて三浦さんとフランクのヴァイオリン・ソナタを演奏して、それまであまり経験のなかった室内楽にはまっている。互いに音を聴き合い、音で対話しながら、それぞれがどう弾きたいかを考え、またぶつかり合って音楽を作っていくのが大事。そんな室内楽の魅力を伝えたい」(辻井)初共演以来意気投合したふたり。プライベートでも食事をしたりカラオケに行ったりという間柄なのだそう。このふたりのカラオケは何を歌うんだろうという興味は措くとして、こちらが勝手に、あまり接点がないんじゃないかと思い込んでいたふたりが、互いの音楽を信じて真摯に向き合いながら本格的な室内楽の祭典を先導してゆくのは、なんともうれしく頼もしい。それぞれのファンも多いふたり。室内楽に新たなファンをいざなってくれるだろう。参加アーティストは三浦、辻井以外に、ユーリ・バシュメット(指揮、ヴィオラ)&モスクワ・ソロイスツ、ヴィキングル・オラフソン(ピアノ)、川久保賜紀(ヴィオラ)、遠藤真理(チェロ)、三浦友理枝(ピアノ)ほか。全9公演は、休憩なし1時間と、休憩含めて2時間という2種類のプログラムで構成されている。取材・文:宮本明
2018年05月24日1999年にスタートしたサントリーホールの「ウィーン・フィルハーモニー ウィーク イン ジャパン」。世界最高峰のオーケストラ、ウィーン・フィルの豊麗な響きを、ほぼ毎年、東京にいながらにして直に聴くことのできる機会がうれしい。2年ぶり16回目の開催となる今年は、「ウィーン・フィル オペラを謳う」と題した、オーケストラ・メンバーによる室内楽のスペシャル公演で開幕する(11月19日(月)・サントリーホール大ホール)。5月下旬の段階で、出演者詳細は未発表だが、曲目(編成)は次のとおり。【チケット情報はこちら】●R.シュトラウス:弦楽六重奏のためのカプリッチョ●ワーグナー:歌劇《ローエングリン》より前奏曲(ヴァイオリン・アンサンブル)●モーツァルト:ハルモニームジークによるオペラ・メドレー 《フィガロの結婚》より(木管アンサンブル)●ワーグナー:《ヴェーゼンドンク歌曲集》より〈夢〉、ジークフリート牧歌(管楽アンサンブル)●ウェーバー:歌劇《魔弾の射手》より「狩人の合唱」(ホルン四重奏)●バーンスタイン:《ウェストサイド・ストーリー》よりシンフォニック・ダンス(打楽器アンサンブル)ほかコンサート・タイトルどおり、オペラに関連した曲目によるプログラムだ。ご承知のように、ウィーン・フィルは、ウィーン国立歌劇場管弦楽団員として、毎晩のように劇場のオーケストラ・ピットで演奏している奏者たちで構成されている。団員たちに話を聞くと誰もが、オペラの大切さを、また日常的に歌とともに演奏している経験が彼らの音楽作りに大きく寄与していることを教えてくれる。いわばウィーン・フィルの基盤を聴かせましょうというプログラムなわけだ。しかも編成を見ると、弦楽六重奏曲から管楽アンサンブル、打楽器アンサンブルまで、ウィーン・フィルの名技を、パートごとに代わる代わる楽しめてしまう贅沢な内容だ。むろん、小編成の室内楽が、オーケストラのアンサンブル能力を研ぎ澄ますうえでも基盤になっていることはいうまでもない。曲目とオペラの関係について少しだけ補足しておこう。最初の弦楽六重奏は、シュトラウス最後の歌劇《カプリッチョ》の導入の音楽。モーツァルトのオペラ・メドレーの「ハルモニームジーク」は、当時流行した管楽アンサンブルのこと。録音のなかった時代、劇場外でオペラの音楽を楽しむために、この編成用の編曲は人気だった。ワーグナーの歌曲〈夢〉の旋律は、同じ時期に書かれた楽劇《トリスタンとイゾルデ》にも用いられている。《ジークフリート牧歌》は、妻コジマへの私的なプレゼントとして書かれた。「ジークフリート」は彼らの息子の名前だが、曲中の素材が、後年書かれた楽劇《ジークフリート》にも転用されている。という具合に、オペラとの関係もひとひねり効いたプログラム。なんとも粋な、ウィーン・フィルの室内楽スペシャルだ!チケットの一般発売は5月26日(土)午前10時より。なお、一般発売に先がけて、プリセールを実施。受付は5月23(水)午前10時より。文:宮本明
2018年05月21日池松壮亮演じる新米営業マン、宮本浩の成長を描くヒューマンドラマ「宮本から君へ」。テレビ東京にて来週5月25日(金)深夜に放送される第8話で、宮本が坊主になることが明らかになり、この度、その衝撃シーンの場面写真が公開された。■ストーリー大学を卒業して都内の文具メーカー・マルキタの営業マンになった宮本浩(池松さん)は、未熟で営業スマイルひとつできず、自分が社会で生きていく意味を思い悩んでいた。そんな宮本は通勤途中、代々木駅のホームで一目ぼれしたトヨサン自動車の受付嬢・甲田美沙子(華村あすか)に声をかけるタイミングを伺っていた。何度かチャンスはありながらもなかなか声をかけられずにいる宮本は、同期の田島薫(柄本時生)にヤイヤイ言われながらも決死の思いで声をかけるが…。そこから始まる甲田との恋模様、仕事での数々の人間模様の中で、宮本は成長し、自分の生き方を必死に見つけていく――。5月から、主人公・宮本が仕事で成長する様子を描く後半話に突入した本作。5月18日(金)本日深夜に放送される第7話では、先輩の神保(松山ケンイチ)が独立のため退職することになり、宮本と最後のコンペに向けて奮闘する…というストーリーが展開される。■自らバリカンで坊主に!そして、翌週5月25日(金)に放送される第8話では、なんと宮本が坊主に!大手製薬メーカーの取引をめぐり、ライバル会社の営業マンに思わず掴みかかってしまった宮本が、同僚・田島の家で反省の念から頭を丸める、本作にとって重要なシーンのひとつだ。第7話放送終了後の5月18日(金)深夜1時23分に、そのシーンの予告編が解禁となる。■5月18日(金)第7話あらすじ宮本浩(池松さん)と神保和夫(松山さん)は、仲卸業者であるワカムラ文具の島貫部長(酒井敏也)を訪ねた。しかし島貫部長は、コンペの競合相手である業界最大手のニチヨン営業マン・益戸景(浅香航大)に肩入れしている。昔からライバル視していた益戸に見下され、火がついた神保は、退職前の最後のコンペに力が入るが、打開策がなかなか見つからない。宮本も神保の想いを感じるが、時間だけが過ぎていき…。ドラマ25「宮本から君へ」は毎週金曜、深夜0時52分~テレビ東京、テレビ大阪ほかにて放送中。(text:cinemacafe.net)
2018年05月18日新国立劇場開場20周年記念公演として新制作上演されるベートーヴェン《フィデリオ》がいよいよ開幕する。飯守泰次郎が新国立劇場芸術監督として指揮する最後の公演。演出は作曲家リヒャルト・ワーグナーの曽孫であり、バイロイト音楽祭総監督を務めるカタリーナ・ワーグナーだ。初日を5日後に控えた5月16日、新国立劇場内で記者懇談会に出席した。【チケット情報はこちら】《フィデリオ》は、政治犯として捕らえられた夫フロレスタンを助けるために、男装した妻レオノーレが刑務所に潜入するという救出劇。レオノーレの男性としての偽名が「フィデリオ」である。筋書き上は、敵もフィデリオが男だと信じきっているわけだが、オペラを観ている観客の全員が、それが女性であることを知っているという、ちょっとしたジレンマがある。演出上もそこはひとつのポイントと考えているようで、「男装についてみんなが私に質問する。よほど真実味に欠けると受け取られているのだと思う」と笑った。今回は、レオノーレが変装してフィデリオとなるプロセスを見せるという。ワーグナーだけの独創というわけではないが、観客にわかりやすく認識させる一助と受け取ってよさそうだ。昨秋の制作発表会見でも「大きなテーマは、いかに認識するか」だと述べていた彼女。ほかにも、多用されている台詞を最小限にカットすることで、物語の認識をスムーズにするように配慮するという。その一方で、物語を特定の時代や場所には設定しない。作品のテーマである「夫婦愛」や「自由の獲得」には、いつの時代でも、どの場所でも起こりうる普遍性があるからだ。「すべてに具体性を用意しているわけではなく、ご覧になる皆さんに示唆を与える、考える方向を提案するような演出要素を散りばめてある。最後は間違いなく、皆さんひとりひとりが何かしらを考える余地があるような、オープンな結末になっているので、ぜひ考えていただきたい」主役を演じるのは、リカルダ・メルベート(ソプラノ/レオノーレ役)とステファン・グールド(テノール/フロレスタン役)という、すでに新国立劇場でもおなじみの実力派のふたり。しかしワーグナーが唯一名前を挙げたキャストは、なんと合唱団だった。作品のどこに一番惹かれるかという問いに対して、「もちろんレオノーレやフロレスタンのアリアも素晴らしいけれども、とりわけ合唱のシーンが好き。そして、この劇場の合唱団はとても素晴らしい。本当に素晴らしくて、合唱シーンがよりいっそう好きになった」と語った彼女。第1幕の〈囚人の合唱〉やフィナーレの合唱など、《フィデリオ》は合唱の役割もとても重要なオペラだ。バイロイト音楽祭総監督を虜にした新国立劇場合唱団。なんとも頼もしい!新国立劇場の《フィデリオ》は、5月20日(日)、24日(木)、27日(日)、30日(水)、6月2日(土)の全5公演。取材・文:宮本明
2018年05月17日「宮本浩はひとことでいうと星。男だから感じるのかわからないけど、みんなが本当はこうしたいって思うことをやっていて、これだけ純粋なまま生きていける人は、僕が会ってきた人の中にはいなかった。この作品には生きるということが詰まっています」 放送中のドラマ『宮本から君へ』(テレビ東京ほかにて毎週金曜深夜0時52分~)で主人公のサラリーマン・宮本浩を演じる池松壮亮(27)は、作品の魅力をこう語る。 「傲慢ですけど、みんながずっと映像化しようとしてきた作品で、誰かが決着をつけなきゃいけないし、自分ができたらいいと思い続けてました」(池松・以下同) 作品への出演を決める際には、こだわりがあるそうだ。 「自分が面白いと思えるか、誰か大切な人に見せたいと思えるかで決めます。今回も自分が面白いと思ったし、視聴者に『宮本ファンです』って言われたら『いや僕のほうがファンです』と言えるから」 誰よりも宮本が好きな池松にとって、作品との出合いはどんなものなのだろうか。 「物語のいいところは、ごくまれに、ひょっとしたら自分の物語かもしれない、これは自分のためにあるのかもしれないという錯覚を起こすような出合いがあることなんです。僕にとって『宮本から君へ』はまさにこれは自分の物語かもしれないと思えた、思わせてくれた作品です。原作ファンにはそういう人がいっぱいいて、だからこそ何かをギリギリまでやって提供できる情熱が僕にもあったので、演じられると思いました」
2018年05月14日世界中から作曲委嘱が引きも切らない人気の現代作曲家・藤倉大。この秋東京で、彼に関連するコンサートが3本、続けざまに催される。英国から一時帰国中の藤倉本人が出席して記者懇談会があり、概要が発表された。【チケット情報はこちら】1977年生まれの藤倉大は、中学卒業後に英国に留学して作曲を学んだ。彼の音楽は、けっして耳当たりのよい柔和な響きの作風ではない。いわゆる現代音楽でありながら、多くの演奏家がその作品に魅せられ、聴衆の絶大な支持を得ている現実こそが、その魅力を示す凄みだと言えるだろう。一連のコンサートは、まず9月24日(月・祝)、昨年に続いて行なわれる東京芸術劇場の「ボンクリ・フェス2018」から。アーティスティック・ディレクターを藤倉が務める。「ボンクリ」とは「ボーン・クリエイティヴ(Born Creative)」の略。「人間は生まれながらにクリエイティヴだ」というコンセプトのもと、「赤ちゃんからシニアまで誰もが、朝から晩まで、新しい音楽を面白く聴ける」(藤倉)という複数のイベントによる1DAYフェスティバルだ。フェス全体は、坂本龍一や大友良英の作品などが演奏される17時半開演の「スペシャル・コンサート」と、その出演者たちが、子供たちにもわかりやすく説明を交えながら演奏する複数のワークショップ・コンサートを中心とする「デイタイム・プログラム」で構成される。「いろんな聴き方ができることをやりたくて、好きな奏者に声をかけたら、みんな乗り気で来てくれちゃった(笑)」と藤倉が言うように、ワークショップ部分は昨年から大幅に拡大された。細部については当日決まる部分もあり、藤倉は「クラシックのコンサートって、きっちり決まっていることが多いけど、わざとぼんやり、やわらかく作ってます」と、フレキシブルな自然体を強調した。続く10月20日(土)の「藤倉大個展」(Hakuju Hall)と、10月31日(水)の藤倉作曲のオペラ《ソラリス》の演奏会形式日本初演(東京芸術劇場)では藤倉作品をたっぷり聴ける。前者は委嘱作品初演を含む室内楽作品の個展。ホールの開館15周年記念公演でもある。一方の《ソラリス》は、2015年にパリで初演された藤倉の初オペラ。タルコフスキーによる映画化でも知られる、SF作家スタニスワフ・レムの小説『ソラリス』が原作だ。「いつかオペラの依頼が来たら『ソラリス』と決めていた」という藤倉だが、原作のSFとしての興味からではなく、すべての登場人物の内面の感情が描かれるこの文学作品を表現するのに、オペラこそが最適と考えたのだという。話題のオペラがいよいよ日本でヴェールを脱ぐ!藤倉は自身のホームページ上でスコアを公開しているから、閲覧してみると(たとえ眺めるだけでも)作曲家と作品への興味は、さらに掻き立てられるはず。今年の秋は藤倉大に注目。チケットの一般発売に先がけて、プリセールを実施。受付は4月21日(土)昼12時から27日(金)午後11時59分まで。取材・文:宮本明
2018年04月20日マジンガーZにサンバルカン、ギャバン……。アニメ・特撮音楽の巨匠、渡辺宙明(わたなべ・ちゅうめい)が生み出した“宙明サウンド”を、水木一郎、堀江美都子、串田アキラの三大アニソン歌手の歌声と、壮大なオーケストラで存分に堪能する贅沢なコンサート「渡辺宙明特集ヒーローオーケストラ~昭和の子どもたちへ~」が4月21日(土)に文京シビックホール大ホールで開催される。開催に先立って、17日に東京・浜離宮朝日ホールにてリハーサルが行われた。【チケット情報はこちら】総勢31名によるオーケストラ・トリプティークによって、『野球狂の詩』『あかるいサザエさん』『ローラーヒーロー・ムテキング』『時空戦士スピルバン』『マジンガーZ』と、昭和の子供たちを育てた数々の名曲が現代に蘇っていく。指揮を務める齊藤一郎は、的確な指揮で情熱的でノリの良い音楽を作っていた。その横で譜面を手にした渡辺宙明は、「とても良いメンバーが集まって嬉しいですね」と笑顔で優しく語りかけていた。『宇宙刑事シャリバン』の主題歌で現在もカラオケ人気の高いロックナンバー『強さは愛だ』では渡辺が「ここでドラムのフィルを入れてください」と指示を出し、『宇宙刑事ギャバン』では、シンセによって再現される琵琶のヴォリュームを調整。“宙明サウンド”といえば“マイナーペンタトニックスケール”が代名詞であることは間違いないが、『おれはグレートマジンガー』のイントロのティンパニや『太陽戦隊サンバルカン』のコンガなど、ビートの組み立てや打楽器のポジションなどにも細心の注意が払われていることがわかるリハーサルだった。何より驚かされたのは、92歳になる渡辺が全てのリハーサルに参加していることだ。リハーサルでは渡辺が自ら指揮をとり指導をする場面もあった。アニメ『ふたりはプリキュア』のヴォーカルアルバムにも参加するなど、今なお、現役の作・編曲家として現場で活躍している。そんな渡辺は、リハーサルを終えて、「40年前の曲だけど、自分で聞いてもちゃんとやってるなと感じましたね。僕はやっつけ仕事はやらないから、BGMもちゃんとしてますよね」と笑顔で語り、本番に向けて、「今日、オケではやってない掛け声とかは、黙っていても聴衆がやってくれると期待しています。お客さんも演奏に参加してもらえたら嬉しいですね。そして、盛り上がった最後に、皆さんで歌えたらいいなと思っています。そうなったら僕が指揮を振ろうかな」と、サプライズでの登壇も匂わせた。チケットは発売中。取材・文:永堀アツオ■渡辺宙明特集ヒーローオーケストラ~昭和の子どもたちへ~日時:4月21日(土)開演15時会場:文京シビックホール大ホール(東京都)出演者:渡辺宙明 / 水木一郎 / 堀江美都子 / 串田アキラ指揮:齊藤一郎演奏:オーケストラ・トリプティーク司会:西耕一
2018年04月19日エモーショナルな「歌」で心を揺さぶる豊かな表現意欲を、松田理奈はおそらくナチュラルに持っているヴァイオリニストだ。そんな彼女の今回のリサイタルのテーマは「愛」。「今まで組んできたプログラムとはまったく違うえぐり方。トライしてゆきたいです」と抱負を語る。【チケット情報はこちら】曲目は、前半にフォーレとエルガーの愛の小品と、イザイの結婚祝いのために書かれたフランクの《ヴァイオリン・ソナタ》。後半は、シューマンの小品とブラームスのヴァイオリン・ソナタ第1番《雨の歌》を組み合わせた。クララを巡るシューマンとブラームスの愛の歌たちだ。核となる2曲のソナタのカップリングでCDもリリースする。「ブラームスのソナタ全3曲を録音してゆく予定ですが、3曲それぞれに別のストーリーをフィーチャーしたいと考えました。その第1弾として第1番をフランクと組み合わせたのも、『愛』がテーマなのです」末子フェリックスが早世して悲しむクララのためにブラームスが捧げたとされるのがヴァイオリン・ソナタ第1番。「悲しく暗い第3楽章の、最後の一段に出てくる主題にすべてがかかっている。それを聴いて、どれだけあたたかい気持ちになっていただけるかが自分に課した課題です。そこに向けてしっかり歌い込めるようにしてゆきたい」数年前まで、ブラームスの盟友ヨーゼフ・ヨアヒムが使用していたガダニーニを弾いていたことで、さまざまな気づきを得た。「楽譜に不自然に弱音の指示がある箇所が、ヨアヒムの楽器だと特別によく鳴る音なんです。ブラームスがヨアヒムの演奏を聴いて、鳴りすぎと感じて書き加えたのかもしれませんね。それを実際の楽器を通して感じることができた経験はとても貴重でした」CDのレコーディング中には、フランクのソナタで不思議な体験をしたという。「第4楽章を弾いていたら突然、今まで苦手だった人のイメージが、感謝のイメージと一緒にわーっと浮かんできたんです。そうか、感謝の気持ちを忘れずにというメッセージが込められた曲なのかと感じました。10年以上弾いてきて、結婚祝いにしては、あのドロドロした第3楽章はなんだろうと、ずっと疑問だったんです(笑)。“感謝”を感じてからは、若い勢いで弾きがちな第4楽章にも、ぬくもりが出てきたような気がします」最近「クラシック音楽が楽しくて仕方がない」という。「あらためて“あれ?なんて素敵な世界なんだろう”と感じています。音楽に触れる時間が昔よりも貴重になったのがよかったのかも。ひとつの曲にいろんな解釈があって、正解がないからこそ楽しい。聴いてくださる方の解釈もそれぞれ。私がトライするのは、最後にホッとして帰っていただくこと。相手を思いやるあたたかい気持ちになっていただけるように。それが願いです」リサイタルは5月18日(金)東京・浜離宮朝日ホールにて開催。チケットは発売中。取材・文:宮本明
2018年04月18日東京交響楽団の2018/19シーズンが、第659回定期演奏会(4月14日(土)サントリーホール)と川崎定期演奏会第65回(4月15日(日)ミューザ川崎シンフォニーホール)で幕を開ける。タクトをとるのは音楽監督のジョナサン・ノット。マーラーの交響曲第10番アダージョとブルックナーの交響曲第9番という、ふたりの大作曲家が、人生の最後に未完のままのこした遺作の組み合わせだ。【チケット情報はこちら】「作曲家の遺作は、迫り来るあの世の気配を感じさせる。そこに興味を惹かれるのです」(昨秋行なわれたシーズン・ラインナップ発表会見でのノットの発言から。以下同)マーラーとブルックナーはしばしば比較して語られる存在でもある。「面白いもので、指揮者はマーラー派かブルックナー派か、好みが分かれることが多い。その両者を同じプログラムに乗せるとどうなるのか。私にとっても初めての試みです」(ノット)ノットと東響はこれまで、マーラーの交響曲第2、3、8、9番を、ブルックナーの交響曲第3、5、7、8番を演奏している。ノットは言う。「マーラーの《アダージョ》は第9番の経験がなければ演奏できない。過去の演奏経験によって作品を照らす光は違って見える。だからこそ、作品の背景や前後関係にはいつも気を配っています」新シーズンは、さらにこのあとも意欲的なプログラムが並ぶ。まず5月は、飯森範親によるウド・ツィンマーマン(1943~)の歌劇《白いバラ》日本初演(演奏会形式)。1943年、反ナチ運動で逮捕・処刑されたミュンヘンの学生、ハンスとゾフィーのショル兄妹の物語だ。彼らが所属した非暴力レジスタンス・グループの名前が「白いバラ」だった。作品は1967年に作曲されたのち、1985年に台本も差し替えて全面改稿された。この第2稿は1986年のハンブルク州立歌劇場での初演以来、すでに100以上の異なる演出で上演されている20世紀オペラの成功作。待望の日本初演が実現する。6月のシューマンの未完成交響曲《ツヴィッカウ》を挟んで、7月には再びノットが登場してエルガーの《ゲロンティアスの夢》を振る。合唱王国イギリスを代表する宗教オラトリオだが、日本での演奏はこれでまだ6度目。東響としては13年ぶりの演奏となる。イギリス人ながら、「これまでイギリス音楽はあまり演奏していない。身近すぎるのかも」というノット。実は少年時代、エルガーの故郷ウスターの大聖堂聖歌隊で歌っていた。「子供の頃から非常に興味深く何度も聴いた作品。私は歌があまりうまくなかったので指揮者になってしまったが(笑)、東京交響楽団には東響コーラスという素晴らしい合唱団があるので、そろそろ腹をくくってエルガーに挑もうと思います」(ノット)レアな作品が次々に登場する春~夏の東響定期に大きな注目が集まりそうだ。未知の作品を生で共有する体験は、音楽を聴く大きな喜びのひとつ。貴重なチャンスを見逃すな!取材・文:宮本明
2018年04月02日上岡敏之の音楽監督3年目となる新日本フィルハーモニー交響楽団の2018/19シーズン定期演奏会ラインナップが決定、上岡やソロ・コンサートマスター崔文洙らが出席して発表会見が開かれた(3月26日・すみだトリフォニーホール)。【チケット情報はこちら】宝石の名前を冠した3つのシリーズ、「トパーズ」(8プログラム16公演)、「ジェイド」(8プログラム8公演)、金曜と土曜に開かれる、午後のシリーズ「ルビー」(8プログラム16公演)で構成される新日本フィル定期。「はっきりした色ではなくグレー系で統一した」(上岡)という「トパーズ」は、楽団の柱とも言える、本拠地すみだトリフォニーホールでのシリーズだ。上岡は、9月のシーズン開幕を飾るR・シュトラウス・プロ(第593回定期)、ラヴェルとその同時代の作曲家アルベリク・マニャールが並ぶスパイスの効いたフランス・プロ(第601回)、そして恒例のお楽しみ、年間の来場者アンケートをもとに選曲するリクエスト・コンサート(第608回)を振る。マグヌス・リンドベルイのフィンランド独立百年の祝典曲《タイム・イン・フライト》(2017年)日本初演や(第595回/ハンヌ・リントゥ指揮)、フィリップ・ヘレヴェッヘ指揮のメンデルスゾーン&シューマン(第606回)も注目。上岡が「発散だけではない、音楽を深めたスケール感」を考慮したと語ったのは、サントリーホールでの「ジェイド」。ブルックナーの「遺言」どおりに未完の交響曲第9番と《テ・デウム》を並べた第596回、マーラー《復活》(第602回)、《運命の歌》《哀悼の歌》《ドイツ・レクイエム》というブラームス合唱曲三昧の第607回と、合唱の入ったプログラムに目を惹かれる(第596回は新国立劇場合唱団、ほかは栗友会合唱団)。名曲シリーズ「新・クラシックへの扉」を前身とする「ルビー」は、リーズナブルな価格設定は踏襲しつつ、「名曲」の概念を聴衆と一緒に広げていきたいという上岡の意志のもと、聴きごたえある真の「名曲」がずらり。現シーズンに続き海外から話題の女性指揮者を招くのも、今後の特徴のひとつになりそうだ。来季は、スウェーデンの合唱指揮者ソフィ・イェアンニン(2019年2月/ハイドン《四季》)と、ニューヨーク生まれのメキシコ美人指揮者アロンドラ・デ・ラ・パーラ(2019年7月/ヒナステラ&ファリャ)のふたりが登場する。「オーケストラがさらに一歩、音楽の中に入っていけるような、それが聴衆のみなさんに伝わるような3年目にできたら」という上岡。会見でコンサートマスターの崔も語っていたが、どんなに繰り返し演奏した作品でも上岡とともに丁寧にスコアを読み直してゆくような念入りなリハーサルによって、オーケストラの音も音楽も確実に変化している。楽団創設以来の持ち味である際立った個性に、さらなる磨きをかける上岡シェフ。その3年目シーズンも目が離せない。取材・文:宮本明
2018年03月28日高校1年生だった2016年に、国内最高峰「日本音楽コンクール」に最年少15歳で優勝した戸澤采紀(とざわ・さき)。昨年はスイスのティボール・ヴァルガ国際ヴァイオリン・コンクールでも海外初挑戦で見事最高位(1位なしの2位)に輝き、その現在進行形の躍進に音楽ファンが注目する期待の新人音楽家だ。9月21日(金)に行われる東京・浜離宮朝日ホールでのリサイタルは、その実績を携えての本格プロ・デビューと言ってよいだろう。【チケット情報はこちら】モーツァルト、ベートーヴェンから、イザイ、プーランクに至るヴァラエティ豊かなプログラムを組んだ。フランスの名手ジェラール・プーレに師事していることもあり、プーランクなどのフランス音楽は得意のレパートリー。「プーランクのヴァイオリン・ソナタは、日本音楽コンクールの課題曲の一曲でした。スペイン内戦で殺された詩人ガルシア・ロルカに捧げた、ものすごく重い内容の、力のある曲なので、意味のない歌い回しやニュアンスがあってはなりません。感じたことを音楽にできるだけ直結させて、自分の中で消化して発展させたものを、コンクールからの2年分の成長としてお客さんに届けられたら」取材中、彼女はこの「意味」という言葉を繰り返した。「意味のある演奏」「意味のある表現」。これ見よがしで表面的な技術の誇示ではない、ニュアンスひとつひとつに理由のある表現と言えばよいだろうか。「他人の真似をしようと思わない」というが、「すごい」と感じるのが、気鋭レオニダス・カヴァコスだそう。「彼の音楽には無駄がありません。音楽の組み立て方が立体的で、ものすごく考えられている。どんなに長い時間聴いていても飽きません」。かといって、いつも理屈を考えて弾くのをよしとするのではない。「意味」は練習で作り上げて身体に染み込ませ、本番では共演者の息づかいや客席の雰囲気を感じながら弾く。そのバランスが大事だと語る。両親ともヴァイオリニスト。父親は東京シティ・フィルの現コンサートマスター。最初ピアノを習ったが、家庭にはいつもオーケストラ音楽があった。6歳の時、両親が出演したマーラーの交響曲第7番《夜の歌》に震えた。「ピアノではあそこに入れない!」。だから今も、ヴァイオリンを弾いているのはオーケストラに入るためだと言い切る。「日本だと、ソリストがオーケストラを?と少し意外に思われるかもしれないですが、私が考える一流演奏家は、オケもソロも室内楽もできる人。それを目指しています」「意味」へのこだわりとともに、2月に17歳になったばかりの少女の、ぶれない音楽観がなんともまぶしく、頼もしい。今後数年間はコンクール挑戦を続けるというから、近いうちに私たちは、いくつかの大きな成果を知らされることになるのだろう。まずはその洋洋たる前途を確信させられるはずの9月のリサイタル。待ち遠しい。取材・文:宮本明
2018年03月16日ゴールデン・ウィークのクラシック・イベントとしてすっかり定着したフランス生まれの音楽祭「ラ・フォル・ジュルネ」。13回目の今年も5月3日(木・祝)・4日(金・祝)・5日(土・祝)の3日間にわたって開催されるが、毎年数十万人の聴衆を集めるモンスター音楽祭が今年、大きく変わろうとしている。これまで有楽町の東京国際フォーラムを中心に、丸の内一帯で行なわれてきたが、今年、池袋が新たに加わることに。2月16日、音楽祭アーティスティック・ディレクターのルネ・マルタンや、高野之夫・豊島区長らが出席して、概要の発表会見が開かれた。【チケット情報はこちら】新たに加わる池袋エリアの会場は、東京芸術劇場、西口公園、南池袋公園の3か所。有料公演は東京芸術劇場内のコンサートホール、シアターイースト、シアターウエストの3つのホールを使って、53公演が行なわれる。丸の内エリアの有料公演は昨年とほぼ同数の125公演なので、池袋エリアの分、まるまる拡大した格好だ。この日の会見は2015年に落成した豊島区の新庁舎で行なわれたが、旧庁舎の跡地には、2019年秋、さまざまな目的別の8つの劇場で構成される「Hareza(ハレザ)池袋」がオープン予定で、高野区長の口ぶりからは、将来的にはその新施設の活用も視野に入れている模様。東京芸術劇場前の池袋西口公園も野外劇場として再整備される予定だから、さらなる新展開の予感も含めての新参入ということになりそうだ。ルネ・マルタン・ディレクターは、ビジネス街・丸の内と比べて、池袋の若者の多さに注目しているようで、「両方の聴衆に混ざってほしい」と希望していた。実際、東京国際フォーラムと東京芸術劇場は東京メトロ有楽町線なら19分。しかもどちらも駅直結。もし雨が降っても濡れずに移動できる。ぜひとも両エリアを股にかけて楽しんでしまおう。今年のテーマは「モンド・ヌーヴォー新しい世界へ」。新たな旅立ちを迎える音楽祭にふさわしいテーマとも言えるが、実はベースとなっているコンセプトは「Exile=亡命」で、20世紀に政治的な理由で祖国を離れた亡命作曲家たちをはじめ、中世から現代まで、さまざまな理由で母国を旅立って新しい世界に飛び込んだ作曲家たちにスポットを当てる。例年どおり、世界的な大物から、マルタンの目と耳が選りすぐった新たな才能まで、多彩なアーティストたちのハイ・クォリティなパフォーマンスが繰り広げられる3日間だ。なお今回の新局面を迎えるのに伴って、音楽祭名が「ラ・フォル・ジュルネTOKYO」に改称(旧称「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」)、佐藤可士和による新デザインのロゴも発表された。進化する「ラ・フォル・ジュルネ」。いっそう目が離せない存在になりそうだ。チケットは3月17日(土)より発売開始。なお、一般発売に先がけて、3月2日(金)より先行を実施。取材・文:宮本明
2018年02月19日布施明が毎年行っている、恒例の秋春ツアー。年をまたいで継続中である、この『AKIRA FUSE LIVE 2017-2018ROUTE 70 -来し方行く末‐』の終盤戦を飾る東京公演が、来る3月10日(土)、Bunkamuraオーチャードホールにて開催される。すでに10年以上も毎年行っているという、この恒例の秋春ツアーの意味について、彼はこんなふうに語っている。【チケット情報はこちら】「やっぱり、自分にとっては、ライブがメインなんですよね。テレビとか音源とかいろいろ活動はあるけど、もともとジャズ喫茶と言われた場所から出てきた男なので(笑)。お客さんを前にして歌うっていうのが、やっぱり好きなんです。あと、ライブっていうのは、本当に“生き物”なんですよね。同じ曲を歌っていても、その年、その月で、どんどん変わっていく。そこが自分で歌っていても、すごく面白いところなんです」“ROUTE 70 -来し方行く末-”とサブタイトルのつけられた今回のツアー。そこには、彼のどんな思いが込められているのだろうか。「実は、このツアーの最中に70歳になりまして。で、そういうのをうたったほうがいいって、スタッフは言うんだけど、自分の年齢なんて声高に言いたくないじゃないですか(笑)。なので、“ROUTE 70”……“国道70線”みたいな言い方にさせてもらって。で、“来し方行く末”っていうのは、まさに今まで来た道と、これから行く先みたいなものです。今まで来た道は、もう変えることはできないけれど、それを全部認めた上で真似しないことが大事というか。やっぱり、僕ら団塊の世代の人間は、1ミリでもいいから前に行きたいみたいな思いが、すごく強いんですよね」2015年に、デビュー50周年を迎えた布施。その伸びやかで圧倒的な歌声は、今も健在だ。『君は薔薇より美しい』、『霧の摩周湖』、『シクラメンのかほり』、『My Way』など、ヒット曲や人気曲を披露することが、あらかじめ告知されているこのライブ。しかしそれは、50周年のときのような、いわゆる集大成然としたライブとは、少々趣が異なるようだ。「50周年のコンサートで、ひとつ集大成みたいなものをやったから、今回もそういうことをちょっとは意識しようと思ったんだけど……結局そうはならなかったね(笑)。僕自身、やっぱり歩み続けているわけだから。今年は、新しいアルバムを出せるよう、今いろいろと準備をしているので、今回のライブでは、そのあたりの変化を見てもらえたら嬉しいです。あと、今回のツアーは、去年の8月の終わりから同じメンバーでずっとやっているので、この春のライブは間違いなくいいものになると思います」チケットは発売中。取材・文:麦倉正樹
2018年02月14日開場20周年の記念シーズン真っ只中の新国立劇場。早くも来季2018/19シーズンの公演ラインアップが決定し、発表会見が開かれた(1月11日・新国立劇場)。オペラ部門では大野和士新芸術監督が登壇。施政方針ともいうべき5つの目標を掲げた。(1)レパートリーの拡充(新制作を現状の1シーズン3演目から4演目に増加)(2)日本人作曲家委嘱シリーズ(隔年)の開始(3)1幕物オペラ×2本のプロダクション《通称:ダブルビル)、あるいはバロック・オペラをシーズンごとに交代で制作(4)旬の演出家・歌手の起用(5)国内外の劇場と積極的にコラボ、東京から新たなプロダクションを発信。つまり、魅力的なレパートリーを拡充し、それを東京から世界のオペラハウスに輸出しようという構想だ。大野によれば、今後のプログラムの組み替えを考えると、現状の制作ペースではレパートリーが足りなくなるという問題がある。たとえば海外の劇場のプロダクションをレンタルする場合、契約上再演に制限があるので、今後は上演権ごと買い取って、いつでも上演可能な新国立劇場のレパートリーとすることも検討していく。大胆な大盤振る舞いのようにも聞こえるが、それによって制作コストが高騰するとは限らず、劇場の財産たる自由に上演できるレパートリーが蓄積されるプラスのほうが大きいという。海外の劇場とのコラボ構想も含めて、このあたりは、世界各地のオペラハウスで豊富な実績を持つ大野ならではの人脈とノウハウがあってこその戦略だろう。大きく期待が膨らむ。オペラ・ラインアップ(*印は新制作)10月モーツァルト《魔笛》*11月~12月 ビゼー《カルメン》12月 ヴェルディ《ファルスタッフ》1~2月 ワーグナー《タンホイザー》2月 西村朗《紫苑物語》(委嘱作品世界初演)*3月 マスネ《ウェルテル》4月 ツェムリンスキー《フィレンツェの悲劇》&プッチーニ《ジャンニ・スキッキ》*5月 モーツァルト《ドン・ジョヴァンニ》6月 プッチーニ《蝶々夫人》7月 プッチーニ《トゥーランドット》*大野が特に力を入れて語ったのは、日本人作曲家委嘱シリーズ第1弾の西村作品。《紫苑物語》は石川淳の小説が原作。作曲の西村、台本を担当する佐々木幹郎とともにすでに2年前から検討を重ねてきた。そして、大野が「現在世界で最も認められているオペラ演出家」と信頼を寄せる笈田ヨシを起用。《魔笛》は話題のウィリアム・ケントリッジの演出。映像を大胆に活用し、世界中で大人気のプロダクション。《フィレンツェの悲劇》《ジャンニ・スキッキ》は新機軸のダブルビル・シリーズの第一弾。《トゥーランドット》は、東京2020オリンピック・パラリンピックへ向けての東京文化会館との共同企画「オペラ夏の祭典2019-20」の一環。国と都が、文化創造でもタッグを組む。世界中の目がトーキョーに集まる2020年を、そしてその先の新国立劇場の未来を見据えて、大野体制はもう動き始めている。取材・文:宮本明
2018年01月12日昨年9月から始まった、人気ピアニスト・及川浩治の毎年恒例の全国リサイタル・ツアーがいよいよ大詰めを迎える。今回のツアー・テーマは、ずばり「名曲の花束」。文字通り、J.S.バッハ、シューマン、ベートーヴェン、ショパン、リストの有名曲が衒いなく並ぶ、うれしいプログラムだ。【チケット情報はこちら】「より多くの人たちにクラシックの素晴らしさを伝えるためには、まずは、聴いたことのある曲、少なくともなんとなくタイトルは見たことがある名曲を。僕だってオペラ・アリアのコンサートへ行ったら《誰も寝てはならぬ》を聞きたいですもん。そして名曲の1曲1曲を花にたとえれば、生け花のようにコンビネーションがとても大事。ただ名曲を集めましたではなく、全体がひとつの素敵な花束になるようなイメージです。組み合わせ次第でそれぞれの曲のキャラクターも違って聴こえます。実際、これを通して弾いていると、すごく幸せなんですよ。それをみなさんと共有したいですね」さまざまな色や大きさの「花」が並ぶ構成。たとえば、ピアノを習う子供たちにも人気の《エリーゼのために》と、ベートーヴェンのピアノ・ソナタを代表する1曲である《熱情》が並んだプログラムは珍しいだろう。「《エリーゼのために》はベートーヴェンが愛する女性に捧げた曲。自信のない駄作を贈るわけがない。それ以前に書いたピアノ・ソナタ、《熱情》や《テンペスト》のテイストが、つまりベートーヴェンの個性、哲学、意志が凝縮されている。まさに名曲だと思うんですよ」実によく歌う人だ。比喩でなく、実際に自分の声で。「ピアニストは鍵盤だけじゃなくて、実際に歌えないとダメだと思うんですよ」この取材中も、音楽作品に関わる話題のほとんどを歌いながら説明してくれた。その「歌」がとても味がある。きれいな声だとかいうのではない(失礼!)。それはちょうど、良い指揮者がオーケストラにニュアンスを伝えるために歌って聴かせるような。2年後、ベートーヴェン生誕250年イヤーの2020年に、五大ピアノ・ソナタ(《悲愴》《月光》《テンペスト》《ワルトシュタイン》《熱情》)のコンサートを構想中(今回の《熱情》はその準備の一環でもあるという)。ではピアノ協奏曲全曲弾き振りなんていうのはどうですかと水を向けると、「もちろんやりたいですよ!」と目を輝かせて即答した。それが2020年に実現するかどうかはわからないけれど、弾き振りにとどまらず、この人はいつか絶対にオーケストラを指揮する人だと思うし、指揮すべきだと思う。話しぶりからも豊かな音楽をひしひしと感じる、幸せな取材だった。そんな彼が見立てた特製の「花束」が私たちを待っている。及川浩治ピアノ・リサイタル『名曲の花束』は2月25日(日)に東京・サントリーホール大ホールで開催。チケット発売中。取材・文:宮本明
2018年01月11日ゴールデンウィークの東京の風物詩としてすっかり定着したフランス生まれの音楽祭ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンは過去に類のないクラシック音楽のモンスター・イベントだ。安価な入場料ながら、世界のトップ演奏家による趣向を凝らしたプログラムが楽しめるとあって、同時多発的に繰り広げられる320公演に、GW3日間で42万人が詰めかける(2017年実績)。これまで有楽町の東京国際フォーラムを中心に丸の内エリアで開催されてきたが、14回目となる次回は、東京芸術劇場など池袋エリアを加えて並行開催。名称も「ラ・フォル・ジュルネTOKYO」に変更される。2018年2月に予定されている詳細発表に先立ち、報道陣を招いてテーマ発表と懇談会が行なわれ、音楽祭アーティスティック・ディレクターのルネ・マルタン氏と、制作のKAJIMOTO代表取締役社長・梶本眞秀氏が出席した(11月30日・東京芸術劇場)。「TOKYO」への舵取りは、もちろん東京オリンピック・パラリンピックも意識しているのだろう(東京国際フォーラムも東京芸術劇場も東京都が関連する施設)。池袋エリアの新たな会場として発表されたのは、東京芸術劇場内の「コンサートホール」「シアターイースト」「シアターウエスト」「シンフォニー・スペース」と、池袋西口公園、南池袋公園の6会場。有楽町と池袋は東京メトロ有楽町線が約19分で結ぶ。東京芸術劇場も東京国際フォーラムも駅直結なので、もし雨が降っても濡れずに行き来できる位置関係。その手があったか!梶本氏によればマルタン氏は目下「池袋」を猛勉強中だそうで、すでに昨年から街中を巡り、隈研吾氏監修の豊島区新庁舎や、丸の内に比べて若者が多い人の流れに興味津々だという。原則的に丸の内エリアの開催規模は従来のまま、池袋エリアの新規公演がそのまま公演数増につながる予定。主催者によれば、来場者の9割をリピーターが占めるというラ・フォル・ジュルネ。人気が定着している証しだが、裏を返せば新しい聴衆が参入しづらいという側面でもあるかもしれない。新たな試みはその解消にも効果を発揮するはずだ。ラ・フォル・ジュルネが始まる2005年まで、東京国際フォーラムの5000席の大ホールがクラシック音楽の中心的な役割を果たす場所になるとは誰も想像できなかったはず。池袋という街が、これまで以上にどのように音楽にフィットしてゆくのかも、注目されるところだ。新生ラ・フォル・ジュルネTOKYO2018のテーマは「モンド・ヌーヴォー 新しい世界へ」。政変や圧政を逃れてなかば強制的に、またはさまざまな理由から自らの意思で、祖国を離れ、異国へ渡った作曲家は多い。ラフマニノフ、プロコフィエフ、ストラヴィンスキー、バルトーク、シェーンベルク、クルト・ヴァイル、あるいは19世紀のショパン。「亡命」と「移住」をめぐり、異文化との接触から生まれた彼らの音楽に光を当てる。2018年5月3日(木・祝)~5日(土・祝)の3日間に、両会場併せて約400公演(無料公演を含む)が予定されている。取材・文:宮本明
2017年12月04日数多のロックスターを生み出した、輝かしい’66年生まれミュージシャンの中でも、ひときわ熱いストレートを投げ続ける男こそ、エレファントカシマシの宮本浩次さん。23年ぶりに髪を短くし、フレッシュさも漂う宮本さんにお話を伺いました。自分自身を信じるようになり、怒りをぶつけることがなくなった現在、デビュー30周年のツアーで47都道府県すべてを回っている最中のエレファントカシマシ・宮本浩次さん。どこの会場もチケットはソールドアウトだという。「日本全国を回るのも初めてですし、しかも、どこもかしこも売り切れというのも実は初めてのことです。ベテランの我々がどこに行っても、現役のバンドとして歓迎されていることが心から嬉しいし、デビュー30周年を自分のことのように祝福してくれているのをすごく感じるんですね。自分たちの歩みを肯定してもらっている気もして、なんかまた自信が湧いてきています」コンサートは初期の代表曲「ファイティングマン」から新曲の「風と共に」まで、この30年の間に生まれた名曲を披露している。歌いながら、決して平坦な道のりではなかったバンドのこれまでに思いを馳せることもあるという。「4人とも50歳を越えて、みんなシブい感じにはなってますけど、大人になったかというと、うーん、逆ですよね。バンドをはじめた中学生の頃からなんら変わっていない(笑)。外ではちゃんとした大人だと信じたいけど、4人集まると昔のまま。でもそこがいいんじゃないのかな。ただ、ひとつ変わったとしたら、僕がコンサートの途中、怒らなくなったことですね。もちろん性格は相変わらず短気だし、わがままだし。でも少なくとも(ファンの)みんなが敵じゃないということがわかったんです。エレカシのコンサートを楽しんでくれている、喜んでくれていると、経験値で感じられるようになった。だからステージ上でイライラを出さなくても済むようになったんですよ。これは自分のことを信じることができるようになったからだと思うんですけどね」かつては乱暴な言葉で目の前のファンにイライラをぶつけていたこともあった。しかしいまは「いい曲を作って、それを丁寧に聴かせる、伝える」ことに集中し、全身全霊で歌を聴かせてくれる宮本さんがステージにいる。コンサートだけに集中する日々から生まれた新しい歌。「そういう意味でも、いまやっている30周年ツアーはとても充実していて、とてもいい精神状態で音楽に集中できています。そういうリアルな毎日を歌にすることができたのが、新曲の『RESTART』と『今を歌え』なんですが、2曲ともアグレッシブでもなく、後ろ向きソングでもなく、僕の日常の<いま>を歌うことができました。自分が非常に調子いいことを、この2曲が本当によく表していると思うんですよね」俺はまだまだ勝負できる、命滅びるまで本気でやっていく、と歌う「RESTART」は、現在の宮本さんの心境そのものが歌詞になったかのようだ。それに、宮本ファンが黄色い悲鳴をあげそうな(?)短く切った髪型。あまりにも大変身。これも「RESTART」のミュージックビデオで、サラリーマンを演じたためだ。なんとPVの中で髪を切ったという。「23年ぶりに短くしたんですが、髪を切ると新しい自分を発見できますね。だから鏡ばかり見ちゃうんだよね(笑)。自分の中では、おーけっこういいじゃん、七三分け最高、って思っています。背広も仕立てたので、部屋の中で三つ揃いのスーツを着て、靴をいろいろ履き替えたりしながら鏡に向かって、うっとりしたり(笑)。長い髪よりも、僕は七三分けがいちばん似合うんだなぁと、いまは思ってます。まぁコスプレみたいなものなんだけど、遅ればせながら、大人になった気分を味わっているのかな。昔、毎朝ネクタイを締めて背広を着て出かける父親の姿が、僕が最初に感じた大人像でした。ツアーの合間の休日には、ネクタイ締めて背広を着こんで電車で出かけたりもしてみました(笑)」みやもと・ひろじ1966年6月12日生まれ。両A面シングル『RESTART/今を歌え』と映像作品『デビュー30周年記念コンサート“さらにドーンと行くぜ!”大阪城ホール』発売中。恒例の新春ライブは1/6・7大阪・フェスティバルホール、1/14東京・NHKホール。※『anan』2017年11月13日号より。写真・矢吹健巳(W)ヘア&メイク・茅根裕己(Cirque)インタビュー、文・北條尚子(by anan編集部)
2017年11月13日バッハ・コレギウム・ジャパンとオールスター歌手陣が揃い、作曲家生誕450年を祝うモンテヴェルディのオペラ《ポッペアの戴冠》。バロック・オペラを楽しむための「ミニあるある」を指揮者・鈴木優人さんに聞いた。オペラ《ポッペアの戴冠》チケット情報【男役を女声が歌う】バロック・オペラでは男性役を女声歌手が歌うことが多い。今回も、物語の中心になる2組の夫婦はすべて女性ないし女声(=カウンターテナー)が歌う。「当時の一番の主役はカストラート。普段は聴けない危ない歌声を聴くために劇場に通ったのです」カストラートは、変声前に去勢して声帯の発育を止めた男性歌手。しかし身体は大きくなるので、女声歌手の音域を男声歌手の力強さで発することができた。「カストラートが歌った役ですから、モンテヴェルディも男として描いているわけです。ネローネ(ネロ皇帝)をテノールが歌ったほうがドラマがわかりやすいという人もいますが、僕は逆に、1オクターヴ低いぶん声が埋もれてしまってわかりにくいと思う。ネローネの強さは、この音域でこそ表現できるのです」【通奏低音が重要】バロック音楽といえば通奏低音。今回もヴァイオリンなどの上声部6人に対して通奏低音が9人とゴージャス。「低音」とは言ってもチェンバロやテオルボなど和音楽器も加わって、全音域の音が多彩に鳴る。いわばそれだけでもオーケストラだ。「バロック・オペラがつまらないと感じた経験のある人は、たぶん原因のほとんどは通奏低音です。僕の一番の仕事は、絶対に通奏低音で退屈させないこと」《ポッペア》では、歌の伴奏は通奏低音のみだ。「歌詞を理解してイタリア語と一緒に弾けなければなりません。指揮者に合わせるのでなく、通奏低音奏者それぞれが歌い手の呼吸に合わせて弾く。だからこそ歌が自由に解放される。そうすると19世紀のオペラ以上に歌い手の競い合いが生まれるわけです。歌手はやっぱり目立ちたい。フィギュアの4回転ジャンプを見るように、それを楽しんでください」バロックというと、なんだか決まりごとが多いイメージもあったのだけれど、どうやらそれは真逆のようだ。自由な歌。なんと魅力的な言葉!【歌は古楽とモダンの境目がない】今回のキャストは、古楽のスペシャリストからバロック・オペラ初挑戦という歌手まで多彩な顔ぶれ。「とても気に入ってます。声だけでなく、役の性格にも合わせて配役を絞り込んだ。その時点で仕事の8割は終わったようなもの(笑)。器楽だと、古楽とモダンは楽器自体が違いますけど、歌にはその境目がない。『ポッペアやりたい人、この指とまれ』と声をかけたら、わーっと集まってくれた感じ。歌い手がそうなのだから、オペラ・ファンの皆さんも、バロックだからといって特別に警戒しないで楽しんで!」公演は11月23日(木・祝)に東京オペラシティコンサートホール、11月25日(土)神奈川県立音楽堂にて開催。チケットは発売中。取材・文:宮本明
2017年10月31日三枝成彰の新作オペラ《狂おしき真夏の一日》がいよいよ開幕する(10月27日(金)初日・東京文化会館)。沈痛で劇的な音楽で泣かせる悲劇が特徴だった三枝オペラ初の喜劇オペラだ。初日まで1週間を切った21日、東京都内で行なわれている音楽リハーサルを覗かせてもらった。オペラ《狂おしき真夏の一日》チケット情報この日は台本を書き下ろした林真理子も顔を見せた。熱心なオペラ・ファンの彼女も、自分の書いた物語がオペラとして完成してゆく行程に大いに感激している様子。「夢のようです。私の書いた下品な本に素晴らしい音楽がついて。しかも笑いの要素も失われていない」「下品」はもちろん喜劇ゆえだ。そこへ主演の佐藤しのぶが通りがかった。林の手をしっかり握って、「真理子さんが込めた思いを伝えられるように頑張ります! 愛を取り戻す役よね」とガッツポーズ。佐藤が演じるのは、女好きの夫・大石の気持ちが自分から離れてしまっていることを嘆く美しい夫人・陽子。《フィガロの結婚》そして《ばらの騎士》へのオマージュである当作で、伯爵夫人や元帥夫人に当たる役どころ。台本執筆段階から、佐藤が演じるイメージで当て書きしたそう。先行作同様の美しいアリアも与えられている。浮気な夫の大島幾雄、その長男の放蕩者ジョン・健・ヌッツォと、ゲイの次男・大山大輔は貫禄十分。彼らの二枚目の声で演じるブッファは、スター俳優の喜劇やコントにも似た「ずれ」がおかしくて、観ていてずっとにやにやしてしまう。しかしオペラ全体を豊かに彩るのはやはり女声陣。小川里美は華やかな色気を振りまく、長男のフランス人妻。このオペラの発表時のタイトルは『巴里から来たお嬢さん』だったから、オペラ全体の核とも言える存在だ。大石の愛人のナース小林沙羅は、音楽的にも、全体を運ぶ狂言回しのようなキーパーソンとなっている。エロチックな台詞もあり、普段キュートなイメージの彼女の新たな側面が見えるかも。次男の恋人の男性ユウキを演じる村松稔之の、深い、女声的なカウンターテナーには驚いた。佐藤しのぶの陽子の美しさに惹かれて、初めて女性に恋をする二重唱では、ふたりの声が同じ音域で官能的に絡み合う。また、物語上は脇役的な存在ながら、執事役の坂本朱のメゾ・ソプラノの音楽的な役割とそのインパクトは実に大きい。「これまでに書いた中で一番いいかもしれない。手が込んでいる」と確かな自信を口にする三枝。彼自身、これから始まる演出(秋元康)と美術(千住博)、衣裳(コーディネーター:齋藤牧里)が揃っての舞台稽古を待ちかねているそう。この段階まで来るとある意味すでに作曲家の手を離れているのだ。衣裳の写真を見せてもらったが、あれはサイケというのか、ファンキーというのか…。すごいことになっている。とにかく、既存の「オペラ」のイメージとはひと味もふた味も違う、理屈抜きのエンタテインメントと呼べる新しいオペラが、間違いなく観られるはずだ。もうすぐ!取材・文:宮本明
2017年10月23日第3代音楽監督ジョナサン・ノット(1962~)との蜜月が来季で5シーズン目を迎える東京交響楽団。10月17日、東京都内の楽団本部で会見を行ない、その2018~19シーズンの公演ラインナップを発表した。【チケット情報はこちら】ジョナサン・ノットが指揮するのは、定期演奏会(サントリーホール)4回、川崎定期演奏会2回、東京オペラシティシリーズ1回、名曲全集(ミューザ川崎)2回、こども定期演奏会(サントリーホール)1回の、6演目10公演。さらにダ・ポンテ三部作完結編となる演奏会形式の《フィガロの結婚》も。「楽団員と私というチームが、できるだけ多くの経験を共有できるようなプログラムを意図した。異なる様式、異なる演奏法、異なる時代。音楽的経験を豊富にすることで、聴衆が音楽の旅に出る時の道しるべとして働けると思う」ノットはそう述べて、個々のプログラムについて語った。まずシーズン開幕の4月は定期と川崎定期でマーラーの交響曲第10番アダージョとブルックナーの交響曲第9番という異色の組み合わせ。「偉大な二人を同じプログラムに乗せたらどうなるのか。私も経験がない。ともに未完の作品。作曲家の最後の作品は大好き。あちら側に近づいているのを強く感じる」7月はエルガーの合唱付き大作《ゲロンティアスの夢》(定期&川崎)。英国生まれ、しかもエルガーの故郷ウスターの聖歌隊で歌っていたノットだが、この曲を振るのは初めてだという。「何度も聴いて、子供心に興味深いと感じていた作品。英国音楽をあまり演奏していないのは身近すぎたからかもしれないが、腹をくくってエルガーに臨みたい」11月定期でブラームスのピアノ協奏曲を弾くドイツ人ピアニストのヒンリッヒ・アルパースはこれが初来日。数年前に彼からオファーがあってバンベルクでオーディションをした。「繊細な演奏が私の心を突き抜けた。知名度よりも、自分の心を動かす演奏家と共演したいと思っている。彼とドイツ音楽を演奏するのはこれが初めて」他にも、R.シュトラウスとヴァレーズを並置したプログラム(12月定期&名曲全集)や、初めて登場するこども定期演奏会(4月)などで、来季もまた実に多彩なレパートリーを聴かせてくれる。ノットは言う。「指揮=conductの語源ははラテン語の『ともに導く』。尊敬すべきプレーヤーたちを箱に押し込めるのではない。共演を重ねることで彼らの音楽性、自由がどんどん引き出されていく。だからこそ、この仕事は楽しい」いい指揮者だ。そんな彼らの新しいシーズンを、ぜひ私たちもともに旅したいと思わせてくれる。なお、2019年1月から半年間にわたって予定されているミューザ川崎の改修工事に伴い、その間の川崎公演はカルッツ川崎(2017年10月開館)で行なわれる。取材・文:宮本明
2017年10月19日神奈川フィルハーモニー管弦楽団の2018~2019シーズンのラインナップが決まり、10月16日、横浜市内で、常任指揮者・川瀬賢太郎も出席して発表会見が行なわれた。シーズン・コンセプトは「音楽の道標(みちしるべ)」。音楽が生み出す、生きる力や平和の願いが行く手を照らす。神奈川フィルハーモニー管弦楽団 チケット情報横浜みなとみらいホールでの定期演奏会は、従来の土曜日午後2時開演はそのまま、7月と11月には、金曜日の夜公演も加えて同一プログラム2公演制を実施する。改修工事を終えた神奈川県民ホールでは新たに「県民ホール名曲シリーズ」をスタート。また会場が来年休館となる「音楽堂シリーズ」の代わりに、客席数400の小空間を生かした「みなとみらい小ホールシリーズ」を開催する。川瀬は自らの指揮する公演の意図や抱負を語った。シーズン開幕の4月定期は生誕100年バーンスタイン特集。人気の《ウェスト・サイド・ストーリー》に、政治的序曲《スラヴァ!》と交響曲第1番《エレミア》を組み合わせた。作品に込められた政治や民族の問題は現在も普遍的なテーマ。コンサートホールが、そうした問題を受け取り、「過去を振り返り未来を見つめ直す場になれば」と川瀬。その思いは10月定期にもつながっている。権代敦彦の《子守歌》(2005)は、2001年の大阪児童無差別殺傷事件の犠牲者の母親の手記を中心に構成された作品。川瀬が名古屋フィルと演奏した際には、半分近い聴衆がショックのあまりコンサート後半を聴けずに帰ったという衝撃作。今回の後半はマーラーの交響曲第4番。終楽章に「天上の生活」が置かれた交響曲だ。選曲は権代の話がヒントになったという。「赤ん坊が生まれてすぐ泣くのは、罪深い世に生まれた絶望のせい。だから若い命が天に召されるのは、神がその罪を取り除いてくれたと考えることもできる」。「天上」を感じてもらいたいと語る。川瀬は他に、藤村実穂子からの共演オファーに応えたマーラーの《リュッケルトの詩による5つの歌曲集》と、マーラーに大きな影響を与えた不世出の作曲家ハンス・ロット(1858~1884)の交響曲第1番を合わせたプログラムや、満を持して神奈川フィル合唱団とのヴェルディ《レクイエム》を振る。また、新たなみなとみらい小ホールシリーズではストラヴィンスキー《兵士の物語》を指揮(2019年3月)。このシリーズでは7月に鈴木優人が指揮者として登場し、テーマはともにJ.S.バッハとストラヴィンスキー。ここでも「過去を振り返り未来を見つめ直す」が打ち出されている。特別客演指揮者の小泉和裕は9月定期と2019年1月の県民ホール名曲シリーズに登場。また神奈川フィル初登場のスコットランドの若手指揮者ロリー・マクドナルド(1985年生まれ)や、珍しいトロンボーン「吹き振り」を披露するクリスチャン・リンドバーグなど、注目公演が目白押し。来季も意欲がひしひしと伝わってくる神奈川フィルだ。取材・文:宮本明
2017年10月17日開場20年目のシーズンを迎えている新国立劇場で10月12日、来年5・6月に20周年特別公演として上演される新演出の《フィデリオ》(ベートーヴェン)の制作発表会見が行なわれた。愛と自由が全編を貫くベートーヴェン唯一のオペラ。ドイツ・オペラ史上最重要の古典をどのように描くのか。公演を指揮する飯守泰次郎や演出のカタリーナ・ワーグナーらがそれぞれの思いを語った。新国立劇場オペラ「フィデリオ」のチケット情報飯守にとっては、2014年から4年間の任期を務めた芸術監督としての最後の指揮公演となる。「ベートーヴェンは、ワーグナーと並んで私が最も深く掘り下げてきた作曲家。任期の締めくくりとして《フィデリオ》に取り組めるのは大変意味のあること。ベートーヴェンの理想主義と哲学が表現された、深い感動をもたらす特別な作品。《フィデリオ》と聞いただけで身が引き締まる」(飯守)《フィデリオ》に描かれているのは、政敵に囚われた夫フロレスタンを救うため、男装して監獄に乗り込んだ妻レオノーレの命がけの愛。夫婦愛が軸となる。「身を焦がすような恋も、浮気も裏切りもない夫婦愛はオペラにはなりにくいテーマ。悲劇が足りないという人もいるが、この作品はそんな俗説を超越して、より深く、より高貴な人間性という理念を追求している。声楽的オペラというより、むしろ器楽的で、歌手にも高度な技術が要求される。しかも気品とパワーが必要な、ある意味ワーグナーより難しいオペラ」(飯守)演出はバイロイト音楽祭総監督のカタリーナ・ワーグナー。リヒャルト・ワーグナーの曾孫でもある。父ヴォルフガングは20年前に新国立劇場開場記念公演の《ローエングリン》(ワーグナー)を演出しているので、父娘2代にわたる演出家としての登場となる。「《フィデリオ》に新しい視点を提供したい。大きなテーマとなるのは、人はどのように認識するかということ。同じものを見ても人それぞれ異なる認識を持つ。たとえばレオノーレは女性だけれど男性として認識される。それをもう少し広く考えてもよいのではないか。人物だけでなく「自由」がどのように認識されるのかも考えなければならない。オペラではピツァロとフロレスタンの関係もはっきりとは見えてこない。最終的にどちらが勝ったのかわからないまま終わってしまう。そういうこところにも注目して解釈している。驚くかもしれないけれども、どうぞ楽しみに」(ワーグナー)飯守も「新国立劇場から世界に発信する《フィデリオ》にふさわしい新鮮な舞台を期待」と語る新プロダクション。保守的なアプローチではない、より心理的な解釈の舞台になりそうだ。出演はステファン・グールド(フォロレスタン)、リカルダ・メルベート(レオノーレ)、妻屋秀和(ロッコ)、ミヒャエル・クプファー=ラデツキー(ドン・ピツァロ)、黒田博(ドン・フェルナンド)ほか。初日は2018年5月20日(日)、東京・初台の新国立劇場オペラパレスで。チケットは来年1月27日(土)午前10時より一般発を予定している。取材・文:宮本明
2017年10月13日人気ヴァイオリニストの木嶋真優が、実に5年ぶりに待望のリサイタルを開く。木嶋真優 コンサート情報プログラムのメインはプロコフィエフのヴァイオリン・ソナタ第1番。「プロコフィエフから全体のアイディアを練り始めました。十代の終わりにコンクールで弾いて以来一度も弾いていなくて、いつかもう一度戻ってこようと温めていた曲のひとつです」。そしてもう一方の核が平井真美子への委嘱作品《マゼンタ・スタリオン》世界初演。平井は桐朋学園ピアノ科出身の作曲家・ピアニスト。今夏にオンエアされた「過保護のカホコ」などドラマや映画、CMの音楽を手がけるとともに、純音楽も多数発表している。「平井真美子さんは、音を聴けばパッと映像が浮かぶような、メロディックな曲を書く方です。すでに今年の春、ワシントンD.C.の全米桜祭りで演奏した私の6821クインテットのために1曲書いていただきました」。完成して渡された譜面をただ弾くだけの作曲委嘱ではないのがポイント。創作段階から試演や協議を重ねて、ともに創っていくという試みだ。ちなみに「マゼンタ・スタリオン」は「赤い馬」の意味。平井から見た木嶋のイメージだそう。「まだずっと小さかった頃にロストロポーヴィチさんから、『音楽家として成長していくために、必ず、今生きている作曲家たちと一緒に音楽を作りなさい』と言われました。当時はその意味がわからなかったのですが、お客様の層を拡げるためにも、現代の、同じ生活をしている人たちが作り出す景色には意味があると思います。去年の9月に、それをやるなら今だと思いました」『去年の9月』というのは、優勝した第1回上海アイザック・スターン国際ヴァイオリン・コンクールの時のこと。1か月強の長丁場のなかで考えた。「SNSも全部絶って、自分と音楽しかない時間のなかで、『明日うまく弾いて優勝したい』ではなく、自分の将来についてもじっくり向き合うことができました。ヴァイオリンを始めた3歳から今までのうちで、一番意義のある時間だったと思います」優勝という結果だけでなく、むしろその体験を経て自分自身が変わることができたことのほうが大きな成果だったと力強く語る。2月のリサイタルは、そんな新しい木嶋真優を目の当たりにする貴重なチャンスだ。「建築やデザイン、現代アート、そして大好きな食。パリではさまざまなジャンルの人たちと交流が拡がります」4年前からパリを拠点にしている。でもそのきっかけは意外だ。2、3泊の小旅行で訪れた時になんとなく「私はここにいたほうがいい」と感じて、そのまま定住してしまったのだそう。13歳から住んでいたケルンの家には、今もまだ荷物が置かれたまま…。可憐な外見やミューズが降りて来たような舞台姿の印象と異なる、そんな案外大胆なところも、彼女の音楽の魅力となって現れているに違いない。公演は東京・紀尾井ホールにて2018年2月2日(金)19:00開演。チケットは10月14日(土)より発売開始。取材・文:宮本明
2017年10月12日読売日本交響楽団の2018/2019シーズン・プログラム(来年4月より)が発表された。充実のラインナップをざっと眺めてみよう。まずは指揮者陣。【チケット情報はこちら】2010年から3期9年間にわたり常任指揮者を務めてきたシルヴァン・カンブルランが、来シーズン限りでポストを離れる。メシアンを始めとする現代作品を意欲的に取り上げ、一昨年の欧州ツアーを成功に導くなど、印象的な成果を積み上げてきた彼と読響との集大成となるシーズンだ。来年4月と9月と2019年3月に登場。モーツァルトからロマン派、近代フランス音楽、現代音楽と、彼らしい多彩なレパートリーを聴かせるが、最大の注目はシェーンベルク《グレの歌》だろう(2019年3月)。任期終了間際の大団円。まもなく上演されるメシアン《アッシジの聖フランチェスコ》に続く大規模声楽作品だ。レイチェル・ニコルズはじめ豪華歌手陣を率いての、これまた必聴の公演となる。また、就任披露演奏会の演目で、その後のライヴCDも高い評価を得た、両者にとって記念碑的な作品である《春の祭典》(4月)にも、新たな伝説が加わりそうだ。別れもあれば新たな出会いも。今年9月に首席客演指揮者就任が発表された山田和樹との新コンビは2019年1月にお目見え。藤倉大のピアノ協奏曲日本初演(独奏=小菅優)を含む、3つの異なる趣きのプログラムを振る。もうひとりの首席客演コルネリウス・マイスターからも目が離せない。今年12月のマーラー:交響曲第3番に続く、6月の第2番《復活》に注目。昨年は第6番《悲劇的》を指揮しており、今後の両者のマーラー演奏にも、必然的に期待が膨らむ。客演では、シベリウスやニールセンで注目を集めるフィンランド出身のヨーン・ストルゴーズ(8月)、2032年までかけて進行中のハイドン交響曲全集が話題の、イル・ジャルディーノ・アルモニコのジョヴァンニ・アントニーニ(10月)が、それぞれ十八番のレパートリーを携えて指揮台に上がる。また久しぶりの登場となるバッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)の鈴木雅明が振る、未完のオラトリオ《キリスト》他のメンデルスゾーン・プロでは、夥しい数の録音で日本にもファンが多いベルリンの名門プロ合唱団、RIAS室内合唱団との共演が特筆される。ソリスト陣では、いずれも昨年登場して評判だった、ヴィクトリア・ムローヴァ(10月・ベートーヴェン)、エマニュエル・パユ(11月・モーツァルト)、そして1932年生まれのスペインの至宝ピアニスト、ホアキン・アチュカロ(2019年1月・ラヴェル)が再共演するのはうれしい知らせ。さらに、エリソ・ヴィルサラーゼ、ピョートル・アンデルシェフスキ、諏訪内晶子、ピエール=ロマン・エラールといった人気のビッグネームも続々登場する。シーズン幕開けの4月定期がマーラーの9番とアイヴズだったり、意外な組み合わせの妙も目を引く新シーズン・プログラム。創立56年目の読響もやる気十分!文:宮本明
2017年10月06日