新年恒例の宮中行事「歌会始の儀」が、1月18日に皇居・宮殿「松の間」で行われた。愛子さまは学業優先で出席は控えられたが、初めて和歌を寄せられた。今年のお題は「窓」。皇族方は、どんな情景を、思いを詠まれたのだろうか。本誌皇室担当・近重幸哉記者が解説ーー。■雅子さま《新しき住まひとなれる吹上の窓から望む大樹のみどり》昨年9月に赤坂御用地から皇居の御所に引っ越しされた天皇ご一家。「昨秋からお住まいの御所の窓からは、上皇ご夫妻が大切にされてきた木々が望まれます。雅子さまは御所や周辺の林が、上皇ご夫妻によって美しく維持されていることに感謝し、そのお気持ちを詠まれたと感じました」(近重記者・以下同)■愛子さま《英国の学び舎に立つ時迎へ開かれそむる世界への窓》高校2年生の夏休み、ロンドン郊外のイートン校への短期留学のためイギリスへ。愛子さまはイートン校敷地内の寮で3週間お過ごしに。帰国時の笑顔に、充実ぶりが表れていた。「愛子さまは大学に通うことを控え、御所で勉学を中心とした生活をされています。こうした日々でもイートン校での思い出を大切にされ、コロナ禍の収束後には広く見聞を広めたいとの希望をお持ちなのだと思いました」■佳子さま《窓開くれば金木犀の風が入り甘き香りに心がはづむ》昨年10月、姉の眞子さんが結婚。佳子さまは眞子さんの結婚を応援されていた。「金木犀には『初恋』という花言葉があります。昨年10月、初恋を実らせ結婚した姉の眞子さんの心情を思われ、佳子さまは秋の深まりを知らせる金木犀の香りにも、喜びをお感じになったのではとの印象を受けました」歌会始の儀にグリーンのローブ・モンタントでご出席。今年は佳子さまのご婚約も注目される。
2022年01月29日女優の檀れいが、水谷豊監督の最新作『太陽とボレロ』(2022年6月公開)の主演を務めることが26日、明らかになった。同作は水谷豊監督作の第3弾で、ある地方都市の市民交響楽団を舞台に、「音楽を愛する人々」と「音楽の素晴らしさ」を描いていく。世界的指揮者・西本智実が自身初となる映画音楽監督で、イルミナートフィルハーモニーオーケストラが演奏で参加する。檀は満を持しての映画初主演に。音大を出たものの音楽の道をあきらめて家業を継ぎ、地元で楽団を主宰し「音楽に触れ、愛しつづけてきた」女性・花村理子を演じる。楽団の主宰者として解散の危機に奔走する等身大の女性を時にシリアスに、時にユーモラスに演じ上げる。今回の発表にあわせて、本作のイメージ映像も公開。タイトルにある「ボレロ」の楽曲にのせて、同じくタイトルにある“太陽”、舞台となる、ある地方都市の美しい風景、音楽を愛する人々の姿の一部が垣間見える。○檀れい コメント水谷豊さんの監督作品ということで、お話をいただいたときは、本当に飛び上がるほど嬉しかったです。花村理子という女性は、弥生交響楽団存続のために奔走する女性、親から受け継いだ家業も抱えています。とにかく色々なことを一人で背負って頑張ってしまう理子さんに共感しましたし、自分のことよりも周りのことを考えて行動している女性だと思いました。台本を読んで、オーケストラの話を主軸に進んでいくのでどういうところに音楽が流れ、どういう物語になっていくのか読むだけでわくわくしました。映像では自分たちが演じたあとに音楽がのりますが、それがどういう風に私たちのお芝居をさらに盛り上げていくのかなということを思いながら読んでいました。撮影に入る前に監督が「やりすぎずやらなさすぎず」とおっしゃっていて、私自身はやりすぎちゃうタイプではないですけれど、今まで受けてきたオファーの中では結構涙のシーンが多かったりだとか追い詰められたりだとか感情の起伏を出して欲しいと求められることが多かったので、今回は「やりすぎず」ということに気を付けて理子を演じました。撮影現場は、台本では想像できないようなキャラクター作りや見せ方のシーンもあって、その都度驚かされましたし、それが楽しくてワクワクしながら撮影に挑んでいました。自分の撮影が無い日でも現場にいたのは、もしかしたら、今回が初めてなのかもしれないです。でも、そのくらい大好きな現場でした。そして、役者の生理も全部分っていらっしゃる水谷さんが撮る監督作品ということで、そこが私にとって一番緊張したかもしれません。なので、私にとっては水谷さんの「OK」が全てでした。○水谷豊監督 コメント主人公の花村理子は、物語が展開する中で色々な人と出会って、色々な顔を見せてほしいと考えていました。檀れいさんのお名前が閃いたのは、脚本を書き進めていた時でした。まだ、キャスティングは一切考えていなかったのですが、途中のあるシーンで、ふと彼女の顔が浮かんだのです。他のシーンではまだ自分の中の架空の人物のイメージしかなかったのですが、何故かそのシーンだけ鮮やかに檀れいさんが浮かんできました。ご縁があり、実際、理子というキャラクターを演じてくださることになって、まずは本当に嬉しかったです。撮影していく中で、イメージ通りであることはもちろん、ご自身の中に華やかさを持っている方だと改めて感じました。つらいシーンの時も、楽しいシーンの時も、その華やかさを映画に加えてくださり、『太陽とボレロ』という作品が、より豊かなエンターテインメントになったと感じています。そして、この作品を通して檀れいさんの華やかさに加えて、彼女のユーモアに溢れたチャーミングな一面も味わっていただけると嬉しく思います。(C)2022「太陽とボレロ」製作委員会
2022年01月26日水谷豊が監督・脚本を務める映画『太陽とボレロ』の主人公を檀れいが演じることが決定。映画初主演を果たす。オリジナルの映画を作り続けている水谷監督作品第3弾となる本作は、“クラシックのオーケストラ”を題材に音楽を愛する普通の人々の人間模様を洒脱なエンターテインメント作品。ある地方都市のアマチュア交響楽団の主宰者である主人公・花村理子は、18年間、個性豊かなメンバーと共に活動してきた。しかし、楽団の経営は苦しく、ついに楽団の歴史に幕を閉じる決断を迫られる――。今回、檀さんが演じるのは、音楽に触れ、愛しつづけてきた花村理子。音大を出たものの、音楽の道を諦め、家業を継ぎ、地元で楽団を主宰。解散の危機に奔走する等身大の女性を、時にシリアスに、時にユーモラスに演じる。出演にあたり、檀さんは「水谷豊さんの監督作品ということで、お話をいただいたときは、本当に飛び上がるほど嬉しかったです」とふり返り、「弥生交響楽団存続のために奔走する女性、親から受け継いだ家業も抱えています。とにかく色々なことを一人で背負って頑張ってしまう理子さんに共感しましたし、自分のことよりも周りのことを考えて行動している女性だと思いました」とキャラクターについても語る。また撮影現場の様子について「台本では想像できないようなキャラクター作りや見せ方のシーンもあって、その都度驚かされましたし、それが楽しくてワクワクしながら撮影に挑んでいました。自分の撮影が無い日でも現場にいたのは、もしかしたら、今回が初めてなのかもしれないです。でも、そのくらい大好きな現場でした。そして、役者の生理も全部分っていらっしゃる水谷さんが撮る監督作品ということで、そこが私にとって一番緊張したかもしれません。なので、私にとっては水谷さんの『OK』が全てでした」とコメント。水谷監督は「檀れいさんのお名前が閃いたのは、脚本を書き進めていた時でした。まだ、キャスティングは一切考えていなかったのですが、途中のあるシーンで、ふと彼女の顔が浮かんだのです。他のシーンではまだ自分の中の架空の人物のイメージしかなかったのですが、何故かそのシーンだけ鮮やかに檀れいさんが浮かんできました」と檀さんキャスティングのきっかけを明かし、「撮影していく中で、イメージ通りであることはもちろん、ご自身の中に華やかさを持っている方だと改めて感じました。つらいシーンの時も、楽しいシーンの時も、その華やかさを映画に加えてくださり、『太陽とボレロ』という作品が、より豊かなエンターテインメントになったと感じています。そして、この作品を通して檀れいさんの華やかさに加えて、彼女のユーモアに溢れたチャーミングな一面も味わっていただけると嬉しく思います」とメッセージを寄せた。そして、本作のイメージ映像も到着。「ボレロ」の楽曲にのせて、“太陽”や舞台となるある地方都市の美しい風景、音楽を愛する人々の姿が垣間見える。『太陽とボレロ』イメージ映像『太陽とボレロ』は6月、全国にて公開予定。(cinemacafe.net)■関連作品:太陽とボレロ 2022年6月、全国にて公開予定©2022「太陽とボレロ」製作委員会
2022年01月26日水谷豊監督作品の第3弾『太陽とボレロ』が6月に公開することが決定。さらに本作の主人公を映画初主演となる檀れいが務めることと、イメージ映像も解禁されている。初監督作となる『TAP-THE LAST SHOW』(2017年)では若者の青春群像とショービジネスの光と影を、脚本も手掛けた監督第2作『轢き逃げ 最高の最悪な日』(2019年)では不幸な事故が露わにする人間の心の奥底を描ききった。オリジナルの映画を作り続けている水谷豊の監督作品第3弾となる本作は“クラシックのオーケストラ”を題材に音楽を愛する普通の人々の人間模様を洒脱なエンタテインメント作品となっている。物語の中心となるのは、ある地方都市のアマチュア交響楽団。主宰者である主人公の花村理子は18年間、個性豊かなメンバーとともに活動してきた。みんな音楽を愛する普通の人々。しかし、楽団の経営は苦しく必死に奔走する理子だったが、ついに楽団の歴史に幕を閉じる決断を迫られる。そして、最後にして最高のコンサートが始まる。檀れいは、宝塚歌劇団所属時に月組・星組それぞれでトップ娘役に抜擢され、数多くの舞台で活躍してきた。退団後、2006年には映画『武士の一分』でヒロインを務め数々の映画賞を受賞。その後も『母べえ』(2008年)や『感染列島』(2009年)、『劇場版 奥様は取り扱い注意』(2021年)など様々な作品に出演し、圧倒的な存在感を放ってきたが、この度、満を持して映画初主演となった。本作で檀が演じるのは、音大を出たものの音楽の道をあきらめ、家業を継ぎ、地元で楽団を主宰し「音楽に触れ、愛しつづけてきた」女性・花村理子。楽団の主宰者として解散の危機に奔走する等身大の女性を時にシリアスに、時にユーモラスに演じる。また、今回の発表にあわせて、本作のイメージ映像も公開。タイトルにある『ボレロ』の楽曲にのせて、同じくタイトルにある“太陽”、舞台となる、ある地方都市の美しい風景、音楽を愛する人々の姿の一部が垣間見える。エンターテインメント界を牽引する檀と水谷のタッグにより描き出される『太陽とボレロ』。個性豊かな登場人物たちの人間模様と上質な音楽に魅せられ、最後には爽やかな感動とともに、明日への一歩に勇気をくれる物語に引き続き期待しよう。<檀れい(花村理子役)・コメント>水谷豊さんの監督作品ということで、お話をいただいたときは、本当に飛び上がるほど嬉しかったです。花村理子という女性は、弥生交響楽団存続のために奔走する女性、親から受け継いだ家業も抱えています。とにかく色々なことを一人で背負って頑張ってしまう理子さんに共感しましたし、自分のことよりも周りのことを考えて行動している女性だと思いました。台本を読んで、オーケストラの話を主軸に進んでいくのでどういうところに音楽が流れ、どういう物語になっていくのか読むだけでわくわくしました。映像では自分たちが演じたあとに音楽がのりますが、それがどういう風に私たちのお芝居をさらに盛り上げていくのかなということを思いながら読んでいました。撮影に入る前に監督が「やりすぎずやらなさすぎず」とおっしゃっていて、私自身はやりすぎちゃうタイプではないですけれど、今まで受けてきたオファーの中では結構涙のシーンが多かったりだとか追い詰められたりだとか感情の起伏を出して欲しいと求められることが多かったので、今回は「やりすぎず」ということに気を付けて理子を演じました。撮影現場は、台本では想像できないようなキャラクター作りや見せ方のシーンもあって、その都度驚かされましたし、それが楽しくてワクワクしながら撮影に挑んでいました。自分の撮影が無い日でも現場にいたのは、もしかしたら、今回が初めてなのかもしれないです。でも、そのくらい大好きな現場でした。そして、役者の生理も全部分っていらっしゃる水谷さんが撮る監督作品ということで、そこが私にとって一番緊張したかもしれません。なので、私にとっては水谷さんの「OK」が全てでした。<水谷豊(監督)・コメント>主人公の花村理子は、物語が展開する中で色々な人と出会って、色々な顔を見せてほしいと考えていました。檀れいさんのお名前が閃いたのは、脚本を書き進めていた時でした。まだ、キャスティングは一切考えていなかったのですが、途中のあるシーンで、ふと彼女の顔が浮かんだのです。他のシーンではまだ自分の中の架空の人物のイメージしかなかったのですが、何故かそのシーンだけ鮮やかに檀れいさんが浮かんできました。ご縁があり、実際、理子というキャラクターを演じてくださることになって、まずは本当に嬉しかったです。撮影していく中で、イメージ通りであることはもちろん、ご自身の中に華やかさを持っている方だと改めて感じました。つらいシーンの時も、楽しいシーンの時も、その華やかさを映画に加えてくださり、『太陽とボレロ』という作品が、より豊かなエンタテインメントになったと感じています。そして、この作品を通して檀れいさんの華やかさに加えて、彼女のユーモアに溢れたチャーミングな一面も味わっていただけると嬉しく思います。『太陽とボレロ』6月全国ロードショー(c)2022「太陽とボレロ」製作委員会
2022年01月26日元プロ卓球選手の水谷隼が、ジュエリーが似合う著名人に贈られる「第33回 日本ジュエリーベストドレッサー賞」の特別賞を受賞し13日、都内で行われた表彰式に出席した。東京五輪の卓球混合ダブルスで金メダル、男子団体で銅メダルを獲得した水谷。「素晴らしい俳優さん、タレントさんに交じってこのような賞を受賞できたこと、本当にうれしく思います」と喜び、「ジュエリーをつけながら、ジュエリーのように輝けるように一生懸命やっていきたいと思います」と誓った。また、「ちょうど15年前の1月13日、妻と付き合った記念日、しかも妻がなぜか今日、この会場に来ているということもあって、このあと妻に似合うジュエリーを探してプレゼントして、夫婦ともどもジュエリーをつけて、1年間生活していきたいと思います」と語った。その後の囲み取材で、妻から「会場にいるよ」「買いたいものがあるんだよね。お金だけ出して」と連絡がきたことを告白。「妻としては自分が好きなものを買って、あとでお金を請求するのがベストみたいだったので、それはそれでいいよって」と夫としての優しさを見せ、金額は心配ないか聞かれると「良識ある人なんで大丈夫です。信じています」と返した。同賞は、過去1年間を通じて「最も輝いていた人」「最もジュエリーが似合う人」、そして、「今後もさらにジュエリーを身につけてほしい人」を世代別、男性部門、特別賞のそれぞれに分けて表彰するもの。33回目となる今年は、10代部門は芦田愛菜(女優)、20代部門は広瀬アリス(女優)、30代部門は佐々木希(女優)、40代部門はアンミカ(モデル/タレント)、50代部門は真矢ミキ(女優)、60代以上部門は宮崎美子(女優)が受賞。男性部門は北村匠海(俳優)、特別賞は水谷隼(元プロ卓球選手)が選出された。
2022年01月13日「新年にあたり、わが国、そして世界の人々の幸せと平和を祈ります」コロナ禍のため2年連続で新年一般参賀は中止となった。天皇陛下は昨年に続き、雅子さまとご一緒に国民に向けたビデオメッセージを公開された。雅子さまも陛下のお言葉に続いて「ことしが、皆様にとって少しでも穏やかで、実り豊かな年となりますよう、心からお祈りしております」と述べられた。「天皇陛下がお一人ではなく、雅子さまと並んでビデオを撮られたのは、ご公務にもお二人で取り組んでいきたいという思いをこめてのことでしょう」(宮内庁関係者)コロナ禍でも支え合って進んでこられた両陛下。今年からは、長女の愛子さまも加わられることに。1月1日の新年祝賀の儀に愛子さまは初めて出席され、これが成年皇族として初めての公務となった。そんな中で高まっているのが「愛子さまを天皇に」という期待の声だ。昨年春に共同通信が行った世論調査では女性天皇への賛成が85%に達していたが、愛子さまの成年を期に、ツイッター上では《次の天皇になってほしい》《敬宮愛子さまを皇太子に》といった声が上がっている。さらには、自民党からも“女性天皇容認発言”が飛び出し、話題を呼んでいる。高市早苗政調会長が『文藝春秋』の1月号で「私は女性天皇に反対しているわけではありません」と明言したのだ。「高市氏は『女系天皇に反対』と語っているとおり、父方に天皇の祖先を持たない女系天皇は前例がないとして強く反対しています。しかし、天皇の娘である愛子さまは“男系女子”。同様に男系の女性天皇は歴史上に8人もいます。女性が即位できなくなったのは、明治時代以降のことなのです。女性天皇を否定することは我が国の歴史を否定することになりかねません。歴史を重んじる保守派こそ“愛子天皇”に反対する明確な理由がないことが、高市氏のインタビューから明らかになったといえます」(皇室担当記者)高市氏と総裁選を争った野田聖子氏は女性・女系天皇に賛成の立場であり、河野太郎氏も過去に「愛子さまから順番に、女性の皇室のお子さまを天皇にしていくというのが一つ」と、女性天皇容認論を語ったことがある。また岸田文雄首相も皇位継承問題に「女系天皇以外の方法を検討すべき」とし、女性天皇には反対していない。また、共同通信が’19年7月の参院選を前に立候補予定者に行ったアンケートによれば、自民党候補34.3%が女性天皇に賛成。反対は22.9%だった。他党よりは低い割合だが、自民党内でさえ、女性天皇への反対よりも賛成のほうが優勢となっていることがわかる。「皇位継承に関する有識者会議の報告書が政府に提出されたことで、今後は議論の場が国会に移ります。これまで以上に国民の注目を集めることは必至で、議員たちは“8割以上が女性天皇に賛成”という世論を無視できなくなるでしょう。“愛子さまが天皇に”という可能性は決して小さくはないといえます」(前出・皇室担当記者)
2022年01月09日12月1日に成年を迎えられた愛子さま。《本当にお綺麗》《まさしく皇族の品格と美しさ》と、SNS上には絶賛の声があふれ「愛子さまを天皇に」と期待する識者も少なくはない。だが、“天皇の娘”としてお生まれになった愛子さまも、一人の少女であったことに変わりはない。皇室、そして日本を背負うというご覚悟は、いったいどのように芽生えたのか。苦難を乗り越えた20年を追うと、そこにはどんなときも支え合う家族の姿があった――。愛子さまが2歳の誕生日を迎えられた直後の‘03年12月、雅子さまは帯状疱疹を発症されて入院。療養生活に入られ、翌年には適応障害と診断された。雅子さまの適応障害は、すぐには回復せず、大半のご公務は陛下が単独で出席される状況が続いていた。ご公務への欠席が続くと、雅子さまへの風当たりはますます強くなっていく。「適応障害の療養のためには、ストレスの原因となっている環境から離れ、楽しめること、自信を持って取り組めることを増やしていくことが大切だといわれています。そこで乗馬や国連大学での聴講といった活動を始めたり、ご友人と食事をしたりされたのですが、こういった“私的外出”が批判の的とされてしまったのです」(皇室担当記者)そんな中、愛子さまにも異変が起こる。学校に登校することができなくなってしまったのだ。’10年3月、初等科2年生のころだった。教室を走り回ったり、大声を上げたり、物を投げたりするといった乱暴なことをする児童がいて、愛子さまは強い不安を感じられたという。腹痛といった身体的な不調もあった。雅子さまは、学校に不安を抱く愛子さまの登下校に付き添うことを決められた。初めは授業を受けるのは1時限だけ、昼食は別室で雅子さまと一緒に、というような不規則な形ではあったが、雅子さまのサポートのおかげで愛子さまはだんだんと登校の頻度や、学校にいられる時間も増えていった。「その一方で、一緒に登校される雅子さまと愛子さまは“母子密着”などと評され、批判的に報じられることが増えていきました。とくに波紋を呼んだのが’11年9月、2泊3日の山梨県・山中湖村での校外学習への付き添いでした」(前出・皇室担当記者)このとき雅子さまは児童のバスとは別車両で追いかけ、ハイキングにも30分ほど遅れて同じコースを付いていかれた。同じ場所にいることで、愛子さまが少しでも安心して過ごせるようにという思いからだった。だが、この行動に批判の声はさらに大きくなる。校外学習を終えた数日後に開かれた東宮大夫の会見では、宮内庁担当記者たちから「付き添いの形があまりにも異常」「極めつけの茶番」などと、厳しい苦言が発せられたという。■愛子さまを守る“唯一の方法”だった雅子さまはこの年の誕生日のご感想で、愛子さまへの付き添いについて自ら説明されている。《昨年から、皇太子殿下とご相談をしながら、どうすれば愛子が安心して学校に通うことができるようになるか、そのために、親として何をしてあげられるのか、日々考え、力を尽くしてまいりました。学校とも相談を重ねてまいりましたが、愛子の学校への付き添いは、与えられた状況の中で唯一取れる可能性として続けてきたものでした》雅子さまはご自身の行動が愛子さまを守る“唯一”の方法であったと、きっぱり主張されたのだ。そして山中湖での校外学習についても《お友達の皆さんととても楽しく参加できたことが、学校生活に戻っていく上での大きな自信と励みになったように感じております》と、その意義を強調された。精神科医で立教大学教授の香山リカさんは、雅子さまのサポートは不可欠だったと語る。「とにかく何があっても両陛下が、親として娘を絶対に守るということを身をもって示されたことで、愛子さまは『何があっても私は大丈夫』という安心感を得ることができたのではないでしょうか。それが、愛子さまが自信を取り戻すことにもつながったのではないかと思います」雅子さまの、まさに身を挺したサポートが実を結び、愛子さまはお一人での登校ができる日も増えていった。《天皇皇后両陛下には、これまで愛情深く大切に育ててくださり、どのようなときも一番近くで支えてくださいました》成年にあたってのご感想に、ご両親への感謝を綴られた愛子さま。そして《一つ一つのお務めに真摯に向き合い、できる限り両陛下をお助けしていきたいと考えております》と、成年皇族としての決意を表明された。両陛下の愛に応えるように、これからは愛子さまが両陛下を支えていかれることだろう。
2021年12月25日純白のローブ・デコルテをお召しになった愛子さまが、皇居・宮殿の車寄せにお出ましになると、一斉にカメラのシャッターが切られ、フラッシュがたかれた。一歩一歩、慎重な足取りではあったが、視線を一身に浴びてもその表情は晴れやかだった。頭上のティアラよりも、愛子さまの笑顔は輝いていた──。12月1日、天皇皇后両陛下の長女・愛子さまは20歳の誕生日を迎えられた。そして、5日の祝賀行事では陛下から勲章を授与され、成年皇族の一員となられたのだ。《天皇皇后両陛下には、これまで愛情深く大切に育ててくださり、どのようなときも一番近くで支えてくださいました》成年にあたってのご感想に、ご両親への感謝を綴られた愛子さま。そして《一つ一つのお務めに真摯に向き合い、できる限り両陛下をお助けしていきたいと考えております》と、成年皇族としての決意を表明された。長引くコロナ禍で、皇族方は外出を控えられている。愛子さまも、昨年4月に入学された学習院大学のキャンパスに、いまだ一度しか足を運んでいない。愛子さまも皇族である前に“一人の大学生”として、友人たちとのキャンパスライフを心待ちにされていたはずだが、皇族の中で誰よりも慎重に、外出自粛を続けられている。そんな状況にあって、愛子さまは国民に向けて《全ての方に、平穏で彩り豊かな暮らしが一日も早く訪れることを願うとともに、また以前のように皆様とお会いし、お話しできるようになる日を楽しみにしております》とメッセージを送られたのだ。近現代の皇室に詳しい静岡福祉大学名誉教授の小田部雄次さんは「愛子さまはすでに、国民に寄り添う姿勢をお持ちになっている」と語る。「成年のご感想もご立派でしたし、新調すれば数千万円かかるティアラも、コロナ禍の国民生活に配慮して叔母の黒田清子さんから借りられました。国民が困難な状況にあるときこそ心を寄せるという皇室の役割を、愛子さまはしっかりと理解されているのだと思います」12月9日に58歳の誕生日を迎えられた雅子さまも、母としての万感の思いを綴られている。《あの幼かった愛子がもう成年かと思いますと、信じられないような気持ちもいたします。皆様には、これまで愛子の成長を温かく見守っていただき、心から感謝しております》だが、お生まれになってから成人されるまでの20年間、愛子さまに届いた国民の言葉は、はたして「温かい声」ばかりだっただろうか。愛子さまが笑顔を失いかけたときは何度もあった。母と娘の20年は苦難の連続だった──。■「生まれてきてくれてありがとう」と涙を「初めて私の胸元に連れてこられる生まれたての子供の姿を見て、本当に生まれてきてくれてありがとうという気持ちで一杯になりました……。今でも、その光景は、はっきりと目に焼き付いております」ご懐妊からご出産までを振り返りながら、雅子さまは時折言葉をつまらせ、涙ぐまれた。’01年12月に愛子さまがお生まれになって4カ月後、ご夫妻そろっての会見でのことだった。このとき天皇陛下(当時・皇太子)は「敬宮愛子」という名前に込められた思いをこう語られていた。「愛子には一人の皇族として立派に育って欲しいですし、名前のように、人を愛して人からも愛され、人を敬い人からも敬われるような人に育って欲しいです」ご夫妻が二人でお考えになったというお名前は、中国の古典「孟子」が出典。お印は「ゴヨウツツジ」で、純白の花のように、純真な心を持って育ってほしいという願いが込められていた。ご成婚から実に8年。雅子さまは不妊治療にも取り組まれ、一度は稽留流産も経験されて、ようやく授かった第1子だった。愛子さまには「世の中を広く知って育ってほしい」とお考えになり、お忍びで都内の公園に愛子さまを連れて行かれることもあった。笑顔があふれるご一家は、幸せそのものに見えた。だが’03年12月、40歳の誕生日を前にして雅子さまは突然、帯状疱疹で宮内庁病院に入院される。「愛子さまご誕生後も、皇太子妃として“お世継ぎを産まなければならない”という重圧が非常に大きかったのだと思います。当時の湯浅利夫宮内庁長官は、会見でも『やはりもう一人は欲しい』『多くの国民もそう考えているのではないか』などと、第2子への期待を率直に述べていました。数年がかりでようやく第1子を授かったばかりなのに、男子を産むまで皇太子妃としての役割を果たしたとは認められない─―。そんな虚無感が、雅子さまの心を蝕んでいたのではないでしょうか」(皇室担当記者)翌年6月には、雅子さまが「適応障害」と診断されたことが公表される。精神的に追い詰められた雅子さまにとって、大きな支えとなったのは愛子さまの存在だった。だが、このころ愛子さまに“言葉をお話しにならないのでは”“笑わないのはおかしい”といった噂が立つようになった。インターネット上で広まった噂を海外メディアが報じると、日本の雑誌にも書きたてられるようになった。■陛下がミルクを作ろうと台所へ…雅子さまは’04年の3月下旬から約1カ月間、東宮御所を離れ、愛子さまとご一緒に軽井沢に滞在される。ご実家・小和田家の別荘で転地療養されたのだ。小和田家のお手伝いさんだった皆川薫さんはこう振り返る。「当時、愛子さまについていろいろな噂があったことは私も知っていました。しかし、軽井沢で過ごされていたときの愛子さまのご様子は、普通のお子さんと変わらず、元気にお歌を歌ったり、お庭で遊んだりされていたと伺っていました。ですので、小和田家の方も、どうしてそんな噂が立つのかわからないといった感じでした」皆川さんには、幼少期の愛子さまについてとても印象に残っている出来事があるという。「小和田家へお里帰りされた、’03年9月のことです。ご一家の滞在中、皇太子さまが愛子さまのミルクを作ろうと台所に向かわれたのです。結局、別の方が代わりに作ったのですが、皇太子さまはふだんから愛子さまの子育てに携わっておられることがわかりました。愛子さまは、オムツを替えてもらったことを喜ぶように、おしりを自分の手でトントンとたたいていらっしゃったお姿が印象的でした。初対面の私にも人見知りをなさらず、はつらつとしたお子さまだと思ったことを覚えています。たしかに物心がついたころから、少し恥ずかしがりな一面が出ていらしたかもしれません。ただ、駅頭などでは大勢の人が集まって愛子さまのお名前を呼び、手を振ります。そういった場面で表情がこわばってしまうのは、幼少期には自然なことではないでしょうか」皇太子ご夫妻に“男子のお世継ぎ”を期待する声があった一方で、当時の小泉政権は「女性・女系天皇容認」を本格的に検討し始めていた。“愛子さまが天皇になられる”という道が模索されていたのだ。だが、有識者会議の報告書こそできあがったものの、国会での議論が始まることはなかった。紀子さまが第3子を懐妊され、そして悠仁さまがお生まれになったのだ。小泉氏のあとに首相となったのは安倍晋三氏だった。安倍氏は女性・女系天皇に関する議論をすべて白紙に戻してしまった。だが、悠仁さまのご誕生で皇室の存続の危機が解消されたわけではなく、愛子さまの運命はその後も、政治に翻弄され続けていく。
2021年12月25日12月23日に88歳、米寿の誕生日を迎えられる上皇陛下。天皇陛下と雅子さまが12月9日、仙洞仮御所へ上皇陛下と美智子さまに雅子さまのお誕生日のご挨拶に伺った際には、1年9ヶ月ぶりのご対面に時間を延長されてお会いになった。天皇皇后両陛下がお帰りになるときも、美智子さまとお見送りに出られ、玄関でもお話が続き名残惜しそうになさっていたという。上皇陛下は1933年(昭和8年)に、昭和天皇と香淳皇后の長男として誕生された。上皇陛下には4人のお姉さまがおり、皇位継承者となる上皇陛下のご誕生に当時の日本中が沸き返った。その熱狂は、『皇太子さまお生まれなった』という曲が流行したほど。88年前の12月23日の早朝には、ご誕生を知らせるサイレンが東京の街に2度鳴り渡った。歌の歌詞にある「鳴った 鳴った ポー ポー」というフレーズは、男のお子さまがお生まれになったことを国民に知らせる合図だった。そして23歳の夏に、上皇陛下は軽井沢のテニスコートで美智子さまと出会い、1959年にご成婚。皇太子(当時)としては初めて、親子別々に暮らすのではなくお手元でお子さまを育てられた。上皇陛下が自ら、幼い天皇陛下を抱っこされる写真も残されているが、当時の人々の目には新鮮に映るお姿だった。上皇陛下は、ご家庭でのご様子も時折国民に公開してこられた。その上皇ご夫妻の子育てのスタイルは天皇陛下、秋篠宮さまにも引き継がれている。1970年のお正月写真では、小学4年生の天皇陛下と真剣なご表情で百人一首を楽しまれていた。一方で、お若いころからご退位まで地方ご公務や海外ご訪問が続き、忙しい日々を過ごされてきた。天皇陛下ご誕生から約半年後の1960年9月には、美智子さまとともにアメリカを16日間にわたり公式訪問。皇室で初めてディズニーランドを訪れたときには、ウォルト・ディズニー夫妻のアテンドでアトラクションを体験されている。また、昭和の時代から、国民の理想の夫婦として敬愛を集めてこられた。1968年の長崎ご訪問で船に乗られたときのように、美智子さまの手を取られエスコートされるご様子は、上皇ご夫妻の定番となっていた。そしてその仲睦まじいままのご様子で、国民の元にお出かけになってきた。高齢者施設や児童養護施設などでは、ゲームに飛び入り参加するなどユニークな一面もお見せになっている。そうしたご交流を、退位されるまで積み重ねられた。国民が楽しいときも苦しいときにも、国民とともにあるという平成の皇室のスタイルを確立されたのも、上皇陛下のお考えがあってのものだ。令和になって以降は、一切、ご公務をなさらず美智子さまと静かに暮らされている。皇太子時代から取り組まれていたハゼのご研究をお続けになるとともに、毎日の日課として仙洞仮御所のお散歩も欠かされない。広い皇居では長い距離を歩き、健康を維持されてきたが、仙洞仮御所では同じコースを何度も回られているという。来春には赤坂御用地にお引越しされるご予定の上皇さま。今よりも広いお住まいで、ゆったりと穏やかに過ごされる日が早く来ることを願うばかりだ。
2021年12月23日12月9日に58歳の誕生日をお迎えになられた雅子さま。この日、雅子さまは皇居・宮殿で秋篠宮さまや、三権の長などから祝賀を受けられたあと、天皇陛下と高輪の仙洞仮御所をご訪問。上皇ご夫妻と約1年9カ月ぶりにお会いになり、誕生日のご挨拶をされた。上皇ご夫妻には、成年行事の際、ご長女・清子さんから愛子さまがティアラを借りられたことへのお礼も述べられたと思われる。12月5日、成年行事を終えられ、皇居・宮殿の車寄せにお出ましになった愛子さま。その装いをファッション評論家・石原裕子さんが解説。「純白のローブ・デコルテをお召しになった愛子さまを拝見して、テーラードジャケットに目が留まりました。ティアラとネックレスを美しく見せるため、肌を露出させた最も女性的なドレスに、メンズライクなジャケットを合わせられている。まさに個性的で新しい装いです。そのテーラードジャケットはキャリアウーマンでいらした雅子さまを彷彿とさせます。愛子さまの、お母さまへのお気持ちが表れているのかもしれません。シンプルなVネックに肩をわずかに覆うフレンチスリーブ、そしてボリューム感を抑えたスカートと、控えめなデザインですが、布地には光沢のある白糸で総刺繍が施され、神聖で高貴な雰囲気を醸し出しています」(石原さん)
2021年12月18日12月9日に58歳の誕生日をお迎えになられた雅子さま。この日、公開された写真では、宮城県のこけしや宮崎県の神楽面など、今年の地方ご公務でオンライン訪問された各県の伝統工芸品について天皇陛下とお話しになっていた。同日、ご感想を文書で発表した雅子さまは冒頭にこう綴られたーー。「今月初めには娘の愛子が成年を迎え、多くの方々から温かい祝福を頂きましたことに心から御礼を申し上げます」「愛子が生まれてからの20年間は長かったようにも、あっという間だったようにも感じられますが、様々な思い出が思い起こされて感慨深く思います」その20年を振り返ると、雅子さまは愛子さまが2歳のお誕生日をお迎えになった直後に体調を崩し、長期ご療養に入られている。さらに、愛子さまが小学校への登校不安を覚えると通学の付き添いを続けられるなど、苦しい時期も過ごされた。それだけに、12月5日、美しいドレス姿をお見せの愛子さまに、胸にこみ上げるものがおありだっただろう。最近の雅子さまにはお疲れがあり、愛子さまの成年祝賀行事の一部を休まれたが、9日の誕生日には明るい笑顔を見せられていた。
2021年12月18日「ふざけんな!と思います。こんな急にやってくるとは思いもよらなかったです。惨敗したような、大負けしたような気持ちでいます」こう語ったのは、赤木雅子さんだ。赤木さんの夫・俊夫さん(享年54)は公文書の改ざんを苦に’18年3月、自ら命を落とした。そして雅子さんは昨年3月、国と公文書を改ざんの指示をしたとされる佐川宣寿理財局長を相手に裁判を起こした。「しかし、国の不誠実な態度が続きました。今年6月、国は俊夫さんが改ざんの経緯をまとめていた通称“赤木ファイル”を開示したものの、佐川氏の指示内容や理財局内での詳細なやりとりは判然としないものでした。さらに8月には財務省や近畿財務局に対して、赤木さんは関連資料の開示を求めたものの当初“不開示”に。なにより赤木さん側は、当時の財務省幹部や俊夫さんの上司らの証人尋問を求めていました」(全国紙記者)そんななか12月15日、国側は突如、「いたずらに訴訟を長引かせるのは適切ではない」として賠償金を全額支払うことを発表。一見、国が潔く過失を認めた形のようだが、ここで裁判は終了し、赤木さんが求めていた証人喚問も実現しないことになる。そして、雅子さんは会見で「ふざけるな」と啖呵を切ったのだ。『MBS NEWS』によると、「金を払えば済む問題じゃない。私は夫がなぜ死んだのか、なぜ死ななければいけなかったのかを知りたい」と憤りを見せたという。「国によって一方的に、裁判は“幕切れ”となったことで、公文書の改ざんと俊夫さんが自殺したことの因果関係はいまだ明らかにされないまま。赤木さんに賠償金は支払っているものの、『誠意を見せません』と国が宣言したも同然です」(前出・全国紙記者)そして国に対して行われた訴訟の賠償金は、税金から支払われることとなる。今回の訴訟に関して言うと、約1億1,000万円だ。そのためネットでは「税金を使って幕引きをするな!」と怒りの声が殺到している。《赤木さんは事件の詳細を知りたくて、それには裁判しか手段がなかった。だから裁判を起こして法外な賠償金を設定したのに。それを税金でポンと払うから、詳細は開示しないよ、って。あまりにもばかにしてると思う》《税金で金払っとけばOK!みたいな。真相は、税金のおかげで闇の中。こんな事があってたまるか》《1億ちょっとかけて、財務省が自身と改竄に関わった赤木さん以外の人間の保身を図ったということ。当然1億円は我々の税金》《札束で頬を張る。まことに失礼な政府。それも税金を使った》今年6月、赤木さんは「真相が明らかになるまで、最後までやり抜きます」と本誌で語っていた。そのためには、まず国の“誠実さ”が必要だろう。
2021年12月16日《今年もこの機会に、国民の皆様から日頃より寄せていただいている温かいお気持ちに対し、厚く御礼を申し上げます。そして、改めて新型コロナウイルス感染症の収束を心から願うとともに、国民の皆様が心を寄せ合ってこの困難な状況を乗り越え、全ての人が安心して暮らせる日が一日も早く訪れることを心から願っております》12月9日、皇后雅子さまは58歳の誕生日を迎えられた。国民と直接触れ合うことのできなかったこの1年。雅子さまが綴られたご感想は、その空白を埋めるかのような、3,500字を超える長文だった。コロナ禍に苦しむ人々を案じ、医療従事者の献身をねぎらい、豪雨災害の被災者に哀悼の意を表された。国民に思いを寄せる一方で、今年は愛子さまへの“母としての思い”も存分に綴られていた。《愛子が生まれてからの20年間は長かったようにも、あっという間だったようにも感じられますが、様々な思い出が思い起こされて感慨深く思います。同時に、あの幼かった愛子がもう成年かと思いますと、信じられないような気持ちもいたします》そして《愛子には、これからも様々な経験を積み重ねながら一歩一歩成長し、成年皇族としての務めを無事に果たすことができますよう願っております》と、エールを送られたのだ。「雅子さまは一時期、ご公務に出られないなかで“国民より家族優先”と一部から批判を受けたことがありました。そのためか、これまでは愛子さまについての言及は控えめにされてきました。いろいろなご苦労があったなかで愛子さまが成年を迎え、立派に成長されたことに、万感の思いがあったのでしょう」(皇室担当記者)だが、そんなおめでたい折に、雅子さまは体調不良に見舞われた。愛子さまの誕生日の12月1日、祝賀行事に雅子さまの姿はなかった。宮内庁関係者が心配そうに話す。「今回、愛子さまの学業を考慮して祝賀行事は1日と5日に分けて行われ、雅子さまは5日の行事には出席されたのですが……。実は雅子さまは、2回にわたって誕生日写真の撮影もキャンセルされていたのです」誕生日に公開されるお写真は、通常2~3週間前に撮影される。だが2度の延期で、雅子さまの撮影が行われたのは誕生日のわずか4日前の12月5日。ご感想の執筆もギリギリの日程だったという。祝賀行事と撮影、あわせて3回のキャンセルとなったが、深刻な体調不良の原因はなんだったのか。立教大学教授で精神科医の香山リカさんは「すべてのことを完璧になさろうとする雅子さまの性格ゆえでは」と語る。「ご感想の文面だけでなく、9月には皇居の御所へのお引っ越しがあり、ご自身の誕生日の直前に愛子さまの成年行事がありました。雅子さまは“手抜き”をできないご性格で、愛子さまのローブ・デコルテや髪形、小物などすべてについて目を配られていたのではないかと思います。そういった気配りの必要な場面が続いたことで、お疲れになったとしても不思議ではありません」前出の宮内庁関係者は、「雅子さまは長く緊張を強いられていたのでは」と語る。「皇室が大きく揺れているさなかの祝賀行事です。愛子さまの成年行事に国民がどのような反応を見せるのか、当日まで予想がつかない状況でした。結果的に愛子さまは多くの人々の祝福を受けましたが、数カ月前から準備を続けてきた雅子さまの緊張は非常に大きかったのではないかと思います」
2021年12月14日《今月初めには娘の愛子が成年を迎え、多くの方々から温かい祝福を頂きましたことに心から御礼を申し上げます》12月9日に58歳の誕生日を迎えられた雅子さま。ご感想のなかでは、ご成年を迎えた愛子さまのご成長についても感慨深げに綴られていた。愛子さまの誕生日の前日となる11月30日、政府は皇位継承問題に関する有識者会議を4カ月ぶりに再開させた。年内にも報告書を取りまとめて政府に提出するというが、軸となるのは女性皇族が結婚後も皇室にとどまれるようにすることと、旧宮家の男系男子を皇室の養子にできるようにすることだという。一方で、女性天皇や女系天皇に関する議論は先送りとなった。近現代の皇室に詳しい静岡福祉大学名誉教授の小田部雄次さんは「これでは皇位継承者の確保につながらない」と警鐘を鳴らす。「結局、皇位継承者の確保については、悠仁親王のお妃が男子のお子さまを産むことが、唯一の希望という状況は変わりません。悠仁さまの次の代に男子が期待できない場合、旧宮家の男子の皇位継承が取り沙汰されることになります。しかし戦後の象徴天皇制は、皇室と国民の相互の信頼と結びつきによって成り立ってきました。愛子さまよりずっと血縁の遠い旧宮家の男子にそれが期待できるでしょうか。象徴天皇制の根幹が揺らぐ事態です」さらに、愛子さまの人生設計がたてづらくなるという点にも、小田部さんは懸念を表明する。「眞子さんの結婚は国民の賛否を呼びました。愛子さまにも少なからず影響があるでしょう。しかも皇室に残られるとなると、結婚のハードルはさらに高くなります。そのうえ天皇になる可能性が閉ざされているのに、一市民になることも難しいとなれば、眞子さんが感じていた以上の“不自由感”や、将来への閉塞感を抱き続けることになりかねません」実は、雅子さまは誕生日の直前、体調不良に見舞われていた。「12月1日の愛子さまご成年の祝賀行事を、雅子さまは欠席されています。また、誕生日写真の撮影も、2回にわたって延期されていたのです」(皇室担当記者)そんな体調不良のなか、長文のご感想をしたためられた雅子さまだが《働く女性の自殺が約3割増加し、小中高生の自殺も過去最多となり、昨年の自殺者数は11年ぶりに増加に転じたとも報じられています》と、自殺者数の増加について詳しく述べられている。そして、コロナ禍で《人と人とが触れ合うことが難しく、孤独を感じやすい今だからこその問題》とし、次のように切実なメッセージを記されている。《人が自らの命を絶つといった悲しく痛ましい出来事ができる限り起こらないよう、周りの人に相談したり、身近な支援窓口に足を運ぶことが容易にできるよう、これまで以上に皆でお互いを気遣い、支え合っていける社会となっていくことを願っています》この言葉について宮内庁関係者は、雅子さまのご胸中をおもんぱかる。「愛子さまも、学校に行けない時期が何度かあり、つらい思いをされてきました。眞子さんは皇族としての不自由さを感じていたといいますが、愛子さまもご自身のお立場に戸惑い、悩まれてきました。立派に成長されたといっても、皇位継承問題などで今後も困難が待ち受けていることに変わりはありません。雅子さまも、このままでは“愛子さまの未来が閉ざされてしまう”という思いも抱かれていることでしょう。愛子さまが“天皇の娘”であることに苦しまず、自信を持って生きられるように――。雅子さまは母親として、皇后として、愛子さまの心を守るという決意を込められたのかもしれません」華やかな祝賀行事の陰で雅子さまが母として抱えられる苦悩に、国民も目をそらしてはならないだろう。
2021年12月14日ぬくぐるみ工房(代表:濱津 雅子、所在地:東京都練馬区)は、オーガニックコットン100%に特化したぬいぐるみ、「オーガニックコットン 世界のクマぬいぐるみチャーム」を、2021年12月13日(月)に通販サイトで販売開始いたします。『天然素材のぬいぐるみ ぬくぐるみ工房』通販サイト 世界のクマぬいぐるみチャーム全8種ぬくぐるみ工房の製品は、オーガニックコットン100%。染色にもこだわり、化学染料は使わずに天然の草木染めで表現しています。この度発売のぬいぐるみチャームは、世界各地にいる、ホッキョクグマ・ヒグマ・アメリカクロクマ・ツキノワグマ・ナマケグマ・マレーグマ・メガネグマ・ジャイアントパンダの全8種類のクマそれぞれの特徴を生かし、生成や茶綿など原綿そのままの色を生かした生地や、柘榴(ざくろ)や矢車附子(やしゃぶし)などの天然染料で草木染めをした生地を組み合わせて制作しています。別売りの「クマのごはん刺繍入りショルダーバッグ」に装着して、一緒のお出かけをお楽しみいただくのもお勧めです。【商品の特長】1. オーガニックコットン100%表側の生地だけでなく、縫い糸・刺繍糸・中わた・ひも・タグまで、全てオーガニックコットンです。農薬や化学肥料を使わずに丁寧に生産されたオーガニックコットン。人にも地球にもとても優しいぬいぐるみです。(※ボールチェーンのみ真鍮製です)2. 天然の草木染めそれぞれのクマたちの特徴を生かし、柘榴(ざくろ)や矢車附子(やしゃぶし)、阿仙薬(アセンヤク)などで草木染めしたオーガニックコットンのパイルやベロアやボアを使用。化学染料は一切使用していないので、優しいあたたかな色合いが落ち着きます。3. 優しい仕様とデザインぬいぐるみのお顔はみんなにこにこ笑顔。目や口の刺繍は矢車附子(やしゃぶし)やラックダイで草木染めをした工房オリジナルの刺繍糸で一個一個丁寧に手刺繍をして仕上げています。【商品の概要】商品名 :オーガニックコットン 世界のクマぬいぐるみチャーム 全8種発売開始日:2021年12月13日(月)価格 :ホッキョクグマ 2,750円(税込)ヒグマ 3,520円(税込)アメリカクロクマ 3,190円(税込)ツキノワグマ 3,300円(税込)ナマケグマ 3,960円(税込)マレーグマ 3,520円(税込)メガネグマ 3,520円(税込)ジャイアントパンダ 3,300円(税込)素材 :生地・縫い糸・刺繍糸・中わた・ひも・タグ全てオーガニックコットン100%ボールチェーンのみ真鍮製サイズ :高さ約11cm<商品URL>ホッキョクグマ ヒグマ アメリカクロクマ ツキノワグマ ナマケグマ マレーグマ メガネグマ ジャイアントパンダ ■工房の概要ぬくぐるみ工房では、皆様に毎日を気持ちよく、笑顔で過ごしていただけますようにと願いをこめて、1個1個丁寧にオーガニックコットン100%のぬいぐるみや雑貨を作っています。屋号 : ぬくぐるみ工房代表者 : 濱津 雅子所在地 : 〒179-0083 東京都練馬区平和台1-18-13開業 : 2015年8月事業内容 : オーガニックコットンのぬいぐるみ・雑貨・手作りキット・刺繍糸の製造販売URL : Twitter : Instagram: 【本製品に関するお客様からのお問い合わせ先】ぬくぐるみ工房E-Mail: info@nukugurumi.jp 詳細はこちら プレスリリース提供元:@Press
2021年12月13日寒い季節に恋しくなるのが、温泉宿。来年1月下旬に再開される予定のGo To トラベルを使って、雅子さまも休まれた格式高い宿で優雅な時間を過ごしてみては?題して、「雅子さまが癒された憧れの温泉宿9軒」。至極のおもてなしがそこにありますーー。■佐賀県・嬉野温泉「和多屋別荘」心ゆくまで四季を愛で移りゆく季節を感じられる日本庭園や、伝統的な数寄屋造りの和室、黒川紀章氏設計のタワー棟など、嬉野川が中央を流れる2万坪の広大な敷地にアートな空間が広がる。雅子さまは最上階のロイヤルスイートにお泊りになった。(’20年1月に改装済み)昭和天皇がお泊りになった格天井総檜造りの特別貴賓室「洗心」は、雅子さまもご覧になられたそう。日本料理の食事処「利休」では、うれしの茶と日本酒の口福のペアリングが楽しめる。住所:佐賀県嬉野市嬉野町下宿乙738電話:0954-42-0210料金:1泊2食付き1人2万900円〜。■石川県・和倉温泉「加賀屋」地下の花崗岩に含まれる水晶をくぐり抜けた透明なナトリウム・カルシウム塩化物泉が、開湯以来1200年湧き続ける和倉温泉で、創業100年余となる老舗旅館。工芸品やお土産店が並ぶ「錦大路」やスパなど館内施設も充実している。最上階の迎賓室「天游」は伝統工芸や美術の粋を集めた調度も魅力。また、お食事では冬のカニや寒ブリなど、海鮮が豊富なのも能登の魅力のひとつ。住所:石川県七尾市和倉町ヨ部80電話:0767-62-1111料金:1泊2食付き1人5万5,000円〜。■鳥取県・三朝温泉「依山楼岩崎」日本一のラジウム温泉として知られる三朝温泉の老舗旅館。両陛下は愛子さまがお生まれになった翌年のご宿泊だったが、創業から101年の間には昭和天皇・香淳皇后、上皇ご夫妻、そして佳子さまも宿泊されている。総面積134.33平方メートルの露天風呂付き貴賓室「桜川」は1人1泊7万7,000円〜。境港からの新鮮な魚、ズワイガニや鳥取黒毛和牛などの特産品も。住所:鳥取県東伯郡三朝町三朝365-1電話:0858-43-0111料金:1泊2食付き1人1万8,700円〜。■山口県・はぎ温泉「萩城三の丸 北門屋敷」世界遺産の萩の城下町にある旅館。ご宿泊当日はひどい雨の日で、貴賓室の庭園ではカエルが鳴いており、雅子さまは「(自分たちが)会話を始めると鳴きやみ、会話が止まるとまた一斉に鳴きだす」と驚かれていたという。両陛下宿泊時のお品書きには、テナガエビ、オコゼ、アマダイなど、海の幸に恵まれている山口県の食材がふんだんに盛り込まれ、窯元で焼いた専用の器も用意された。住所:山口県萩市堀内210電話:0838-22-7521料金:1泊2食付き1人2万2,000円〜。■長野県・斑尾高原温泉「斑尾高原ホテル」夏は避暑地、冬はスキー場としてにぎわう斑尾高原で天然温泉を楽しめるホテル。’01年、両陛下が訪問された際には作家の田中康夫氏が知事としてホテルで面会した。両陛下はゲレンデの見える部屋で過ごされた。敷地内に湧く温泉は刺激が少ない高アルカリ性。肌がすべすべする感触で女性におすすめ。お食事では、地元・信州の新鮮な食材とともに、近くの新潟県の郷土料理や魚介類も取り入れている。住所:長野県飯山市斑尾高原11492-321電話:0269-64-3311料金:1泊2食付き1人1万1,300円〜。■岐阜県・長良川温泉「岐阜グランドホテル」「にっぽんの温泉100選」に選ばれた長良川温泉を味わえるワンランク上のリゾートホテル。川側の部屋からはハイキングも楽しめる金華山や鵜飼で知られる清流・長良川といった大自然を、街側の部屋からは岐阜市街を一望できる。木のぬくもりが感じられる、ロイヤルスイートの応接室。美濃・飛騨の風味豊かな「ヘルシー美濃薬膳」は体にも優しい。住所:岐阜県岐阜市長良648電話:058-233-1111料金:1泊2食付き1人1万6,940円〜。■秋田県・大湯温泉「ホテル鹿角」開湯800年の歴史を誇る大湯温泉を堪能できるホテル。十和田八幡平国立公園や奥入瀬渓流、世界遺産の白神山地の中心に位置し、観光にも便利。比内地鶏のきりたんぽ鍋など、秋田の郷土料理も自慢のひとつ。約130平方メートルの贅沢な空間でくつろげるロイヤルスイートは夫婦・カップル限定プランも。住所:秋田県鹿角市十和田大湯字中谷地5-1電話:0186-30-4111料金:1泊2食付き1人1万6,500円〜。■愛媛県・道後温泉「ふなや」日本三古湯のひとつ、道後温泉で江戸時代から続く創業390年以上の旅館。両陛下は’99年のしまなみ海道全線開通の際にご宿泊。皇室の方々のみならず、正岡子規、夏目漱石、種田山頭火など多くの文人たちにも愛されてきた。京都数寄屋大工の匠が手がけたリビングのロイヤルスイートは1泊7万7,000円〜。住所:愛媛県松山市道後湯之町1-33電話:089-947-0278料金:1泊2食付き1人2万3,100円〜。■福島県・奥飯坂穴原温泉「吉川屋」両陛下は’95年、’98年にご宿泊。「’95年はさわやかな新妻という印象でしたが、2度目のときは皇太子妃殿下らしいオーラを強く感じました」とおかみさんは語る。東日本大震災後、上皇ご夫妻が風評被害に苦しむ地元の農家たちと吉川屋で交流されたことも話題となった。貴賓室、露天風呂から眺める片倉山と摺上川の大渓谷は美しい。冬季は雪景色が広がる。会席では、黒毛和牛をはじめ、福島県と東北各地の四季折々の特産品を使った日本料理が並ぶ。住所:福島県福島市飯坂町湯野字新湯6電話:024-542-2226料金:1泊2食付き1人2万円〜。※お出かけの際は、最新の新型コロナウイルス感染状況をご確認ください。また、現地では自治体などの指示に従い感染防止対策を行うようお願いいたします。各宿の料金は、2人利用時の金額です。
2021年12月11日12月9日、58歳の誕生日をお迎えになられた雅子さま。愛子さまがご立派に成年を迎えられるまでの20年、振り返ればご自身の適応障害や愛子さまの登校不安などと闘いながら、母としての務めも果たされてきた。お二人の20年を写真で振り返ります。【’01年】宮内庁病院をご退院。生後1週間の愛子さまを穏やかに見つめられて。【’02年】那須御用邸に向かうご一家。駅頭では、愛子さまに教えられるように、手を持たれてご挨拶。【’04年】3歳ごろの愛子さま。このころ無表情などと噂されたが、明るいご様子のビデオなども公開された。【’05年】夏の高原に向かう長野駅。雅子さまのお隣で、愛子さまは笑顔で集まった人々と会話を。【’06年】5歳を前に健やかな成長を願う「着袴(ちゃっこ)の儀」で上皇ご夫妻から贈られたはかまなどを身に着けられて。【’12年】学習院初等科5年生、葉山御用邸へご静養に。2年生終盤から4年生までの登校不安も解消された。【’15年】小さなころからリンクコーデがお得意。那須塩原駅で、そろって淡い緑と白のコーデでお手振りを。【’16年】母娘で白いハイネックのセーターに厚手のコートをお召しに。中等科3年生を前に愛子さまは少し大人びた装いで長野のスキー場へ。【’18年】ブルー系と白の色合わせで、須崎御用邸の海岸に。愛子さまはこの夏、イギリス留学も経験された。【’20年】年々背丈も雅子さまに近づかれてきた。和服とワンピースの色みを合わせられて大相撲初場所に。愛子さまの相撲好きは有名。つらい時期も二人三脚で乗り越えられて……そこには母娘の強い絆がありました。
2021年12月11日12月2日、宮内庁は来年の新年一般参賀を中止すると発表した。新型コロナウイルス感染拡大防止のためで、今年に引き続き中止は2年連続だ。皇居での一般参賀は、毎年1月2日と、天皇誕生日の2回行われるほか、天皇陛下の即位後にも行われる恒例行事。皇居・長和殿のベランダに皇族方が並び、天皇陛下がお言葉を述べられる。天皇陛下のお言葉のほか、毎回注目が集まるのが、女性皇族方のローブモンタント姿。実は雅子さまには、繰り返しお召しになっている“お気に入り”のドレスがある。累計47回の一般参賀のなかでの“お気に入り”トップ3とは?■第3位:シャンパンゴールドのドレス(5回)12枚のシルクの布で作られた、広がりのあるシルエットが美しいドレス。袖口のくるみボタンがポイントになっている。11年ぶりのへ海外公式訪問となった、13年のオランダ国王の即位式でもお召しになっていた。■第2位:ライトブルーのドレス(6回)バラの地紋があしらわれたジャカードシルクのドレス。襟を立てたり折ったりすることでイメージチェンジができる。フロントの16個のボタンもアクセントに。■第1位:ミッドナイトブルーのドレス(8回)皇太子妃時代、特にお気に入りだったのがベルベットのハイネックドレス。2回目にお召しになった際には襟と袖口にビジューが施されていた。リメークされたことで、より華やかな印象になっている。同じドレスでも、合わせるブローチや帽子の有無などで変化をつけられてきた雅子さま。来年の新年一般参賀が行われれば、成年皇族となられた愛子さまも初めて参加されるはずだった。母娘並んでのローブモンタント姿を拝見できる日が待ち遠しい。
2021年12月09日12月9日、58歳の誕生日を迎えられた雅子さま。93年、外務省を退職され天皇陛下と結婚された雅子さまには、国際親善を期待する声も多かった。その期待を一身に背負われて臨まれたのが、94年・95年と2回に分けて行われた中東7カ国へのご訪問だった。結婚後初めての海外ご公務での、色鮮やかなドレス姿を振り返るーー。【94年サウジアラビア・ヤマーマ宮殿】裾にフリルを重ねた、エレガントなサファイアブルーのドレス。肩を膨らませたスリーブが特徴的。中東の風習に考慮し、首回りを詰め、袖も長くされ、肌の露出を抑えられている。【94年カタール・ハマド宮殿】ルビーレッドのシルクのドレス。胸元から腰、袖に鮮やかな金糸とベビーパールで立体的に入れられた刺繍が華やか。バッグと靴は金と銀で統一、ゴージャスさを演出されていた。【94年カタール・ラヤーン宮殿】雅子さまの誕生石でもある、ターコイズの色合いのドレス。胸元と袖口に、天から差し込む光のようなビジューが入れられている。【95年クウェート・バヤーン宮殿】和服の裏地に使われる、紅絹(もみ)色のドレス。白いショールを羽織られ、日の丸をイメージしたコーディネートに。【95年アラブ首長国連邦・ムシュリフ宮迎賓館】女性らしいベビーピンクのドレスでアラブ首長国連邦皇太子とご歓談。裾へ滝のように流れる左腰の大きなリボンが美しい。アシンメトリーは雅子さまのドレスの定番デザイン。【95年ヨルダン・ナドワ宮殿】イスラム圏の女性の衣装・アバヤを感じさせるような、上質なシルクの布を右肩から裾にかけて用いられている。左上半身には花をあしらったレース素材でとてもエレガントな一面をお見せに。皇后となられてからも、天皇陛下の即位を祝う「饗宴の儀」では186カ国の賓客をもてなされた雅子さま。令和初の海外ご訪問は、イギリスで予定されているが、新型コロナウイルスの影響で延期となっている。再び、“皇室外交”の場での華やかなお姿を拝見したい。
2021年12月09日「本当に生まれてきてありがとう、という気持ちでいっぱいになりました」雅子さまは、生まれたばかりの愛子さまを目にしたときのことを、ご出産後初の記者会見でかみしめるように語られていた。一人娘の立派な成長ぶりに、万感の思いを抱かれていることだろうーー。12月1日、天皇皇后両陛下の長女・愛子さまは20歳の誕生日を迎えられる。当日は大学の授業があるため、ご成年の儀式の大半は5日に行われる。「学習院大学では対面授業が再開されつつありますが、愛子さまはいまも登校を控えられ、もっぱらリモートで受講されています。ほかの学生と違い、愛子さまが登校すれば複数人の護衛官も同行する必要があります。感染リスクを抑えるためにも、外出は控えられているのでしょう。それでも、学業はおろそかにしないというご姿勢を貫かれているのです」(宮内庁関係者)コロナ禍で迎える成年という節目、愛子さまは大きな決断をされていた。ティアラを新調しないことにされたのだ。新調しない代わりに、愛子さまは上皇ご夫妻の長女・黒田清子さんからティアラを借りることになった。公費で作られたティアラは結婚に伴って国に返すことになっているが、清子さんのティアラは上皇ご夫妻の私費で作られたため、いまも清子さんの所有となっていた。「清子さんには、愛子さまご本人が相談され、快諾の返事をいただいたそうです。清子さんは愛子さまが3歳だった’05年11月に皇室を離れたため、これまで深い交流はありませんでした。しかし、“天皇の娘”として成年を迎え、上皇ご夫妻を支えた清子さんの半生は、愛子さまの今後の指針ともなるでしょう。清子さんとしても、姪であり“後輩”でもある愛子さまをサポートしたい思いがあったのでしょう」(皇室担当記者)愛子さまは清子さんと同じ学習院大学文学部に通われている。また、9月に赤坂御所から引っ越しされた皇居の御所では、清子さんが使っていた部屋に愛子さまがお住まいだといわれている。■清子さんが切り開いた“働く内親王”の生き方皇室ジャーナリストの渡邉みどりさんも「愛子さまの“お手本”になるのは清子さん」と語る。「同じ天皇の娘という立場だった清子さんから心構えを学ばれる、よい機会になったでしょう。清子さんは4年制大学に進学した初の内親王です。海外への公式訪問は8回を数え、盲導犬のチャリティ支援など、社会的な活動にも力を入れました。一方で、山階鳥類研究所に、結婚まで13年間にわたって勤務し、社会人としてのキャリアも築いています。以前は内親王や女王は20歳前後で結婚して皇室を離れるのが当たり前でしたが、ご公務と自分の仕事を両立するロールモデルを示したのが清子さんなのです」清子さんは元祖“働く内親王”だったのだ。政府が設置した皇位継承に関する有識者会議は「女性皇族が結婚後も皇室に残る案」を国会に提言するという。この案が実現すれば、愛子さまは生涯、皇室に残られることに。また“愛子さまを天皇に”という期待の声も根強い。「愛子さまは10年以上前から蚕の飼育を続けられています。養蚕は、明治以降の歴代皇后が引き継いできた皇室の伝統です。愛子さまはこのように、小学生のころから皇室の歴史や文化に関心を持たれてきたのです。それは“天皇の娘”としての自覚と矜持ゆえでしょう。今回、清子さんにティアラを借りる“直談判”をされ、その思いはさらに強まったのではないでしょうか」(前出・宮内庁関係者)清子さんは、皇室を離れる前、36歳の誕生日に際してこう綴っていた。《両陛下の、お立場に対する厳しいご自覚や国民の上を思い、平和を願われるお姿、そして昭和天皇や香淳皇后に対する深い敬愛のお気持ちなどは、日常の様々なところに反映され、自然に皇族であることの意味を私に教えたように思います》清子さんが上皇ご夫妻のお姿を見て“皇族の役目”を学んだように、愛子さまも天皇陛下や雅子さまのなさりようを、20年間しっかり目に焼き付けてこられたはずだ。清子さん、そして両陛下に学び、愛子さまは成年皇族として歩みだされる。
2021年12月03日ぬくぐるみ工房(代表:濱津 雅子、所在地:東京都練馬区)は、オーガニックコットン100%に特化したぬいぐるみ、「オーガニックコットン ホッキョクグマのぬいぐるみ クリスマスバージョン」を、2021年12月2日(木)に通販サイトで販売開始いたします。オーガニックコットン ホッキョクグマのぬいぐるみ クリスマスバージョン 親子『天然素材のぬいぐるみ ぬくぐるみ工房』通販サイト ぬくぐるみ工房の製品は、オーガニックコットン100%。染色にもこだわり、化学染料は使わずに天然の草木染めで表現しています。この度発売のクリスマスバージョンのホッキョクグマは、原綿そのままの生成色のパイル生地のぬいぐるみに、柘榴(ざくろ)と印度茜(いんどあかね)で草木染めをした帽子とマフラーをセットしております。帽子とマフラーは取り外し可能のため、クリスマス時期以外は、普通のホッキョクグマのぬいぐるみとしてお楽しみいただけます。【商品の特長】1. オーガニックコットン100%表側の生地だけでなく、縫い糸・刺繍糸・中わた・タグまで、全てオーガニックコットンです。農薬や化学肥料を使わずに丁寧に生産されたオーガニックコットン。人にも地球にもとても優しいぬいぐるみです。2. 天然の草木染め赤色の帽子とマフラーは、化学染料は一切使用せず、柘榴(ざくろ)と印度茜(いんどあかね)で草木染めしたオーガニックコットンベロア。どこかほっとする、優しいあたたかな色合いが特徴です。3. 優しい仕様とデザインぬいぐるみのお顔はみんなにこにこ笑顔。目や口の刺繍は矢車附子(やしゃぶし)で草木染めをした工房オリジナルの刺繍糸で一個一個丁寧に手刺繍をして仕上げています。【商品の概要】商品名 : オーガニックコットン ホッキョクグマのぬいぐるみクリスマスバージョン発売開始日: 2021年12月2日(木)価格 : 親ぐま 14,300円(税込)こぐま 7,700円(税込)素材 : 生地・縫い糸・刺繍糸・中わた・タグ全てオーガニックコットン100%サイズ : 親ぐま 高さ24cm 幅20cm 奥行き17cm 帽子の高さ6cmマフラー 54cmこぐま 高さ12cm 幅10cm 奥行き10cm 帽子の高さ3.5cmマフラー 31cmURL : 親ぐま こぐま 【工房の概要】ぬくぐるみ工房では、皆様に毎日を気持ちよく、笑顔で過ごしていただけますようにと願いをこめて、1個1個丁寧にオーガニックコットン100%のぬいぐるみや雑貨を作っています。屋号 : ぬくぐるみ工房代表者 : 濱津 雅子所在地 : 〒179-0083 東京都練馬区平和台1-18-13開業 : 2015年8月事業内容: オーガニックコットンのぬいぐるみ・雑貨・手作りキット・刺繍糸の製造販売URL : 【本製品に関するお客様からのお問い合わせ先】ぬくぐるみ工房E-Mail: info@nukugurumi.jp 詳細はこちら プレスリリース提供元:@Press
2021年12月02日「水谷さんの背中を追い掛け続けた7年。ここまでやってこられたのは、水谷さんがいたから。それだけです」こう語ったのは、俳優の反町隆史(47)だ。反町は11月24日、水谷豊(69)が主演を務める人気ドラマシリーズ『相棒』(テレビ朝日系)を現在放送中のseason20をもって卒業すると発表した。ドラマの公式サイトで冒頭のようにコメントした反町。さらに当初、慣れない現場に苦心していたところ「今ので良かったよ」という水谷の言葉に救われたと“相棒”への感謝も述べている。反町は’15年10月、水谷演じる杉下右京の4代目相棒・冠城亘役として同ドラマに出演。season14から登場し、現在7シーズン目。そして今月24日の放送回で出演回数は125話分となる。これは初代相棒である寺脇康文(59)の記録を抜き、単独トップの“相棒歴”だ。そんな反町はドラマの公式サイトで卒業理由について、“50代を迎えるにあたり、新しい出発を切りたい”という気持ちがあると明かしている。■「反町だけにソリが合う」2人の築いた絶大なる信頼関係水谷から「ソリ」との愛称で呼ばれるほど、絶大な信頼を寄せられている反町。今でこそ“名相棒”だが、当初からそうだったわけではない。「はじめ反町さんは水谷さんとの共演に相当、緊張していたそうです。『相棒』はカメラの長回しが多く、反町さんはNGの連続。当初は毎回、水谷さんからのアドバイスを忘れないよう台本にすべて書き込み、水谷さんに食らいつくために必死だったといいます」(テレビ朝日関係者)水谷もそんな反町の“負けん気”に次第に惹かれていく――。「ミスを重ねても、現場に食らいつこうとする姿に水谷さんは感心していました。そして回を重ねるごとに“俳優・反町隆史”に惚れこむように。反町さんの出演作を見返したこともあるそうです」(前出・テレビ朝日関係者)反町が水谷との信頼関係を築いたのは、現場だけではない。地方ロケに行けば、彼は水谷のために“マネージャー”になることもあったという。「反町さんは事前に現地の美味しい店を調べて、水谷さんを誘って食事に行くんです。焼肉店では水谷さんの分も反町さんが焼いて取り分ける、徹底した“水谷ファースト”ぶり。水谷さんは『反町だけにソリが合う』なんて伊藤蘭さん(66)や娘の趣里さん(31)に話しているそうです」(ドラマ関係者)また、2人で悲しみを分け合ったこともあった。’18年11月に行われた俳優・津川雅彦さん(享年78)と朝丘雪路さん(享年82)の合同お別れ会に2人はそろって参加。その際、反町は水谷にそっと寄り添っていた。「参列者リストを見たら、2人の名前が。所属事務所が違いますから、別々に来場するのかと思われました。ですが、同時刻に2台のワンボックスカーがやってきて、水谷さんと反町さんは2ショットで会場入りしたんです。式場では水谷さんの隣に反町さんが座り、その後の囲み取材も2人で……。反町さんはずっと水谷さんのそばについていましたね」(取材した記者)■「ソリこそ最後の相棒」と考えていたこともseason18の際、ドラマの公式サイトで水谷は「お互い語らずしてわかりあえることが増えてきましたね」と反町についてコメント。さらに反町も「右京と亘もそうですが、水谷さんと僕も一緒に撮影を積み重ねてきたからこそ少しずつ関係を築くことができたのではないかと思っています」と関係性の変遷について語っている。「2人は家族ぐるみでも親密な関係で、コロナ前にはお互いの家族を連れてときどき食事会を開いていたそうです。2人とも娘を持つ父なので、パパ友として悩みを相談し合うこともあるといいます」(前出・ドラマ関係者)公私ともに、“名バディ”の水谷と反町。水谷は「ソリこそ最後の相棒!」とまで考えていたようだ。「『相棒』は1年で2クール放送されるため、体力的にとてもハード。そこで制作サイドは水谷さんへの負担を思い、70歳になったタイミングで続投してもらえるのか確認する予定です。いっぽう水谷さんは『続けるなら、ソリが相棒であることが絶対条件』との意思を明かしていたんです。反町さんが卒業を伝えた際、水谷さんは静かに『わかった』と一言だけ伝えたといいます。多くを語らなかったのは、バディを“思いやる心”があったからこそでしょう」(前出・ドラマ関係者)『相棒』の公式サイトで「この先冠城亘では無い役者ソリを観られることもとても楽しみです」とのコメントを寄せている水谷。反町への“相棒愛”は不滅だ。
2021年11月25日人気テレビドラマシリーズ『相棒』(テレビ朝日系)で、水谷豊さん演じる杉下右京の相棒を務めてきた、冠城亘役の反町隆史さんが同作を卒業することが発表されました。【お知らせ】反町隆史さん演じる「冠城亘」が、今シーズン最終話をもって『相棒』を卒業することが決定しました。2015年10月14日放送の『season14』第1話で初登場して以来、今夜9時放送の第7話で杉下右京の相棒として歴代最多、...相棒さんの投稿 2021年11月23日火曜日【お知らせ】反町隆史さん演じる「冠城亘」が、今シーズン最終話をもって『相棒』を卒業することが決定しました。2015年10月14日放送の『season14』第1話で初登場して以来、今夜9時放送の第7話で杉下右京の相棒として歴代最多、...相棒さんの投稿 2021年11月23日火曜日水谷豊、反町隆史の『呼び方』に反響これまで、寺脇康文さん、及川光博さん、成宮寛貴さんが演じてきた、杉下右京の相棒役。冠城亘を演じる反町さんは、4代目の相棒役であり、また、歴代最多の出演本数を記録しています。今回の卒業を受け、「感謝の気持ちでいっぱい」とコメントしている反町さん。水谷さんもまた、コメントしているものの、反町さんのことを『ソリ』と呼び、ねぎらいの言葉を送る内容に、ネット上では「そんな呼び方をしているのか…」と衝撃を受ける人が続出しました。・コメントの中で、12回も『ソリ』と呼んでいて、『ソリ』がゲシュタルト崩壊。・反町隆史のことを『ソリ』と呼ぶのは、水谷豊だけだろうな。・『ソリ』呼びが衝撃的すぎて、コメントが頭に入ってこない…。「ソリでよかった、シーズン中何度も思ったことです」とコメントし、反町さんに対して大きな信頼を寄せている水谷さん。2人が出演する『相棒』は今回のシーズンで見納めとなりますが、いろいろな意味で水谷さんと反町さんの共演は多くのファンにとって印象的なものとなったはずです…![文・構成/grape編集部]
2021年11月24日東京オリンピックで日本代表の男女全選手がメダルを獲得、大会後も余韻が残るほどの活躍を見せ、大きな関心が集まった卓球。その世界選手権「2021 世界卓球選手権」が11月23日から29日にかけてアメリカ・ヒューストンで開催される。東京オリンピックの活躍から再出発。卓球日本代表が大舞台に挑む。世界選手権は隔年で個人戦と団体戦が行われ、今回は個人戦の年でシングルスとダブルス、混合ダブルスを実施。日本からは男女それぞれ5名が出場するが、楽しみなメンバーが名を連ねる。東京オリンピックに出場した選手たちは無条件で代表に選出され、引退した水谷隼を除き勢ぞろい。一方に代表選考会を勝ち抜いた選手がいる。どちらの立場にあっても大切な“スタート”の場だ。女子のオリンピック代表、伊藤美誠は“打倒中国”を心に抱き、平野美宇は“パリオリンピックでの金メダル”を目標に据え、石川佳純は短期の目標をその都度設定しながら進んでいくという。それぞれに今後への思いの色合いは違っても、その一歩となるのがこの世界選手権だ。そのほかオリンピック代表を争って惜しくもなれなかった早田ひなと芝田沙季が出場。潜在能力をかねてから高く評価される早田は、過去の世界選手権(個人戦)で獲得した2つのメダルはダブルスでのもの。シングルスで好成績を残し、パリオリンピック出場へ向けて幸先のよいスタートを切りたいところ。芝田は早くから頭角を現す選手が多い卓球界にあって24歳で初めて代表入り。努力を積み重ねてきた成果を見せたい。男子は長年にわたり牽引してきた水谷の後継者は誰なのか、“ポスト水谷”が注目ポイントの一つ。張本智和、丹羽孝希には結果に加え、チーム内での求心力も望まれる。26歳の森薗政崇は4大会連続の世界選手権(個人戦)出場。初出場の宇田幸矢と戸上隼輔は共に20歳。世代は少し異なっても、パリオリンピックを目指す姿勢には変わりない。経験豊かな選手から若い世代までそろった男女計10名の代表。この顔ぶれは日本卓球界の層の厚さを物語っている。それも含め、日本がここまで強くなったのは中国を倒して世界一になるという目標あればこそ。悲願をかなえるために、日本卓球界にとってもスタートとなる世界選手権は見逃せない。伊藤美誠オリンピックで金、銀、銅と3つのメダルを獲得。五輪後は休養を取り久々の大会になる。石川佳純/平野美宇オリンピックで息の合ったプレーを見せた石川(左)と平野(右)。世界選手権のダブルスでもコンビを組む。もうひと組は伊藤と早田のペア。こちらも楽しみ。早田ひなオリンピックでは、リザーブとして代表選手のサポートも。パワーでは国内屈指を誇る。張本智和期待を集めたオリンピックのシングルスは4回戦で敗れた。再出発の世界選手権で上位を目指す。宇田幸矢/戸上隼輔代表選考会で1位の宇田(左)と3位の戸上(右)。明治大学の同級生の二人、シングルスのみならずダブルスでも活躍を期す。「2021 世界卓球選手権」11/23~29開催地:アメリカ・ヒューストンテレビ東京で放送。張本、宇田、早田は、混合ダブルスにも出場、3試合を戦う。※『anan』2021年11月24日号より。写真・Getty Images新華社/アフロ文・松原孝臣(by anan編集部)
2021年11月23日“いまどき男子”とは、どんな男子なのか。エンターテインメントの世界からスポーツやファッションに至るまで、これまでの流れとは違う新しい価値観、生き方で脚光を浴びている“いまどき男子”たちを、エンタメやカルチャーの有識者が分析します。子どもの頃からカルチャーと身近に接し、引き出しが豊富。「Z世代はネットを介して多様なカルチャーに気軽にアクセスするのが当たり前。文芸の世界では、血肉化してきたカルチャーを全部盛りにした“現代エンタメ”の機運が高まっています。たとえば波木銅(なみきどう)さんの『万事快調(オール・グリーンズ)』は、ヒロイン3人に音楽(ラップ)・映画・文学への愛と知識を振り分けた青春群像劇。出来上がった作品も音楽的で映画的で、なおかつきっちり文学的なんです」(ライター・吉田大助さん)また、YouTuberの中からユニークな書き手も現れているという。「YouTuberの動画は基本的にドキュメンタリーですが、『kouichitv』のコウイチさんはフィクション=短編コメディ動画をアップしている。初の著書『最悪な一日』でもショートショート=超短編小説を執筆。面白かったです」(吉田さん)見た目だけでの勝負は卒業。専門知識を自分の強みに変える。SNSは、いまどき男子にとっても大事な自己アピールのツール。なかでも、時代の流れを敏感に読み取るインフルエンサーたちは、次なるフェーズへ。「インフルエンサーは拡散力の高い人気者という立ち位置ですが、それよりも専門性の高い『KOL』という概念がいま広がっています。これはキーオピニオンリーダーの略で、たとえば美容男子の中でも、見た目を磨くだけではなく、美容の情報や知識を発信する人のこと。美容男子のKevinさんは、TikTokで自分がいいと思ったコスメを紹介。メイクの過程などを公開しています。とくに男性の場合、自分の個性を強みに変えようとする傾向が強いんです」(N.D.Promotion代表取締役・金丸雄一さん)ルールや規則に縛られず、のびのびと才能を発揮。いまどきは、10代で起業をするなど、一般的な進路にとらわれず、早いうちからチャレンジをする男性も出てきているが、それはスポーツ界に顕著。「学生時代のスポーツは部活を基本とした“スポ根”的な練習になりがちなので、トップアスリートはそこからの脱却を図る意味でも、型にはまらない進路を選択する傾向に。近年多いのは、通信制の高校を選ぶケース。日本の高校に籍を置きながらも海外に拠点を移すなど、より競技に集中し、自分の能力を伸ばすため。卓球の水谷隼選手は、その一人です」(スポーツライター・小林信也さん)勝ち負けにこだわるよりも、自己表現を追求する。東京2020オリンピックのスケートボードが象徴的だったように、勝ち負けではなく、自分が納得できるかどうかに重きを置くのも、いまどき男子らしい。「こうした精神は、もともとエクストリームスポーツ全般にあるものですが、いまの時流と合ったため、まぶしく映ったのでしょう。スケートボードで金メダルを取った堀米雄斗選手はもちろん、“ゴン攻め”などの解説で話題となった瀬尻稜選手は、より自己表現に重きを置いているタイプです。オリンピックで金メダルを期待される実力がありながらも、スケボーを純粋に楽しみたいからと出場を辞退。さらに、もはやスケートボードのコンテストにも意識が向いておらず、彼の一番のプライオリティは、いいライディングをSNSにアップすること。ランキングより、SNSのアクセス数のほうを重視しているんです」(小林さん)吉田大助さんライター。弊誌をはじめ、小説誌やカルチャー誌などで、文芸作品の書評や作家インタビューを行う。紙媒体14 誌+αの書評情報をTwitter(@readabookreview)で発信中。金丸雄一さんN.D.Promotion代表取締役。Z世代を対象としたシンクタンク組織「Z 総研」発足やZ世代をターゲットとしたプランニング、インフルエンサーのキャスティングなどを行う。小林信也さんスポーツライター。雑誌、ウェブなどにて執筆中。著書に『大谷翔平「二刀流」の軌跡―リトル・リーグ時代に才能を見出した指導者と野球愛風土』(マガジンランド)など。※『anan』2021年11月3日号より。イラスト・WALNUT取材、文・保手濱奈美(by anan編集部)
2021年10月27日出会いから実に9年、婚約内定から4年―――。10月26日、ついに眞子さまは小室圭さんとの結婚を成就させる。しかし、小室家の金銭トラブルが未解決ということもあり、秋篠宮さまは小室さんに対し厳しい姿勢を崩していない。小室さんは18日と24日にも赤坂御用地を訪れたが、いずれも秋篠宮家のお住まいではなく赤坂東邸に通されたという。小室さんは秋篠宮邸に入ることを許されなかったようだ。秋篠宮ご夫妻の姿勢とは対照的に、眞子さまを温かくもてなしたのは天皇皇后両陛下だった。10月22日の夕方、眞子さまは両陛下との面会のため御所へ。宮内庁によると、面会時間は1時間10分ほどだったという。「途中で愛子さまや犬の由莉も加わり、とても和やかな雰囲気だったそうです。とりわけ雅子さまは、長らく適応障害の療養を続けていらっしゃるため、眞子さまの状況は気がかりだったでしょう。アメリカでの生活についてアドバイスされるなど、親身に相談に乗られたのではないでしょうか。帰りの眞子さまの表情が晴れやかだったのは、両陛下の思いやりをお感じになったからかもしれません」(皇室担当記者)眞子さまは、雅子さまとはあまり接点がなかったようにも見える。だが、皇室ジャーナリストによれば、眞子さまと秋篠宮さまとの“亀裂”の原点には雅子さまの存在があったという。「雅子さまは’03年12月に体調を崩され、翌年には適応障害と診断されました。療養のためにご公務への出席を控えられるようになりましたが、その期間が長引くにつれ、一部から“皇族の義務を果たしていない”“遊んでばかり”などと心ない批判を浴びる事態となりました。眞子さまは当時、雅子さまへのバッシングに非常に傷つかれていたようなのです」秋篠宮家の側近の皇嗣職大夫は、眞子さまの複雑性PTSD公表に際して「中学生のころから、身近な方々やご自身に対する誹謗中傷と感じられる情報を日常的に目になさり、精神的な負担を感じておられた」と話している。眞子さまが中学生だった時期は、ちょうど雅子さまが適応障害での療養を始められたころと重なる。■雅子さまを苦しめた皇室の“不自由”ご療養の初期、天皇陛下(当時は皇太子)は会見で「雅子の人格を否定するような動きがあったことも事実です」とご発言。外務省での経験を生かした国際親善より“お世継ぎ”を産むことばかりが求められ、雅子さまが苦しめられていたと示唆されたのだ。また陛下は「新しい時代を反映した活動を行ってほしい」と、雅子さまの個性を生かしたご公務のあり方も提言されていた。だが、秋篠宮さまの反応は冷淡だった。「せめて陛下(いまの上皇陛下)とその内容について話をして、その上での話であるべきではなかったか」と、記者会見での発言に苦言を呈された。さらに「公務というものはかなり受け身的なもの」と、新たなご公務についても否定的な発言をされたのだ。皇室は、国民に寄り添うことが第一とされてきた。上皇陛下は美智子さまに、結婚に際して「公的なことが最優先であり、私事はそれに次ぐもの」と告げられたという。だが、眞子さまはそんな皇室のあり方に疑問を持つようになっていたのかもしれない。「皇族は“私”を抑えつけてまで“公”に奉仕しなければならないのか――。雅子さまへのバッシングを目の当たりにして、中学生の眞子さまはそうお感じになったのではないでしょうか。そして、どん底にいらした雅子さまを助けようとされる陛下に対し、はしごを外すような発言をされた秋篠宮さまのお考えにも、納得されていなかったはずです。そのころから眞子さまは、皇室の中にいては自由に生きられないと考え、結婚して皇室から“脱出”することを思い描かれていたのかもしれません」(前出・皇室ジャーナリスト)象徴天皇制を研究する名古屋大学大学院准教授の河西秀哉さんは、皇室のあり方も時代に合わせて変わるべきだと語る。「宮内庁には、よりきめ細かな情報発信が望まれます。ネットの声に対しても、場合によっては情報開示や提訴など、積極的な対応が必要かもしれません。私たち国民も、皇族の“私”があることを意識するべきだと思います。もちろん天皇制がある以上“公”の役割は残り続けます。私たちにとって象徴天皇制はどうあるべきなのか考え、公私のバランスを問い直す必要があると思います」皇室からも、日本からも離れて、「小室眞子さん」は何にも縛られず羽ばたいていく――。
2021年10月26日10月3日、引っ越されたばかりの御所の大広間の一角に式典用のお席を作り、リモートで「全国豊かな海づくり大会」に参加された天皇皇后両陛下。雅子さまのブルーのスーツは陛下のネクタイとおそろいの海の色。港町、宮城県石巻市で開催の式典を意識されてと思われたが、テーブルの上に飾られた宮城のゆるキャラ「むすび丸」の色にも合わせる心配りもお見せだった。式典後、両陛下は石巻市の「みやぎ東日本大震災津波伝承館」をオンラインで視察され、被災者とご懇談。雅子さまは東日本大震災ののち、自ら営む水産加工会社に保育園を併設した同世代の女性に「いい取り組みをなさっていますね」と優しく話しかけられた。本来なら、震災から10年を迎えた被災地にお出かけになりたかったと思われるが、両陛下は画面越しであっても心を込めて被災者の話をお聴きになっていた。
2021年10月18日地域や学校によって、休校やリモート授業が続いている。この影響を強く受けているのが貧困家庭だ。こうした状況の今こそ、改めて知ってほしい両陛下のお気持ち――。「貧困家庭の子どもたちがコロナ禍による休校で学びが停滞し、給食がないため食事に苦しむ現状をお話しいたしました。すると、雅子さまはご心痛の表情で『子どもたちやお母さまのようすはどうですか?』とおっしゃって……」こう語るのは、貧困家庭の子どもたちの学習支援をする「NPO法人キッズドア」理事長の渡辺由美子さんだ。コロナ禍において、もっとも深刻な影響を受けたのが、子どものいる貧困家庭だ。非正規雇用であることが多い保護者が雇い止めにあったり、家庭内で十分な学習場所を確保するのが難しく、リモート授業や在宅学習にうまく対応できない場合も多いという。現在も、地域や学校によっては、休校やリモート授業が続いており、教育格差の拡大が懸念されている。そんな境遇の子どもたちに、心を寄せられているのが雅子さまだと、皇室ジャーナリストの近重幸哉さんが言う。「皇太子妃時代から、福祉施設を訪問され子どもたちと触れ合ったり、クリスマスカードを送られたり、児童福祉施設文化祭に何度もお忍びで出席されています。コロナ禍であっても“子どもたちのために、何かできることはないのか”という、強い思いをお持ちのはずです」だからこそ昨年6月、内閣府の担当者から渡辺さんの元に「両陛下が、コロナ禍で貧困に苦しむ子どもたちを心配されています。現場の人たちに、直接話を伺いたいそうです」と連絡があったのだろう。「両陛下は即位の際、『子供の未来応援基金』に5,000万円もご寄付されました。私どもはこの基金からの助成金のおかげで、コロナ禍のオンライン学習のための機器の購入や、実践マニュアルの作成ができたのです。基金とのこうした関係も、お声がけされるきっかけとなったのかもしれません」昨年7月21日に設けられた拝謁の場には、渡辺さんを含め、3団体の代表が参加した。45分から1時間ほどを予定していたが。「控室で侍従の方から『後ろの予定はないので、気にせず、ゆっくりとお話しください。両陛下は、今日を心待ちにされていました』と伺いました」■お互いに顔を見て、うなずかれながら緊張を隠せなかった渡辺さんだが、いざ部屋に入ると、穏やかな笑顔の両陛下のお迎えがあり、一気に心がほぐれたという。距離を取るために大きめの机を挟み、向かい合った。両陛下の背後は大きなガラス張りの窓で、夏の光を新緑の木々が浴びていた。「両陛下は事前にお渡しした資料をすでに読んでくださっていたようでした。ときに『そうですね』とあいづちを打たれ、お二人でメモを取られていました。こういう言い方は失礼にあたるのかもしれませんが、すごく仲のいいご夫婦だと思いました。お互い顔を見合わせてうなずき合うなど、確認しながら理解を深められているようで、ふだんからいろいろなお話をされているのではないかと見受けられました」一緒に両陛下に拝謁した「公益財団法人あすのば」代表理事の小河光治さんは、「両陛下が、貧困家庭の苦しみをわが事のように感じていらっしゃる」と痛感したという。同団体は貧困家庭への調査や支援などを行っている。「もともと子どもの貧困は非常に深刻ですが、コロナ禍が拍車をかけています。私どもの調査に対し『高校に入ったけど、母親が仕事をなくしたから退学を考えている』『授業料が足りないから、食事を1日1食にしている』などの悲痛な声が殺到していることをご説明しました。すると雅子さまも陛下も、たいへん辛そうな表情をされて……」■「陛下が笑顔でバッジを出されて!」だが一方で、明るい兆しのお話をすると、両陛下は本当にうれしそうになられたという。「オンライン学習のための機器を各家庭に貸したことで、子どもたちがパソコンなどを使いこなせるようになったんですね。『コロナの影響ではありますが、これまで無縁だったITに触れることで子どもたちの将来の選択肢が広がりました』とお話ししたときは、雅子さまも陛下も満面の笑みになられて。陛下は『そうですね。これからITはいいですよね』と大きくうなずかれました」(渡辺さん)さらに、貧困家庭を力づけるこんなお言葉もあったという。「私のほうから『子どももお母さんも苦しんでいるので、両陛下が応援してくださっていると伝えていいですか』とお願いしてみると、雅子さまが『ぜひ、ぜひお伝えください』と力強く即答してくださいました。すると、陛下からも『私たちは本当に応援しています。頑張ってほしい』というお言葉を頂戴したのです」(渡辺さん)予定の時間は大幅に過ぎ、気がつけば外は真っ暗になっていた。一人一人に声をかけてくださった両陛下との別れ際には、こんなうれしいサプライズもあった。「私たちは絵本作家のディック・ブルーナさんが描いた『子供の未来応援国民運動』のバッジをつけていたんですが、陛下がおもむろにポケットから同じバッジを出してほほ笑まれたんです」(渡辺さん)それから1年が経過したが、子どもたちを取り巻く現状は楽観できるものではない。コロナの影響で、子どもたちと対面して支援がしづらい状況に、各団体とも苦しんでいる。だが、この拝謁は大きな力になったと渡辺さんは語る。「最後に両陛下から『みなさん、素晴らしい活動ですね。(スタッフの方々に)よろしくお伝えください』というお言葉を賜りました。天皇陛下も雅子さまも応援くださっているという事実は、スタッフたちの大きな励みになっています。教育格差を少しでも縮められるように、今後も努力を続けていきたいです」(渡辺さん)コロナ禍に苦しむ家庭は、ぜひ支援団体を頼ってみてほしい。そして、天皇陛下と雅子さまが、常にあなたたちのことを思われ、力になろうとしてくださっていることを忘れないでほしい。
2021年09月29日俳優の竹野内豊、仲野太賀、北大路欣也、女優の長澤まさみが出演する、アサヒビール「アサヒ ザ・リッチ」の新CM「リッチなのにスイスイ」編と「リッチなのに飽きない」編が、9月3日より放送される。ザ・リッチを飲み、「リッチなのにスイスイ」編では仲野が竹野内の感想を、「リッチなのに飽きない」編では北大路が長澤の感想を言い当てて楽しむ4人。当てられた竹野内と長澤は思わず「イエース!」とリアクション。4人は「スイスイいけちゃう」にちなみ「スイスイ〜!」というフレーズで盛り上がり、和やかな雰囲気に包まれるというCMになっている。○■竹野内豊・仲野太賀・北大路欣也・長澤まさみインタビュー――今回のCMでそれぞれ注目してもらいたいポイントなど教えてください。竹野内:今回は太賀さんが加わって2回目の撮影となっているんですけれども、みんなで楽しみながらザ・リッ チを飲んでいる姿にぜひ注目していただきたいなと思います。長澤:今回は飲んだ後の感想を何て言うか当てるゲームをしているんですね。そんなところを楽しんで見てもらえたらいいなと思います。まさか北大路さんに言われちゃうっていうところを注目して見てもらいたいですね!北大路:皆さんの飲みっぷり、心の内を素直に感じ取って、私の務めを果たさせていただきました(笑)。そこを楽しんでいただきたいと思います。仲野:今回2回目という事もあり前回よりもリラックスして撮影に参加できたので、4人の楽しい空気感が皆さんにそのまま伝わればいいなと思ってます。――8月も終わり、9月・10月と気温も落ち着いていき秋のシーズンに入っていくわけですが、皆さんの「この秋にやりたい事」について聞かせいただけますか?竹野内:今年まだ海に行けてないので海に行きたいです。ドライブして、しらす丼食べて、海辺散歩して帰ってくる、みたいな。北大路:一緒に行きたいな。竹野内:行きますか(笑)?北大路:やっぱりこの1年半、行動に制約があって、普段リラックスする時間がすごく少なかった。できるだけリラックスして体を動かしたいですね。ドライブもいいし。本当は旅もしたいけど今はできないので、できる事といえば歩いたり、身近なところで運動したりとか。体をもう一回鍛え直すのもいいですよね。長澤:友達と卓球やろうって話になってますね。水谷(隼)選手と伊藤(美誠)選手と地元が一緒で、隣の小学校出身なんですよ。なので、卓球やってみようと思ってます。オリンピックに感化されて、いろいろなスポーツができるようになりたいなと。あとはいろんなスポーツの観戦に行きたいです。スポーツで頭いっぱいです(笑)。仲野:僕も体を動かしたいですね。オリンピック観たあと、運動熱というかモチベーションがどんどん上がってるんで、普段あんまり運動はしないんですけど、モチベーションが高いうちに体動かしてスポーツしたいです。 あとはアウトドアをしたいですね。今は暑いですが、秋口に気温が下がるとアウトドアが楽しい時期になっていくのかなと思います。
2021年08月30日国民的人気ドラマ「相棒」の“season20”が、この秋から放送されることが決定。season14以来、7シーズン目に突入し、ますます信頼感を増す水谷豊と反町隆史のコンビが、これまでの歴史を胸に新たな扉を開いていく。今回の第1話スペシャルでは、特命係が一連の事件の黒幕、内閣官房長官・鶴田翁助(相島一之)とさらにスケールの大きな戦いを繰り広げることに。そしてなんと、亘(反町さん)が逮捕されてしまうという衝撃展開と、特命係はいきなり窮地に立たされてしまうという。水谷さんは、この記念すべきメモリアルシーズンの幕開けについて「『よくこれだけやってきたな』と、ふと思うこともありますが、基本的にはいつもと同じでありたいと考えています」と心境を明かし、反町さんは「毎年、同じスタッフが迎えてくれるので、少し間が空いてもスッと入ることができる空気感があります。共演者も同じで、暗黙の了解のもといろいろな芝居に挑戦できるので、みんなで『あぁそうそう』『こういう感じがいいね』なんて言いながら撮影させていただいています」と撮影に入った感想を語る。また今回、7年目を迎えたこのコンビ。水谷さんは「いろいろな意味で“良い時間”が増えてきたなという感想ですね。これまで、お互いに意識して何かを変えようとしたことはなかったと思います。1年、1年、同じ時間を重ねる中で、自然に2人の世界が生まれてきた…。説明しづらいのですが、カメラの前で右京と亘として芝居しているとき、2人の間でちょっとしたことを面白く感じる瞬間があるんです。まさにちょっとしたことなのですが、この空気はとてもいいなと思いながら演じています」と言い、反町さんも「2人の関係性が味になって、よい空気感が生まれているのではないかなと思います。水谷さんも同じだと思いますが、“ここで終わりではない” “もっと何かできるのでは”という思いで日々撮影に取り組んでいます」とコメント。初回のシナリオについては「現実のどこかでこんなことが起きているんじゃないかと思うような、リアルな感覚を覚えました。それを“相棒ワールド”で描くと、こうなるんだなと…。よく考えると心底、恐ろしいストーリーです」(水谷さん)、「特に今作は、キャラクター同士の掛け合いの面白さが際立っているのではないかなと思います。『相棒』の登場人物は全員が全員、怪しいのですが(笑)、それが面白いところ。最後まできっちりご覧になっていただきたいなと思います」(反町さん)とそれぞれ印象を述べた。そしてseason20でも、長年シリーズを彩ってきた名キャラクターたちが健在。警察庁長官官房付の甲斐峯秋(石坂浩二)、警視庁副総監・衣笠藤治(杉本哲太)、亘の元上司で警視庁広報課長・社美彌子(仲間由紀恵)など、特命係存続のカギを握る上層部の面々が、またしても暗躍。なくてはならない存在、伊丹憲一(川原和久)と芹沢慶二(山中崇史)、角田六郎課長(山西惇)、青木年男(浅利陽介)もドラマに絶妙なスパイスを加え、新風をもたらした女将・小出茉梨(森口瑤子)、新人刑事・出雲麗音(篠原ゆき子)が今シーズンもそれぞれの存在感を発揮する。なお、本作の公式Instagramもついに始動した。第1話スペシャル「復活」あらすじIT長者・加西周明(石丸幹二)の殺害容疑で逮捕送検され、判決確定までの間、東京拘置所に拘禁されていた元・内閣情報調査室職員・柾庸子(遠山景織子)の接見が突然、禁止となった。不審に思った特命係の杉下右京(水谷豊)と冠城亘(反町隆史)が事態を探りはじめた直後、内閣官房長官・鶴田翁助(相島一之)が突如、“こてまり”に姿を現す。官房長官自らのお出ましにギョッとする2人に、鶴田は驚愕の事実を告げる。なんと、庸子が拘置所内で自殺したというのだ。冷徹で残忍な鶴田による“口封じ”を疑った特命係は、庸子の死の真相を突き止めるべく捜査を開始。同じく彼女の死に疑問を感じた元弁護士・中郷都々子(織田梨沙)も独自に動きはじめるが、やがて事件には想像以上に複雑な思惑と陰謀が絡み合っていることが発覚。そしてついには、亘が逮捕される事態に。いきなり窮地に追い込まれた特命係は、どうやって真実を突き止めるのか!?また、出雲麗音(篠原ゆき子)狙撃事件からはじまる一連の事件の真相を暴くことはできるのか!?「相棒season20」は10月、毎週水曜日21時~テレビ朝日にて放送予定(2クール)。(cinemacafe.net)
2021年08月26日