川崎市市民ミュージアムでは、漫画家・田河水泡の生誕120年を記念した展覧会「のらくろであります!田河水泡と子供マンガの遊園地<ワンダーランド>」を、9月18日から11月24日まで開催する。『少年倶楽部』(大日本雄弁会講談社)に1931年1月号から連載開始し、瞬く間に大人気となった田河水泡の代表作「のらくろ」。その成功はマンガだけに留まらず、演劇やアニメーション映画、レコード、人形やお菓子のおまけなど多方面にわたり、「のらくろ」は時代を代表する文化的なアイコンとなっていった。田河のもとには、杉浦茂や長谷川町子といった漫画家を志す才能豊かな弟子たちが集まり、また他の出版社もマンガ分野に参入し始めたことで新進の漫画家たちが台頭し、大量の子供向けマンガが市場に登場。このなかで醸成された、豊潤な子供向け物語マンガの潮流は戦中も絶えることなく続き、戦後に手塚治虫などの新たな才能を育む土壌として、マンガ文化を大きく躍進させる原動力となった。本展では、明治から始まる子供向けマンガの歴史をふまえ、田河水泡が戦前期のマンガやその他の分野に残した足跡と影響を軸に、「のらくろ」とともに昭和戦前期に花開いた、知られざる「子供マンガ」の豊かな世界を、当時の貴重な原画約180点と書籍から再発見する。田河水泡「のらくろ武勇談」原画(『のらくろ武勇談』収録 1938年)講談社蔵(C)田河水泡/講談社、提供・株式会社講談社現在、私たちが日常的に読み親しんでいる長大な物語を表現したマンガ、いわゆる“ストーリーマンガ”の成立には、田河水泡と「のらくろ」が大きく関わっている。はたして田河水泡は自身のマンガにおいて何を表現し、それらはのちの世代にどのような影響を与えたのだろうか。田河水泡がマンガ表現に起こした改革に迫る。そして1936年12月より刊行が始まった絵本のシリーズ「講談社の絵本」。毎月刊行されるラインアップの中には、マンガを特集した号が毎回用意されており、多色刷りの大変美しいマンガがたくさん掲載された誌面に、当時の子供たちは夢中になった。本展では、新関健之助や、長谷川町子といった選りすぐりの作家たちの原画を多数出品。また「のらくろ」だけではない、多くの雑誌に連載を持つ人気作家であった田河水泡が生み出した魅力的なキャラクターたちを紹介する。「のらくろグッズと田河夫婦」(1934年)個人蔵(C)田河水泡関連イベントも多数開催。9月22日の14時から行われる「のらくろ・アニメーション・マニアックス講座」では、村田安司、瀬尾光世という一流のアニメーション作家によるアニメ化に留まらず、無名の作家たちによる海賊版が沢山作られた「のらくろ」アニメを大公開し、戦前期アニメのディープな世界を担当学芸員が案内する。また10月13日の14時からは、高澤路亭新作落語会「猫と金魚」を開催。田河水泡の知られざるもう一つの仕事、新作落語作家・高澤路亭の作品「猫と金魚」他を、柳家喬之助、柳家小はぜが口演する。10月17日の11時45分からはベビーカーツアー、毎月第1・3土曜日の14時からはギャラリーツアーも開催予定。川崎市市民ミュージアムは、1988年に日本の公立美術館で初めてマンガ資料の収集、調査研究、保存を行う施設として設置され、これまで様々なマンガの歴史を掘り下げる企画展を開催してきた。本展は、川崎市市民ミュージアムが満を持して開催する大規模展覧会となる。【展覧会情報】のらくろであります!田河水泡と子供マンガの遊園地<ワンダーランド>会期:9月18日~11月24日会場:川崎市市民ミュージアム 企画展示室1、アートギャラリー1時間:9:30~17:00(入場は閉館の30分前まで)休館日:毎週月曜日(ただし9月23日、10月14日、11月4日は開館)、9月24日、10月23日、11月5日料金:一般700円(560円)、65歳以上・大高生500円(400円)、中学生以下無料※( )内は20名以上の団体料金、障害者手帳等をお持ちの方およびその介護者は無料
2019年08月08日日本と韓国で活躍している次世代女優・唐田えりかさんが自身が目指す役者像について話してくれました。日本×韓国。2つの国で活躍する国際派。「もともとモデルに憧れてこの世界に入ったのですが、お芝居をしたいと思ったことはありませんでした。デビューしてからずっと、演技には苦手意識を持っていたので、『20歳になったら辞めよう』と思っていたほどです」2018年、初めてヒロインを演じた映画が「第71回カンヌ国際映画祭」のコンペティション部門に出品され、一躍注目女優の仲間入りを果たした唐田えりかさん。ブレイクする前の10代の頃を振り返ってもらうと、「常に女優としての自分に自信がなかった」と語る。そんな彼女が大きく変わるきっかけとなったのが、前述した映画『寝ても覚めても』への出演だった。「何も考えずに、自分の役の瞬間瞬間を生きられたのは、この作品が初めて。演じているうちに自分の内側から何かが湧き出る感覚があって、『お芝居をするってこういうことなんだ!』と思ったんです。そこでようやく女優としての覚悟を決めたというか。やっとスタート地点に立てた気がして、『ここからが勝負だ』と強く思いました」さらに唐田さんの転機は続く。映画の撮影が終了後に韓国の芸能事務所と専属契約し、日本と韓国の2つの国で活動することに。「昔からK-POPなど韓国文化が大好きなので、『いつか韓国でお仕事がしてみたい』と思っていました。今では、韓国でもファンの方に『エリカ!』と声を掛けていただいたり、憧れの俳優の方と一緒にお仕事させていただいたり、夢みたいな経験をたくさんさせていただいています。それに、同じドラマの現場でも、日本と韓国では雰囲気がまったく違うので、2つの国を行き来することが自分の中で刺激になっているんです。いい具合にリフレッシュもできるので、これからもこのスタイルを続けていきたいです」日本では、7月スタートのドラマ『凪(なぎ)のお暇(いとま)』に出演が決定する。今後がますます楽しみな21歳の彼女に、これからの目標を尋ねた。「具体的な目標は…。とにかくたくさんの作品に出ること。尊敬する韓国の俳優ヤン・イクチュンさんとお仕事でご一緒すること。できれば30歳までに結婚すること。写真を撮るのも好きなので、自分で作品を作ることにも挑戦してみたいですね。10年後の自分がどうなっているかはわからないですが、21歳の今の時点でもこんなにたくさんの人に出会って刺激をいただいているのに、30代の自分を想像したら、幸せすぎて倒れてしまいそう(笑)。そのくらい、自分でも楽しみにしています」からた・えりか1997年9月19日生まれ。千葉県出身。人気コミックを実写化したドラマ『凪のお暇』(TBS系)に市川円役で出演。7月スタート。ニットトップス¥28,000レース切り替えワンピース¥39,000アシンメトリーワンピース¥46,000スカート¥36,000(以上レキサミ TEL:03・3373・7493)ピアス¥25,000リング、右手¥39,000左手人さし指¥20,000左手中指¥20,000(以上モイル)※『anan』2019年7月3日号より。写真・三宮幹史スタイリスト・道端亜未ヘア&メイク・秋鹿裕子取材、文・瀬尾麻美(by anan編集部)
2019年06月26日本格派博多うどん「はし田たい吉」が2019年6月17日(月)、新橋にオープンする。「はし田たい吉」は、惜しまれつつ2018年に閉店した「はし田 本店」のセカンドブランド。「はし田 本店」は、2012年に六本木ヒルズにオープンして以来、ミシュランガイドブックで3年連続ビブグルマンを獲得した。本格派の博多うどんが愉しめる、知る人ぞ知る名店として愛されていた。その味を受け継ぎ、より手頃な値段で昼も夜も"本格派博多うどん"を楽しめるのが「はし田たい吉」だ。新橋のオフィスワーカーはもちろん、"女性のひとり飯"も気兼ねなくできるような、カウンターがメインの清潔感ある店内となっている。こだわりのうどんは、麺に福岡県産の貴重な小麦を使用。スープは、鹿児島県産の上質な鰹節と長崎県産のあごだしをブレンドして"透き通る黄金色"に仕上げた。メニューは、博多っ子の定番と言われる「博多ごぼう天うどん」や、麺に相性抜群の特製豆乳スープの上にピリ辛の挽肉がのった「冷やし豆乳坦々うどん」、「鶏白湯カレーうどん」などを展開する。【詳細】本格派博多うどん「はし田たい吉」オープン日:2019年6月17日(月)住所:東京都港区西新橋 1-15-7営業時間:11:00~22:00休業日:土・日・祝日店内座席数:14席TEL:03-6257-3009※麺がなくなり次第終了。メニュー価格例:・博多ごぼう天うどん 600円・冷やし豆乳坦々うどん 880円・鶏白湯カレーうどん 900円・かけうどん 450円・肉うどん 750円・とり天うどん 690円(とり天2枚)※全て税込価格
2019年06月10日西城秀樹さん(享年63)の一周忌のタイミングで5月19日に放送されたアニメ「ちびまる子ちゃん」(フジテレビ系)が話題を呼んでいる。同回では西城さんが過去に担当したエンディング曲「走れ正直者」が流れ、さらに映像も当時のものが使用されたのだ。告知もなく「走れ正直者」が流れてきたため、多くの視聴者はビックリ。さらにTwitterでは《西城秀樹さんの一周忌だったからなのね。思わず旦那と口ずさんでしまいました》《走れ正直者や!!!しかも昔の映像。うわ、ウルっときてもうた。懐かしいな》《西城秀樹の歌声にまつわる思い出は楽しいものばかりだが、彼の一周忌にまた1つ思い出が出来るとは》といった声が上がっている。昨年5月16日、急性心不全のために亡くなった西城さん。一周忌当日は、各地でファンが追悼していた。東京では「HIDEKI SAIJO FILM CONCERT 2019 THE 48」と銘打ったフィルムコンサートが豊洲PITで開催。会場ロビーには音楽賞で獲得したトロフィーや衣装が展示されていたこともあり、多くのファンが参加した。さらに愛媛県西条市は「さいじょう」つながりで、「傷だらけのローラ」などのヒット曲を商店街で終日流すという独自の追悼イベントが開催された。ファン同士の交流の場となったようで、Twitterではそういった市の対応について《西条市には感謝するとともに素直に喜んでいます》《商店街で色んな名曲が聴けましたよ。皆んなでYMCAも!!》《市民が幸せに暮らせる為のイベントって素敵》とカンゲキの嵐が巻き起こっていた。また大阪・なんばパークスでは同日、設置されている西城さんの手形の前に集まるファンの姿も多く見られたという。そんな西城さんが、一周忌にちなんでさらなる偉業を成し遂げた。7日付けのデイリースポーツによると、創業98周年を迎えた老舗プロマイドショップ「マルベル堂」の4月の月間売り上げで西城さんが見事1位を獲得したというのだ。亡くなった昨年5月から12カ月連続トップを記録しており、これは同店にとっても初となる異例の事態だという。1年経っても止みそうにない“秀樹ロス”。Twitterでも改めてその偉大さを讃える声が上がっている。《自分で思ってたよりもヒデキロスだったと思うのです。歌手という側面だけでなく、小さい頃見ていたコント番組でのおもしろくてカッコいいお兄さん。カレーのお兄さん。全部ひっくるめての魅力》《もう一周忌なんですね。あのパワフルなハスキーボイス。今でもたくさんの人の心をわしづかみにしてますね。歌い始めると、その場の空気が一瞬にして変わる。そんなイメージの歌手です》《あれから一年、改めてヤングマンやブルースカイブルー、走れ正直者などの楽曲を聴き、元気を貰っています。秀樹さんよ、永遠に》
2019年05月21日昨年5月に63歳という若さで亡くなった歌手の西城秀樹さんは、精力的な芸能活動の陰で、17年間も脳梗塞と闘っていたことは記憶に新しい。その西城さんが「脳梗塞」と報じられたのは、’03年と’11年だったが、じつは17歳年下の妻・美紀さんの手記『蒼い空へ夫・西城秀樹との18年』(小学館)によると、結婚直後の’01年秋から脳梗塞を発症し、8回も入退院を繰り返していたという。「脳梗塞は脳内の血管が詰まり、脳細胞が壊死する病気で、『ある日突然、意識を失って倒れる』という印象を持たれがちですが、ごく微小な梗塞“隠れ脳梗塞”が少しずつ増えて脳梗塞に発展するケースのほうが多いのです。西城さんの場合、水分を取らずにサウナに入り続けて脳梗塞になったといわれてきましたが、隠れ脳梗塞を何度も起こしていたのが特徴です」そう解説するのは、くどうちあき脳神経外科クリニックの工藤千秋院長。隠れ脳梗塞は医学的には「ラクナ梗塞」と呼び、脳内の細い動脈にできる直径15ミリ未満の梗塞のこと。自覚症状がないのでCT検査やMRI検査で見つかることが多いという。「隠れ脳梗塞を起こしても、気がつかないほど軽い症状なので、血液をさらさらにする薬を1週間ほど飲んでもらうと、一時的に症状が解消されます。完治したわけではなく、繰り返し梗塞を起こして、大きな発作を招きます。症状が軽いからといって楽観してはいけません」(工藤院長・以下同)隠れ脳梗塞を放っておくと、重大な脳梗塞を起こすリスクは高くなり、脳梗塞や脳出血などの発症リスクは10倍以上にもなるという。では、予防するためにはどうしたらいいのか。「いつもと違う『頭が重い』といった症状があったら、病院で脳の検査を受け、隠れ脳梗塞を早期発見すること。糖尿病や高血圧など生活習慣病は動脈硬化が進みやすく、隠れ脳梗塞を起こすリスクが高くなります。喫煙をやめて食生活を見直すことが大切です」気になる症状があったら放って置かないで、病院で検査してもらい、健康をキープしよう。
2019年02月07日フランスを拠点に世界で活躍する建築家・田根剛の西日本での初個展「田根 剛|未来の記憶 Archaeology of the FutureーImage & Imagination」が、2019年1月19日から3月10日まで、福岡・三菱地所アルティアムにて開催される。フランスを拠点に世界各地でプロジェクトを進め、現在幅広い注目を集める気鋭の建築家・田根 剛。20代の若さでドレル・ゴットメ・田根(DGT.)として〈エストニア国立博物館〉の国際設計競技に勝利し、選出から約10年の歳月を経た2016年秋に同プロジェクトが竣工を迎えるなど、国内外の注目がさらに高まっている。また、2012年に行われた新国立競技場基本構想国際デザイン競技(ザハ・ハディド案選出時)に参加し、11人のファイナリストに選ばれた〈古墳スタジアム〉は幅広い層に知られるきっかけとなった。2017年のDGT.解散後はAtelier Tsuyoshi Tane Architectsをパリに設立し、活動の場をさらに広げている。場所の記憶から未来を発想する「Archaeological Research(考古学的リサーチ)」の手法で進められる田根のプロジェクト。そのリサーチは、個人や歴史上の事実にとどまらず、時間や場所に蓄積する記憶、それらの断片が結びつき生まれる記憶を対象としている。「Image & Imagination」と題した本展では、眼に見えるイメージを手がかりにリサーチを行いながら、まだ見ぬ建築へのイマジネーションへと飛躍させる田根の思考と考察のプロセスを、数々の資料や模型、映像を通して紹介する。「記憶は現在を動かし、未来をつくる」という信念にもとづいた田根の創造は、都市の担い手である私たち一人一人にとって建築のもつ力や使命、未来への可能性を考えるきっかけとなるだろう。初日の1月19日には、田根が登壇するトークイベント「Archaeology of the Future 未来の記憶 Image & Imagination」を、九州大学大学院芸術工学研究院 准教授・池田美奈子を聞き手に迎え、福岡アジア美術館内のあじびホールにて開催。要予約、先着120名、料金は500円。申し込みは、電話(092-733-2050)にて受け付けている。【イベント情報】田根 剛|未来の記憶 Archaeology of the FutureーImage & Imagination会期:2019年1月19日~3月10日会場:三菱地所アルティアム住所:福岡市中央区天神1-7-11 イムズ8階時間:10:00~20:00休館日:2月19日、20日料金:一般400円(300円)、学生300円(200円)、高校生以下無料、再入場可※()内は前売料金、チケットぴあ・10名以上の団体料金。アルティアムカード会員・三菱地所グループCARD(イムズカード)会員は無料
2018年12月28日転機があったからこそ今がある。初のヒロイン映画がカンヌで大絶賛された、女優・唐田えりかさんの運命が動いた瞬間とは?今年公開された映画『寝ても覚めても』のヒロイン・朝子を好演。その吸い込まれそうな透明感で、「第71回カンヌ国際映画祭」でも注目を浴びた唐田えりかさん。――唐田さんにとって、最大の転機とは。『寝ても覚めても』で濱口竜介監督に出会ったことです。ちょうどその頃、モデル志望だったこともあり、お芝居なんてできないと思っていた暗黒時代で(笑)。オーディションに落ちるたび、自分を否定されているような気がして自信も失ってしまって。『寝ても覚めても』のオーディションがあったのは、「もうこの仕事辞めたい」って、事務所の方にも母にも伝えた直後でした。――オーディションではどんなお話を?監督に「お芝居はどうですか?」って聞かれたので、「全然楽しくないです」って正直に言ってしまって(笑)。でも後日、脚本を読ませていただいた時、初めて号泣してしまうくらい感情移入できたというか。今までは役になりきらないといけない、と思っていたのに、朝子の場合は役が自分の中にすんなりと入ってきた感覚だったんです。そんな経験が初めてだったので、これは絶対にやりたいと思いました。受かったっていう知らせを聞いた時は、嬉しかったと同時に、直感で「これで変われる気がする」って思えたんです。――濱口監督から何かアドバイスは?クランクイン前に、「役作りがどういうことなのかわからないんです」って言ったら「何もしないでください。相手の芝居をちゃんと見て、聞いてください。ただそれだけでいいです」と。最初の本読みの時も、感情を一切入れず、「相手の心の中に鈴が垂れていると思って、その鈴を揺らすように読んでください」と言われて。最初は何を言っているんだろうって思ったんですけど、やっていくうちに少しずつわかってきたんです。濱口さんが言いたいのは、“ちゃんと聞いて、ちゃんと届ける”ということなんだなって。そういうレッスンを続けていくうちに、相手の声をちゃんと聞いていたら、何も考えずに自分の中からセリフが自然と出てくるような感覚になって。お芝居ってこういうことなんだと、その基盤を濱口さんに教わったような気がします。――苦手意識はなくなりましたか?やっぱりまだ、お芝居って難しいなって思うんですけど、前は「できないから辞めたい」だったのが、「できないから知りたい」に変わりました。今は『寝ても覚めても』の頃の自分を超えることが目標です。唐田えりかさんの運命が動いた瞬間年表10歳:お年玉で初めてデジタルカメラを買い、写真を撮り始める。写真が好きでファッション雑誌をよく読んでいて、モデルへの憧れを抱くようになる。17歳:マザー牧場で今の事務所にスカウトされる。直感で“この事務所なら、ちゃんと見てもらえそう”と感じ、芸能界入りを即決。18歳:事務所の寮に入り、東京で活動を始める。最初の3か月は楽しめたものの、その後、演技の壁にぶち当たり、“暗黒の時代”に突入。雑誌『mini』の連載が始まる。昔から大好きだった雑誌で連載が決まり、“夢を見ているような気分”だった。19歳:映画『寝ても覚めても』のオーディションに合格。クランクイン。←ターニングポイント濱口竜介監督との出会いをきっかけに、苦手だったお芝居に対する意識が変わる。20歳:韓国の大手芸能事務所「BHエンターテインメント」と契約。韓国での活動開始。K‐POPが好きで、“いつか韓国と関わる仕事がしたい”と考えていた夢が現実のものに。雑誌『MORE』専属モデルになる。小さい頃からずっと憧れていた、ファッションモデルとしての活動も本格化。韓国版『ハーパース バザー』の撮影にて、カメラマンのチェ・ムンヒョク氏に出会う。ゆっくり動きながら瞬間を切り取るという撮影方法で、写真にも感情がのるようになる。21歳:雑誌『週刊文春』の「原色美女図鑑」でカメラマンの横浪修さんと撮影。撮影中に感情が入りすぎて大号泣。写真でも“演じたい”という気持ちが一層強くなる。からた・えりか1997年9月19日生まれ、千葉県出身。女優、モデル。ヒロインを演じる映画『覚悟はいいかそこの女子。』が上映中。来春公開の映画『21世紀の女の子』にも出演。ワンピース¥87,000(ナンバーシックス/シティショップ TEL:03・6696・2332)※『anan』2018年12月12日号より。写真・内田紘倫(The VOICE)スタイリスト・仮屋薗寛子ヘア&メイク・Georgeインタビュー、文・菅野綾子(by anan編集部)
2018年12月09日東京芸術劇場プレイハウスでの上演(今年9月1日から12日まで)を終え、さらに進化をとげた野田秀樹の代表作、『贋作桜の森の満開の下』。フランス・パリで開催されているジャポニスム2018公式企画として、パリ・国立シャイヨー劇場(ジャン・ヴィラール)にて、現地時間9月28日20時30分に開幕した。【チケット情報はこちら】パリ・国立シャイヨー劇場の芸術監督ディディエ・デジャン氏が「シャイヨー劇場でジャポニスム2018を開催するならば、ぜひ、野田秀樹の作品を正式招待したい」と熱望。そして、その想いにこたえるべく、野田秀樹が望みうる、日本を代表する最高のキャスト・スタッフとともにパリ公演に挑んだ。野田が信頼する翻訳家コリーヌ・アトラン氏が、野田作品特有の台詞をパリならではの要素を盛り込みフランス語に翻訳し、字幕で上演。坂口安吾の小説をベースに野田が創り上げた壮大な世界観は、みごとにパリの観客に受け入れられた。まるで網の目のように複雑に絡まりあうストーリー展開にも関わらず、成熟したパリの観客たちは、作品を深く読み込み、俳優たちの一挙手一投足に食い入るように見入り、満員御礼の劇場の客席は大きな熱気と「ブラボー!」の喝采の拍手につつまれた。主演の「耳男」を演じる妻夫木聡は初日の公演後、「日本でも、フランスでも演じる上では関係ないと思っていたけれど、始まった途端に、客席から感じた情熱的な匂いは、まさにフランスならではの感覚でした。観客からは、期待感と同時に、いったいどんなものを日本人が見せてくれるんだ。という、挑発的なまなざしも感じました。言葉のテンポも速いので、フランスの観客に、この作品に込めた野田さんの考えがうまく伝わっているだろうかと気になりましたが、1幕が終わったところで、客席から大きな拍手が沸き起こったのは、日本ではなかったことでした。やはり、野田さんの創る作品はパリでも愛されているんだな。と、確かな手応えを感じました。この作品は、視覚的な日本らしさもさることながら、手作り感や泥臭さという日本人ならではの良さが大いに詰まっているので、本当に伝えたい日本人らしさを、パリの観客に感じてもらえたらと思います」とコメントした。『贋作桜の森の満開の下』パリ公演は、10月3日まで計5回の公演を行ったあと、10月13日(土)から21日(日)まで大阪・新歌舞伎座、25日(木)から29日(月)まで、福岡・北九州芸術劇場大ホールを経て、ふたたび11月3日(土・祝)から25日(日)まで、東京・東京芸術劇場プレイハウスにて上演。
2018年10月01日フランス・パリを拠点に活動する気鋭の建築家・田根剛の展覧会「田根 剛|未来の記憶 Archaeology of the Future―Digging & Building」が、東京オペラシティアートギャラリーで10月19日から12月24日まで開催。連携企画として「田根 剛|未来の記憶 Archaeology of the Future―Search & Research」を、乃木坂のTOTO ギャラリー・間で、10月18日から12月23日まで開催する。〈新国立競技場案 古墳スタジアム〉東京 2012image: courtesy of DGT.フランスを拠点に世界各地でプロジェクトを進め、現在幅広い注目を集める気鋭の建築家・田根 剛。20代の若さでドレル・ゴットメ・田根(DGT.)として「エストニア国立博物館」の国際設計競技に勝利し、選出から約10年の歳月を経た2016年秋に同プロジェクトが竣工を迎えるなど、国内外の注目がさらに高まっている。また、2012年に行われた新国立競技場基本構想国際デザイン競技(ザハ・ハディド案選出時)に参加し、11人のファイナリストに選ばれた「古墳スタジアム」は幅広い層に知られるきっかけとなった。2017年のDGT.解散後はAtelier Tsuyoshi Tane Architectsをパリに設立し、活動の場をさらに広げている。本展は、「Archaeology of the Future— 未来の記憶」を共通のテーマにしながら、田根の密度の高いこれまでの活動と、建築は記憶を通じていかに未来をつくりうるかという挑戦を、ふたつの会場で紹介。東京オペラシティアートギャラリーでは「Digging & Building」と題して、場所をめぐる記憶を発掘し、掘り下げ、飛躍させる手法と、そこから生み出された「エストニア国立博物館」や「古墳スタジアム」といった代表作や、最新プロジェクトを大型の模型や映像などによって体感的に展示する。〈エストニア国立博物館〉タルトゥ 2006-16photo: Eesti Rahva Muuseum / image courtesy of DGT.本展の冒頭、“gallery 1”では田根がどのプロジェクトにおいても実施するイメージとテキストを使ったリサーチの手法を、天井高6mの空間を使って展示。場所から連想される膨大なイメージを壁面に貼り、分類/調査を繰り返すことで思考を整理していくこの方法を田根は「Archaeological Reseach(考古学的リサーチ)」と呼んでいる。本展では、「記憶」という概念そのものを、リサーチする実験空間として体験できる。“gallery 2”では、「エストニア国立博物館」や「新国立競技場案 古墳スタジアム」をはじめ、現在進行中のプロジェクトなどを含む7つの作品を、展示室全体を使って空間的に展示。各プロジェクトは1/10から1/100のスケールの大型模型で紹介され、全長10mにおよぶ「エストニア国立博物館」は、身体的な空間体験を可能にする。いずれのプロジェクトにも「Archaeological Research」の過程で集められたさまざまな資料やオブジェクトが伴い、ひとつの建築ができあがるまでの思考をたどる手掛かりとなる。また「エストニア国立博物館」については、設計競技に提出された模型の実物が展示される他、短いながらも密度の高い2004年以降100作品以上の田根の全活動を、30mのコリドールを使ったタイムラインとして総鑑できる展示も登場する。そして「建築は未来の記憶をつくること」という田根の思想に共鳴したアーティストの藤井光が、各プロジェクトの映像制作で参加。歴史や記憶の生成に着眼し、現代社会の諸事項を再検証する作品で知られる藤井が、竣工プロジェクトおよびパリの田根のアトリエを訪問し、撮影を行った。「エストニア国立博物館」は、2画面の大型プロジェクションで展示。場所の記憶を継ぐ建築とそこに住まう人が、あらたな記憶を重ねながら未来をつくっていく姿を見ることができる。〈Archaeological Research〉 2018TOTO ギャラリー・間においては「Search & Research」に基づき、建築における思考と考察のプロセスが展開され、「Archaeological Research」の方法論を展観。ふたつの展覧会は、場所の記憶をさまざまな角度から分析することで新たな系をつくり、未来につながる建築へと展開させていく、田根の探求と実践のプロセスを総合的に提示しようとするものとなる。「記憶は現在を動かし、未来をつくる ——」 この信念にもとづいた田根の創造は、都市の担い手である私たち一人ひとりにとって建築の持つ力や使命、未来への可能性を考えるきっかけとなるだろう。【展覧会情報】田根 剛|未来の記憶 Archaeology of the Future―Digging & Building会期:10月19日〜12月24日会場:東京オペラシティ アートギャラリー住所:東京都新宿区西新宿3-20-2時間:11:00〜19:00、金・土11:00〜20:00(最終入場は閉館の30分前まで)休館日:月曜日(12月24日は開館)料金:一般1,200円(1,000円)、大・高生800円(600円)、中学生以下無料 ※()内は15名以上の団体料金、障害者手帳をお持ちの方および付添1名は無料、割引の併用および入場料の払い戻し不可 ※同時開催「収蔵品展064 異国で描く」、「project N 73 中村太一」の入場料を含む ※収蔵品展入場券200円(各種割引は無し)あり田根 剛|未来の記憶 Archaeology of the Future―Search & Research会期:10月18日〜12月23日会場:TOTO ギャラリー ・ 間住所:東京都港区南青山1-24-3 TOTO 乃木坂ビル3F時間:11:00〜18:00休館日:月曜・祝日(11月3日、12月23日は開館)料金:入場無料
2018年09月28日NODA・MAP第22回公演『贋作 桜の森の満開の下』が9月1日(土)、東京芸術劇場 プレイハウスにて開幕する。今作は坂口安吾をこよなく愛する野田秀樹が、安吾の『桜の森の満開の下』と『夜長姫と耳男』を中心に、いくつもの安吾作品を混ぜ合わせて新たにつくり出した作品。1989年、劇団 夢の遊眠社での初演以降、2度の上演を重ね、昨年には『野田版 桜の森の満開の下』として歌舞伎にもなった。野田作品の中でもとりわけファンが多く、上演が待ち望まれてきた今作に集ったのは、妻夫木聡、深津絵里、天海祐希、古田新太といった豪華な面々。いずれも野田作品への出演経験をもつキャストばかりだ。なかでも注目すべきは、天海祐希の役どころ。胸に大きな策略を秘めたオオアマという役で、宝塚退団後初の男役を演じることとなる。平成元年に生まれたこの作品を、野田は「もはや古典」と呼び、現代劇としてはじつに17年ぶりの上演に挑む。平成最後の年に野田が再び新たに立ち上げる「桜の森」は、どんな世界になるだろうか。9月12日(水)まで行う東京公演の後、9月28日(金)からはフランスで行われる『ジャポニスム2018』の公式プログラムとしてパリ国立シャイヨー劇場で上演し、10月は大阪、北九州、11月にはふたたび東京と、のべ3か月にわたるロングランに挑む。文:釣木文恵
2018年09月01日歌手の野口五郎が、4日放送のニッポン放送『徳光和夫 とくモリ!歌謡サタデー』(毎週土曜 5:00~)にゲスト出演し、今年5月16日に亡くなった歌手・西城秀樹さんについて語る。番組パーソナリティのフリーアナウンサー・徳光和夫とは、デビュー当時からの付き合いという野口。また西城さんとは、「新御三家」と呼ばれ、同じ時代を駆け抜けた"親友"だ。野口は西城さん・郷ひろみと初めて出会った時のエピソードや西城さんが発病後からずっと実現させたいと思っていた事や家族ぐるみでの交流についてなどを語る。また徳光も、野口と西城さんそれぞれの結婚式の司会も務めたこともあり、収録にあたり野口は「今日は徳光さんですから。僕も秀樹も甘えていたし、お世話になっている。今日は特別と思って思いつくがまま(秀樹さんの事を)徳光さんと共有させて頂きたいと思います」と明かした。さらに番組では、野口が西城さんに唯一、楽曲提供した「LOVE SONGを永遠に」の想い出を語る他、西城さんの音源に野口五郎の歌声を加え新たに制作された「HIDEKI & GORO デュエットバージョン」をいち早くラジオでオンエアする。
2018年08月02日歌手の松任谷由実が、25日に放送されたニッポン放送『松任谷由実のオールナイトニッポンGOLD』(毎週金曜 22:00~)で、16日に亡くなった歌手の西城秀樹さんのスター性や、自身にまつわる「『ギャランドゥ』の名付け親説」について語った。西城秀樹さん番組終盤、「ネット上では『ギャランドゥ』(="へそ毛")の名付け親が私だっていうことで話題になってたかも知れないんだけど」と語り始めた松任谷。83年のシングル「ギャランドゥ」のジャケットにおける西城さんの"へそ毛"が見事だったため、「それを『ギャランドゥ』と結びつけたのは、この番組の前身の『松任谷由実のオールナイトニッポン』だった」と述べた。さらに松任谷は、かつて『松任谷由実のオールナイトニッポン』で行われていた毛に関するお悩みや自慢をリスナーから募るコーナー「ザ・ヘアー」ついて言及。「そこで『ギャランドゥ』っていう言葉を連発していたんだけど、それで定着したところもあるかな」と振り返った。コーナーの最終回には、西城さん本人が特別ゲストとして登場しており、そのことについて松任谷は「なんかすごい楽しそうで、その時の笑顔とか、大笑いしたこととかが印象に残ってて、切ないです」と寂しげに話した。また、松任谷は「新御三家と言われた、野口五郎さん、郷ひろみさん、西城秀樹さん、それぞれにお会いしたことはあるんだけど」と前置きした上で、「私の感じで言うと、やっぱり西城秀樹っていう人は圧倒的にスターだったと思う」と評価。さらに、そのスター性の根源には「声の素晴らしさ」があると付け加えた松任谷は「歌手は声がその運命を100%以上決める」との持論を述べ、「斜のかかった強い少年声というのか…大好きな声ですね」と、改めて西城さんを絶賛した。
2018年05月28日急性心不全のために亡くなった西城秀樹さん(享年63)の楽曲が、5月28日付オリコン週間デジタルシングルランキングで急上昇したと23日にわかった。 最上位は、「ブルースカイブルー」の8位。他にも「YOUNG MAN (Y.M.C.A.)」が21位に「ターンAターン」が47位と合計5曲がTOP100入りしている。 また音楽配信サイト・iTunesのシングルランキングでもTOP100中、西城さんの楽曲が6曲ランクイン。オリコン同様、「ブルースカイブルー」が最上位で16位を記録している。 「ブルースカイブルー」は78年8月にリリースされた、西城さんにとって26枚目のシングル。作詞を阿久悠さん(享年70)が、作曲を馬飼野康二(70)が務めるという“黄金コンビ”による楽曲。同楽曲により、「第20回日本レコード大賞」の金賞を受賞している。 ネットでは「ブルースカイブルー」を絶賛する声が上がっている。 《YMCAよりも『ブルースカイブルー』が好き。秀樹の伸びきった歌声、素晴らしいです》《この曲の時の秀樹さんは20代前半でしたよね?あれだけの声量で歌い上げる歌唱力は、今聴いても鳥肌がたちます》《やっぱりブルースカイブルーなんだ。西城秀樹の本当の歌唱力を堪能するのにこれ以上の曲はないと思うので、納得》 また改めて西城さんの歌声を讃える声も。 《西城秀樹さんの曲を何曲かダウンロードした。今は寂しい気持ちで切なくなるけど、歌を聴いてると元気になる曲ばかり》《子供の時、毎日当たり前の様にTVで聴いていた秀樹の歌。大人になり、そして秀樹が亡くなった今、また改めて素晴らしい曲の数々に驚いています》《秀樹の歌唱は誰にもマネ出来ない 西城秀樹は唯一無二の存在 やっぱ天才だよ これからも聴き続けるよ ありがとう秀樹さん》 WOWWOWプラスは27日、歌謡ポップスチャンネルで西城さんが過去出演した番組を追悼特集として放送すると発表。NHKで77年に放送された「ビッグショー西城秀樹」や82年の「レッツゴーヤング」(NHK総合)などを放送するという。
2018年05月23日お笑い芸人・土田晃之が、16日に亡くなった歌手・西城秀樹さんについて、20日放送のニッポン放送『土田晃之 日曜のへそ』(毎週日曜12:00~14:00)で語っていた。西城秀樹さん子供の頃、西城さんと榊原郁恵が好きだったという土田は、西城さんについて「テレビで見てね、憧れ、アイドルな存在だった」と明かし、「そういう感じの人がやっぱり亡くなるって、ちょっと感慨深い」と、自らの心境を吐露。さらに土田は、「特に秀樹さんに関しては、まだお子さんがね、3人とも小さいから。やっぱ、子供の成長が一番見たかったんじゃないかなと思って」と語っていた。
2018年05月23日5月16日に急性心不全で永眠した歌手・西城秀樹さん(享年63)は、最期まで歌への情熱を失わなかった。 彼が知人に紹介され東京・台東区にあるリハビリ施設『ジェイアール ワークアウト』を訪れたのは、還暦ライブで話題になった直後の’15年5月ごろだったという。院長を務める大明龍八さんは言う。 「秀樹さんは、『身体のしびれがひどくて、夜も眠れない』と訴えていました。うちのメニューは、本当にハードです。特に足を地上から離して身体を宙に浮かせた状態にする『空中トレーニング』というプログラムもあるのですが、秀樹さんは苦しさのあまり、悲鳴やうめき声を上げることもありました。しかし半年ほどたって、めまいやしびれが緩和してくると、ここのトレーニングに夢中になってくれるようになりました」 横浜市の自宅から施設までは1時間半もかかる。だが西城さんは、週に4~5日も通い続けたのだ。 「リハビリの時間は決まっていて、午後2時から5時までの3時間です。マネージャーさんが付き添うこともあれば、ご家族がいっしょに来ることもありました。特に今年に入ってからは、ご家族がいっしょのことが増えましたね。奥さんが来ると秀樹さんはいつもより頑張る、お子さんがいっしょだと、もっともっと頑張る(笑)。だから、私たちもご家族には『ぜひいっしょにいらしてください』と、お願いしていたのです」 西城さんがリハビリに励んでいるときは、妻の美紀さん(45)は自分もストレッチをしてみたり、夫を応援したりしていたという。 「『パパ、もうちょっと!』とか、『頑張れ!頑張れ!』って。お嬢さんは秀樹さんに似た美人で、ものすごく性格が明るい。ここでダンスをしていることもありました。将来の夢はダンサーだそうです。秀樹さんが、よく話していたのは家族のこと、そして歌のことです。『私が仕事をしないと、子供たちの将来が心配だ』と言っていたこともありました。また『傷だらけのローラ』を全部振り付きで歌うことも目標にしていました」 西城さんは倒れた4月25日も、夕方までこの施設でリハビリに励んでいたという。
2018年05月23日歌手の西城秀樹さん(63)の訃報を受け、西城さんのものまねで知られるものまねタレントのバーモント秀樹(年齢非公表)が17日にブログを更新。西城さんを追悼した。 バーモントは西城さんとの2ショット写真を掲載。「西城秀樹さん。」のタイトルで、「西城秀樹さんの訃報テレビで知りました。とてもビックリしております。信じられません。ショック過ぎて言葉が見つかりません」と胸中を吐露。 西城さんと対面した際のことを、「楽屋挨拶の時も~大変お優しくて~とても嬉しかったのを覚えております」と振り返った。 また今後について、「これからも秀樹さんの数々の名曲~微力ながらステージで真面目に歌い~伝えさせて頂きたく思っております」と意気込んだ。 「20以上のレパートリーがあるようですが、十八番はもちろん西城さん。その際は、西城さんの代表曲『YOUNG MAN(Y.M.C.A.)』で着用したアメリカ国旗風の衣装に、地毛の長髪姿。いわば“正統派”のものまねです」(芸能プロ関係者) そして、そのものまねはストイックなまでにぶれることがないというのだ。 「西城さんのネタもそうですが、20年以上、持ちネタを一語一句変えようとしない。アドリブも挟まないため、『「カセットテープ芸人』と呼ばれています。親交のあるお笑いコンビ・オードリーの春日俊彰さんは出演した番組でその芸を評して、『完成された芸だから(芸の変化は)必要ない』と称していたほどでした」(テレビ局関係者) ブログにつづったようにしっかりと西城さんの“遺志”と受け継ぎ、西城さんの名曲の数々を歌い続けてほしいものだ。
2018年05月19日5月16日に西城秀樹さん(享年63)が急性心不全で亡くなったことを受けて、翌17日に西城さんの自宅へと弔問した小川知子(69)。西城さんとの“対面”を果たした後、取材陣からコメントを求められた。 西城さんとは家族ぐるみの付き合いだったという小川。関係者に支えられ大粒の涙を溜めながらも、美紀夫人から託されたメッセージがあると明かした。そして、美紀夫人の“胸中”をこう代読した。 「倒れて入院してから2、3週間、毎日病院で看病できたことがすごく幸せだった。子供たちも最期に立ち会えたことが良かったと思います。(亡くなった実感がなく)まだ夢のようです」 西城さんは01年5月、当時会社員だった18歳年下の美紀さんと結婚。1女2男に恵まれた。2度の脳梗塞で身体には麻痺が残ったが、西城さんは「(子供たちを)追っかけていけるように、走れるようになりたい」と話していたという。 小川は西城さん夫婦の闘病と看護の日々を回想し、こらえきれず涙。言葉に詰まりながらも「愛してるよ……。かっこいいよ、秀樹。あの世でもモテるだろうから気をつけなさい」と空を仰いだ。 ネットでは小川の回想を受け、美紀さんの家族愛に感動する声があふれている。 《結婚生活の大半が看病と介護だったでしょうに、最期の時を幸せ、と言える奥様は素晴らしいと思います》《3人の子宝にも恵まれて、年齢の近い子供3人の育児と秀樹さんのお世話を最後まで両立されるなんて、すごく立派だと思う》《秀樹さんも家族を愛していたから辛いリハビリに耐えて、ありのままの姿を見せてきたんだろうなぁ》
2018年05月18日西城秀樹さんが急性心不全のため63歳で死去していたことが5月17日、明らかになった。親交のあった著名人らは続々と追悼のコメントを発表。各スポーツ紙やワイドショーは大々的に訃報を報じ、故人を偲んだ。 そんな西城さんの代名詞とも言える曲といえば、「YOUNG MAN(Y.M.C.A.)」。一昨年には「ワイモバイル」のCM曲としても使用され、お茶の間にも改めて浸透していた。 「78年に渡米した西城さんは現地で人気ディスコミュージック・グループのヴィレッジ・ピープルの『Y.M.C.A.』を気に入り、カバーを決意。歌謡曲風にアレンジしました。『Y』『M』『C』『A』の4文字を全身で表現するダンスで、観客参加型のパフォーマンスがブームとなる要因となりました」(ベテラン芸能記者) そんな同曲だが、今後も多くの歌手たちによって歌い継がれていくことになりそうだ。実際、すでにカバーもされているという。 「名古屋が拠点のグループ・BOYS AND MEN(以下ボイメン)は、16年発売のアルバム『威風堂々~B.M.C.A.~』に収録。タイトルは『ヤングマン~B.M.C.A.~』で、ボイメンのテーマ曲的なアレンジになっています。またGENERATIONS from EXILE TRIBEは、17年発売のアルバム『涙を流せないピエロは太陽も月もない空を見上げた』に収録。キレキレのダンスを披露し、MV動画が公開されるや大人気でした」(レコード会社関係者) 西城さんが天国へと旅立った後も、名曲はファンに届き続ける――。
2018年05月18日5月17日に西城秀樹さん(享年63)が急性心不全で亡くなったとの報道を受け、西城さんと同じく“新御三家”として活躍した郷ひろみ(62)と野口五郎(62)らがコメントを発表した。 郷は“新御三家”の関係性について「長男は五郎、次男は秀樹、末っ子が僕でした」とコメント。「秀樹が先に逝ってしまったこと、とても悲しい気持ちでいっぱいです」と心境を明かし、こう思い出を回想した。 「デビュー当時、右も左も分からなかったぼくに『ひろみ、何か分からないことがあったら、俺に聞いてくれる?』と親身になってくれたこと、一生忘れません。心からお悔やみ申し上げます」 いっぽう野口はショックのあまり、直接対応することは難しい状態だという。事務所を通じ、「あまりにも突然で今は言葉が見つかりません。気持ちの整理がつくまで、少し時間を下さい。申し訳ございません」と動揺がうかがえるコメントを発表した。 野口は西城さんが15年に行った還暦コンサートにサプライズで登場し、ケーキをプレゼント。熱い抱擁を交わし、「何か一緒にやろう」と約束をしていた。 ネットでは西城さんの訃報を受け、“新御三家”についてのコメントが溢れている。 《御三家にとっては心をもがれる思いでしょうね……何時もライバルとして歌を競い合って来たのだから》《この3人は同い年でコントや歌を一緒にやることも多かったので、同志との思いが強く、ひろみさんと五郎さんの悲しみは尽きないと思う》《新御三家の三人が同じ舞台に立っている姿をもう一度見たかったなぁ》
2018年05月17日タレントのモト冬樹(67)が17日、オフィシャルブログを更新し、前日に63歳で亡くなった歌手・西城秀樹さんとの思い出を明かした。モト冬樹西城さんの訃報を速報で知ったというモトは、「死因は急性心不全ということだ」「驚いたというよりショックだ」と心境を吐露。「脳梗塞を発症し右半身麻痺の後遺症が残る中で家族のためにあんなに頑張っていたのに」「ご遺族の方々のお気持ちを考えるといたたまれない」と西城さんの闘病とそれを支えた家族を思いやる。また、「俺と妻は結婚前 秀樹君のディナーショーに何度も行っていた」と縁があったことに触れ、「お客様と踊るコーナーで秀樹君が妻と踊った時にはとてもてれくさかった思い出がある」「我々の結婚パーティーでもお祝いスピーチをしてくれた」と懐かしむ。そして、「彼の力強いアクションをつけながら全身で熱唱する姿はいまも目にやきついている」と在りし日の姿を呼び起こし、「残念の一言だ でも一番悔しいのは彼自信かもしれないな」「西城秀樹君たくさんの素晴らしい歌をありがとう」「本当にお疲れさまでした 心からご冥福をお祈りいたします」と記している。
2018年05月17日歌手の西城秀樹さんが急性心不全のため16日に死去したと、17日放送のフジテレビ系情報番組『バイキング』(毎週月~金11:55~13:45)が報じた。63歳だった。西城秀樹さん別のニュースについて討論していた途中、MCの坂上忍が「えっ、ちょっと、すいません」と驚きを隠せない様子でトークを中断。同局の榎並大二郎アナウンサーが「歌手の西城秀樹さんが63歳でお亡くなりになったというニュース速報が飛び込んできました」と伝えた。フットボールアワー、薬丸裕英、横澤夏子ら出演者も、突然の訃報に「えっ」と絶句。坂上は「あとで情報を得次第、お伝えできたらお伝えしたいと思います」とアナウンスした。また、テロップでも「歌手の西城秀樹さん(63)が死去」と表示された。その後、「とれたて!ニュースバイキング」のコーナーで、あらためて西城さん死去について報道。4月25日に自宅で倒れ救急搬送され、5月16日23時53分に家族に看取られ亡くなったという。死因は急性心不全とのこと。
2018年05月17日「傷だらけのローラ」「YONUNG MAN(Y.M.C.A)」などのヒット曲で知られる歌手の西城秀樹さんが5月16日、急性心不全で死去した。63歳だった。 郷ひろみ(62)、野口五郎(62)らと「新・御三家」として’70年代に一世風靡したが、’03年と’11年に脳梗塞を発症。西城さんは’14年、本誌のインタビューで闘病中の苦悩を告白していた。 「時間がたつにつれて右半身に後遺症が出てきて、毎日考えるのはネガティブなことばかり。『この先どうなるんだろう……』『もうステージに立てないんじゃないか……』とか。それが高じて一種のノイローゼ状態になって、ついには『死にたい』と思うようになった。妻や子供たちがいるにもかかわらず。その状態が再発から1年近く続いたんじゃないかな……」 絶望の日々から彼を立ち直らせたのは、18歳年下の夫人、長女、長男、二男の家族一丸となっての支えだった。 「最初に脳梗塞を発症したとき、妻から『焦らないで、ゆっくり治していこうね』と言われました。その言葉が頭にあって『そうだ。とにかくできることから、ゼロから歩もう』と思ったんですね」 子どもたちも、西城さんを気遣っていたという。 「男の子たちは一緒に入浴したとき、右手が不自由な僕のために背中を流してくれる。また、暗いところを歩くときや、階段を昇り降りするときは『パパ、危ないから』と言って、必ず手を差し伸べてくれます。もちろん長女も。そういうときは、本当にありがたい、嬉しいと思う反面『迷惑をかけたくない』とも思う。その思いが、リハビリの励みになるんです」 懸命にリハビリを続け、還暦を記念したアルバムを完成させた西城さんは、その先の目標をこう語っていた。 「願わくば、いちばん下のチビが20歳になるまで現役でいたいです。だから最低あと10年。健康に十分気をつけて、歌い続けていきたいと思っています」 この言葉から4年。「あと10年」という願いは届かず、西城さんは天国へと旅立っていった――。
2018年05月17日劇作家で俳優の野田秀樹が作・演出・出演する英語劇第4弾『One Green Bottle』が4月30日、ロンドンのソーホー劇場で開幕した。【チケット情報はこちら】大小の劇場が立ち並び、世界中からの演劇ファンが集まるウエストエンドの中心にあるソーホー劇場は、わずか150席の小さな劇場でありながら、常にチャレンジングな作品を上演し、感度の高い若者を中心に人気を誇る劇場だ。過去には『THE BEE』『THE DIVER』を上演し、ロンドン演劇界に野田秀樹の名前を大きく知らしめることとなったソーホー劇場にて、満を持して約10年ぶりの英語版最新作の上演となった。濃密な劇場空間は、野田の最新作が上演されると聞きつけた観客が詰めかけ、立ち見が出るほどの大盛況で初日が開幕。出演の野田、キャサリン・ハンター、グリン・プリチャードの3人による丁々発止の台詞の応酬に、序盤から客席は大きな笑いに包まれた。野田が英語で書き下ろしただけでなく、日英ハーフの若手脚本家・ウィル・シャープと文化的な翻訳を行い、練り上げられた台詞や、歌舞伎の型を取り入れた独特な身体表現、田中傳左衛門の鼓の生演奏などの演出は、ロンドンの観客に多いに受け入れられた。後半の息をのむ展開には客席は水を打ったように静まりかえり、幕が下りるや否や割れんばかりの大きな拍手や感嘆の声。小さな劇場空間を揺らす大反響となり、熱気あふれるヨーロッパ公演の幕開けとなった。興奮冷めやらぬ、初日の幕が下りた直後に野田は「今日の初日は、舞台に出た瞬間から観客の反応がとても良かった。イギリスでプレスナイトは、目の肥えたプロが観にくる日なので、観客の反応が固いことがあるんですが、ロンドンで上演してきた今までの作品のオープニングの時と比べても、今日の観客の反応には十分な手応えを感じることができました。まだ、(劇評がでていないので)これから何が起こるかわからないけれど、自分の中では、いい芝居だった。と思います。いい始まりになったと思います。」 とコメント。5月19日(土)までのロンドン公演の後、6月8日(金)・9日(土)にはルーマニア国立ラドゥスタンカ劇場での上演も予定されている。なお、野田による日本での次回公演はNODA・MAP第22回公演 『贋作 桜の森の満開の下』がすでに発表になっており、9月1日(土)から12日(水)まで東京・東京芸術劇場プレイハウス、10月13日(土)から21日(日)まで大阪・新歌舞伎座、10月25日(木)から29日(月)まで福岡・北九州芸術劇場 大ホールにて。その後、9月28日(金)から10月3日(水)までフランスの国立シャイヨー劇場でのパリ公演の後、11月3日(土)から25日(日)まで、再び東京芸術劇場プレイハウスにて東京公演を上演する。
2018年05月02日小学生でモデルデビューし、その後、現役女子高生にしてWEBマガジンの編集長に抜擢された久間田琳加さん。その仕事ぶりに迫りました。雑誌『ニコラ』の人気モデルとして4年半活躍し、今年『セブンティーン』の専属モデルに抜擢。WEBマガジン「EMMARY」の編集長としても奮闘中。「“JKが発信する、JKのためのWEBマガジン”がテーマのメディアなんです。編集長も編集部員も女子高生!企画を出したり、気になるカフェに取材に行ったり、楽しく作っています。『ニコラ』時代から企画を考えるのが好きで、30ページほどの別冊付録を監修したことも。大変だったけど、自分で考えて手を動かして誌面を作る楽しさを知りました。その付録ができあがった時、編集の方に『プロデュース力があるね』と褒められたのが、嬉しかったなあ」ふわりとした雰囲気が魅力の久間田さんだけど、実は結構な仕事人気質。「リサーチ魔なんです(笑)。たとえば自分の私服を紹介する企画があったら、雑誌を読み漁ってどういう見せ方をするか徹底的に考えるし、新鮮な情報を届けたいから、新しいお店のチェックは日々欠かせません。読者の方に喜んでもらいたいし、自分でも納得したいから、とひとつひとつの仕事を丁寧にやらないと気が済まなくて。常に全力で駆け抜けたいんです」「EMMARY」の会議中。女子高生ライターさんとの打ち合わせ風景です。自分もそうですが、リアルな読者世代の声を聞ける貴重な機会。勉強になります!発信者としての心がけ。SNS は絵文字まで気が抜けません。どれがいいか考えているとどんどん真剣になって、もはや「つぶやき」ではないかも(笑)。情報感度はいつも高く!「EMMARY」のネタになりそうなショップやカフェは常にチェック。これはNY発のカフェ、『セレンディピティスリー』で。くまだ・りんか2001年生まれ。小学6年生でモデルデビューし、『ニコラ』では度々表紙に。今年9月号より『セブンティーン』の専属モデルに加入。バラエティ番組やCMなど、テレビでも活躍。トップス¥52,920(シー ニューヨーク/ブランドニュースTEL:03・3797・3673)パンツ 参考商品(トゥエンティミリオン・フラグメンツ/ガスアズインターフェイスTEL:03・5775・0825)イヤリング¥15,120(ドレスアップエブリデイ/イー・エム ピクチャレスTEL:03・6264・5185)リング、人さし指¥17,280中指¥14,040(共にイー・エム/e.m.表参道店TEL:03・5785・0760)※『anan』2017年9月6日号より。写真・土佐麻理子スタイリスト・GOTO KANAEヘア&メイク・宮本由梨取材、文・間宮寧子(by anan編集部)
2017年09月01日歌手の西浦秀樹(34)が29日、自身のブログを更新し、オープニングアクトを務めた「札幌コレクション2017」(北海道・北海きたえーる)について報告。同イベントでKAT-TUN脱退後初ライブを披露した歌手の田口淳之介との2ショットも公開し、反響を呼んでいる。西浦は「初めての北海道そしてファッションショーという事もあり 自分にとっては難しいステージかな?と思っていましたが。。札幌の皆さんはとても暖かく迎えてくれました。『ヒデキー!』って声が聞こえてきた時は素直に嬉しかったー 笑」とつづり、「そして自分の一番の推し曲『背中』はMCから歌までしっかり届けられたと思います」と手ごたえ。「stage終わりにブースで自ら宣伝チラシを配っていましたが反響が良くて本当にビックリ!!」と反響に驚きを示した。そして、「15分あっという間やったけど、一秒一秒無駄にする事のないようマネージャーと打ち合わせを重ねてきたから、今日の達成感は何とも言えません。思い出すたびに感情が込み上げてくるし、何より本当に楽しかった」と振り返り、「楽しませてくれたのは暖かく迎えてくれた皆さんのお陰です。本当にありがとう!」と感謝。「また札幌で歌える日を楽しみにしてます!」と記した。また、イベントに出演した同じ事務所に所属しているモデルの舞川あいく、トラウデン直美や、モデルでタレントのダレノガレ明美、男性8人組グループ・SOLIDEMOとの写真を掲載。さらに、KAT-TUN脱退後初ライブとなった田口淳之介とのツーショットを公開した。ファンからは「とても感動しました」「背中聴いてたら涙が…」「サイコーです」「とっても素敵な歌声」「素敵な曲で、声がめっちゃ好きです!!」「いい声!」と絶賛の声が続々。また、「田口くんが普通にアメブロに出てきたので驚きましたww」「田口くんとの写真もすごい」「田口くんスキー!西浦さんもスキになりました!www」「田口くんとの写真うらやましい!」と、田口との2ショットに驚きや喜びの声が寄せられている。
2017年05月01日野田秀樹が故・十八代目中村勘三郎へのオマージュの意を込めて書いたNODA・MAP『足跡姫~時代錯誤冬幽霊~』が開幕。公演に先立って、17日に公開舞台稽古が行われた。NODA・MAP『足跡姫~時代錯誤冬幽霊~』チケット情報物語の時代は江戸。幕府から御法度とされている女カブキが、河原で上演されている。三、四代目出雲阿国座の看板踊り子、三、四代目出雲阿国(宮沢りえ)と、踊り子ヤワハダ(鈴木杏)が妖艶な踊りを見せるこの女カブキを、歌舞伎の『伊達の十役』ならぬ、“伊達の十役人”(中村扇雀)は様々に役を変えながら取り締まろうとする。阿国の弟、淋しがり屋サルワカ(妻夫木聡)ら男たちが踊り子達にすり替わり難を逃れるが、サルワカは一座の座長、万歳三唱太夫(池谷のぶえ)の逆鱗にふれ、一座に紛れ込んだ、腑分けもの(野田秀樹)、戯けもの(佐藤隆太)ら、さらには阿国までが、一座を追い出されそうになってしまう。そこで弟の窮地を救い、一座に残るべく、阿国は座長に嘆願し、出雲阿国座の再興の夢を託して、サルワカに女カブキの「筋」となる台本を書かせる。しかし、大衆をあっと言わせる「筋」など書くことができないサルワカの前に、売れない幽霊小説家(古田新太)が現れ、サルワカの台本に手を加え、その「筋」が、座長に気に入られて、新作「足跡姫」が上演されることに……。舞台には、花道やスッポン、下座音楽や大向こうなど、歌舞伎の趣向がたっぷり。その中に野田流のテンポの良い言葉遊びが混じり、さらに、幕府への謀反を企てた由井正雪、歌舞伎の創始者である出雲の阿国ら、実在の人物の名が虚構と溶け合って、重層的な世界を作っていく。そこには、芸術への情熱や、冒険心、反骨精神などが溢れている。これらは全て、十八代目勘三郎が目指したもの、あるいは、勘三郎という存在に人々が求め託したものだ。つまり、彼は直接的には登場しないが、舞台のそこここにその面影が、足跡がある。観客は、ひたむきな阿国を鮮やかに演じる宮沢、無邪気なサルワカを瑞々しく演じる妻夫木、コミカルな演技と共に能風の所作や殺陣でも魅せる古田、出演者中唯一の歌舞伎俳優である扇雀ら俳優達の生き生きとした演技に引き込まれ、やがて、野田の舞台芸術への強い想いを目の当たりにするだろう。人は皆、辛い現実を前にした時、これは虚構であってほしいと願う。一方で舞台人は常に、虚構を現実であるかのように演じたいと願う。野田は戦友の死を通して、今回の『足跡姫』に、先人の肉体が滅びても残った者が連綿と継いでいく芸能や精神と、一回毎に終わってはまた始まる舞台そのものを重ねた。野田が舞台を通して描く、死と再生という無限の物語は、観た後も私達の胸にどこまでも響き続ける。まるで足跡のように。取材・文:高橋彩子
2017年01月24日歌手の西城秀樹が、フジテレビ系大型音楽特番『2016FNS歌謡祭 第1夜』(12月7日19:00~23:18)に出演することが30日、明らかになった。西城が同特番に出演するのは、26年ぶりとなる。西城は、同特番の賞レース時代に「YOUNG MAN(Y.M.C.A.)」で1979年にグランプリに輝くなど、数々の賞を獲得。今回は、歴代グランプリがそろった1990年に同曲で登場して以来の出演となる。この間、2度の脳梗塞を発症した西城は、長いリハビリ生活をへて、現在は年平均55以上のステージに出演。久々のテレビ音楽番組となる今回は、「YOUNG MAN(Y.M.C.A.)」を披露する。西城は「45周年を迎えた今年、再び『YOUNG MAN((Y.M.C.A.)』で出演できることも、とてもうれしく思います。その間、時を見失うような出来事もありましたが、応援してくださる皆さまのおかげでここまでやってくることができました。これからもずっと歌い続けていけるように頑張りたいと思います」とコメントを寄せている。今年の『FNS歌謡祭は』、12月7日は東京・グランドプリンスホテル新高輪「飛天」から『第1夜』、翌週14日(19:00~23:18)は東京・台場のフジテレビから『第2夜』を生放送。合計で8時間半超の放送となる。
2016年11月30日蜷川幸雄さんや野田秀樹さんからその才能を高く評価され、“演劇”の枠を超えた人気を獲得しているマームとジプシー。いま最もホットな劇団が、新たに誕生するホール「LUMINE 0」のオープニングを飾る。主宰であり作・演出の藤田貴大さんが上演作に選んだのは、「海外に持っていくことを念頭に」作った『てんとてん…』と『カタチノチガウ』、そして「思い入れがある」という『あっこのはなし』の3作。「演劇って、どこか高尚で敷居が高いイメージがありますよね。それをもっとカジュアルにできないかというのが今回のテーマなんです。セレクトショップみたいに、服や化粧品を買ったり、CDを選ぶのと同じ線上に演劇を並べることができないかと思うんです。そういう軽やかさが新しい時代に行く演劇なのかなと」(藤田さん・以下同)近年、東京芸術劇場や彩の国さいたま芸術劇場と組んだ作品づくりなどもおこなっている藤田さん。しかしその一方で、「小さな空間で、かぶりつきで観る演劇ならではの質感とか尊さも大切にしたい」と話す。「正直、3作品を同時に稽古しているわけで、それはすごく大変なことではあるけれど、それと同時に面白さもあるんですよね。ツアー公演の時に、僕らが持っていくのって、せいぜいスーツケースひとつぶん。役者さんが床に線を引いて荷物を広げたら、すぐに芝居が始められるんですよ。今回も、同じ舞台に物が少し置かれただけで作品が変わるわけです。展示替えのように、3日おきに新作が入荷しました、みたいに見えたらいいですよね」◇4月28日(木)~5月8日(日)ルミネ ゼロ4月にオープンしたJR新宿駅直結の複合施設、NEWoMan内。東京都渋谷区千駄ヶ谷5‐24‐551作品4000円マームとジプシーTEL:070・5454・7311mum_gypsy@yahoo.co.jp◇ふじた・たかひろ1985年、北海道生まれ。'07年にマームとジプシーを立ち上げ、全作の作・演出を担当。'11年に岸田戯曲賞受賞。'14 年に野田秀樹作『小指の思い出』を上演し話題に。※『anan』2016年5月4日‐11日合併号より。写真・小笠原真紀インタビュー・文・望月リサ
2016年05月02日野田秀樹作・演出のNODA・MAP第20回公演 『逆鱗』が1月29日、東京芸術劇場で開幕。公演に先立ち、28日にゲネプロが行われた。NODA・MAP第20回公演『逆鱗』チケット情報物語の主な舞台は、とある水族館と、深い海の底。水族館では、館長の鵜飼綱元(池田成志)、館員のイルカ・モノノウ(満島真之介)、警備員のサキモリ・オモウ(阿部サダヲ)らがせわしなく働いている。そこに現れたのが、電報配達人のモガリ・サマヨウ(瑛太)。電報を届けようとするモガリを、館長の娘で人魚学の若き研究者である鵜飼ザコ(井上真央)が留め置く。ザコはある企みを胸に秘め、人魚学教授の柿本魚麻呂(野田秀樹)と共に水族館で“人魚ショウ”を開こうとしていた。一方、海の底では、NINGYO(松たか子)をはじめとする人魚らと、彼女達の母である逆八百比丘尼(銀粉蝶)が、神秘的な雰囲気で佇んでいる。表層的にコミカルに物事が動く水族館と、時の流れが止まったかのような海の底。舞台では、対照的なふたつの世界が、入れ替わり立ち替わり現れる。ほとんど何もない白い美術の中、舞台上を横切るアンサンブルキャストや数枚の透明パネルだけで、場所や時代が瞬時に移るさまはマジカルだ。このふたつの世界は奇妙に繋がっている。逆八百比丘尼は水族館では鰯ババアとしてお馴染みの存在だし、モガリやサキモリは夢か現かわからぬまま海中を彷徨って人魚達に出会う。そうかと思えば、人魚ショウの出演者オーディションに、本物の人魚であるはずのNINGYOが応募する場面も。時に登場人物自身も混乱しながら、水族館と海底とを往還する。やがて、重要な任務を負う“潜水鵜”として海に潜るサキモリ、モガリ、イルカらと共に、劇は怒涛の展開へ。果たして、人魚の正体とは、届けるはずの電報とは、逆さについた鱗=逆鱗とは……?無数のピースが合わさって迎えるクライマックスには息を飲む。劇中、モガリが“誰もいない海”を見ることができる人はいないと指摘する台詞があるが、そうしたものを観客が目撃し得る演劇の特性、そして観客としての責務にも、思いを巡らさずにはいられない。現実と非現実を行き交いつつ、圧倒的な真実を浮かび上がらせる、野田秀樹流ファンタジー。主要俳優陣の生き生きとした確かな演技と、アンサンブルキャスト達による息の合った動きが、独特の世界に命を吹き込んでいた。公演は2016年1月29日(金)から3月13日(日)まで東京芸術劇場 プレイハウスにて。その後、3月18日(金)から3月27日(日)まで大阪・シアターBRAVA!、3月31日(木)から4月3日(日)まで福岡・北九州芸術劇場 大ホールでも上演。取材・文:高橋彩子
2016年02月05日かけはし芸術文化振興財団は、YMOをはじめ多くの作品などにシンセサイザープログラマーとして参加した松武秀樹氏によるトークセミナー「松武秀樹とシンセサイザー」を開催する。日程は2月20日と3月26日の2回(ともに18:30~20:00)。会場は東京都・渋谷のトート音楽院渋谷 セシャトホール。受講料は各2,000円(定員40名、事前申し込み制)。同セミナーは、松武秀樹氏が自身の音楽人生をつづった著書「松武秀樹とシンセサイザー」の出版を機に開催されるもの。1回目(2月20日)は「松武秀樹の音楽人生」と題し、本の内容を題材にさらに深く掘り下げ、シンセサイザープログラマーとしての職業観や多くのシンセサイザーとのかかわり方、ライブの裏話などを中心とした講義になるという。また、2回目(3月26日)は「松武秀樹が語る~シンセサイザープログラマー昨日・今日・明日」をテーマとした内容とのことだ。セミナー参加希望者は、かけはし芸術文化振興財団のWebページより申し込む。定員は40名(定員になり次第、締め切り)。なお、松武秀樹氏は1951年、神奈川県生まれ。20歳から冨田勲氏のアシスタントとして、当時日本に数台しかなかった"モーグ・シンセサイザー"による音楽スタッフを経験。独立後の1978年、矢野顕子のアルバム「ト・キ・メ・キ」のニューヨーク・レコーディングにおいてデジタル・シーケンサーを使用。坂本龍一のソロ第1作「千のナイフ」への参加をきっかけに、1978年~1982年にかけてシンセサイザープログラマーとしてYMO作品に参加。1981年には自身のユニット「LOGIC SYSTEM」を結成し、現在までに15枚のアルバムを発表。2011年より「RMXLOGIX(with special tracks)のリリースに合わせて、エレクトロニック・ミュージックにフォーカスを当てた新レーベル<MOTION±(モーション・プラス/マイナス)>を始動。2012年5月には第2弾「RMXROGIX Vol.2(with SPECIAL TRACKS)」をリリース。2015年に自らのヒストリー「松武秀樹とシンセサイザー」を出版。
2016年02月05日