東京、大阪、名古屋と各地で好評を博した、二代目市川猿翁 四代目市川猿之助 九代目市川中車 襲名披露興行が6月、いよいよ博多座に登場。襲名ならではの豪華な演目も話題だが、一日でスーパー歌舞伎と古典歌舞伎を上演するのは博多座でも初となる。その公演を前に、歌舞伎の世界に入って1年を迎える市川中車が思いを語った。六月博多座大歌舞伎 チケット情報「映像の世界で27年以上やってきて、厳しい現場を通過してきているという自負はあったけど、それでも歌舞伎には驚くべき難しさがあった」と、厳しい表情で語り始めた市川中車。その難しさを「数式を使って正解を求めなければいけない。物理を解くような感覚」と例えた。歌舞伎から映像の世界へ活動の幅を広げる役者は多いが、その逆はほとんどいない。しかも46歳という年齢であれば尚更だ。「映像と歌舞伎は基本的には違うものだと思う。間だったり、型だったり、といった正解があり、それは日本人にとって、とても気持が良い『間』であることがわかった。その『間』を映像の世界に持ち帰っても、スパーンとハマったりする。きっと日本人が遺伝子レベルでもっている心地良い間なんでしょう。歌舞伎が長く愛されてきたのもわかります。碁盤の目のような整然とした印象で、その様式美を表現するのは非常にハードルが高いものです」(中車)。厳しい稽古の中、父である市川猿翁からもいくつかアドバイスがあったそう。一番、心に残っている言葉は「もっと突っ込め」という言葉。「突っ込むというのは、12割、15割の気持をそこにいれるということ。映像の現場でも80%の演技ではOKが出ない、100%だとOKが出るかもしれないけど、監督やカメラメンが嬉々として喜ぶカットというのは150%の演技を出した時だ、ということを元々僕も思っていた。『芝居を突っ込む』という父の言葉を聞いた時、同じ考えなんだ、と。たった何秒だったけど、僕達父子にとって確かな交流になった瞬間でしたね」(中車)。今回は、注目の襲名披露興行ということもあり、これまで歌舞伎を観たことがない方が劇場に足を運ぶことも多そうだ。「実はまだ歌舞伎を観たことがないという方は芸能界にも意外に多くて、ナイナイの岡村さんもそうだった。でも観て頂いた後、すごくハマってもらえて。客席の反応のひとつとしてすごく自信になりましたね。とは言え、完成された様式美でありながら演じる役者によって違いがあるのが本当の歌舞伎の面白さ。これまで歌舞伎をやってきて、どれだけ自分が完成されてないかということを日々痛感してますが、(歌舞伎の)長い歴史の中のエポックメイキング的な出来事として、この不完全な感じも見届けて頂ければ嬉しいですね」(中車)。公演は6月2日(日)から26日(水)まで、福岡・博多座にて。チケットは発売中。
2013年05月30日「梨園」とは歌舞伎の世界を表す言葉ですが、普通の人間にその中はどうなっているのかよく分かりません。この「梨園」で輝く歌舞伎役者さんについていろいろご紹介します。■歌舞伎役者の給料ってどこから出るの?歌舞伎役者の皆さんの給料はどこから出ているのでしょうか。例えば、芸能事務所に属して、一般のサラリーマンのように月給制や年俸制のような人を除けば、基本的には「自由業」です。ですから、仕事その都度のギャラを集積したものが収入になります。有名な役者さんであれば、舞台興行の出演代、諸手当、またお弟子さんたちからのお稽古代などが主な収入源。ほかにCM出演代、講演代金など副次収入も多いでしょう。どのくらいの金額になるかは不明ですが、手がかりはあります。2004年度分までは「高額納税者公示制度」というシステムがありました。今から9年前のデータになりますが……。市川海老蔵さん納税額:4,970万円推定の年収額:1億4,100万円松本幸四郎さん納税額:4,101万円推定の年収額:1億1,800万円坂東玉三郎さん納税額:2,848万円推定の年収額:8,400万円以上が「歌舞伎役者」におけるトップ3でした。■そもそも「屋号」って何!?歌舞伎役者には「屋号」がつきものです。舞台の役者に「成田屋っ!」とか「音羽屋っ!」とか声がかかります。あれがその役者の「屋号」です。そもそも「屋号」が付くようになったのは江戸時代までさかのぼります。そもそも歌舞伎役者は身分上は大変に低いものとされていました。芸事でいかに人気があっても社会的な地位はとても低いものだったのです。簡単にいえば「無職」とされていたわけです。江戸時代、無職の者は家を構えてはならないという慣習がありました。そのため歌舞伎役者は人気もあってお金があるのに、家も持てない状況でした。しかし社会的地位が向上するにつれ、役者の中から商売を始めて店を構える人が登場します(なにせ人気役者はお金を持っていたので)。「商売をしていますので家を出しますよ」という一種のカバーストーリーでもありました。そのうち、我も我もと誰もが商店を出すようになります。「スター」と「小商い」が切り離せないのは昔も今も同じです(笑)。やがて役者の間で、お互いの名前を呼ぶのに、役者名ではなくこの商店の名前を使うようになります。「音羽屋さんよぅ」なんて感じですね。これが一般に伝わって歌舞伎役者を呼ぶ際の「役者屋号」になりました。ただし、役者屋号がすべて商店の名前から採られているわけではありません。自分が信仰している寺社の名称から採ったものもありますし、由来が分からなくなってしまっているものなどもあって、さまざまなのです。ちなみに歌舞伎役者を名字や名跡で呼ぶのは失礼に当たります。屋号を使って「成田屋さんはどう思われますか?」などのように使います。■有名な役者屋号役者屋号で有名なものを挙げてみましょう。●成田屋(なりたや)歌舞伎役者の屋号は、そもそもこの「成田屋」から始まったといわれます。先日他界された市川團十郎さん、市川海老蔵さん、いわゆる「市川宗家」が成田屋です。●中村屋(なかむらや)先日、亡くなられた中村勘三郎(五代目中村勘九郎)さんの屋号です。江戸三座と呼ばれた歌舞伎座「中村座」が由来です。●澤瀉屋(おもだかや)俳優の香川照之さんが九代目「市川中車」(ちゅうしゃ)を名乗っていますが、澤瀉屋はこの市川家の屋号です。おもだかは薬草の名前です。初代市川猿之助の生家が薬屋で、おもだかを扱っていたのでそこから採ったとのこと。●高麗屋(こうらいや)松本幸四郎さん、市川染五郎さんはこの「高麗屋」。初代松本幸四郎さんが丁稚奉公をしていた商家から採ったそうです。●萬屋(よろずや)映画の大スターであった中村錦之助さんの小川家が独立して1971年にできた屋号。中村錦之助さんはこれで「萬屋錦之介」になったわけです。中村獅童さんはこの萬屋一門です。ほかにも、『鬼平犯科帳』の鬼平役で有名な中村吉右衛門さんの「播磨屋」(はりまや)、坂東玉三郎さんの「大和屋」などが有名です。ちなみに、歌舞伎の舞台でかかる掛け声は専門の人がやっています。間違っても自分もやってやろうと思わないようにしてください(笑)。■歌舞伎役者になる方法はあるのか?歌舞伎役者の家に生まれないと歌舞伎役者になれないのでしょうか。一応、道は二つあることになっています。●歌舞伎役者の下に弟子入りする●「伝統芸能伝承者養成所」へ入学する「弟子入り」の場合は、歌舞伎役者の下に師事して修業を積み、舞台に上がれるようチャンスをうかがうわけです。「伝統芸能伝承者養成所」は、独立行政法人「日本芸術文化振興会」が運営しています。歌舞伎俳優の研修生募集では「中学校卒業以上23歳までの男子」が対象です。研修生にうまくなれたら3年間さまざまな授業を受けます。研修後は舞台に立てるように指導してもらえるようです。このコースは1970年(昭和45年)に開催され、現在までに研修出身者90人が歌舞伎の舞台で活躍しているそうです。(高橋モータース@dcp)⇒独立行政法人「日本芸術文化振興会」の研修生に関するページ
2013年03月28日歌舞伎俳優の市川猿之助と市川中車が12月4日、都内で会見を開き、来年1月の大阪・松竹座「壽初春大歌舞伎」への意気込みを語った。大阪・松竹座「壽初春大歌舞伎」チケット情報今年6月、7月に東京・新橋演舞場で襲名披露興行が行われたが、来年からいよいよ大阪を皮切りに全国を回るツアーがスタートする。大阪・道頓堀で元旦から歌舞伎の幕が開くのは実に50年ぶり。四代目を襲名した猿之助は「襲名と正月のおめでたさを味わっていただきたい」とコメント。俳優・香川照之として活動しながら九代目を襲名した中車は「無事に初舞台を勤めることができましたのも四代目(猿之助)のおかげ。引き続き、精進していくことに変わりはございません」と歌舞伎俳優としての決意を語った。昼の部の『吉野山』、夜の部の『義経千本桜』(「四の切」)で狐忠信を演じる猿之助は「三代目(猿之助)の『四の切』は神業に近いと思っているので、それをやらせていただくことは非常にありがたいです。ただ、考えてみたら襲名で人間の役をひとつもやっていない。鬼か狐か鳥か」と笑わせ、「どこまでこの役を深めていけるか挑戦したいです」と意欲を見せた。中車は昼の部『楼門五三桐』で石川五右衛門役に挑戦する。同演目は7月の新橋演舞場で市川猿翁の真柴久吉、市川海老蔵の五右衛門で上演されたばかり。そのときは、父・猿翁の後ろで黒子として付いていた中車だが「海老蔵さんのハリのある声を後ろで聞いていたわけですが、まさか自分があそこに立つとは。いま、稽古をしながら古典の壁の高さを感じています。本当に未熟ではございますが、なんとか頑張っていま勉強している最中です」と心境を明かした。また猿翁との初共演については「いざそうなってみるとそういうことかという感覚ですね。大本にある役者としての感情は、6・7月の舞台や稽古を通して父と確認しあいました」と話していた。襲名興行だけにチケットの売れ行きを気にする猿之助は、中車が演じる五右衛門のセリフ“絶景かな”にひっかけ、「空席があると“絶景かな”とはなかなか言いにくいのですから、宣伝をよろしくお願いします」とマスコミに依頼する場面も。一方で、多くの観客に歌舞伎を見て欲しいという気持ちから「若者向けの芝居も必要。いろんな公演の形態があってもいい」と話す猿之助。映像の仕事が多かった中車は「(歌舞伎の舞台に立って)初めて舞台が面白いと思いました。猿之助の美しさとこの細いからだで背負っているものの大きさ。そういったものを見ると理屈でなく感動します」と歌舞伎の面白さをアピールしていた。公演は1月1日(火・祝) から1月26日(土)まで。チケットは発売中。
2012年12月07日山本兼一の第140回直木賞受賞作「利休にたずねよ」(PHP文芸文庫刊)の映画化が決定。2013年の12月に公開されることが明らかとなり、このほどそのキャスト陣に名を連ねているのが初共演となる市川海老蔵と中谷美紀であることが発表された。“茶ノ湯天下一”と謳われた天才・千利休の美意識と茶の大成。天下人、策略家、師、弟子、そして妻。利休をとりまく人々との交わりの中で明かされていくのは、“茶聖”としての姿ではなく、美を追求する情熱の男としての意外な姿だった。日本芸術史上唯一の殉職である、利休切腹…その真相を描き出す。芸術において至高のものとされたその実態、そして政治の面においても時代を大きく動かす場であった、茶の湯。茶聖として称えられた千利休が、人生を賭して極めようとした“美”への追及を描く本作。主人公・千利休役には、2007年にフランス芸術文化勲章の「シュバリエ」を受章し近年では、『出口のない海』(’06)に『一命』と歌舞伎界を超え映像の世界へと活躍の場を広げる、市川海老蔵。その妻・宗恩(そうおん)役には、『嫌われ松子の一生』で日本アカデミー賞最優秀女優賞を受賞し、ほかにも『ゼロの焦点』、『阪急電車片道15分の奇跡』など高い演技力で支持を集める、中谷美紀が扮する。代々続く歌舞伎の名家出身の海老蔵さんは本作へのオファーを受け、「この度は、そのような大変偉大な役をやらせていただくことになり、プレッシャーを感じておりますし、それ以上に大変光栄です。また、2年以上前に長きに渡って変わらずオファーをいただいていたことに大変感謝しております。私に期待されているであろう、抜き身のごとく鋭い感性を持った千利休を表現できれば役者冥利に尽きます」と同じ芸に身を置く大先輩を演じることに“恐悦至極”といった様子。また、本作で描かれる利休像については「現代に渡り約400年以上続いている市川家を築き上げた、初代・市川團十郎にはきっと特別な才能があったと想像しています。同じ頃、茶道の世界に現れた希有な天才が、千利休であったのだと思います。これまでも、利休が登場する作品は多くありますが、茶聖として描かれることが多かったと思います。しかし利休の本当の魅力は、彼の人間性、狂気と思えるほどに、美しいものを追い求める情熱にあったと私は、想像しています。きっと美に関わることであれば、時には天下人である秀吉に対しても冷たい目で一瞥するような瞬間もあったのかもしれません」と、美を極めんとした男の人生に興味深々のようだ。中谷さんは、「茶聖として崇められている千利休も、人並みに恋をし、その恋にまつわる茶道具に執着していたという人間らしい側面が描かれており、心動かされました。利休ほどの人物に寄り添い、理解を示し、そして支えた宗恩という女性の深い愛と哀しみを佇まいだけで表現できるように努めたい」と、海老蔵さん演じる利休と添い遂げようという“妻”らしい覚悟のコメントを寄せている。本作は本日よりクランクインし、京都・滋賀を中心にオール関西ロケを敢行。映画『大奥』で豪華絢爛な様式美で人々を魅了した東映京都撮影所美術チームが集結し、天下人も驚愕した究極の美の形「利休型」が完全再現されるという。『利休にたずねよ』は2013年12月、全国にて公開予定。■関連作品:利休にたずねよ 2013年12月全国にて公開
2012年11月05日歌舞伎俳優の市川海老蔵が来年1月の『新春浅草歌舞伎』に14年ぶりに出演することが発表された。海老蔵は第1部で『寿曽我対面』の工藤祐経、初役で挑む『幡随長兵衛』の幡随院長兵衛、第2部で『毛谷村』の杣斧右衛門、『口上』、『勧進帳』の武蔵坊弁慶と全ての演目に出演する。海老蔵に現在の心境を訊いた。「浅草は若い俳優たちがやるフレッシュなお祭りであって欲しい」という思いもあり、はじめは出演を辞退したそう。だが「幡随院長兵衛はいつかはやる役。父(市川團十郎)が元気なうちに習っておきたいですから、それは今がチャンスだと思う」と前向きに答える。それでも侠客の元祖と言われ、度量の大きさをみせる長兵衛役については「気合を入れないとね。恥をかいてでも今やって、(いつかは)出てきただけで『ああ、やっぱり成田屋(海老蔵の屋号)の長兵衛だな』と思わせたい」と胸のうちを明かした。弁慶は1999年1月に同じ浅草歌舞伎で初めて演じた。「(初役の時は)すごかったんですよ、精神的に。そいういう思いに浸りながらできるのは感慨深いなと。まさかまた浅草でやらせてもらえるとは思わなかったので、一から考え直し、作り直して再構築しようと思っています」と語る。相手役の富樫は「ずっと前から一緒にやりたかった」という片岡愛之助が勤める。『口上』は「三が日なのでにらむ方向も視野に入れてます。基本は仕初式(しぞめしき)でしょうね」と話す。その来年は浅草のあと2月、3月に團十郎と一緒に『オセロー』に出演、4月以降も12月までスケジュールがぎっしり詰まっている。来年の抱負を訊くと「無事に生き延びる」ときっぱり。「(浅草歌舞伎は)『勧進帳』で締めくくれるということで、何か見つかるんじゃないか。休むよりかは出続けて(何かを)見つけたい、そして次に進もうかと」。公演は2013年1月2日(水)から27日(日)まで東京・浅草公会堂で上演。チケットは11月24日(土)より一般発売開始。
2012年10月23日歌舞伎俳優の市川海老蔵が、東京・新橋演舞場の『八月花形歌舞伎』(夜の部)にて、約50回もの早替りや宙乗りで人気の演目『伊達の十役』に再び挑戦する。海老蔵が公演を前に現在の心境を語った。新橋演舞場の『八月花形歌舞伎』チケット情報『伊達の十役』は仙台・伊達家のお家騒動をもとに創られた作品で、1815年、七代目市川團十郎が江戸河原崎座で初演した。その後上演が途絶えていたが、三代目市川猿之助(現猿翁)が1979年、実に165年ぶりに復活上演した伝説的舞台。これを海老蔵が2010年1月に初演、歌舞伎のエンタテイメント性あふれる演出で大当たりを取った。今回、2年7か月ぶりに務める海老蔵は「もっと早く再演したかった」と話す。「セリフが300以上もあって、専門的な言葉や古い言葉も多いですから。早くやって身につけておきたかった。みなさんはどうか判りませんが、僕の場合は完全に忘れているんで」とはにかむ海老蔵。演出は三代目猿之助が最後に上演したもの(1999年)とほぼ同じにするという。口上も團十郎家は柿色の裃を着るが、猿翁の希望で浅葱の裃に鬘も袋付(後ろがふっくらと袋状になっている髪型)でと考えている。「夏ということもありますし、面白い試みなのでやろうかと」。今月はその猿翁と共演している。「ご一緒させていただいて(猿翁の)情熱や思いをひしひしと感じています。先日、舞台が終わった後に『伊達の十役、君ね』とおっしゃってくださって、これはヤバいぞと、感動ですよ」。海老蔵にとって猿翁の存在は、歴史に名を残した名優と同列だと語る。「九代目團十郎や五代目菊五郎といった方々と同じくらい。絶対共演できないと思ってましたが、まさかご一緒できるなんて。本当に嬉しくて言葉に表せない喜び。日々勉強させてもらってます」。昼の部では『桜姫東文章』の釣鐘権助を演じる。桜姫の寝所に忍び操を奪うが、その後姫と夫婦になる。だが実は姫の父と弟を殺した悪党という男の役だ。「権助は(自分と)ちょっと似てるところがあると感じますね。父(市川團十郎)に教わっています。父の権助は色気があって、よいところを吸収したい」。一昨年の暴行事件から昨年復帰するまで、休んでいた期間の心境については「必要じゃない経験は与えられないと考えています。残った命があって、僕はこの体験をどういう風にとらえ歌舞伎に取り組んでいくのかって、自然と考えました」と明かす。今は「やりたい事が増えた」と歌舞伎への思いを語った。『八月花形歌舞伎』公演は8月4日(土)から23日(木)まで東京・新橋演舞場にて上演。チケットは発売中。なお、チケットぴあでは桟敷席+うな重セットのチケットを限定発売する。
2012年07月19日6月と7月に東京・新橋演舞場の『六月大歌舞伎』と『七月大歌舞伎』で四代目市川猿之助を襲名する市川亀治郎と、九代目市川中車(ちゅうしゃ)を襲名する俳優の香川照之らが、5月11日、東京・浅草寺で襲名披露興行の成功を祈願してお練りを行った。平日にもかかわらず、浅草寺には大勢のファンが詰めかけ、雷門前に亀治郎、香川と五代目市川團子(だんこ)を襲名する香川の息子政明君、二代目猿翁を襲名する当代市川猿之助が登場すると「おもだか屋!」と猿之助の屋号がそこかしこからかかり、大きな拍手と声援が飛んだ。亀治郎は襲名の実感はまだないそうだが、「わたくしはこの浅草で育てられたと思っております。10年間、浅草公会堂で大役をやらせていただきました。猿之助になっても一門全員でここでお芝居をやらせていただきたい」と浅草の地でのお練りに感慨もひとしおの様子。集まったファンや観光客には「今日写真を撮った方は新橋演舞場に来ていただきたい。twitterでも呟いてください。ぜひ『ヤマトタケル』を観に来てください」とまだチケットが買える6月の夜の部をアピールしていた。歌舞伎の舞台は初めてとなる香川は緊張した様子で、「まさかここでこのようなお練りをさせていただくとは夢にも思いませんでした。感謝しております。少しでも精進し、ご迷惑をおかけしませんように、この大名跡を継がしていただく責任を果たしていきたい」と決意を表していた。政明君は「市川團子を襲名しますけど、どうか宜しくお願いします」と挨拶した。襲名披露興行は6月5日(火)から29日(金)までの『六月大歌舞伎』と7月4日(水)から29日(日)までの『七月大歌舞伎』の2か月、新橋演舞場にて上演される。チケットは6月興行は発売中、7月興行は6月12日(火)より一般発売開始。
2012年05月11日歌舞伎俳優の市川海老蔵が、「七月大歌舞伎」にて舞台復帰することが松竹より発表され、主演映画の三池崇史監督作『一命』が10月公開予定であることも明らかになった。昨年12月以降、舞台出演を見合わせてきた海老蔵さん。父親の市川團十郎は、先日、5月に上演される「團菊祭五月大歌舞伎」の会見に尾上菊五郎と共に出席した際、海老蔵さんの復帰について「まだ白紙だが、みなさんと模索したい」と語っていたが、7月の新橋演舞場での公演での復帰が正式に決まった。映画『一命』は、『十三人の刺客』の三池監督による初の3D時代劇で、滝口康彦の「異聞浪人記」が原作。1962年には映画『切腹』として仲代達矢を主演に迎え映画化された。貧しくも、愛する人と共に、武家社会にひとり立ち向かった侍の生き様を描く本作。また、海老蔵さんにとっては2006年の『出口のない海』以来となる映画主演。鬼才・三池崇史とのコラボレーションで、どのように“飛び出す”のか注目だ。『一命』は2011年10月公開。© Natsuki Sakai/AFLO■関連作品:十三人の刺客 2010年9月25日より全国東宝系にて公開© 2010「十三人の刺客」製作委員会一命 2011年10月、公開■関連記事:第3回映画館大賞は『告白』!本屋大賞を受賞した原作に続き映画化作品も快挙第5回アジア・フィルム・アワード開催。登壇者から日本の被災者にお見舞いのコメント毎日映画コンクール授賞式稲垣吾郎、極悪人役にSMAPメンバー「地が出てるね」毎日映画コンクールタキシードの稲垣吾郎に大歓声!三池監督は銀色ジャケットで登場日本アカデミー賞優秀作品を一挙上映!好きな作品を観られる鑑賞券を5組10名様プレゼント
2011年04月11日