『エターナルズ』のバリー・コーガンが、公の場で酩酊した疑いにより、今月10日に逮捕されていたことがわかった。「independent」の報道によると、10日の午前7時前、地元警察にバリーの近所の住民から通報があった。場所はダブリン北部のマンションで、「窓の外(バルコニー)に男がいて、騒いでいる」という苦情が寄せられたのだ。警察が駆け付けると、酩酊状態のバリーを発見。バリーは決して周囲を脅かすようなことはしていなかったが、逮捕され、警察署へと連行された。その後、起訴されることなく解放されたという。バリーといえば、昨年8月にも“事件”が起きている。だれかに暴行を受けて大けがを負い、救急搬送されたことが報じられていた。バリーはMCU映画の『エターナルズ』、DC映画の『THE BATMAN -ザ・バットマン-』(クレジットなし)とアメコミ大作に続けて出演し、『プロミシング・ヤング・ウーマン』で脚光を浴びたエメラルド・フェネルの新作に出演することも決まっている。不起訴という事実もあり、ツイッターでの反応は「まもなく赤ちゃんが誕生するから、うれしくて飲みすぎちゃったのかも」「大げさに報じないで」と擁護の声が目立つ。先月、バリーは自身のインスタグラムのストーリーに恋人とのジェンダーリビールの模様を載せ、「私たちは幸せです」とつづっていた。(Hiromi Kaku)■関連作品:エターナルズ 2021年11月5日より全国にて公開
2022年04月18日●井上公造氏の芸能リポーター卒業「ショックでした」芸能リポーター・井上公造氏が、今年3月いっぱいで芸能リポーターを卒業する。井上氏のものまねキャラ“井上小公造”で知られるお笑いコンビ・女と男の市川義一は、本家の卒業をどう受け止めているのか本人にインタビュー。気になる井上小公造の今後や、井上小公造キャラによって激変したという芸人人生についても話を聞いた。井上氏は昨年12月に自身のYouTubeチャンネルで、今年3月末で出演中の全レギュラー番組から卒業すると発表。約7年前から自律神経の不調に悩まされていたことを明かし、「ちょっと体を休めたい」と話した。市川は、「やっぱりショックでした」と発表を聞いた時の心境を明かしつつ、「体調があまり良くないというのは聞いていたので、ゆっくりしていただきたいです」と気遣う。井上氏の卒業が迫ってきた今の心境も尋ねると「寂しいというのが一番ですが、完全な引退ではないので、また公造さんと一緒にできることもあるのかなと」と答えた。市川は4月以降も井上小公造のキャラは続けていくという。「僕ってあまり『井上公造さんですよね』って言われないんです。『井上小公造さんですよね』って。新たなキャラクターが生まれてきているので、ものまねを辞めるもなにも、井上小公造というキャラクターなので、と思っています」。そして、「長州小力さんみたいな新たなキャラクターという認識です」と続け、「もともとコロッケさんが大好きで。コロッケさんってオマージュしていて、似ているというより面白い。僕も面白いほうにしたいと思っています」と語った。市川が井上小公造を始めたきっかけは、芸人仲間の声だった。「15年くらい前にテレビ局で公造さんとすれ違ったときに周りの芸人が『顔似てるやん』って。僕自身、言われるまで気づいていなくて」。そこから漫才で相方のワダちゃんが「公造さんや」といじるようになり、『笑いの金メダル』で市川と共演した渡辺徹が井上氏に「顔似ている子がいるよ」と教えたことから、井上氏がすぐに市川を取材。「食事会も開いてくださって仲良くなりました」と、井上氏との交流が始まった。その後、先輩芸人・サバンナの番組の前説にて、「井上公造さんに顔が似ているんだからモノマネしたらええんちゃう?」とサバンナの高橋から提案され、「あのですね」と初めてものまねに挑戦。その後、「すごい芸能人のどうでもいいニュースをやったらどうや」という高橋のアイデアから今の形が誕生した。披露するスクープには「僕なりの“しょうもない度”の基準がある」とのこと。「皆さんのSNSやインタビュー記事などを見て、プライベートなところでチョイスするのが僕なりのスクープの集め方。そのしょうもなさを喜んでいただけるのが一番ありがたい」と話した。ちなみに、オレンジの衣装と黄色のメガネは15年前の井上氏の宣材写真を参考にし、それをずっと続けている。「今、公造さんはこんな格好していませんが、自分の中で小公造をやるよっていう切り替えになりますし、イメージの植え付けにもなるので」。●井上小公造で知名度アップ! お笑いだけで生活できるように小公造を始めてから知名度がアップ。「関西では市川という名前で覚えてくれていますが、関西以外の市川という名前を知らない方からも『井上小公造さんや』って声かけられるようになりました」。小公造が広く知れ渡るようになった最初のきっかけは、サバンナ高橋が出演していた『芸人報道』に10年以上前に出演したこと。そこから、『笑っていいとも!』や『スッキリ』、さらに井上公造がレギュラー出演している各地の番組に出演。そして、約4年前に『ウチのガヤがすみません!』に出演するようになり、注目を集めると、若い人たちからも「小公造さんや」と声をかけられるように。さらに、『ザワつく!金曜日』への出演も反響が大きいという。「公造さん、小公造のおかげで多くの方に知っていただけた。たまに子供が『絶対言わないでくださいよ』ってものまねしてくれるのがうれしいですね」と声を弾ませる。「絶対言わないでくださいよ」というお馴染みのフレーズは、井上氏が言っていたものではなく市川が生み出したもの。「『〇〇さん、最近……』って話すより、『〇〇さんなんですけど、これ絶対言わないでくださいよ。実は最近……』と言ってから話したほうが、『なんやねん!』ってなるので」。小公造キャラで活躍の場が広がると、芸人の仕事だけで生活できるように。「『ウチのガヤがすみません!』と『ザワつく!金曜日』によっていろんな方に認識していただけなと。飛躍的に東京の仕事もいただけるようになり、営業のお仕事も増えて、お笑いだけでご飯を食べていけるようになりました」。「公造さんのおかげで飯を食わしてもらっています。人生変わりました」と感謝を述べ、「小公造というキャラクターは、漫才にも入れられるし、ロケでも使える。営業先の宴会でも、身内ネタを事前に仕入れて言うとウケるので、小公造はどこでも役立ちます」と、万能ぶりも説明する。まさに芸人人生の転機となった井上小公造キャラ。「いろんな転機がありましたが、公造さんのものまねをするようになったことが一番大きいですね。小公造をやってなかったら今の僕はたぶんないので。東京の番組にほとんど出てなかったと思います」としみじみと語った。●ハワイ取材の夢「公造さんと2人で芸能人を待ち構えたい」小公造の活躍を井上氏も喜んでいるそうで、「『相方さんと漫才頑張ってください』って、小公造に間違えられた。お前もすごくなったな」と報告してくれたこともあるという。井上氏の卒業について「やっぱり不安はあります。今までちょこちょこ番組に呼んでいただいていますが、これからも呼んでもらえるのか……」と本音も吐露。だが、芸能人のくだらないスクープを披露する井上小公造というキャラクターとして知ってくれている人も多いので成立するのでは、と期待も込めて考えている。「本家の公造さんを知らない子供が僕を見て笑ってくれることもありますし、井上小公造として認知してくださっている方もいるので大丈夫かなと。テレビに今あまり出ていない(アントニオ)猪木さんや長嶋茂雄さんのモノマネをされている方もいますし、小公造というキャラクターとして楽しんでもらえたら」。井上氏の卒業後、より頑張らねばという思いもあるという。「4月以降、小公造をもっと頑張って、小公造がもっと売れれば、本家の公造さんもまた出てくれると思うんです。そうやって呼び戻すというか、また共演したいです」。さらに、「僕は1つ、公造さんとの夢がありまして。12月31日、1月1日のハワイの取材に2人で行きたいんです。ハワイの空港で、2人で芸能人を待ち構えたい。芸能人の方も、公造さんと小公造がいたら笑ってくれると思うので(笑)。公造さんも『やろうやろう』と言ってくれているので、コロナが落ち着いたらやりたいです」と、ハワイでの芸能人直撃取材の夢も明かした。3月14日には、井上氏と小公造、さらにレイザーラモンRG、サンケイスポーツ記者の森岡真一郎氏を加えた4人で、東京・ルミネtheよしもとにてイベント「RGが90分あるあるを歌い続け、井上公造と井上小公造とサンスポ森岡が90分芸能ニュースを言い続ける会…これ絶対言わないでくださいよ?!」が開催される。関西で過去に2回開催された4人による企画。観客参加型のイベントで、セットにずらりと芸能人の名前を書き、観客が選んだ芸能人について4人がトークを展開する。「RGさんのあるある、井上小公造のどうでもいいスクープ、そして公造さんと森岡さんのガチのスクープ。この4つが絡み合うのがすごく楽しくて、最高なんです!」。自身が楽しみにしていることを尋ねると、「今回は50個くらいの芸能人のネタを用意する予定ですが、僕だけ事前に用意していて3人は即興。RGさんはネタなのでその場で考えて作りますが、公造さんと森岡さんはスクープなので嘘は言えない。関西でやったときに小公造みたいにどうでもいいスクープを言うときがあって、それが面白くて(笑)」と話し、「そこも楽しんでいただけたら」とアピールした。■市川義一(いちかわ・よしかず)1980年9月26日生まれ、大阪府出身。2003年にワダちゃんとお笑いコンビ「女と男」を結成。井上公造氏のモノマネキャラ“井上小公造”としても活躍している。ファイナンシャルプランナーや家電製品アドバイザーなど、40以上の資格を持つ。また、市川と同じ名前であることから、出身地ではない兵庫県市川町のふるさとPR大使にコンビで任命された。
2022年03月09日陸上・山縣亮太選手「“東京で開かれるオリンピックに出場することが夢だ”と、大学時代から話していました。みんなそれを信じて疑いませんでしたが、それがとうとう叶うんですね……」東京五輪に陸上競技で出場する山縣亮太(やまがた・りょうた=29)の元チームメートは感慨深そうに語る――。7月23日20時より、いよいよ東京オリンピックの開会式が新国立競技場で行われる。新型コロナウイルスの影響による史上初めての1年延期を経て、57年ぶりとなる東京での開催。大会では史上最多の33競技、およそ200の国と地域から1万人あまりの選手が集う。そんな自国開催で日本選手団の主将を務めるのが、陸上競技に出場する山縣亮太だ。副主将の卓球・石川佳純(28)とともに、開会式では選手宣誓を務める予定だ。「山縣のオリンピック出場は、2012年のロンドン、2016年のリオデジャネイロに続いて3回目。前回大会では男子400メートルリレーで飯塚翔太、桐生祥秀、ケンブリッジ飛鳥とチームを組んで一走を務め、見事に銀メダルを獲得しました。実力は誰もが認めていましたが、“10秒の壁”を長年突破できなかった。それが、今年の6月に男子100メートルの日本記録を塗り替える9秒95をマーク。土壇場でオリンピックへの切符を勝ち取りました」(スポーツ紙記者)そんな注目を集める山縣の学生時代を知る人物から話を聞けた。慶応義塾大学の陸上部時代に同期でチームメートだったという冒頭のAさん(29)だ。「彼は当時から一流のランナーでしたが、それを感じさせないほど気さくで、ペラペラよく喋る奴でしたね」部内で彼を悪く言う人は誰もいないほど、周囲から好かれていたという。「うちの陸上部には山縣のような一流選手だけでなく、初心者でも入ることができました。山縣は誰に対しても驕ることなく、後輩にも積極的に声をかけていました。少し喋れば人間味が溢れ出すような、そんな奴なんです。誰とでも仲良くなれるので、選手団でもうまくやれていると思います」(Aさん、以下同)大学でも主将を務めていたという山縣。当時から陸上に注ぐ情熱は尋常ではなかったようで、「とにかくストイックでしたね。学生時代も遊びに怠けることなく、常に陸上と向き合って日々、鍛錬を積み重ねていました。大学卒業後も陸上を続けられる人は少ないですし、その上、成功できる選手はほんのひと握り。そんな中で、自分を追い込んで努力し続けて3回もオリンピックに出場している。同期の仲間ながら、人として尊敬しています」この一年間はコロナ禍で誰もが不安な日々を送っていた。そんな中、Aさんは山縣と久しぶりに会うことに。「昨年の秋ごろ、同期の結婚式で再会しました。当時は東京五輪の延期も決まり、コロナの影響で開催すら危ぶまれている状況でした。もちろん本人も気にしていましたが、“今はとにかく目の前のことを淡々とやるだけ”という感じでしたね」そしてとうとうやってきた本番。友人の晴れ舞台に、Aさんもワクワクが止まらないという。本人に伝えたいメッセージを尋ねた。「選手として、友人として本当に尊敬できるし、誇りに思っています。自国で開催する五輪への出場は一生に一度の経験、これ以上ない大舞台。とにかく、周りのためとかではなく、自分自身のために全力で走り抜いてほしいです」大会直前のインタビューでは「9秒台で駆け抜けて決勝にいきたい」と抱負を語っていた山縣。まずは、開会式での雄姿が楽しみだ!
2021年07月23日〈ホテル椿山荘東京〉は森のような庭園において、霧に包まれた幻想的な情景を楽しむ「東京雲海」と、夜ならではの庭園の魅力を楽しむ「千の光のライトアップ」を10月よりスタート。春や秋の夜明け・早朝にしか見られない雲の海が、都心の庭園に出現?!ということで、早速その様子を見てきました。都会の真ん中で体験する幻想的な風景「東京雲海」。都心にありながら森のような庭園の中に建つ〈ホテル椿山荘東京〉。江戸時代の人々や山縣公が感激したという、140年以上もの間人々に愛されてきたこの景色を、現代の人々の心にも残したいという想いのもとスタートしたのが、今回の「東京雲海」です。客室から見える東京雲海の様子。そもそも雲海は、山間部などでの放射冷却によって霧、層雲が広域に発生する自然現象の事で、大気層、気温や風などの気象条件や、春や秋の季節・時間的条件など、様々な条件が整ったタイミングでしか見ることができません。今回はその奇跡的な現象を、東京にいながら体感できるよう〈ホテル椿山荘東京〉が独自に演出。霧に包まれた庭園を建物から見下ろすと、霧の間から見える緑の木々がまるで海に浮かぶ島々のように映え、幻想的な雲海の景色を望むことができます。庭園から見る東京雲海の様子。建物からだけでなく、実際に庭園を散策して見る雲海も圧巻。霧に包まれた幻想的な空間が広がり、特別な庭園散策を楽しむこともできます。ちなみに東京雲海は1日に数回、10〜15分間隔で出現予定です。注目は宿泊者限定で見ることができる、雲海が庭園の3/4ほどのエリアを覆う“大雲海”。庭園への入場は、ホテルを利用の方のみになりますが、ぜひ体感いただきたいところです。庭園のライトアップがリニューアルした「千の光のライトアップ」。また、日没以降は庭園が美しくライトアップ。木々を一本一本丁寧に1000灯のLED投光器でライトアップすることで、生き生きと庭園の魅力を映し出し、雲海も幻想的に浮かび上がります。三重塔や羅漢石などの史跡、園路やご神木、五丈滝など庭園に点在するスポットのライトアップも今回一新。夜しか体験ができない幻想的な庭園風景を味わえます。現時点での東京雲海出現のスケジュールは以下の通りです。(予告なく変更の可能性あり)<平日>6:00〜6:30【大雲海】/7:00〜7:30 【大雲海】/11:00〜11:30/12:00〜12:30/13:00〜13:30/14:00〜14:30/15:00〜15:30/17:30〜18:30/19:30〜20:00/20:30〜21:30/22:00〜22:30/23:00〜23:30 【大雲海】<土日祝>6:00〜6:30 【大雲海】/7:00〜7:30 【大雲海】/11:00〜16:00/17:30〜18:30/19:30〜20:00/20:30〜21:30/22:00〜22:30/23:00〜23:30 【大雲海】東京雲海公式サイト「東京雲海」出現記念の限定プランも登場。「東京雲海 GARDEN TERRACE DINNER」。「東京雲海」出現に合わせて、〈ホテル椿山荘東京〉では様々な特別プランを展開。雲海をモチーフにした料理や、雲海を眺めながら楽しむ食事プラン、宿泊プランが登場しました。「東京雲海 GARDEN TERRACE DINNER」テラス席の様子。特におすすめは千の光にライトアップされ、日中とは異なる表情を見せる庭園を望みながらテラス席でショートコースを楽しめる「東京雲海 GARDEN TERRACE DINNER」。秋口の心地よい風を感じながら、シャンパンやワインとともにディナーを楽しめるイベントです。特に「東京雲海」の演出中は、庭園に広がる雲海が金色に照らされ、夕刻にしか見られない幻想的な庭園を堪能できます。料理は、フレンチのショートコース。〈ホテル椿山荘東京〉料理長が仕立てる、本イベントだけのメニューです。料理は13種類の前菜盛り合わせに、パン、ブロッコリー、カリフラワー、ソーセージ、トマトなどで味わうチーズフォンデュ。そしてしっかりとした量のビーフステーキに、インカの目覚めのポテトと盛りだくさん。デザートも日替わりで3種類から選べ、食後のコーヒーまで味わえます。ちなみにワインは、赤、白のほか、ホットワインもフリーフロー。珍しい白ワインのホットもあるので、ぜひ試してみてください。このほかにも特別宿泊プランや食事プランが盛りだくさん。秋の行楽シーズン、〈ホテル椿山荘東京〉でしか味わえない幻想的な景色を訪ねてみては。「東京雲海 GARDEN TERRACE DINNER」東京都文京区関口 2-10-8ホテル椿山荘東京バンケット棟宴会場テラス03-3943-114019:00~21:00、土日祝18:30~20:30※受付は開始時間の30分前より開催日:10月8(木)・9(金)・15(木)・16(金)・17(土)・18(日)・21(水)・22(木)・23(金)・24(土)・27(火)・29(木)・30(金)・31(土)通常料金10,000円、WEB予約9,500円※税金・サービス料込み公式サイト
2020年10月12日SAGA305セイコーウオッチ株式会社は、グローバル志向の高いビジネスマンに向けたブランド<セイコー ブライツ>から、セイコーの社員アスリートである山縣亮太とコラボレートしたスペシャル限定モデルを7月17日より全国で発売いたします。希望小売価格は14万3,000円(税込)(税抜13万円)、販売数量は限定610本です。<セイコー ブライツ>は、グローバル志向が一層高まっていた2000年にビジネスマンへ向けたブランドとして誕生しました。ブランド誕生当時から商品開発のテーマに一貫して掲げてきたのは、「セイコーが誇る先端技術による、腕時計としての確かな基本性能と快適な使い心地」です。誕生以来、多くのモデルを展開してきたブライツは、世界で戦うビジネスマンの腕元をサポートし続けてまいりました。そして今回、世界を舞台に駆けまわるグローバルビジネスマンに向けて、セイコーの社員であり、世界で戦うアスリートの山縣亮太選手をイメージしたスペシャル限定モデルを発売いたします。《商品特徴》■レーンに立ち、スターティングブロックにスタンバイした山縣選手をモチーフにしたスペシャルデザイン・山縣選手が得意とするスタートダッシュ、その姿から、ダイヤルには“集中力を高める色”と言われるネイビー色を採用しました。また、ダイヤル中央には山縣選手の種目である短距離のストレートトラックをイメージしたストライプパターンを施し、ゴールまで一直線に続く戦いのフィールドを表現しています。・スポーツ大会におけるセイコーの象徴である「スポーツタイミングイエロー」をモチーフに、クロノグラフに関連する秒針、分針のサブダイヤル12時位置略字に金の差し色を施しています。また、「10秒より先の世界しか見ていない」という山縣選手の思いから、クロノグラフの目盛りは0秒~9.99秒までを黄色でハイライトしています。・山縣選手の所属する「TEAM SEIKO」の本拠地である「東京」の都市コード「TYO」をセイコーのスポーツタイミングのイエローでハイライトしました。・陸上競技はタイム計測が必須であることから、最適なクロノグラフキャリバー8B92を採用しました。・直筆サイン入りのメッセージカードを同梱したスペシャルパッケージで、山縣選手の誕生日である6月10日に合わせた610個の数量限定で、裏ぶたには限定モデルの証である「LIMITED EDITION」の文字と本人のサインが表記されており、特別感をより一層醸成しています。<セイコー ブライツ>は、本質を見極める感覚を持つグローバル志向の高いビジネスマンに向けたブランドです。セイコーが誇る先進技術と匠の技により、使うほどに満足感の高まる確かな性能、快適な使い心地、さらに、シンプルで洗練されたデザインが、自分らしいスタイルを大切にする方の個性を引き出します。ブランド名“BRIGHTZ”は、BRIGHT(聡明で輝いている)と、Z(追求、ありつづけいている)を組み合わせた造語です。山縣亮太2015年セイコー入社2016年には4×100mリレーの第1走者として当時のアジア記録の樹立に貢献。個人では2018年の日本選手権100mで優勝を果たし、2017年、2018年には日本歴代4位タイとなる10.00をマークした。《商品仕様》<セイコー ブライツ> 山縣亮太 スペシャル限定モデル品番 SAGA305 希望小売価格 14万3,000円(税込)(税抜13万円) ケース・ブレスレット チタン(ブラック硬質コーティング) ダイヤルカラー ネイビー 販売数量 610本 発売予定日 7月17日(金)【商品仕様】ガラス素材:サファイアガラス(スーパークリア コーティング(※1))防水性能:日常生活用強化防水(10気圧防水)ケースサイズ:[外径]43.2mm(ボタン・りゅうず含まず)[厚さ]11.3mmその他:ねじロック式りゅうずアフターサービス:メーカー保証 保証期間1年間【ムーブメント仕様】電波修正機能つきクオーツムーブメント キャリバー 8B92時間精度:平均月差±15秒(5℃~35℃において腕につけた場合)受信機能:電波修正機能(日本(2局)・中国・アメリカ・ドイツから発信される標準電波を受信)自動受信機能強制受信機能受信結果表示機能受信レベル表示機能その他機能:ソーラー充電機能パワーセーブ機能(フル充電時より約2年間駆動)フルオートカレンダー機能(2099年12月31日まで)ワールドタイム機能(25タイムゾーン、26都市)ストップウオッチ機能(1/5秒計測、60分計)針位置自動修正機能(※1)スーパークリア コーティング光の反射を99%以上抑制する透明被膜を、ガラスの表裏両面に施したセイコー独自の無反射コーティング処理です。太陽光や照明がまぶしい環境下でも、ガラスの存在を意識させません。また、表面の防汚膜により汚れがついても簡単に拭き取ることができます。セイコーウオッチ(株)の公式Webサイトアドレス<セイコー ブライツ>の公式Webサイトアドレス企業プレスリリース詳細へ本記事に掲載しているプレスリリースは、株式会社PR TIMESから提供を受けた企業等のプレスリリースを原文のまま掲載しています。FASHION HEADLINEが、掲載している製品やサービスを推奨したり、プレスリリースの内容を保証したりするものではございません。掲載内容に関するお問い合わせは、株式会社PR TIMES()まで直接ご連絡ください。
2020年07月06日俳優の前田公輝が、マイナビニュースの公式YouTubeチャンネル内の企画「10秒インタビュー」に登場し、20の質問に答えた。本企画は「ウィズコロナ」をテーマに、著名人が「10秒」という限られた中で答えを絞り出す姿を通して、「家で過ごす楽しさ」などプライベートの一面を探るというもの。「今日の朝食のメニューは?」には、4秒ほどためて「……お茶漬けです」と爽やかな笑顔を見せ、「梅干しを入れてつぶして。ただ、種がちょっと……」とタイムオーバー。「魅力的な人は?」にも正直に答え、「何のためなら、朝ベッドから飛び起きられる?」には照れながらも「あなたのために……」とファンへの思いが伝わる“決めゼリフ”を披露した。また、26日に初写真集『Bright』(ワニブックス・税込2,800円)を発売することに触れ、「僕の名前は“公”に“輝”。その“輝”の文字をとって『Bright』」とタイトルの由来を説明し、「過去・現在・未来というテーマで20代の集大成がすべてここに詰まっています」とアピールする場面も。同写真集はその言葉通り、役者として歩んできた過去から現在、そしてこれからの未来に思いを馳せる姿まで、「20代最後の今」の貴重な瞬間をオール撮り下ろしで記録。6歳から子役として活動してきたからこそ語られる役者人生、そして友人や恋愛観などオフの一面をさらけ出したロングインタビューも収録されている。コロナ禍で懸命にがんばる人に向けてのメッセージを求められると、「自粛が続いて今までの生活が一変して『ちょっとつらい』と思う時もあるかもしれないですけど」と神妙な面持ちの前田。「コロナ対策を徹底していって、日常を取り戻せるように一緒に頑張れたらなと思います」とファンと共に歩んでいくことを強調し、「皆さんと笑顔で会える日を楽しみにしております」と再会できる日を心待ちにしていた。
2020年06月12日リトゥンアフターワーズ(writtenafterwards)のデザイナー・山縣良和による初の絵本「ぼくは0てん」が、全国書店にて発売される。常にサプライズの絶えない手法で、数々の作品を世に送り出しているリトゥンアフターワーズのファッションデザイナーの山縣良和。鳥取で生まれ、ロンドンのセントマーチンズ在学中からアレキサンダー・マックイーン(Alexander McQueen)やジョン ガリアーノ(John Galliano)で経験を積み、2005年に卒業。そして、2年後の2007年にはリトゥンアフターワーズを立ち上げた。妖怪の世界や戦時中の女性などをテーマに、これまで10年強にわたってユーモアあふれるコレクションを発表し続けている。「ぼくは0てん」は、そんな山縣良和が、故郷の鳥取へと帰る深夜バスの中でふと思いついた物語。2009年秋冬コレクション「graduate fashion show」のイメージソースにもなったストーリーだ。勉強もできず自信の持てなかった子供時代を過ごし、やがてイギリスへと飛び立っていった自身の半生を重ね、“レッテル貼り”や“他人の評価”から自由になって、自分の得意なことを見つけ出していくストーリーを、愛らしい「てんすう」たちのキャラクターで描いた。【詳細】ぼくは0てん発売日:2019年12月5日(木)より順次取り扱い:全国書店※取り扱い・発売日は書店によって異なる。価格:1,600円+税
2019年12月09日「もしかして、付き合っているのでは?」と騒がれ始めてから15か月。ついにダイアン・クルーガーとノーマン・リーダスがその関係を公にすることに決めたようだ。2人は2015年に『Sky』(原題)で共演し、2015年12月にニューヨークのバーで仲良く飲んでいる姿を目撃されて交際疑惑がささやかれるもダイアンの関係者がはっきりと否定。その場には『Sky』の監督ファビエンヌ・ベルトーも同席していたことが明らかになっていた。しかし、それから8か月後の夏、ダイアンが10年に渡って交際していたジョシュア・ジャクソンと破局宣言。そして火曜日の夜(現地時間)、ダイアンとノーマンの交際が確実視される出来事が起きた。「Mail Onlne」によると、2人はニューヨークのイースト・ヴィレッジのバーで4時間を過ごした後、手をつないで歩き始めた。そして道の角で30分にも及ぶ情熱的なキスを続けたという。人目にさらされる場所で30分もキス…これは2人からの交際宣言とも取れるのでは?2人はこれまでにも一緒に時間を過ごす姿が目撃されており、昨年12月にはパリで開かれたノーマンの写真展にダイアンが駆け付け、先月は数日間旅行に行っていたことも報じられている。(Hiromi Kaku)
2017年03月24日リトゥンアフターワーズ(writtenafterwards)、リトゥン バイ(written by)のデザイナー山縣良和が、初の絵画展「Fashion Illustrations by Yoshikazu Yamagata」を12月16日から25日、表参道ROCKETにて開催する。山縣良和は2005年、セントラルセントマーチンズ美術学校を卒業し、ジョンガリアーノのデザインアシスタントを務めたのち帰国。2007年にリトゥンアフターワーズを設立して、2014年にベーシックラインであるリトゥン バイを発表。昨年はファッションコンテスト「LVMHプライズ」に日本人初のノミネートを果たした。絵画展では、山縣良和が学生時代から現在までに描いたデザイン画、ラフ画、イラストレーション作品、ファブリックデザインに用いた原画等を展示・販売。コレクション発表時に使用されたビジュアルの原画も見ることが出来る。【イベント情報】「Fashion Illustrations by Yoshikazu Yamagata」 会場:表参道ROCKET住所:東京都渋谷区神宮前4-12-10 表参道ヒルズ同潤館3F 会期:12月16日~25日時間:11:00~21:00 (12月18日は20:00まで、22日~24日は22:00まで)入場無料会期中無休
2016年12月04日リトゥンアフターワーズ(writtenafterwards)やリトゥン バイ(written by)のデザイナー山縣良和による初の絵画展「Fashion Illustrations by Yoshikazu Yamagata」が表参道ヒルズにある、表参道ROCKETで開催される。期間は、2016年12月16日(金)から12月25日(日)まで。山縣が、学生時代から現代に至るまでに描いたデザインがやラフ画、イラストレーション作品、ファブリックデザインに用いられた原画等を展示・販売する本展。コレクション発表時などに使用されたビジュアルの原画を実際に見ることができる貴重な機会となる。ファッションやアートが好きな人はもちろん、これからのクリスマスシーズンに向けて、アーティスティックなプレゼントを探している人にもおすすめ。入場も無料となっているので、表参道の美しいイルミネーションを楽しみつつ、日本のデザイナーによるアートの世界にも触れてみてはいかがだろう。【概要】Fashion Illustrations by Yoshikazu Yamagata会期:2016年12月16日(金)〜12月25日(日)時間:11:00〜21:00(12月18日(日)〜20:00、12月22日(水)〜24日(土) 〜22:00)場所:表参道ROCKET住所:東京都渋谷区神宮前4-12-10 表参道ヒルズ同潤館3FTEL:03-6434-9059※一部展示・販売されない作品有り。
2016年12月03日俳優のブラッド・ピットが、アンジェリーナ・ジョリーとの破局後、初めて公の場に姿を現した。8日、ロサンゼルスで行われたブラッドの製作会社プランBがプロデュースした新作映画『ムーンライト』のプライベート試写会の会場で『オーシャンズ11』の共演者でもある友人のジュリア・ロバーツと写真を撮っており、笑顔こそ浮かべっているもののその姿はやつれているようにも見える。チェックのシャツにジャケット、ジーンズ姿で登場したブラッドがその場に現れることは、事前に知らされていなかったという。さらにブラッドは、9日にカリフォルニアで行われる『マリアンヌ』のプレミア試写会のレッドカーペットに登場すると言われており、米トーク番組の司会者を務めるウェンディ・ウィリアムズは現在親権争いを行っているブラッドに対し、公の場に姿を現わすのは極力短い時間にしたほうが良いとアドバイスしている。ウェンディは子供たちのことを少し褒めたあと、レッドカーペット上では『エンターテイメント・トゥナイト』の司会ナンシー・オデールと『エクストラ』の特派員マリオ・ロペスのみのインタビューに答えることをブラッドに提案している。(C)BANG Media International
2016年11月10日3月16日に表参道ヒルズでリトゥンアフターワーズ(writtenafterwards)、リトゥンバイ(written by)が行ったコレクション「gege」でフロントローに砂にまみれた骸骨が座っていた。この骸骨をはじめ、ラストルックで小松菜奈をモデルに披露された砂のドレスの制作を行ったのが鳥取市にあるモルタルマジック株式会社。FASHION HEADLINEでは、まだ寒さも残る2月下旬にデザイナーの山縣良和さんと共にモルタルマジックを訪ねた。鳥取と聞いて、まず思い浮かべる光景は“砂丘”という人もいることだろう。鳥取市にあるモルタルマジックでは、鳥取砂丘の砂(国立公園外)を使ったモアイ像や鬼太郎フィギュア等を数多く商品化している。このモルタルとは、セメントに水を入れて練ったもので、煉瓦を積み上げる際のパテのように左官に使われることも多い素材。実際にモルタルマジックに足を運ぶと、砂で出来たモアイがずらりと並んで迎えてくれた。鳥取砂丘の砂で骸骨に加工を施したモルタルマジックを訪ねる山縣良和さんショーのフロントローに座るだけでなく、3月30日まで同潤館ROCKETで開催されたインスタレーション「gege」でも壁面に生々しい野菜や花々と共に飾られていた砂丘の砂に覆われた骸骨模型。究極の陰ともいえる死を象徴する骸骨を、どこかユーモラスに表現していたのが印象的。と同時に、我々の世界がいつも生と死が隣り合わせにあることを束の間思い出させてくれるようでもあった。この骸骨は1体約15キロの砂丘の砂を使い、約20時間かけて制作された■鳥取を愛し、愛された漫画家・水木しげる先月行われたファッションショーのタイトル「gege」とは、鳥取の言葉で“下の下”つまり、最下位や、鳥取の方言で驚く様を表現する言葉。また、今回山縣さんがオマージュを捧げた鳥取育ちの漫画家・水木しげるさんの幼いころのあだ名でもあるという。「gege」では水木しげるさんが生涯に渡って描き続けていた“妖怪”がテーマになっている。地元鳥取の人々にとって「水木先生は鳥取の宝だと思う」とモルタルマジックの代表取締役・池原正樹さん。確かに、水木さんが子供時代を送った鳥取県境港市には「水木ロード」という道がある。ここでは、軒を連ねる店々に留まらず、橋の欄干、街灯、マンホールなども、すべて水木さんの描いたキャラクターという水木ファンの聖地のような場所がある。どれほど地元の人々に水木さんが愛され、慕われているかを感じる光景の一つだろう。水木ロードでは鬼太郎に登場するキャラクターたちが、橋の欄干など随所に現れる■鳥取砂丘の砂を一面につかったドレスを作るショーのラストを飾った砂かけばばぁを連想させる砂のドレス。のそりのそり砂のドレスを纏ってラストルックを歩いたのは小松菜奈さん。エレガントなシルエットとは裏腹に、湿った重みを感じさせるこのドレスを作るにあたっては、鳥取砂丘の砂を被覆した生地を全体に採用している。このドレスをはじめ、ショーに際し、鳥取の砂を用いたブローチ、下駄などの制作にあたったモルタルマジックの代表取締役・池原正樹さんに話を聞いた。上京して間近にショーを見ていた池原さんは、小松さんが砂のドレスを着用して歩く姿に「これまで、土産物という視点で砂の商品を開発してきたけれど、砂という素材は、まだまだいろんなジャンルに可能性があると感じた」と語ってくれた。gegeのラストルックは、小松菜奈さんが纏った砂のドレス今回、砂をテキスタイルに付着させることで、これまで目にしたことのない新鮮なファッションを制作したモルタルマジック。今後は砂丘の砂を使ったモアイ像や鬼太郎などのユニークな造形の砂フィギュアに留まらず、JAXAの資金援助を受け、宇宙の惑星の砂を使った物づくりにもチャレンジしようとしている。砂の可能性はここまであるのかと感じると共に、素材が引き出すファッションの可能性を目の当たりにさせてくれたコラボレーションだった。
2016年04月12日ギャラリー・ロケット(ROCKET)の移転オープニング企画として3月18日から30日まで、インスタレーション展「山縣良和『gege』」が開催されている。同展は、3月18日に表参道ヒルズの同潤館3階に移転オープンしたギャラリー・ロケットのオープニング企画として開催されるもの。リトゥンアフターワーズ(writtenafterwards)とリトゥンバイ(written by)が、16年AWコレクションに引き続き「妖怪」をテーマに掲げたインスターレーションとなっている。会場では、山縣の故郷である鳥取の砂丘の砂を使用した骸骨に、生の野菜や果物を配し「生」と「死」を表現した。また、16日に発表されたばかりのコレクションピースも展示され、直接手に取る事が可能となっている。ロケット20周年を記念して、両ブランドのデザイナーである山縣良和と、音楽プロデューサーの藤原ヒロシによるコラボレーションTシャツも発売。表参道の町並みをモチーフとした「town」(1万円)と、並木モチーフの「trees」(全5色/各1万円)の2種類が用意された。また、リトゥンバイの最新コレクションより、砂のブローチ(小/3,200円、中/3,500円、大/3,800円)が数量限定で販売中。【イベント情報】「山縣良和『gege』」会場:表参道 ロケット住所:東京都渋谷区神宮前4-12-10 表参道ヒルズ同潤館3階会期:3月18日~30日時間:11:00~21:00(日曜日は20:00まで、30日は18:00まで)入場料無料会期中無休
2016年03月20日この日、鳥取出身のデザイナー山縣良和さんと共に訪ねたのは鳥取県東部の特産品である「因州和紙」を4代に渡り生業とする中原商店。16-17AWコレクションで鳥取の素材を使ったクリエーションを披露した山縣さんは、中原商店にショーで使うあるアイテムの制作を依頼していた。鳥取駅から東に約25キロの場所にある因州和紙の里・青谷町。鳥取の物づくりを語る上で欠かせない、因州和紙の里で和紙を作り続けている中原商店は、伝統工芸士である中原剛さんと息子の寛治さん親子で営まれている。この土地で作られる因州和紙は、その筆運びの良さから、全国で使われる書画・水彩画に使われる画仙紙の約6割から7割を占めているというから、その品質もお墨付き。山縣さんと共に訪ねた中原商店で、奥から中原さんが取り出してきたのは和紙で出来たハット。その出来映えを見た山縣さんも「すばらしい」と一言。どうやら、山縣さんから届いたフェルト素材のハットを見本に、中原さんが発泡スチロールで型を作り、その上に手漉き和紙を重ねては乾かし、という作業を繰り返して和紙のハットを制作していったのだという。中原さんは和紙のハットを作るごとに改良を重ね、幾つかのプロトタイプがこの日完成していた。そのハットを手にした山縣さんと中原さんで、ツバの広さが広げられるか、また帽子のシルエットについてアイデアを出しあって、この日の打ち合わせは終了。山縣さんから送られたフェルトの帽子を見本に、和紙を張り合わせて中原さんが作った因州和紙のハット寛治さんに今回のプロジェクトの意気込みを訊ねると「生業とは違う形で和紙の創作が出来るのは我々にとっても楽しいこと」と語ってくれた。また、新しい試みに柔軟に対応していくことが、職人としての喜びにもつながるとした上で、「伝統と伝承は違います。伝承は、昔ながらのやり方をそのままに伝えていくこと。そして、伝統は新しさを加えることで受け継いでいくことです」と話してくれた。そして、ショーで披露された因州和紙のハットがこちら山縣さんも1617AWのコレクションテーマでもある妖怪について「日本の自然と妖怪は切っても切り離せないもの。古くから日本人は自然と妖怪と共存した世界観を持っており、コレクションでもそれが共存する世界を表現した」とコメントしている。中原商店では、工房の裏手から和紙の原料となる木を育て、刈り取るところから自分たちで手掛けている。良質な原料を入手するため、木の芽を丁寧に摘み取ることで、まっすぐで加工しやすい状態の楮(こうぞ)の木を手にすることが出来る。原料となる木の表皮から、ゆっくりと時間をかけ不純物をアルカリで煮出し、さらに清流にさらし白さを際立たせていく。晒の作業を数日間経て、さらに手作業で繊維の中からチリを取り除いていく。その後、やっと和紙を漉く工程にうつるというから、まさに根気と体力勝負の作業ばかり。手で芽を摘み取ることで、加工しやすい状態になる楮(こうぞ)ゆっくりと時間をかけて不純物をアルカリで煮出す生命力のある素材に理由があるとすれば、そのルーツが確かであることが理由として挙げられるだろう。今回、山縣さんが自身のルーツである“鳥取”という場所で、時代を越えて受け継がれてきた日本の自然、日本の暮らしと共にある和紙をコレクションに取り入れたことは、ファッションを通じてルーツを辿ることと同義に思えてきた。――緑、白、黒が織りなす凛とした器をつくる「因州・中井窯」を訪ねます。00
2016年03月19日ファッションデザイナーの山縣良和が手掛けるリトゥンバイ(written by)とリトゥンアフターワーズ(writtenafterwards)が「メルセデス・ベンツファッション・ウィーク東京」開催期間中の3月16日、2016秋冬コレクションを表参道ヒルズにて発表する。山縣良和が2016秋冬コレクションに掲げたテーマは「gege(ゲゲ)」。彼の故郷である鳥取県の方言で「下の下」または「びっくり」を意味する同コレクションは、“妖怪”をテーマに制作された。同コレクションは、80年代後半にアナ・ウィンターが雑誌『Vogue』の編集長となった際に初めて担当した表紙からインスピレーションを受け、クチュール、ストリート、妖怪といった様々な要素をミックスしたコレクションとなっている。なお、16日19時から表参道ヒルズで披露されるコレクションショーは一般の人へも開放されるため、誰でもコレクションを自由に観覧することができる。3月18日から30日までは、表参道ヒルズの同潤館に移転するギャラリー・ロケット(ROCKET)のオープニング企画を山縣良和が担当し、今回のコレクションに関連したインスタレーションを行う。また、同企画に際し、山縣と藤原ヒロシのコラボレーションアイテムも限定販売される。FASHION HEADLINEでは、山縣が同コレクションの制作にあたり訪ねた、鳥取県の伝統工芸品「因州和紙」や鳥取砂丘の砂を使ったモルタルで玩具を作る企業「モルタルマジック」へ同行。そのレポートをコレクション後に公開予定。鳥取砂丘因州和紙の工房を訪ねる山縣鳥取砂丘の砂を使ったモルタルを作るモルタルマジックで
2016年03月14日セントラルセントマーチンズ美術学校を卒業後、ジョン・ガリアーノのデザインアシスタントを経て帰国した山縣良和さん。昨年からはパリでも定期的に展示会を行っており、最近ではパリのコレットなど、海外のショップのウィンドーで作品を披露する機会も増えてきている。一方、Tex. Boxの澤利一さんはルイ・ヴィトン(Luis Vuitton)、ランバン(Lanvin)、ヨウジヤマモト(Yohji Yamamoto)など、国内外のブランドのランウェイを飾るファッションのニードルパンチを手掛けている。ファッションにおいて、まさに国境を越えて活躍する2人に、それぞれの視点から見る日本のファッションと世界のファッションについて訊いた。13年春夏のコレクション「七福神」では、前年の東日本大震災以後、山縣さんの心に沸き上がった「日本の古くから使われている素材で造形的なものを作りたい」という思いを日本の素材や文化を咀嚼し大胆にファッションで表現した山縣さん。時が経ち、彼は15年秋冬では、マイケル・ジャクソンの「Heal The World」をバッグに、マイケルやベネトンの広告を手掛けたオリビエロ・トスカーニにオマージュを捧げるようなユニバーサルなコレクションを発表している。どんな心境の変化があったのだろうかと訪ねると…。「ちょうどパリで展示会をはじめたタイミングで泊まったホテルが、その1週間前におきたシャルリー・エブド襲撃事件の目の前だったんです。世界的な事件が、自分にとって身近な存在だと感じたら、ファッションにおいても世界的な視点で表現出来たらという心境の変化に繋がりました」と返ってきた。そして、ファッションの都、パリについてこう語る。「パリ衰退といわれていますが、やはりパリは文化的総合力が高くて強い街だなと思います。ヨーロッパの文化的中心地であり、食、建築、アート、ファッション、音楽、哲学…となんでもある街です。そういった文化に慣れ親しんだ人が住む街は”粋”があると思う」と続ける。「自分たちが日本のいい生地を使って、それを世界に発信出来たらいいなという思いがあります」と山縣さんそして、ここ数年、自身のクリエーションを通じて国内の産地に足を運ぶことが増えたという山縣さんには、一つの目標があるという。伝統的な技法の布地に触れ「この生地を使いたい」と思うことがあっても「値段にたまげてしまうこともある」と山縣さん。訊けば、そういった技術的に優れた生地は着物業界や、シャネルやディオールなどのラグジュアリーメゾンの元に渡るのだという。「せっかく日本にいい生地があるのに、それを自分たちが使えない状況は歯がゆい。自分たちが日本のいい生地を使って、それを世界に発信出来たらいいなという思いがあります。そういう流れを作りたい」とその思いを語る。ニードルパンチを終えた生地明治の文明開化以降、海外からの文化が染み込んでいった現代の日本。この急激な変化というのは、ここ100年余のことだろう。「かつての日本には、文化的な素養があったのだと思います。ただ、この100年でそれを失ってしまった。海外の人たちは憧れだけで作ったフェイクは求めていないし、自分たちにない文化を求めています。だからこそ、洋装やヨーロッパの文化を学ぶのは、その歴史と文化を理解するため。決して、真似をするための勉強ではないはずです。そのために私たちは、自国の先祖代々の真相を知らなくてはいけないし、それがないとクリエーションは世界に通用するものにならないのでは」と山縣さんは続ける。ここまで、頷きながら山縣さんの話を訊いていた澤さんがこう続けた。「日本でも、世界でも各産地で素晴らしいテキスタイルが作られていて、それが本流でありテキスタイルの一番いい形だなと思います。ただ、そこにもっと面白みを加えてもいいんじゃないかという思いがあります。それを可能にしてくれるのが、私にとってはニードルパンチです」と澤さん。「面白い仕事をずっとし続けたいんです」と澤さん「私は、面白い仕事をずっとし続けたいんです。だから、はじめましてのブランドさんからの、なんじゃこりゃっていうリクエストが嬉しい」と澤さん。「僕に出来るとしたら、きっと完成度じゃない。各地で作られる完成度の高い生地を、私が崩してはいけないと思っています。ただ、各地で織ったけれども、そのままでは製品にならないようなものからニードルパンチを使ってアレンジしていくことが出来る」と語る。Tex. Boxに飾られた様々な表情を見せるニードルパンチの作品が物語るように、彼は素材を手にすると、次々のクリエーションのイメージが広がっていくようだ。この日、山縣さんと澤さんの対話を通じて感じたのは、可能性を信じる力の大切さ。そして、ベストを尽くした後のアクシデントを楽しむ心のような気がした。のこぎり屋根から陽射しが差し込むこの場所で、確かにファッションが生まれていた。あなたが手にする洋服が、一体どんな旅路を経てやってきたのか。ほんの一時でも思いを馳せてから纏うことが出来れば、その1着の持つ意味が変わるのかもしれない。リトゥン山縣良和×桐生でニードルパンチを手がける澤利一「ニードルパンチはフリーペインティングと同じ」前編【ファッションが生まれる場所】に戻る
2016年03月05日表参道ヒルズの同潤館3階に移転オープンするギャラリー・ロケット(ROCKET)ではオープニング企画として3月18日から30日まで、デザイナーの山縣良和を迎えたエキシビション「山縣良和『gege』」が開催される。同エキシビションでは、山縣良和によるブランド・リトゥンアフターワーズ(writtenafterwards)とリトゥンバイ(written by)にフォーカス。アーティストのToshiyuki Konishiによる作品を用いて、メルセデス・ベンツファッション・ウィーク東京(Mercedes-Benz FashionWeek TOKYO=MBFWT)で発表されたばかりの両ブランドの16AWコレクションに関連したインスタレーションを実施する。3月26日から30日までは、リトゥンバイの16AWコレクションの受注会も開催。また、ロケットの20周年を記念して、山縣良和と音楽プロデューサーでデザイナーの藤原ヒロシによるコラボレーションアイテムも限定販売する。【イベント情報】「山縣良和『gege』」会場:表参道 ロケット住所:東京都渋谷区神宮前4-12-10 表参道ヒルズ同潤館3階会期:3月18日~30日(会期中無休)時間:11:00~21:00(日曜日は20:00まで、最終日は18:00まで)入場料無料
2016年02月28日中部テレコミュニケーションは、同社のスマートフォン向け地図情報アプリ「ちずコレ」に新たなコンテンツ「家康公葵旅~家康公ゆかりの地をめぐるビンゴラリー~」を追加した。「ちずコレ」は、中部テレコミュニケーションが提供する無料のスマートフォン向けアプリ。中部地域を中心としたあらゆる情報を選別し、地図情報とともに話題のスポット、グルメ情報などのコンテンツとして提供している。対応端末は7.1以降のiOS端末(iPhone/iPad)、バージョン4.1以降のAndroid端末(スマートフォン/タブレット)。今回提供を開始した「家康公葵旅~家康公ゆかりの地をめぐるビンゴラリー~」は、徳川家康公顕彰四百年記念事業岡崎部会実行委員会、同静岡部会事業実施本部、同浜松部会、静岡県、豊田市と、中部テレコミュニケーションが実施するもの。徳川家康公顕彰四百年記念事業では、「家康公が礎を築いた『世界史上、例をみない平和国家』で『究極の循環型社会』、『文化の成熟期』でもあった徳川時代を再考し、その知恵を未来の日本、そして未来の世界へ発信」している。今回、徳川家康公ゆかりの地の魅力を発信するため、「家康公葵旅~家康公ゆかりの地をめぐるビンゴラリー~」と題したマップを「ちずコレ」に公開。同マップ上で家康公ゆかりの地27カ所でスマートフォンをかざしてスタンプを獲得するビンゴイベントを開催する。期間は4月20日より12月26日まで。
2015年04月10日グレース・ケリー公妃。ハリウッド女優としての絶頂期にモナコ大公レーニエ3世と恋におち、彼のために華々しいキャリアのすべてを捨て、本物の「プリンセス」となった女性です。彼女のストーリーは、現代のおとぎ話として今も語り継がれています。では、女優からプリンセスへの転身後、彼女はハッピーになれたのか?結婚後の姿を描いた映画『グレース・オブ・モナコ 公妃の切り札』がまもなく公開されます。王室になじめなかった、結婚直後映画で描かれるのは、ロイヤル・ウェディングから6年後。公の場で政治的な発言をして夫に叱責されるなど、いまだ王室のしきたりに馴染めないグレース。何をしても「アメリカ女優」とささやかれ、浮いてしまうグレースはモナコに自分の居場所を見つけられず、ヒッチコック監督からのハリウッド復帰の誘いに心を動かされます。その頃、モナコの情勢は、フランスとの関係が悪化。フランスは過酷な課税を強要し、従わなければ「モナコをフランス領にする」という声明を出し、国としての危機的状況を迎えることになります。国が最悪の状況になったとき、グレースはようやく自分の役割に気がつく、といったストーリーです。セレブ妻じゃなくて、ひとりの働く女性セレブ妻となった女性のストーリー、とも読めますが、働く女性の生き方としても考えさせられる作品でした。結婚直後のグレースは「アメリカ人」「女優」としてのプライドにこだわるあまり、ハリウッドに女優として復帰することこそが自分の目標だと思い、王室や国民の求めに従うことは負けを認めるかのように考えている。でも実は、「アメリカ人の女優」というキャリアを持った彼女にしかできない大切な役割が、モナコ王室にもあるということに気づいていきます。「やりたいこと」より「周囲に求められること」自分の才能の活かし方って、自分が思う方向にだけあるわけではない。職場や生活環境が変わったときに、「自分がやりたいこと」にこだわるよりは、その環境に合わせながら自分にできることを探せば、以前と同じことをしなくても才能は活かせるはず。そんなことを考えさせられました。一方で、サスペンス映画のようなドキドキ感も味わえる作品です。王室をめぐり、各人たちの思惑が交錯、「この人が実は......!」というみどころもあります。グレースを演じるニコール・キッドマンの気品溢れる美しさと、華やかな衣装の数々はため息もの。映画を観るまでF1のイメージばかりだったモナコについて、知識が増えたのも嬉しいことです。グレース・オブ・モナコ 公妃の切り札監督:オリヴィエ・ダアン主演:ニコール・キッドマン、ティム・ロス原題:Grace of Monaco10月18日(土)より、TOHOシネマズ有楽座ほか全国ロードショー(C)2014 STONE ANGELS SAS
2014年10月15日女優の中村玉緒が25日、モナコ公妃となった女優グレース・ケリーの真実を描いたニコール・キッドマン主演『グレース・オブ・モナコ 公妃の切り札』(10月18日公開)のジャパンプレミアに、憧れのグレース・ケリーになりきったロイヤルファッションで登場した。本作は、人気絶頂でハリウッドを去りモナコ公妃となった元女優のグレース・ケリーが、モナコ公国存亡の危機を救った感動の物語。主人公のグレース・ケリーをニコール・キッドマンが演じる。ジャパンプレミアでは、グレース・ケリーの大ファンという中村玉緒がゲストとして登場し、来日中のオリヴィエ・ダアン監督に花束を贈呈。監督は「僕の方が花束を贈呈しなければならなかったですね」と語った。グレースになりきったロイヤルファッションで登壇した中村は「夢のようでございます! 私は、グレース・ケリーさんが大好きだったもので、映画を見させていただいて、どうしてもこの格好をさせていただきたいとお願いしましたの」と喜びを爆発。作ってもらったという衣装について「一生の思い出になる」と感激し、「ニコール・キッドマンさんにはとうとうなれなかったでございますけど。エへへへへッ」と玉緒節で笑わせた。また、モナコ公妃になってからも女優復帰したい思いと葛藤したグレース・ケリーと、結婚して女優を辞めたが、その後復帰した中村の人生は、通じるものが「ものすごくあります」と言う中村。「女優を辞めたにも関わらず、監督さんが会いに来たりなさるとムラムラッとなる。そういう時期がありました。主人に『出てもいいよ』と同じ言葉を言われたこもあるんです」と、同様の経験をしたことを明かした。本作の名シーンである演説の場面では「(手を)たたいたあと、涙が出ました」と感動したという中村。「中村玉緒さん主演の映画はどうですか?」という質問に監督が「いいですね! 日本のプロデューサーの方、そういう映画をオファーしてみてください」と答えると、中村は「おばあさんの役で、どうぞお願い致します」とアピールし、「映画に年齢は関係ない」と言われると、「ありがとうございます!」と喜んだ。
2014年09月26日人気絶頂の中でハリウッドを去り、モナコ公妃となったグレース・ケリーの結婚後の“ある出来事”を追った、ニコール・キッドマン主演『グレース・オブ・モナコ公妃の切り札』。今年2014年は、ちょうどグレース・ケリーの生誕85周年に当たる年。世紀の結婚をし、オスカー女優からプリンセスへと華麗な転身を遂げたかに見えた彼女の結婚生活や、モナコ公妃としての日々はどんなものだったのか。1982年、52歳という若さでこの世を去った彼女の命日・9月14日に併せ、在りし日のグレース・ケリーの写真と新たな劇中ビジュアルの到着とともに、彼女の生涯をふり返ってみた。本作は、“世紀の結婚”から6年後の1962年、グレース・ケリーが挑んだモナコ公国最大の危機に関わる “一世一代の大芝居”にスポットを当てた物語。監督は『エディット・ピアフ~愛の讃歌~』のオリヴィエ・ダアン。同じくオスカー女優のニコールがグレース・ケリーに扮し、ティム・ロスが夫・レーニエ公を演じている。1929年11月12日、フィラデルフィアの裕福な家庭に4人兄弟の次女として生まれたグレース。父はオリンピックの金メダリストであったため、活発なグレースの兄姉に目をかけており、内向的で芸術に興味を持つグレースに対しては、評価も期待も一切してこなかったという。グレースの恋の相手が常にかなり年上の男性だったのは、こうした父親への思いがあったためだとも言われている。その後、両親の反対の中、単身NYに演技の勉強に出たのが17歳のとき。1951年に『14時間』でスクリーンデビューし、52年には大手スタジオのMGMと契約して『真昼の決闘』でゲイリー・クーパーと、翌年には『モガンボ』でクラーク・ゲーブルと共演を果たした。そして、24歳のとき、ヒッチコック監督にイングリット・バーグマンに続くミューズとして見いだされ、1954年『ダイヤルMを回せ!』の主演に抜擢、「グレースは私がずっと探していた通りの女性だ」とヒッチコックに言わしめ、『裏窓』『泥棒成金』に相次いで出演。55年には、ジョージ・シートン監督『喝采』のビング・クロスビーの妻役でアカデミー賞「主演女優賞」を受賞した。6年間で11本の映画に出演したが、1956年、カンヌ映画祭で出会ったモナコのレーニエ公と結婚、女優を引退。式の模様は世界9か国で放映され、「世紀の結婚式」と呼ばれた。当時のモナコは、経済的困窮と後継者問題の解決が急務とされており、その中でグレースは、モナコの広告塔としての知名度と美貌、持参金、健康な体と最高の条件を兼ね備えていた妃とされていた。しかし、アメリカとヨーロッパ、一般人と王室、しきたりも風習も考え方もまったく違う環境に一人放り込まれたグレースは、本音を話せる友人もおらず、寂しい生活を送っていたという。また、モナコ人にとってもアメリカ人が突然公妃になったことをすぐには受け入れられず、またフランス語がほとんど話せず、口数が少ないグレースは「冷たい人物」と思われていたという。1957年、妊娠中のグレースがマスコミを前にお腹を隠すようにエルメスのバッグを抱えていたことをきっかけに、エルメスから正式に打診があり「ケリーバッグ」が誕生。そして、本作の舞台となる1962年、ヒッチコックから『マーニー』主演のオファーを受ける。愛する父を失っていただけでなく、何度も流産を繰り返しふさぐグレースを心配したレーニエ公は、この女優復帰に賛成。撮影のために家族全員でアメリカへ行く予定を立てるが、フランスがモナコに税制問題に関して、一種の宣戦布告を行い、その復帰は断念された。やがて、その国家の危機を乗り越えたものの、1982年9月13日、バカンスからの帰り道に自らハンドルを握った車で崖から転落。同乗していた愛娘ステファニー公女は一命をとりとめたが、グレースは危篤状態となり、翌14日に、生命維持装置が外された。まだ、52歳だった。グレース・ケリーが、いまも生きていれば85歳。神戸博「ポートピア’81」で来日した際には、濁った温泉、畳での就寝に難色を示した当時16歳のステファニー公女を、「日本には歴史ある文化があるのですから、体で独自の文化を理解するようにしなさい」と諭したとも言われている。日本庭園を愛し、「HANAE MORI」の顧客でもあるなど、親日家としても知られていた彼女の人生に、今日14日は思いを馳せてみて。『グレース・オブ・モナコ 公妃の切り札』は10月18日(土)TOHOシネマズ有楽座ほか全国にて公開。(text:cinemacafe.net)
2014年09月14日「恋学」女子にぜひ観てもらいたいこの秋公開の注目映画『グレース・オブ・モナコ 公妃の切り札』。人気絶頂でハリウッドを去りモナコ公妃となった伝説の女優グレース・ケリーをニコール・キッドマンが見事演じきる感動の話題作。女性として、母親として、女優として、公妃として揺れ動く彼女の心情は、仕事に恋にと大忙しなみなさんなら共感できるはず!ぜひこの映画から、自身の幸せを模索してみませんか?『グレース・オブ・モナコ 公妃の切り札』の見どころハリウッドのトップ女優からモナコ公妃へと華麗な転身を遂げたグレース・ケリー。映画『グレース・オブ・モナコ公妃の切り札』は、そんなケリーの生き方にスポットライトを当てた作品です。 ==STORY==“世紀の結婚式”から6年経ってもなお、モナコ宮殿のしきたりに馴染めずにいるグレース。夫のレーニエともすれ違いが続く中、ハリウッドから復帰の誘いを受け、心を動かされる。しかし、時同じくしてレーニエは過去最大の危機に直面する。フランスのシャルル・ド・ゴール大統領が過酷な課税をモナコに強要、承諾しなければ「モナコをフランス領にする」という声明を出したのだ。 そして窮地のなかグレースは、“自分にしかできない秘策”を考え出す。愛する家族を守るため、宮殿生活で見失っていた自分を取り戻すため、国を救うために、生涯一の“難役”に挑もうとする……。果たしてグレースが自ら書いた“脚本”のクライマックスとなる、運命を握るスピーチとは──???それはもう、ここでネタバレして共感を得たいくらい胸を締め付けられる名場面です!超感動作『グレース・オブ・モナコ公妃の切り札』続きはぜひ映画館へ☆映画を2倍楽しむならここをcheck!エルメスの「ケリーバッグ」がグレース・ケリーからきているという事実を知る恋学読者は少ないのではないでしょうか!?そう、この映画のみどころは、ニコール・キッドマンの美しさやストーリーだけでなく、60年代のクラシカルなファッションと華麗なアクセサリーにもあるのです! グレースと言えば、10.47カラットの婚約指輪をはじめ、ダイヤモンドとルビーのティアラや3連のダイヤモンドネックレスといったカルティエのジュエリーが、レーニエ3世より贈られたことでも有名。もちろん映画製作でも、本物のカルティエが登場しているそう。また、劇中ではパリのリュ・ド・ラ・ペ13番に位置するカルティエの伝説的なブティックも登場していますから、このシーンはお見逃しなく!ニコール・キッドマン着用ドレスが日本上陸!劇中でグレース・ケリー扮するニコールが実際に着用した衣裳3点を展示する衣装展・パネル展が各地で開催中!準備の際、マネキンに舞踏会用のドレスを着用させようとしたところ、ニコール・キッドマンがあまりにも細すぎるため、用意したマネキンでは入らないというアクシデントが発生したとか(笑)また、カルティエが全面協力したジュエリーやファッションのパネル展も同時開催中です。 見ているだけでエレガントな気分になれる衣装・パネル展。映画を観て余韻に浸るその足で、立ち寄ってみてはいかがでしょうか? 【詳細】『グレース・オブ・モナコ 公妃の切り札』衣装展・パネル展●9/10(火)~9/21(土) そごう大宮店にて●9/23(火)~9/29(月) そごう横浜店にて『グレース・オブ・モナコ 公妃の切り札』10/18(土)TOHOシネマズ有楽座ほか全国ロードショー公式サイト:(C)2014 STONE ANGELS SAS
2014年09月13日藤田観光は、11月1日~30日、運営する椿山荘、フォーシーズンズホテル椿山荘 東京、箱根ホテル小涌園、大阪太閤園、京都国際ホテルの5施設にて、「神々の国しまね 地産品めぐり」を開催する。また、これに先駆け10月31日、椿山荘にて島根の伝統芸能「石見神楽と食を愉しむ夕べ」を開催する。同社は、2008年より全国に広がる事業拠点のネットワークを活かし、地元の名産品を紹介するイベント「ふるさと発展のお手伝い」を実施。今回は、11月1日、文京区に記念館が開館する森鷗外の生誕150周年を記念し、彼の出身地である島根県の魅力を紹介する。開催地のひとつ椿山荘は、もともとは明治の元勲山縣有朊公の別邸であり、島根県出身の森鷗外も山縣公の意向を受けて歌会常盤会の幹事となり、たびたび訪れたという言い伝えがあるゆかりの地。その椿山荘をはじめ5施設にて、「大和しじみ」や旬の鮮魚、美味しまね認証を受けた「まつなが和牛」など、 穴道湖や清流高津川、中国山地の恵みを受けた島根の、豊かな自然環境が育んだ食材を使った料理を提供する。10月31日には「石見神楽と食を愉しむ夕べ」を椿山荘にて開催。世界遺産の石見銀山は同社の前身「藤田組」が開発を行ったゆかりの地であり、その銀山がある島根県石見地方にて近世以前より続く、勇壮かつ華麗な伝統芸能「石見神楽」を間近で楽しむことができる。また、11月28日には、森鷗外記念会館から東京大学本郷キャンパスまでを散策する「秋の特別講座」も開催。森鷗外記念会事務局長・常任理事を務める倉本幸弘氏による講演や、文豪の街文京区を椿山荘ならではの視点で案内する。「神々の国しまね 地産品めぐり」ほか、各イベントの詳細は同社ホームページまで。【拡大画像を含む完全版はこちら】
2012年10月29日井上公造が松田聖子の3度の結婚を徹底分析!17日、読売TV「クギズケ!」に出演した芸能レポーター、井上公造が再々婚をした松田聖子の隠された驚きの結婚の法則をレポートした。井上は以前、松田聖子に関しての著書を出版したことがあるほど聖子ちゃん通の一人。結婚発表のタイミング結婚相手の河奈裕正氏は今年3月に准教授になったばかりで一つの発表タイミングになった。河奈氏は井上独自の取材によると、一昨年離婚をしているという。昨年の年賀状から、これまでの家族写真では無くなったという。大変腕の良い歯科医でTVの嘱託医としても勤めている。結婚発表は必ずコンサート前井上は「聖子ちゃんはマスコミが沢山集まるのが大好き」と話し、「結婚発表をコンサート前にするのは聖子ちゃん一流の計算がある。」とも...。聖子と郷ひろみの結婚、離婚は順番に郷ひろみとの別れの会見の時の名言「生まれ変わったら一緒になろう」も、名古屋で会見を見ていた当の本人の郷は、思わず「そんなことは一度も言っていない」と思ったという。二人の別れから、互いに結婚、離婚を繰り返すが、必ず順番に起きているという。その都度、ファンは聖子と郷が赤い糸で結ばれていると信じたがっている。そして50代に突入している二人は今も輝き続けている。井上は「聖子ちゃんは多くのスキャンダルがあっても一つも曇らない」とコメントを締めくくった。元の記事を読む
2012年06月18日チャリティー写真展に登場今年初めの1月にオーストリア人俳優のマニュエル-シュワルツと離婚、さまざまな報道が飛び交うなか、公の場への露出は控えられていたアーティストの浜崎あゆみが9日、東京都内、表参道ヒルズで行われた東日本大震災チャリティー写真展の場に登場した。公の場に姿を見せたものとしては、これが離婚後初となる彼女。コメントはなかったものの、集まった大勢のファンには手を振ってこたえるなど、笑みを見せる場面も多く、明るい表情がうかがえた。全身ピンクのコーディネート!写真家レスリー-キー氏の展覧会を堪能した彼女。この日のスタイルはドレッシーなミニスカワンピに、大きなヘアアクセのリボン、ピンクの色みの感じられる明るい金髪カラーにベージュピンクの超厚底ヒールサンダルと、全身をピンクでそろえたコーディネート。統一カラーでのコーディネートは、ガガで近年定番となっているが、あゆのスタイルにもそんなトレンドがうかがえるのかも。先日はTwitterの画像のピンクヘアも話題を集めたばかりと、まるで「ピンク」が今の彼女のキーワードのようだ。元の記事を読む
2012年03月11日ライバルは芦田愛菜?!タレントでファッションブランドなどのプロデュースも行う若槻千夏が、29日、約1年ぶり、久々となる公の場に登場した。この日は、自身がプロデュースするブランド「wc」の渋谷センター街店内覧会イベントで、なんとピンクの着ぐるみ姿で登場。そのユーモアと可愛らしさで場内を沸かせた。「地デジ対応になってから初なので…ちょっとドキドキしますね。27歳です、ライバルは芦田愛菜ちゃん」という挨拶もちゃめっけたっぷりで、可愛らしい彼女の姿を見ることができたようだ。テレビ等メディアに出ていなかった間は、ブランドの仕事に奔走していたとのこと。商品のデザインだけでなく、ショップデザインやアルバイトの面接まで自身で行っていたそうだ。おめでたい話つづきだけれど…彼女が所属するプロダクションからは、ここのところ木下優樹菜や移籍してきたばかりの小倉優子など、結婚を決めるタレントも多い。若槻千夏は、なかでも一番の先輩となるということで、取材陣からは自身の交際などは?という質問も。これには「今年はゆうこりんがするからおまえはするなって社長に注意を受けました。」と流しつつ、「(彼氏が)もしいたら、この格好はしないでしょ。」と着ぐるみを自虐。結婚は、こういうのも含めて好きといってくれる男性を見つけてから…と彼女らしくまとめていた。wcの渋谷センター街店は10月1日開店。元の記事を読む
2011年10月01日