前職のブラック企業を退職して無職だった夫が、ようやく次の仕事を見つけました。私も私の母も大喜び。研修に快く送り出すはずだったのですが……。夫のもと職場はいわゆるブラック企業で、そのため体調を崩して退職しました。しばらく休養することを勧めましたが、夫は再就職先を探そうと一生懸命なので応援することにしました。 現在大黒柱として奮闘する私を見て、母はとても心配しています。金銭的な援助は受けていませんが、相談に乗ってもらうなど心の支えとして助けてもらっており……。 日に日に違和感が募っていく夫の言動にはたびたび引っかかることがあり……。ですが考えすぎだと思って気にしないようにしてきました。 最近は、夫が私の帰宅時間を毎日確認してくることが気になっていて……。帰宅時間は毎日ほぼ決まっているのに、無駄なく行動したいからと聞いてくるのです。 先日、夫の再就職先が決まったのですが、その件にも気がかりが……。うれしそうに報告する夫でしたが、なんと社名を忘れて答えられないと言うのです。そんなことあるのでしょうか……。就職前研修が泊まり込みだということも、なんだか引っかかります。 不自然な夫の行動。疑惑から確信へ研修中、私は母にお願いをして夫に連絡してもらいました。母と夫がやりとりするメッセージを見ていると、研修がうまくいっているように思えます。 ですが、社員の雰囲気は前の企業に似ているようで、働くのはちょっと厳しいかも……と言葉を濁すところから消極的な様子が伺えました。 そのうち会話が弾まないと感じた夫は、母のご機嫌取りを始めました。「お義母さんお土産買って帰りますね!」あっ、夫が地雷を踏みました。「私のカードで何買うの?」「え……?」 夫は会社の研修へ行くというのに、こっそり私のクレジットカードを抜いていったのです。いえ、実はそのカード、見た目は似ていますが私のカードではありません。なんだか嫌な予感がして、母のカードを貸してもらい、財布に忍ばせておいたのでした。 夫が無職になってから、私が夫のカードを管理していました。カードを使いすぎることはありませんでしたが、就職先を言えないなど何かおかしいと思っていた私。夫の前の同僚に会って話を聞くことにしたのです。 すると、思いもよらなかった事実がたくさん出てきて絶句するしかありませんでした。そこで夫に一泡吹かせようと、今回母に協力してもらったというわけです。 ウソで固められた夫の生活夫の元同僚いわく、夫が前の会社を退職した理由は社内不倫が原因だったというのです。不倫相手のSNSも教えてもらいましたが、それを見てびっくり!就職前研修の日、夫とその彼女が旅館の前で撮ったと思われる写真が投稿されていたのです。「旅行に来ています♪」という文言が添えられて。 クレジットカードは、旅館の支払いに使いたかったようです。現金なんて、夫はそんなに持っていませんから。結局、夫は実家の両親に連絡して代わりに支払ってもらったそうです。 不倫相手とはもう何年も付き合っているようですが、夫はあくまで浮気だと主張。全部正直に話しているのだから信用してほしいと言ってきました。今回の研修だってウソでしたし、それ以前に再就職が決まったというのもウソでした。 今回バレなかったら、そのままウソをつき続けていたはずですし、これから改心すると言う夫の行動に期待する気持ちもなく……。メンタルが弱いと見せかけて、本当は最強に強かったんだとわかりました。 この後、私は夫と離婚。慰謝料も夫と不倫相手の双方に請求しました。この結婚は忘れて、今度こそ幸せをつかみたいと思います! ◇ ◇ ◇ すべてがウソだと分かったとき、もう相手のことを信じられませんよね。その後、やり直す決断をしたとしても信頼を回復するのは大変なことだと思います。家族に悲しい思いをさせないためにも、誠実に生きたいですね。 著者:ライター ベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班
2023年12月22日■前回のあらすじ最後の妊婦健診で赤ちゃんの心音が弱いと指摘され、急遽入院することに。待っても陣痛が来なかったため、バルーンを入れることになりました。ウーマンエキサイトをご覧のみなさん、こんにちは! はなうさです。臨月の妊婦健診でNST(ノンストレステスト)に引っかかり、即日入院した後にバルーン&促進剤コースでいよいよ出産のゴングが鳴らされた次男の出産レポ。今回が最終回です!バルーンを入れた翌日の朝、促進剤投与が始まりました。しかしなかなか進まないお産。てっきり打ったら割とすぐくるものかと思っていました。(甘かった)そこで、悩んだのが旦那を呼ぶ時間。この日は休むと言ってくれていたんですが、長男出産時の経験から至急口7cmくらいになるまでまぁまぁ暇させていたなと笑陣痛の痛みが出てからは水分補給の補助や、お尻にテニスボールを当ててもらったりしてとても助かったのでそのタイミングでいてくれればと思い、お昼ごはん食べてからきてほしいとお願いしていました。しかし…なかなかお産が進まない!!長男の時は破水→病院→到着後陣痛が始まり4時間のスピード出産だったんですが、促進剤スタートしてから3時間過ぎても重めの生理痛くらいの痛さ…これは旦那が着いた時点で5~6cmくらいしか進んでないのでは!? という気がしてきました。するとそこへ促進剤のおかわりの準備にきた助産師さんが…その助産師さん調べによると、陣痛アプリにせっせと記録している妊婦さんほど陣痛が進まないと聞き、速攻でスマホ投げ捨てました笑そうこうしていると旦那が到着し、促進剤の様子やらなにやら話している間もどんどんお産が進んでいると実感があり…。旦那も来たし、このままいけば夕方までには産めそう! と思っていたのですが…。破水したと思ったらすでに全開!あれよあれよと分娩室に移り、もう痛みもMAX状態‼その急展開に自分でも驚いたんですが、それは旦那も同じようで…分娩室に移ったのはいいものの、旦那がいないとざわつく助産師さん。その様子に気づき「え!? いないの!?」と驚く私。ここからがまだ長いと思っていた旦那は院内にあるコンビニでお買い物してたそうで、戻ってきたらさっきまで私がいた場所に誰もいなくてビックリしたそうです笑2人目で余裕ぶっこいていたのは旦那も同じでした笑無事に旦那も分娩室で合流し、その十分後には産まれてきた次男。私は見えなかったけど、首に臍の緒がグルグルに巻き付いてしまっていたそう!それで苦しかったのかもしれないねとのことでした。確かに胎動強めで元気な子だなぁとは思っていたけど臍の緒巻きつくまで暴れていたのか…。(ちなみに5歳になった今でも寝相悪いです笑)2人目で流れがわかっていても、やはり思いもよらないことが起こるのが出産だなぁと改めて思ったのでした。
2023年12月22日皆さんは、パートナーの言動にうんざりした経験はありますか? 今回は「身勝手な夫」にまつわる物語とその感想を紹介します。母の葬式への出席をお願いするも…別居中の夫と、離婚手続きを進めていた主人公。そんなある日、母が亡くなります。主人公は夫に「母の葬式に出席して」とお願いをするのですが、夫は…。恩がないと言い出して…出典:Youtube「Lineドラマ」夫は「恩がないから行かない」と言います。主人公は驚き「500万円も借りておいて?」と言うのですが、夫は「金は返さないよ?」とひどい対応をするのでした。夫の浮気で離婚した主人公たちでしたが、もとは社長をしている主人公の秘書をしていた夫。離婚を機に退職して、退職金をあてにしていたようですが…。主人公が退職金として振り込んだのは、たった30円でした。実は夫は経費で遊んでばかりいたため、主人公は退職金からその額を引いたのです。主人公に慌てて連絡してきた夫は退職金の説明を受け「へ?」と絶句したのでした。読者の感想お金を借りていたにもかかわらず葬式にも来ないなんて、非常識な夫ですね。そんな夫が自業自得の結果になり、スカッとしました。(30代/女性)お金を借りていた夫には呆れてしまいます。夫はせめて、もっと感謝の気持ちを持った方がいいと思いました。(20代/女性)※本文中の画像は投稿主様より掲載許諾をいただいています。※作者名含む記事内の情報は、記事作成時点のものになります。※実際に募集した感想をもとに記事化しています。※こちらのお話は体験談をもとに作成しています。(lamire編集部)
2023年12月17日金銭トラブルがないと言っていたはずなのに―…!主人公・花子と太郎は付き合って半年で想定外の妊娠が発覚。太郎は結婚に前向きだったけれど、親が借金に追われ、幼少期から苦しい生活を強いられてきた花子には、結婚相手に対して絶対に譲れない条件がありました。それは「金遣いが荒くないこと」「借金をしていないこと」。太郎と話し合いの結果、借金は不要と考えられるほどの安定した収入があることを知り、ふたりは結婚。ところが結婚生活に幸せを感じていたのも束の間、太郎のデスクから150万もの借入明細票を見つけてしまった花子。会社が経営不振に陥っている義父のためだと話す太郎でしたが、義母に相談すると全くの嘘だと判明!さらに太郎は結婚前にも借金を抱えていて、そのために義両親が用意した数百万も使い込んでいたという事実が発覚。借金を軽く考え開き直る太郎に花子は離婚を宣言しましたが、義両親からの説得もあり、お金の管理をすべて花子がすることを条件に結婚生活を続けると伝えましたが…。このお話は作者3chaさんに寄せられたエピソードを漫画化しています。登場する人物はフィクションです。■前回のあらすじ太郎からの土下座、義両親からの説得もあり、お金の管理をすべて花子がすることを条件にもう一度チャンスを与えることにしましたが…。 ■条件を飲んだ太郎■もう一度、幸せな家庭を築こうとしていたが…太郎の借金は総額300万にも膨れ上がっていたものの、義両親にも助けてもらいながら返済プランを見直し、その間に無事に出産を終えた花子。我が子の誕生を泣いて喜んでくれた太郎の姿に、少しずつ壊れかけた信頼関係を取り戻していこうと、幸せになろうと思っていたのですが、まさかまたあんな事件が起きるなんて…。次回に続く「安心して結婚したはずなのに」(全47話)は22時更新!
2023年12月15日3人目の出産は、一番上の子が小学生ということもあり、里帰りはせず実家の母に泊まり込みでの手伝いをお願いしました。夫は私の産後入院期間のみ休みで、それ以降は母がメインで家事や上の子の保育園送迎をおこなうことに。しかし、送迎の道が複雑な、上の子の習い事をどうするかという問題が……。出産前最後のランチでの神提案!そんな中、子どもの習い事も同じで仲良しのママ友と産前最後のランチへ行くことに。子どもの話やお互いの近況を話していると、ママ友が突然「産後大変になるね〜。よかったら産後1カ月は上の子の習い事の送迎するよ」と、ありがたい提案をしてくれたのです。 私はちょうど悩んでいたので、驚き&喜びで感激。ありがたく、送迎をお願いすることにしました。 ママ友からの産後の気遣いにも涙…その後、しばらくして無事に出産。提案通り、毎週の習い事の送迎や月謝と提出物の管理もママ友がしてくれました。帰宅時に出産祝いやハロウィンのおやつもいただき……その後も何かと気にかけてくれる素敵なママ友。 さらに上の子の懇談時の送迎や末っ子の子守り、2番目の子の保育園お迎え時まで上の子をママ友宅で預かってくれたりなど……。こんなに尽くしてくれる人いる!?というくらい、たくさん助けてもらったのです。 毎回の送迎時にお礼を言い、ちょっとしたお菓子の手土産を渡して感謝を伝えましたが、感謝しきれないほどとても救われました。 過去の経験から、産前産後の大変さやつらさにいつも共感してくれたママ友。時が経ってもこうして同じ境遇の人を思いやれることは、とてもありがたく強い存在であると感じました。2年経った今でもたまにランチしたり、送迎や習い事で会う関係です。あのときの感謝は絶対に忘れないし、ママ友のような気遣いができて、思いやりを持った人間でありたいと強く思った出来事でした。 イラスト/ななぎ著者:小林 芽衣
2023年12月11日第1子を出産してから13年……いまだに出産直後の記念撮影のことで後悔しています。無事に出産を終えたら、立ち会ってくれた夫と出産を頑張った私、そして生まれたてのほやほやの赤ちゃんの3人で写真を撮りたいと妊娠中から考えていました。それが、まさかの結果に終わってしまったお話です。妊娠中から決めていた、初めての家族写真第1子を妊娠時、初めての出産ということもあり、陣痛中はどんなサポートをしてほしいか、どんな音楽をかけてほしいか、出産したらしてほしいことは何か、などバースプランは念入りに考えることに。 私は立ち会い出産の予定で、赤ちゃんが無事に生まれたら夫と私と赤ちゃんの3人で初めての家族写真を撮りたいと思っていました。そのことも助産師さんに伝え、バースプランにも記載していました。夫も賛成してくれ、当時はフィーチャーフォン(いわゆるガラケー)だったので、デジカメも用意して準備していたのです。 いよいよ陣痛が来た! 立ち会いもできそう!妊娠39週3日の21時ごろ、陣痛が始まりました。ちょうど夫も仕事から帰宅したタイミングで、立ち会いもできそう。病院に着くころには子宮口も7cm開いていましたが、そこから子宮口全開大になるまでが長くかかりました。 陣痛の痛みの波のたびに強い力で一生懸命腰をさすってくれる夫。合間には私をうちわであおいだり、水を飲ませてくれたりと一生懸命サポートしてくれていました。深夜1時半に出産し、その瞬間にも立ち会った夫は感動の涙を流していました。 助産師さんに「赤ちゃんの状態をみるから、写真が撮れるようになったらパパに声かけますね」とのことで、夫は分娩室を一度出て、陣痛室のソファで待つことに。 一度寝たら、なかなか起きない夫……私も分娩台に横になったまま出産の余韻に浸っていると、助産師さんが気まずそうに「3人で家族写真撮りたいよね? 赤ちゃんの準備できたからパパに声をかけているんだけど、熟睡しちゃってるんだよね」と。 私は2時間の安静時間が必要なため動けず、助産師さんにお願いし、夫の肩を叩いて再度声をかけてもらいましたが、まったく起きない様子……。仕方がないので、赤ちゃんと私の2人で写真を撮ってもらいました。安静時間が終了し、病室に移動する際に夫を叩き起こすと、青ざめた様子で何度も私に謝ってきました。 出産直後に3人で初めての家族写真を撮ろうと約束していたのに、陣痛中のサポートで疲れたのか、寝てしまった夫。今考えたら、私の安静時間が終了して夫を叩き起こしたときに写真を撮ってもらえばよかったのですが、当時は怒りでそんなことも思いつきませんでした。出産に立ち会いサポートしてくれた夫には感謝していますが、13年経った今でも、後悔している出来事です。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師 松田玲子著者:鈴木 沙智2児の母。自身の体験をもとに、妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。
2023年12月11日普段、倹約家な私ですが母の還暦をお祝いするために、奮発して高級レストランへ行きました。料理がくるまで母と楽しく談笑していると、近くにいたカップルが私たちの会話を耳にしてクスクス笑いはじめ……。 私たち母娘が倹約家になった理由私は在宅で働くイラストレーターで、両親と一緒に暮らしています。つい最近、父が海外出張に行くことになり母とのふたり暮らしがはじまりました。母も私もそれぞれ収入があり、生活に困ってはいませんがお互い倹約思考のためいつも質素な生活を送っていました。 私たちが倹約家になったのは、私が10代のころからです。今は元気に働く父が、当時病を患い入院。多額の入院費や手術費が必要になり、金銭的に困る生活が続いていました。古着をうまく活用したり、安いもやしにお世話になったり……そのころの生活スタイルが今も抜けきれず、つい節約することを第一に考えてしまいます。 信じられない!非常識な女性に…とある夏の終わりころ。台風が接近しているなか、私はクライアントとの打ち合わせへ、母は知り合いの結婚式へ行くために駅まで歩いていました。ところが駅に着くと電車がまさかの運休に! ちょうど母が行く予定の式場が、私がクライアントとの待ち合わせ場所への途中にあったため、私たちは普段めったに利用しないタクシーに乗ることにしました。 タクシー乗り場には長蛇の列ができており、20分後にようやく私たちが乗車する番がやってきたのですが、派手な装いの若い女性が突然横入りしてきました。そして私たちが乗ろうとしたタクシーに乗り込んでしまったのです。 私が「列に並んでください!」と注意しても女性はまったく聞く耳を持ちません。しまいには私と母を上から下まで舐め回すように見た後、「安っぽい服。貧乏人がタクシーなんて使うんじゃねぇよ」と言いきました。 一部始終を見ていた運転手さんも注意してくれましたが、女性は完全に無視して降りようとしません。このままではらちが明かないので、私たちは渋々引き下がり、次のタクシーに乗車しました。 望んでいない再会それから数カ月後。この日母の還暦祝いをするため、私は母を高級レストランへ連れて行きました。母は「いつもはもったいなくてこういうところには来ないけど、たまにはいいもんだね! 今日はありがとう」とうれしそうです。 すると、どこからともなくクスクスと笑い声が……。それは隣に座っていたカップルからでした。「ねぇ、あの親子の会話聞いた!?」「貧乏人が無理してると笑っちゃうな~」とニヤニヤこちらを見ています。 ちらっと見ると、女性の顔に見覚えがありました。記憶をさかのぼり、ハッとした私。そう、彼女は以前タクシーを横取りした女性でした。 二度も嫌な思いをさせられ、我慢できなかった私は思わず「聞こえてますよ! 失礼じゃないですか?」と注意しました。けれどカップルは「貧乏人が吠えてるぞ(笑)」と言ってまったく悪びれません。 それどころか聞いてもいないのに、男性が自分はもうすぐ大企業のA社に就職すると自慢してきて、「悔しかったら、俺たちのように社会的レベルを上げてみろよ」とののしります。 母が突然立ち上がり…私は言い返そうとしますが、母に止められ口をつぐみました。すると彼らはますますヒートアップし、店員に「ねぇ、気分悪いからあの親子をツマミ出してよ」と言い出します。 店員が拒否すると、男性は「A社の社員になる俺とあんな貧乏人が同じ店にいるなんておかしいだろ! さっさと追い出せ!」と暴走が止まりません。女性も一緒になっています。 すると、母が「そろそろ時間だから先に着替えてくるよ」と言い、その場を後にします。実は母は食事会のあとに急きょ仕事に行くことになってしまったのです。 母は穏やかな口調でしたが、鬼のような形相をしていて……この後、彼らは大変なことになるのだろうなと確信しました。 母の正体を知った彼は?10分後、スーツに着替えた母が戻ってきました。その姿を見て男性が「あれ? あいつどこかで見たことがあるような……」とつぶやきます。そこで母がすかさず「そういえば、面接で会ったねえ」と答えました。 そう母、彼が入社する予定のA社の社長なのです。母の正体を知った男性は大慌て! 手のひらを返して必死に謝りますが、時すでに遅し……。しかも、彼は「A社の社員になる」と言っていましたが、まだ正式な内定は出ていなかったのです。彼がその後どうなったかは想像がつくでしょう。当然、A社の社員になることはできませんでした。 はじめはA社のパートとして働いていた母。誠実な人柄とコツコツ努力するところが認められ、社員登用されたのち、これまで数々の結果を残して今は社長として多くの社員を守るまでになりました。それでも母の謙虚な性格は変わらず、私たちは日々に感謝しながら生活しています。そんな尊敬できる母と共に、私も仕事を頑張りながらこれからも楽しく暮らしたいです! ムーンカレンダー編集室では、女性の体を知って、毎月をもっとラクに快適に、女性の一生をサポートする記事を配信しています。すべての女性の毎日がもっとラクに楽しくなりますように! 著者:ライター ベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班
2023年12月09日私は4回出産を経験しましたが、妊娠中や産後に身内に不幸があり、葬儀がおこなわれることがありました。まさかの出産予定日直前に夫の祖母が亡くなり、臨月の状態で葬儀への参列をどうするべきか悩んだことも。また、次男が生後2カ月のときには義父が他界。小さい子どもを連れて葬儀に参列することになったのですが……。ここでは、妊娠中や産後に葬儀があった際、私がどのように対応したのかをお話しします。まさかの出産予定日に葬儀が……私は長女の出産予定日1週間前に、2歳の長男を連れて実家に帰っていました。すると、実家に帰って2日後に夫の祖母が危篤という連絡がありました。今動くべきか悩みましたが、夫はもちろん、私まで本当にかわいがってもらっていたので、どうしても会いたくて病院へ行くことに。その後、義祖母は息を引き取り、まさかの出産予定日に葬儀が執りおこなわれることが決まりました。 義両親や親戚も、私が臨月ということは知っていたので、無理に参列しなくてもいいと言っていただきました。ただ、本当にお世話になった義祖母と最後のあいさつがしたいという気持ちがあり、夫や母と相談することに。 お通夜だけ参列することに夫は義祖母にとっては初孫で長男ということもあり、本当にかわいがられていました。その義祖母をきちんとお見送りしたい気持ちと、私に何かあったらすぐに動かないといけないことから、臨月の私には安静にしておいてほしいと夫から言われました。 けれど、私も最後に会いたいと言うと、お通夜だけということで話がまとまったのです。おなかの大きい私はなんとか入るサイズの黒い服を探し出し、長男を連れて、母と一緒にお通夜へ。ただ、本当に義祖母にあいさつだけをして、短い時間で帰ることにしました。 出産予定日より1週間遅れて出産結局、出産予定日当日に陣痛は来ず。その後、祖母の初七日が終わった1週間後に陣痛が来ました。長男は夫の実家にあずけ、長女を出産。義祖母のことが一段落するタイミングだったので、夫も無事出産に立ち会うことができました。あのとき無理に動いてお葬式まで参列していたら周りに迷惑をかけていたかもしれないと思うと、あの判断は間違っていなかったと思います。 それから時が経ち、次男を授かり出産。次男が生後2カ月のときに義父が亡くなり、葬儀がありました。私はもう動ける状態だったので、長男の妻としてバタバタしながら、次男への授乳やお世話をして本当に大変でした。 妊娠中や、小さい子どもを連れての葬儀は本当に大変です。特に妊娠中となると、地域によっては風習があり、生まれてくる子どもに影響があるかもと心配されることもあります。私の場合は運良く4回とも家で陣痛が始まりましたが、急な葬儀の対応なども含め、妊娠中は自分の体調を考え、ベストな状態を整えておくことが大事だと思いました。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師 松田玲子著者:松田みさと長男と次男が15歳差の2男2女の母。仕事をしながら子育てに奮闘中。現在はライターとして、自身の体験をもとに妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。
2023年12月07日里帰り出産の前に健診へ行くと、逆子であることが判明しました。帝王切開に恐怖感があったものの、医師からの説明を受けて帝王切開を決断! 出産前の医師の説明や入院当日、出産、産後までリアルなレポートをお届けします。助産師さんがまさかの知り合いで、少しだけ緊張がほぐれた雛田さん。 術後に備え、ベッドの周りを整理整頓し、ついに手術着にお着換え。11時を過ぎたころにエコー検査をして点滴を打ちます。 あと2時間後におなかの子に対面できると思うと、待ち遠しい気持ちでいっぱいになりました。手術を待っていると、雛田さんの両親がやってきて……。 「そんなに緊張しなくても…」妊婦より心配そうなのは? 手術室に移動する前に10分ほど両親と対面すると、雛田さんよりも父親のほうが緊張した様子。 帝王切開が決まってからの数週間は「おなかを切られるのが怖い」と思っていましたが、当日は恐怖心を感じることもなくあっという間に予定時刻に。 手術室まで歩いて行くことに驚きつつ、ついにベッドに横になります。「手術着はいつ脱ぐの? 下半身の毛は剃らないの?」など疑問が頭によぎっているうちに、サッと手術着が取り除かれハダカに! 「配慮がすごい!」と感動し、いよいよ手術がスタートするのでした。 出産前に家族の顔を見るとホッとしますよね。家族の温かいサポートはママの力になります。もうすぐ赤ちゃんに会えると思うと、とってもワクワクしますね。雛田さんと赤ちゃんの無事を祈るばかりです。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。著者:マンガ家・イラストレーター ひぃちゃん
2023年12月06日里帰り出産の前に健診へ行くと、逆子であることが判明しました。帝王切開に恐怖感があったものの、医師からの説明を受けて帝王切開を決断! 出産前の医師の説明や入院当日、出産、産後までリアルなレポートをお届けします。手術や施設の説明が一通り終わり、病室に戻った雛田さん。 用意されていた昼食を平らげた後、手術後は買い出しに行けなくなると思い、水やお菓子などを買い足し、出産に備えるのでした。 「明日にはわが子に会える!」でも不安 「体は元気なのに、入院しているなんて不思議な気分」と思うほど、体調に問題はありません。暇ではあるのものの、検査や巡回で看護師さんや助産師さんが来るため、落ち着きません。 当日に手術を立ち会ってくれる助産師さんと話し、帝王切開も仕方ないと思えてきましたが、ふとしたときに「明日、おなかを切るのが怖い!」という気持ちが再燃。また、「明日の今頃には子どもが生まれているのか」とワクワクした気持ちになり、いろいろな感情が押し寄せてくるのでした。 いよいよ、出産が近づいてきました。手術は不安ですが、かわいいおなかの子にやっと会えると思うと、頑張れそうですね。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 ※NSTノンストレステストの略で、胎児心拍数モニタリングと言われる検査の1つ。お母さんやおなかの中の赤ちゃんに負荷をかけることなく、赤ちゃんの状態やおなかの張り有無を診断できます。NSTは「異常とは言えない」、「異常がある」で評価します。 監修者:医師 神奈川県立こども医療センター 産婦人科 松井 潔 先生 著者:マンガ家・イラストレーター ひぃちゃん
2023年12月04日里帰り出産の前に健診へ行くと、逆子であることが判明しました。帝王切開に恐怖感があったものの、医師からの説明を受けて帝王切開を決断! 出産前の医師の説明や入院当日、出産、産後までリアルなレポートをお届けします。里帰り先の病院を受診した雛田さん。バースプランを書き、病院へ提出しますが「無理ですね」とバッサリ。 逆子を直すために体操(※)を試しましたが、直る気配がありません。 病院で帝王切開について説明を受け、予定日より早く子どもに会えるうれしさと手術への恐怖が交互にやってきて……。 おなかを切るってどんな感覚? ※(誤)限度額認定証→(正)限度額適用認定証 結局、逆子が直らず帝王切開が決定。予定通り、手術の前日に入院し、同意書にサインをしていきます。 執刀医から切り方の説明を受けて、横切りを選択。陣痛が起きたときは、緊急帝王切開になると言われ少しドキッとします。しかし、医師の「不安を解消するための説明時間なので、なんでも言ってください」という心強い言葉のおかけで、ホッとしました。 「おなかを縫われる感覚が怖いのから、全身麻酔にしてほしい!」と思う雛田さんでしが、下半身の麻酔のみ。恐怖心がぬぐえないんか、母に「遠慮しがちだから、何かあったらすぐに言うのよ」と言われるのでした。 帝王切開に「痛そう」「怖そう」「ラクそう」と、さまざまなイメージを持っている方がいるのではないでしょうか? 経腟分娩といろいろと異なりますが、ママと赤ちゃんは頑張っています。周囲の人は全力でサポートしていきたいですね。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 ※逆子体操について近年は無理な姿勢によるデメリットも指摘されているため、逆子体操は推奨されていません。 おなかが張る可能性があるので切迫早産と診断された場合や、医師から許可が出ていない場合は控えましょう。また、体操したからといって、絶対に治る可能性はありません。赤ちゃんはママのおなかの中でグルグルと動いています。そのため、妊娠中期までは頭の位置は変わりやすいですが、妊娠後期になっても逆子のままの人も一定数います。 ※帝王切開の切り方についておなかの切り方は、おへその下を垂直に切る「縦切開」、水平に切る「横切開」の2種類があります。素早く取り出してあげないといけない場合は「縦切開」、下着や水着になったときに傷跡が見えにくいのは「横切開」だと言われています。医師の意向や産院の方針などもあるので、担当医師への相談をおすすめします。監修者:医師 神奈川県立こども医療センター 産婦人科 松井 潔 先生 著者:マンガ家・イラストレーター ひぃちゃん
2023年12月02日里帰り出産の前に健診へ行くと、逆子であることが判明しました。帝王切開に恐怖感があったものの、医師からの説明を受けて帝王切開を決断! 出産前の医師の説明や入院当日、出産、産後までリアルなレポートをお届けします。 帝王切開が怖い ※選択的帝王切開の時期は39週以降が望ましく、週数が正確であれば38週も妥当とされている。 ※病院によっては手術が可能な曜日や時間帯が決まっており、その中から選択できる病院もあります。手術室の確保はもちろん、万全の体制で妊婦さんと赤ちゃんをサポートするために、医師、助産師、看護師などスタッフを確保することが必要です。そのため、手術日が限られていることがあります。 里帰り先の病院を受診した雛田さん。バースプランを書き、病院へ提出しますが「無理ですね」とバッサリ。 逆子を直すために体操(※)を試しましたが、直る気配がありません。病院で帝王切開について説明を受け、予定日より早く子どもに会えるうれしさと手術への恐怖が交互にやってくるのでした。 初めての出産に加えて、逆子で帝王切開となると不安になってしまいますよね。医師や助産師など、信頼できる人に相談して、リラックスした気持ちで出産当日を迎えたいですね。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 ※逆子体操について近年は無理な姿勢によるデメリットも指摘されているため、逆子体操は推奨されていません。 おなかが張る可能性があるので切迫早産と診断された場合や、医師から許可が出ていない場合は控えましょう。また、体操したからといって、絶対に治る可能性はありません。赤ちゃんはママのおなかの中でグルグルと動いています。そのため、妊娠中期までは頭の位置は変わりやすいですが、妊娠後期になっても逆子のままの人も一定数います。 監修者:医師 神奈川県立こども医療センター 産婦人科 松井 潔 先生 著者:マンガ家・イラストレーター ひぃちゃん
2023年12月01日私は29歳の主婦です。夫とは3年前に結婚し、もうすぐ双子の女の子を出産予定です。夫も私も赤ちゃんに会えるのを楽しみにしていたのですが……。夫婦で産後のことについて話し合いをしていると、「出産したあと、俺の食事とか身の回りのことは、君がやってくれるよね?」と言い出したのです! 「産後は無理だよ。自分でできないなら義母に手伝いを頼んで」と伝えると、夫は不機嫌になってしまいました。 産後、見舞いに来ない夫仲直りすることなく出産の日を迎え、無事に双子を出産。夫に「赤ちゃんが生まれた」と報告しても、一度も面会に来てくれませんでした。やさしい義両親はすぐに面会に来てくれて、初孫を抱いて大喜び。退院のときも病院まで迎えに来てくれました。 そして義両親と一緒に家に帰ると、家の中は荒れ放題! 夫はソファに寝転がりながらゲームをしていたのです。夫のこのような無責任な態度に対して、義両親も怒りを隠せません。 「自分の子どもが生まれたっていうのに見舞いも行かないで何をしているの!」と注意をしてくれたのですが、「ここは俺の家だぞ! もう帰って! じゃないともう二度と孫には会わせないぞ!」と義両親を追い出してしまいました。 夫から離婚を切り出されてその後も案の定、夫は家事も育児も何もしてくれず、すべて私に丸投げ。そればかりか「お前は入院してラクしていただろうが! これまで怠けていた分、しっかり働いてもらうからな」と耳を疑うような発言をしてきました。私は離婚を考えつつも、日々の双子の育児に追われて結局何も行動できていませんでした。 そんなある日、夫が「離婚しよう。もう耐えられないんだ。俺、これからは家族に縛られず自由になりたいんだ!」と言って、記入済の離婚届を置いて出て行ってしまいました。 周囲の人に支えられて生きていく私はあっけにとられ、すぐに義両親に相談。義両親は驚きつつも謝罪し、「これから子どもたちの面倒を一緒にみる」、「金銭的にも援助する」と申し出てくれました。そのため私は遠方の実家には戻らずに、離婚後も元義両親のそばで2人の娘たちと一緒に暮らすことにしました。 そして娘たちは義両親や近所の人たちに見守られてすくすくと成長し、あっという間に中学生になりました。 15年ぶりに元夫が帰ってきて!?娘たちが15歳になった誕生日。義両親と一緒に誕生日のお祝いをしていると、15年ぶりに元夫が家に現れました。そしてなんと、「大きくなったなぁ〜2人とも♪ 待たせて悪かったね。ほら、パパの所においで。パパとやり直そう」と言ってきました。 私も義両親も元夫の図々しさにあっけに取られていましたが、娘たちは「あんた誰? 私、知らない人と話しちゃいけないって言われているんで」と拒否。 娘たちには元夫が出て行った経緯を伝えていたため、家族を捨てて出て行った父親に対して怒っているようで、「ママに支払うべき養育費、おじいちゃんたちが立て替えてくれてるの、知ってるの? ちゃんと払ったほうがいいと思いますよ」と元夫を追い詰めてくれました。 自由奔放な夫の結末どうやら元夫は家族を捨ててひとりで生きていたものの、お金に困ったので戻ってきたようでした。義両親にこっぴどく叱られ、立て替えた養育費を請求された元夫は、昼夜アルバイトをして大変な日々を送っているそうです。 0歳児の双子が生まれた直後に「自由になりたい」と身勝手すぎる理由で家族を捨てたのに、何もなかったかのように戻ってきた元夫……許されるはずもありません。 今後も娘たちは父親と会うつもりはないと言っています。自業自得です。私は義両親・両親とともに、娘たちの成長を見守っていこうと思います。 著者:ライター ベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班
2023年12月01日このマンガを描いているみたんさんの妹・コツママの出産レポです。陣痛開始から5日目に陣痛促進剤を打ったコツママ。促進剤の効果でお産が進み、立っていられないほどの痛みに苦しみます。ベッドの柵を握りしめながら、ついに子宮口が全開大になりました。助産師さんはてきぱきと準備を始め、あとはいきむだけに……。次の陣痛からいきんでいいと言われたコツママ。助産師さんに従い、出産に集中します。 眠れない…壮絶な5日間を経て コツママがあとどのくらいで生まれるかを聞くと、助産師さんは初産だから1~2時間はかかると答えます。実姉は分娩台に移動してからスピード出産だったことから、自分もすぐに産んでみせると意気込むコツママ。 いきみ始めて30分が経ったころに医師が呼ばれ、あと少しで生まれるのだと察します。あと2回いきんだら生まれそうという助産師さんの声を聞き、痛みに耐えながら呼吸を整えるコツママ。そして……、赤ちゃんの姿が目に入りました。 「うわあああああ」赤ちゃんよりも先に、夫の泣き声が響きます。コツママももらい泣きし、最後に赤ちゃんが無事に大きな産声をあげました。生まれた子は夫にそっくりの女の子。コツママさんは5日間にわたる出産を終え、初めて赤ちゃんに会えたあの瞬間だけは、何度でも味わいたいと思うのでした。 “出産の痛みは忘れる”とよく言われますが、コツママさんも1年半後には「また産みたい」と思えるように。どんなに苦しくてもわが子に会える瞬間は、ママにしか体験できない感動がありますね。 監修/助産師 松田玲子 著者:マンガ家・イラストレーター みたん
2023年11月30日このマンガを描いているみたんさんの妹・コツママの出産レポです。陣痛開始から5日が経ったコツママは、赤ちゃんの心音が下がる不安と闘いながらも、夫のTくんと協力して無事に朝を迎えました。今日なら陣痛促進剤を打ってもらえると聞いていたはずが、この日診察を担当する医師に伝わっておらず、さらに自然に様子を見ると告げられます。身の危険を感じたコツママは「促進剤打ってください!」と強く主張し、夫も状況を説明してようやく医師から了承を得られました。今日が赤ちゃんの誕生日になると言われ、陣痛に耐えるのもあと少しの辛抱だと安心するコツママ。いよいよ出産本番が迫り、緊張してきます。 陣痛促進剤を投与。これからが出産本番! ※上記の過換気症候群の対処法は、推奨されていない方法です。近年ではまず呼吸のリズムを整え、正常に戻すことが大切だとされています コツママは陣痛の波を見はからいながら、助産師とともに分娩室へ。陣痛促進剤を打ち、開始15分ほどで立っていられないほどの痛みがやってきました。 大好きなディズニーのBGMさえも、このときばかりは聞きたくもないほど余裕がなくなります。1時間も経つと手足がしびれ、宙に浮いた感覚に。夫が助産師さんを呼ぶと、どうやらコツママは過換気症候群になっていたようです。 ベッドの柵を握りしめながら痛みに耐えることさらに1時間。子宮口は全開大になり、助産師さんはいつ生まれてもいいようにてきぱきと準備を始めるのでした。 陣痛促進剤を打っても、すんなりとは終わらない出産。コツママは気持ちを立て直しながら、そのときを待ちます。そんなコツママの横で、ひっそりとサポート役に徹する夫。痛みはわかちあえなくても、できることを率先してやってくれるとありがたいですよね。 監修/助産師 松田玲子 著者:マンガ家・イラストレーター みたん
2023年11月29日シングルマザーで育ててくれた母が還暦を迎え、母娘水入らずでお祝いをすることにした私。寿司好きの母のため、奮発して高級有名店を予約したところ、それを知った義母が「自分も付いて行く」と言いだしました。うまく断ったと思っていたのですが……。現地集合で良いわよね?母の還暦祝いの朝。夫すら遠慮して「2人で行ってこい」と言ってくれたのに、何と義母から「夜は現地集合で良い?」とメッセージが……。丁重にお断りしたはずが、「私も行くって言った」の一点張りで、なんと服まで新調したと言うのです。おまけに、「義母の私にはごちそうしたくないって言うわけ?」と怒り出し、「仲良くやっていると思っていたのに、ひどい嫁だ」とまで……。そもそもは母の特別なお祝いのため2名で予約していたし、義母の分まで私が支払うことが前提なのも腑に落ちません。もともと、「たかり癖」のきらいがある義母。用心していたのですが、恐れていた通りです。今度また別の日に、夫や義父と一緒に手ごろな寿司屋に行こうと提案しても、「義母には格差を付けるのね」と理不尽なことばかり。「それなら考えがある」と不穏なひと言を最後に、義母はトークを終了したのでした。寿司屋に行くと…その夜、お店に到着した私たち。すると、手違いで予約がキャンセルになっており、私と母とは店内に入れないと言われたのです。しばらくして、「あなたたち、お店に入れなかったでしょ?」と義母から連絡がありました。「なぜそれを?」と問い詰めると、「差別するあなたが悪いのよ」と義母。「お寿司食べれなくて残念でした~」「お寿司おいしいです」「え…?」そう、義母が勝手に私たちの予約をキャンセルしていたのです。しかしまさにそのとき、握りたてのお寿司を前にしていた私は冷静に返信しました。その後のてんまつは実は私たちもその日に知ったのですが、偶然にも寿司屋の店長が母の旧友だったのです。義母のしでかした偽のキャンセルであることを説明して謝ると、還暦祝いのため、急いでスペースを作ってくれたのでした。「私をのけ者にして!」と激怒する義母に、「今回の行動は目に余ったので夫とお義父さんに相談しました。2人とも、お義母さんとよく話すって言っていましたよ」と伝えると、「言いつけたの!?」とさらに逆ギレ。しかし私は、これ以上母のお祝いに水を差したくなかったので、スマホをバッグにしまいました。その後、義母は夫と義父にこってり絞られることに。自分のわがままで母の還暦祝いを台なしにしようとしたこと、いつもあわよくば嫁(私)にたかろうとしていたことが露呈したのです。最初は開き直っていたそうですが、今回はお店の営業妨害にも当たることから、義父が離婚までチラつかせ、ついに号泣して反省したとか。私と母にも謝ってくれました。数週間が過ぎ、義父と夫から改めてお詫びということで、皆でまたこの寿司屋へ。今回は義父がごちそうしてくれました。義母は、きまりが悪いのか欠席。しかし、私におごらせようとする行為もなくなったので、許してあげようと思っています。--------------どこまでも付いてこようとする義母の執念が感じられる出来事でしたね。紆余曲折あったものの、義母が少し改心してくれたようでひと安心。何より、還暦を迎えたお母さんとすてきな時間を過ごせたようでよかったですね。著者/ウーマンカレンダー編集室/トーク系読者からの体験談をお届けします。
2023年11月29日第一子を出産して1カ月後、義両親が初孫を見にやってきました。出産祝いとして大きな紙袋を渡してくれたので喜んだのですが、その中身を見て衝撃を受けました……。 初孫の出産祝い。中身を見ると…第一子を出産したときのこと。夫の両親にとって初孫で、県外に住んでいた義両親から早く会いに行きたいと何度も連絡がありました。生後1カ月たったとき、義両親を自宅に招待。当日やってきた2人は初孫に大喜び。「かわいい!かわいい!」と言い、「出産祝いだよ」と言って大きな紙袋を渡してきました。 たくさんある!と喜んだのも束の間。なかから出てきたのは銀行からもらった粗品のひざ掛けやタオル。そして極めつけは、夫が赤ちゃんのときに使っていた使いかけのシッカロール(ベビーパウダー)でした。30年以上前に使っていた粉を使えるわけもなく、初孫と喜ぶ割には大量の粗品がプレゼントだなんて……とびっくりしてしまいました。 その後、夫は義両親にこれはありえないと注意。この件があってから、孫へのプレゼントは何がいいかを私たちに確認してくれるようになりました。 ◇ ◇ ◇ 祖父母は良かれと思ったのかもしれませんが……、夫に使っていたベビーパウダーが入っていたら驚きますよね。何を渡そうか迷ったら、相手に聞くのが一番かもしれないですね。 作画/シュー子著者:匿名希望年長と小学生の子どもを育てる2児の母。フルタイムで働き、忙しい毎日を送っている。
2023年11月23日今回は「LINEエピソード」をクイズ形式で紹介します! このやりとりがどんな結末になるか考えてみてくださいね。母の葬式を知らずに私の旦那と旅行中の姉主人公のもとに姉から10年ぶりに連絡がありました。これまで家族がどれだけ連絡をしても姉が連絡を返すことはなく…。そんな姉に「病気の母親に会ってほしい」と伝えた主人公。姉は旅行中出典:Youtube「Lineドラマ」姉は「ダーリンと旅行中だから母親には会えない」と一言。さらには「旅行の相手は誰でしょう!」とクイズを出してきたのです。問題さあ、ここで問題です。急に連絡をしてきた姉は『まさかの人物』と一緒にいます。それは誰でしょうか?ヒント主人公のよく知る人物です。みなさんは答えがわかりましたか?正解は…出典:Youtube「Lineドラマ」正解は「主人公の夫」でした。姉は「冷静でいられるのは今だけ」と意味深な発言をし…。主人公の夫と浮気していることを楽しそうに報告してきたのです。急な報告に事態が飲み込めず、驚愕してしまう主人公なのでした。姉の驚愕の行動10年ぶりに連絡がきたかと思えば、浮気の報告をしてきた姉。あまりの出来事に呆然としてしまうのも無理ありませんね…。姉と夫の浮気に理解が追いつかない主人公のエピソードでした。※本文中の画像は投稿主様より掲載許諾をいただいています。※作者名含む記事内の情報は、記事作成時点でのものになります。※こちらのお話は体験談をもとに作成しています。(lamire編集部)
2023年11月21日実家に帰省すると、だいたい母の隣に布団を敷く私。そこで気になったのは、母の布団や枕のにおい。後にあることに気付いた私のお話です。気になった母の布団のにおい私は体温が高いほうなので、冬の寒い時期になると母は私に「先にお母さんの布団に入って布団を温めておいて」とお願いされることがあります。母とは仲が良く、母娘で旅行に行くこともあります。特に抵抗もないので、母の寝床を温めるために母の布団に入ったある日、布団や枕のにおいが気になりました。こまめに布団も干しているので、「あれ?」と少し気になる程度でしたが、数日後に洗濯物を取り込んで畳んでいると、今度は母の肌着のにおいが気になったのです。女性にも加齢臭はある私の父や兄は男性特有の加齢臭という認識があったのですが、母も70代となり、やはり女性にも加齢臭があるんだと初めて気付きました。そのあとから、私も自分の体臭が気になり始めました。まとめ男性だけでなく、女性にも加齢臭があるということを知りました。私は汗をかきやすいので、毎日の洗濯でも柔軟剤は香り付きのものを選んでいましたが、加齢臭が気になり始めてからは香りで誤魔化さず、消臭がしっかりできるものを選ぶようになりました。(40代/女性)※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。イラスト/まげよ著者/ウーマンカレンダー編集室40歳を過ぎて心と体の変化に戸惑い、悩むオトナ女子を応援するメディア「ウーマンカレンダー」の編集室です。オトナ女子がおこなっているコスパ良し!時短!ズボラでもできる!リアルなアンチエイジング情報をお届け。医師解説の記事も満載!
2023年11月21日私は23歳のOLです。私の母はシングルマザーでありながら、事故で亡くなった叔父夫婦の娘・マイも私と一緒に育ててくれた素晴らしい母です。母は、まだ10歳にも満たないマイを引き取り、実の子のように育て始めたものの、マイは本当にわがままで常識のない子でした。私のことをバカにしたり、母のことを罵ったり、物を勝手に取る盗み癖がありました。 マイの非常識な結婚相手マイが20歳になったころ、急に「SNSで知り合った、大企業に勤める男の人と結婚することにしたの!」と報告してきました。その男は高学歴で、とてもお金持ちな家柄とのこと。 数日後、母と私に挨拶にきたその男は、「ふぅん…まるで犬小屋みたいな家だね」と私たちを見下してきました。そしてマイは、これから彼とタワマンで新婚生活をスタートさせるとのことで、家から出ていきました。 結婚するから縁を切れ…!?それから数カ月後、マイから「彼の実家で親戚を集めた結婚祝いの食事会があるの」と連絡がありました。「あんたらも来るならちゃんとした格好してきてよ? 親戚みんな美形で全員お金持ちなんだから!」と相変わらず失礼な子です。 その後、彼に電話を代わり「マイと結婚したら、あなたたちが義理の家族になるんですよね。でも、生理的に無理なんで、食事会が済んだらマイと縁を切っていただきたいんですけど」と言ってきました。母も私も、呆れて物も言えませんでした。 お金持ちの親族に無視されて食事会当日、母と私は本当は行きたくなかったのですが、マイに盗まれていたものを返してもらわなければいけなかったので、しぶしぶ行くことに。 いざ彼の実家に行ってみると、親戚たちは母と私をじろっと見ただけで、ろくに挨拶もせず談笑しています。そして食事をしようとすると、彼はリビングの隅っこに置かれた段ボール箱を指差し、「お2人は床でいいですよね?」と言ってきたのです! 「ごめぇ~ん! これしかテーブル代わりに使えるものがなくてぇ」とマイもクスクス笑ってきました。あまりにもひどい対応に頭にきた母と私は、すぐに帰りました。 助けを求めてきても、時すでに遅し数日後、私が母と家で食事をしていると、怒り狂ったマイの夫が家にやってきました。どうやら、マイが男のお金をじゃぶじゃぶ使い、家中の高価なものを盗み始めたというのです。家から物がなくなるので親戚からも責められ、離婚したいと思っているものの、マイは離婚に応じないとのこと。 「お前たち、あいつの家族だろ!? 離婚に応じるように説得してくれよ!」と言ってきました。さんざん私たちを見下してきた人に、今さら助けを求められても、対応しようとも思えません。諦めた夫は、しぶしぶ帰って行きました。 マイがいなくなり、母と私は2人で穏やかな日々を楽しんでいます。これまで母に迷惑をかけてきた分、母には恩返しをしていくつもりです。これまで母に育ててきてもらったのに、恩をあだで返すとは。自分がしてきたことを反省し、人生をやり直してほしいものです。著者:ライター ベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班
2023年11月13日空気が読めず話が飛んでしまう、マシンガントークなのにガールズトークは苦手わが家は母である私・ワッシーナを筆頭に、家族全員が個性いろいろな発達凸凹タイプです。それぞれの特性をキャラクター化しており、動物の顔をしています。私はワシのキャラクターで、よく話が飛んでしまう特性を表現しています。私は14年前、子どもたちが専門家から発達凸凹ではと告知されたことがきっかけで、自身の特性に気づき、工夫をしてきました。Upload By ラクマ/ワッシーナ/ニャーイ天真爛漫な父親との想像遊びの日々。海外でのびのびと育った幼児期Upload By ラクマ/ワッシーナ/ニャーイ私が3歳の時に父親のハワイ大学院への留学が決まり、両親と妹と私の家族4人で現地に移住しました。ハワイでは学生の父が主に子守を担ってくれました。母は外で働いていたのでかかわりが薄かったようです。私の父は子どもをそのまま大人にしたようなタイプで、多動・多弁・多飲・多食でした。父は私たちとよく遊んでくれましたが、遊ぶことにも没頭するタイプだったので、父親というより遊び仲間のような感覚で一緒に過ごしていました。ある日のことです。私は、家や公園でばかり遊ぶ父に「映画を観に行きたい」とおねだりをしました。すると父は「OK!映画館をつくってあげよう」と言いました。私とまだ幼い妹が見ていると、父はおもむろにゴザを取り出しテレビの周りを囲みました。「さぁ、ワッシーナ、来てごらん、映画館だよ」とうれしそうに言います。3歳の私は、これは何だろうと不思議に思いつつ、ゴザの囲みの中に入りました。ゴザの中は暗くて、少しだけ映画館みたいな気分になりました。父はテレビの見慣れた天気予報やニュースに、いちいち感激して喜び、その内容をおもしろおかしくオーバーに説明してくれるので、私と妹はすっかり夢中になってしまいました。オーバーに褒めてチャレンジすることを励ますクラスの雰囲気に個性が輝き出すUpload By ラクマ/ワッシーナ/ニャーイしばらくしてハワイの生活に慣れると、私は現地の幼稚園に通いました。ある日、幼稚園で先生が子どもたちに「片手で上着のボタンを締められる人はいるかな?」と呼びかけました。すると子どもたちは、ものすごい勢いで「ハイ!ハイ!ハイ!」と手をあげて前に出ていきます。どの子どももみんな堂々としていて、自信満々です。ところが、いざボタン締めをやろうとすると、ほとんどの子どもはボタン締めができません。でも先生は「よくチャレンジしたね!」と、子どもたちの行動をオーバーに褒めました。私はその頃、片手でボタン締めができるかどうか分かりませんでしたが、先生からの2回目の呼びかけの時はすぐさま手をあげてチャレンジし、成功することができました。ハワイの幼稚園では、先生たちが元気にオーバーに励ましてくれるので毎日が楽しくてたまらず、私は自分らしさを全開にして楽しんでいました。私のようなタイプには、オーバーすぎるほどの表現がちょうどいい感じだったのです。私のこの時の充実した幼児体験は、4人の子どもたち全員をインターナショナルスクールに通わせる原動力となりました。帰国後、父親を失い、環境の激変に口が利けなくなり周囲から心配されるUpload By ラクマ/ワッシーナ/ニャーイハワイでのびのびと過ごしていた私ですが、そんな状況が一変する出来事がありました。父が急に体調を崩し、家族みんなで帰国することになったのです。しかし、帰国しても父の病状は回復せず、しばらくして亡くなりました。父が亡くなったあと、私は地元の小学校に通い始めましたが、あまりに急激な環境の変化に、どうしても馴染めませんでした。授業では元気よく質問する子どもや失敗する子どもなどおらず、みんな同じように行動するように指導され、とても戸惑いました。私は入学してからひと言も口を利くことができず、先生やクラスメイトたちから話しかけられても言葉を発することができませんでした。その頃は、休み時間になると誰もいない静かな校舎の裏で、一人でじっと座って過ごすことで、すり減った心を充電していました。自宅に帰ると会話をすることができるのですが、どうしても学校で口を利くことができませんでした。母や周りの大人は、そんな私を見て、とても心配していたようです。ある学年末の最終日のことです。ホームルームの時間に担任の先生が、結婚のため学校を辞めてハワイに移住することになったということで、クラスのみんなに別れの挨拶をしました。ホームルームが終わると、私は先生のところに走っていって、話しかけました。家族で買い物をしたハワイのカラカウア通り、父と遊んだ太陽がいっぱいのワイキキビーチなどを夢中で話しました。私は、ハワイに移住する先生に対して、まるで仲間を見つけたような親近感を覚えたのです。これまでひと言も口を利かず、障害があるのではないかと私のことを案じていた先生は、いきなり雄弁になった私を見て、ものすごく驚いたようです。後日、先生は「初めてワッシーナさんの声を聞きました」と、私の母にその時の様子を語ってくれたそうです。私はこのことをきっかけに、少しずつ学校でも口が利けるようになりましたが、あまり会話ができない傾向は小学校の高学年まで続きました。感覚の過敏や独特の表現が誤解され、厳しくしつけられるUpload By ラクマ/ワッシーナ/ニャーイ帰国して再び沖縄で暮らすようになって、私の目の前にいきなり母が登場しました。私を産んだ実の母ですから、ずっと一緒だったはずですが、私の視界には父しかおらず、母は存在していませんでした。母は父とまるっきり異なるタイプでした。一緒に公園へ遊びに行っても、すべり台やブランコで遊ぶのは私一人で、母は離れたところでじっと見ているだけでした。父と一緒に想像遊びをすることに慣れていた私は、母の味気ない対応にものすごく失望しました。母はしつけが厳しく教育熱心で、私の感覚過敏などの特性を受け入れてくれなかったので、ことあるごとに母と衝突を繰り返していました。ある日、母がおろしたての化繊の肌着を着せてくれました。ところが私は化繊独特の匂いと肌触りに悪寒が走りました。すぐさま肌着を脱ぐと床に叩きつけました。「宇宙人に侵略される匂いだ!」と、私は叫んだのです。母は私の言うことが理解できず、わがままだと誤解して、厳しく叱りました。その後、私は思春期を迎えましたが、クラスメイトとガールズトークができなくて、よくトイレに逃げこんでいました。高校では担任教師の無理解からいじめを受け、一年間、不登校になりました。ほかの先生方の好意でレポート課題の提出で成績評価してもらい、なんとか卒業することができました。結婚後は、子どもたちの学校でのトラブルをきっかけに、子どもたちが専門家から発達の偏りを指摘されました。その後、発達凸凹当事者の家族として、療育施設でさまざまなトレーニングを受けました。そのトレーニングを通して、私自身も当事者だと気づき、やっと安心して自分らしく生きられるようになりました。今は、家族で日々楽しみつつ、工夫をしています。工夫は重ねるほど発見が増えて楽しくなるので、家族に喜びがあふれるようになりました。執筆/ラクマ/ワッシーナ/ニャーイ(監修:室伏先生より)ワッシーナさん、ご自身のご経験をお話しくださり、ありがとうございました。ワッシーナさんは、お父様を亡くされるという大きな苦しみや悲しみに加えて、周囲の理解をなかなか得られずにさまざまなご苦労をされ、それらを乗り越えていらっしゃったのですね。特性による困難さというのは、実際に経験していなければ、想像はできても理解したり共感したりということが難しいこともあります。ワッシーナさんは、ご家族の最大の理解者であり、お子様にとって、そのようなお母様がいらっしゃることは最大の強みの一つだと思います。これからも、困難に負けず、喜びと笑顔のあふれるお時間を過ごしてほしいなと、私も応援しております。前の記事はこちら(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的発達症(知的障害)、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症、コミュニケーション症群、限局性学習症、チック症群、発達性協調運動症、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。
2023年11月01日出産に対する恐怖が強かったしおさんでしたが、「無痛分娩」という存在を知り、なんとか出産へ踏み切ることに。さっそく無痛分娩の麻酔について院長から説明を受けたのですが、当日は陣痛を誘発させるために、バルーンを挿入をすると言われ、さらに恐怖が増してしまいます。出産当日。無事にバルーン処置が終わり子宮口が開くと、助産師さんからすぐにお産が進むと言われました。その後の内診で院長から子宮口は6cm開いているのに、赤ちゃんが降りてきていないと言われ、不安が増したしおさん。心を落ち着けようとしていた矢先、隣の分娩室でお産をしていた妊婦さんの緊急手術がおこなわれることに。そのため、急きょその前にしおさんの麻酔施術がおこなわれることになったのです。心の準備ができていないまま麻酔の処置を終えたしおさん。ひと息つく間もなく、子宮口が8cmまで開いてきているからと助産師さんに言われます。30分ほど経過したとき、突然院長が現れ、突然「よしっ! 産ませるか……」と言い出し、いよいよ……!? いよいよ赤ちゃんに会える… うまくいきむことができず、涙が出てきてしまったしおさん。しかし、「そうだ……私母親になるんだ」「赤ちゃんも頑張っているんだ」と自分を奮い立たせます。 すると、妊娠がわかったときのこと、つわりで大変だったときのこと、エコーで子どもの顔を見たときのことなどいろいろな記憶がよみがえってきました。 無事に赤ちゃんに会えると思っていた矢先、院長が言いました。 「こりゃあかん! 頭がお股のところで引っかかってるね」 院長は、もう少し頑張ってしおさんの力で自然に赤ちゃんを産むのか、赤ちゃんの頭を掃除機のようなもので引っ張る吸引分娩かどちらにするか選んでほしいと言いました。 しおさんは限界を感じていたため迷いなく、吸引分娩を選択。 そして時刻は20時。無事に女の子が誕生しました。赤ちゃんは元気に泣いています。わが子を抱いたしおさんは、軽いと感じつつ、あたたかさから命の重みを感じ、号泣。涙が溢れ出ました。 しおさん夫婦にとって特別な日になったのでした。 ◇◇◇ 初めての出産は誰しも不安があると思います。ある助産師さん曰く、経験したことのない痛みなどに不安や恐怖が強いときは、その気持ちをかかりつけの産院の助産師さんに話してみるのがおすすめとのこと。安心して出産できるよう提案などがあるそうです。お話を聞いてもらうだけでも不安や恐怖が和らぐかもしれませんね。 また、不安な気持ちは未知からくることもあるので、事前に陣痛や出産方法などの知識を深めておいたり、出産のシミュレーションをおこなっておくこともよいのだとか。できるだけ落ち着いて出産に臨めるよう、不安や恐怖が強い場合は準備しておくとよさそうですね。 妊娠出産は十人十色。痛いことや怖いことが大嫌いなしおさんでしたが、予期せぬことが起こりつつも、無事に出産を乗り越えることができたようでよかったですね。出産を終え、子育てが始まったしおさん。子育てにもたくさんの大変なことがあると思いますが、今回の感動を胸に刻んで、夫婦で乗り越えながら楽しく子育てができますように。 ※バルーン処置とは子宮口にゴムでできた器具を挿入し、その中に蒸留水など滅菌された水を入れて膨らませ、重さと圧で陣痛を誘発させる処置のこと。監修/助産師 松田玲子 著者:マンガ家・イラストレーター しお
2023年10月31日出産に対する恐怖が強かったしおさんでしたが、「無痛分娩」という存在を知り、なんとか出産へ踏み切ることに。さっそく無痛分娩の麻酔について院長から説明を受けたのですが、当日は陣痛を誘発させるために、バルーンを挿入をすると言われ、さらに恐怖が増してしまいます。そして出産当日。無事にバルーン処置が終わり子宮口が開くと、助産師さんからすぐにお産が進むと言われました。院長がやってきて内診を始めたのですが、子宮口を確認した院長の顔が突然曇ります。院長曰く、子宮口は6cm開いているのに、赤ちゃんが下に降りてきていないとのこと。お産はまだまだかかりそうだと思っていた矢先、隣の分娩室があわただしい雰囲気に……。同時にお産がおこなわれていた人の赤ちゃんが危険な状態で緊急手術をすることになったため、先にしおさんに麻酔を打つと院長が言い始めたのです。 無事に麻酔も終わり、いよいよお産は終盤に差し掛かったのですが、しおさんは……。 うまくできなくて… ※陣痛促進剤は輸液ポンプを使用して投与しますが、マンガでは省略して描いています。 夫にテニスボールでお尻を押してもらうこと30分。再び院長が様子を確認しにきました。 院長は助産師さんと会話をすると、突然「よしっ! 産ませるか……」と言い出します。 呼吸の仕方などを院長から指示されたのですが、うまくできず、しおさんはパニックに。そしてついに泣き出してしまいました。 院長は「ありゃありゃ! 少し落ち着こうか!」と眠くなる薬を投入。 少しして目を覚ましたしおさん。しかし、つらいときずっと側で励ましてくれていた助産師の高橋さんも、すでに帰宅してしまっていました。 しおさんが落ち着いたタイミングでもう一度院長から「もう一回やってみよ! 君ならできる!!」と言葉をもらい、再度いきみます。 そして、助産師さんたちが両側からしおさんのおなかを押します。その助産師さんたちに圧倒され、しおさんは衝撃を隠せませんでした……。 ◇◇◇ 院長から突然「産ませるか」と言葉をかけられたしおさん。呼吸などがうまくできずパニックになってしまったようです。事前にいきむ練習をしていたのに思うようにいかなかったら悔しくなってしまいますよね。初めてのお産はわからないことや、うまくできないことがあるのは自然なこと。あまり自分を責めすぎず、院長や助産師さんの言葉を信じて、もうひと踏ん張り、頑張ってほしいですね。 ※バルーン処置とは子宮口にゴムでできた器具を挿入し、その中に蒸留水など滅菌された水を入れて膨らませ、重さと圧で陣痛を誘発させる処置のこと。監修/助産師 松田玲子>>次の話 著者:マンガ家・イラストレーター しお
2023年10月30日小さいころからとにかく臆病な性格で、痛いことや怖いことが大嫌い。出産に対する恐怖が強かったしおさんでしたが、「無痛分娩」という存在を知り、なんとか出産へ踏み切ることに。さっそく無痛分娩の麻酔について院長から説明を受けたのですが、当日は陣痛を誘発させるために、バルーン処置をすると言われ、さらに恐怖が増してしまいます。いよいよ出産当日。バルーンが子宮口に挿入されたのですが想像以上のつらさに心が折れそうに。エネルギーを蓄えるために昼食をとり、陣痛に耐えていたしおさん。すると突然院長が現れ、人工破膜(卵膜を破って人工的に破水させる処置)がおこなわれました。順調にお産は進んでいると思っていたのですが……。内診で院長から「子宮口は6cm開いているのに、赤ちゃんが降りてきていない」と言われ、不安が増します。そのとき、隣の分娩室でお産をしていた妊婦さんの緊急手術が入り、急きょその前にしおさんの麻酔施術がおこなわれることになって……!? 心の準備ができていない なかなか麻酔を打ってもらえないと待ちくたびれていたしおさんでしたが、いざ麻酔がおこなわれるとなると、再び恐怖が襲いかかってきました。体に力が入るほどに緊張していた次の瞬間。 「はいっ終わったよ!」と院長が言いました。 なんとしおさんは、まったく麻酔の針の痛みを感じなかったのです。 無事に麻酔も効いてきて、しおさんがリラックスしていると、夫がやってきました。夫の顔を見ると、今まで張りつめていた糸が切れて涙が出そうになったしおさん。 ひと息つく間もなく、「子宮口が8cmまで開いてきている」と助産師さんに言われます。それと同時にしおさんは、赤ちゃんが下のほうに降りてきている感覚を覚えました。 その感覚になんとも言えない気持ち悪さを感じてしまったしおさんは、夫にテニスボールでお尻を押すように頼みます。 一度目はタイミングが合わずしおさんは「馬鹿野郎! 今じゃない」と夫に激怒。 次は、夫婦で息を合わせます。「さあ今だあああ」というしおさんの声と共に夫が勢いよくお尻を押したのでした。 ◇◇◇ テニスボールでお尻を押すタイミングが違うなどと、しおさんから注意をされてしまった旦那さん。わからないことばかりで緊張したり、戸惑ったりする場面もあると思いますが、一緒に陣痛を乗り越えるつもりで、しおさんを支えてほしいですね。出産を共に乗り切ることで、夫婦の仲が一層深まっていくといいですね。 ※バルーン処置とは子宮口にゴムでできた器具を挿入し、その中に蒸留水など滅菌された水を入れて膨らませ、重さと圧で陣痛を誘発させる処置のこと。 監修/助産師 松田玲子>>次の話 著者:マンガ家・イラストレーター しお
2023年10月29日小さいころからとにかく臆病な性格で、痛いことや怖いことが大嫌い。出産に対する恐怖が強かったしおさんでしたが、「無痛分娩」という存在を知り、なんとか出産へ踏み切ることに。さっそく無痛分娩の麻酔について院長から説明を受けたのですが、当日は陣痛を誘発させるために、バルーン処置をすると言われ、さらに恐怖が増してしまいます。そしていよいよ出産当日。バルーンが子宮口に挿入されたのですが想像以上のつらさに心が折れそうに。助産師さんの一緒に頑張ろうという言葉に励まされます。そして、無事にバルーンも抜けて子宮口も開き、助産師さんからすぐにお産が進むと言われました。エネルギーを蓄えるために昼食をとり、陣痛に耐えていたしおさん。すると突然院長が現れ、人工破膜(卵膜を破って人工的に破水させる処置)がおこなわれました。その後、お産は無事に進んでいると思われたのですが、内診をした院長の表情が突然曇り始め……。 院長が放った衝撃的な言葉 子宮口が5cm開けば麻酔を打つと説明を受けていたしおさん。 しかし、6cm開いてもなかなか麻酔を打ってくれる気配はなく、しおさんはただただ痛みに耐えていました。 院長がやってきて内診を始めたのですが、子宮口を確認した院長の顔が突然曇ります。院長曰く、子宮口は6cm開いているのに、赤ちゃんが下に降りてきていないとのこと。 その事実を知ったしおさんは驚きつつも、赤ちゃんがまだ自分のおなかの中にいたいのではないかと想像しました。 しおさんは、少しでもリラックスできるよう、眠くなる薬を入れてもらったものの15分ほどで目が覚めてしまい、再び陣痛に耐えることに。友人に連絡をして出産の実況をするなどして、陣痛の痛みから少しでも意識をそらせるような工夫をしていました。 そんなとき、隣の分娩室があわただしい雰囲気に……。しおさんが助産師さんに何があったのかと尋ねると、同時にお産がおこなわれていた人の赤ちゃんが危険な状態なのだと話してくれました。 すると、突然院長がしおさんの元へやってきて、「ちょっと隣の人が緊急手術することになったから、今しおさんに麻酔打っちゃうから!」と言ったのでした。 ◇◇◇ 子宮口は開いているのに赤ちゃんが降りてきていないと知ったしおさん。お産は無事に進んでいくと思っていたので、不安になってしまうのも無理はありませんよね。その後、陣痛の痛みを紛らわせるため、友人に連絡をして出産の実況をしていたようです。つらい痛みが続くとそのことばかりに意識が集中しがち。しおさんのように誰かに自分の気持ちを聞いてもらうなどして痛みから気をそらすだけでも、心に余裕が持てるのかもしれませんね。 ※バルーン処置とは子宮口にゴムでできた器具を挿入し、その中に蒸留水など滅菌された水を入れて膨らませ、重さと圧で陣痛を誘発させる処置のこと。監修/助産師 松田玲子>>次の話 著者:マンガ家・イラストレーター しお
2023年10月28日私と妹は絶縁状態。高校時代、妹に私の彼氏を奪われたことをきっかけに、私は家を出ました。私は父とは良好な関係を築いていたのですが、妹に肩入れする母には不信感を抱いていました。ある日、絶縁状態だった妹から「婚約者もらうね♡」というメッセージが届いて―!?私の婚約者が超一流企業の高給取りであることを知った妹は、「お姉ちゃんは今回もおとなしく私に彼をくれれば良いのよw」などと勝手なことを言い出しました。 懲りない妹妹は高校時代、私の彼氏とこそこそ会っては、「お姉ちゃんが小さいころから陰湿ないじわるをしてくる」と嘘の相談を持ちかけ、私の彼氏を略奪していたのです。そのことに気付いた私は、妹とは高校卒業と同時に縁を切って家を出ました。 また同じことを繰り返すつもりでいる妹に、私はきっぱりと「もう関わらないで」と言いました。 10分後――。 自分の情報を漏らしたと思われる母に連絡をとりました。すると母は……。 「実の姉妹なんだから知る権利がある」「高校時代の彼氏を奪われたことを今でも根に持っているなんて心が狭いわよ」と、妹の肩を持ち続けたのです。 さらに、「あの子の方が妻にふさわしいから、あなたの婚約者をあげるのはどうかしら?」「あなたより先にあの子に結婚してほしいのよ」などと、とんでもないことを言い出します。 あまりの横暴さに、「お母さんが妹のためになんだってするのは勝手にして。ただ私を巻き込まないで!」「彼にも何かしたら、たとえ母親だとしても許さないから!」と叫んでしまいました。 妹の隣にいるのは…?4カ月後――。 妹から海の写真とともに「おめでたい報告があるよ~」「私妊娠してね、子どもが生まれることになったの」と、驚きのメッセージが送られてきました。「ママも可愛い孫を心待ちにしてくれてるし」「ベイビーとお姉ちゃんの婚約者と新婚旅行中♡」「夫なら私の隣にいるけど?」「え?」 私の婚約者とともに、ハワイで旅行を楽しんでいるつもりだった妹。しかし、私はすでに入籍しており、夫は私の隣にいるのです。そして夫は、私の妹には一度も会ったことがないと言っているのでした。 パニックになった妹は、一緒にハワイに来た男性とのツーショット写真を私に送ってきました。そこに写っていた人物を見て私は驚愕しました。 それは、私の夫の兄、つまり義兄だったのです……。 義兄は既婚者妻子持ちで、義兄の妻は現在2人目を妊娠中。私は妹に「一番やっちゃいけないことやってるわよ」と苦言を呈しました。 すると妹は「ママが渡してくれた連絡先に連絡しただけだもん!」と責任転嫁。罪悪感のない様子に呆れ、「義兄が妻と離婚するというのなら、慰謝料をちゃんと払いなさいよ」「もともと私のパートナーを奪うつもり満々だったわけだし、私は助けないからね」と告げました。 共倒れする母と妹1カ月後――。 義兄の妻から慰謝料を請求された妹。「妹を助けてあげてちょうだい!お姉ちゃんでしょう!」と母から虫の良すぎるメッセージが届き、一笑に付しました。 「お母さんが助けてあげれば?」と私が言うと、「もうお父さんに内緒で使えるお金はないのよ!」と切羽詰まった様子。 父は大学を卒業して就職することを条件に、大学入学と一人暮らしを妹に許していたのでした。しかし、実際のところ、妹は大学を中退し、フリーターに。父が学費として渡していたお金は、生活費になっていたのです。 「これ以上わが家からお金は出せない」と嘆く母に、「今、結婚式のスピーチの打ち合わせのために、お父さんと一緒にいるんだよね」と伝えました。「今までのこと言わないわよね?!」と焦り出した母。私は「お母さんはあの子の味方なんでしょ?私はお父さんの味方だから」と返しました。 1週間後――。 パニック状態の妹から、「義兄と連絡が取れない」と助けを求めるメッセージが届きました。浮気がバレた義兄は妻との関係修復のために奔走中だったのです。実は妹のおなかの子どもは義兄の子ではなく、それを知った義兄は妹との連絡を絶つことに決めたのでした。 妹のおなかの子どものことをバラしたのは母でした。妹をあからさまに贔屓したり、妹のために家のお金を勝手に使ったりしていた母は、夫から離婚を突き付けられ、夫からの質問に正直に答えていました。そのなかで、妹のおなかの子の父親が誰だかわからないことも話していたのです。 父親のわからない子どもを妊娠した妹が、1人で子どもを育てるのは無理だからと、母と妹は、私の夫の略奪を計画していたことがわかりました。もはや母を頼れなくなった妹ですが、「お姉ちゃんがちゃんと自分の旦那を紹介しなかったから!」と、一切自分の非は認めませんでした。 私は妹の連絡先をブロックすることを決意しました。そして妹に、「せめておなかの子どもにだけは迷惑をかけないように、自分の行動の責任は自分でとりなさい」「大人として、親として、子どもに恥じないように生きなさい」と諭しました。「ちょっとお姉ちゃん!」と妹は焦っていましたが、最後に「変わるなら今しかないからね」と伝えてブロックしました。 母親があからさまに贔屓した結果、「姉のものは奪っていい」という考えになってしまった妹。産まれてくる子どものためにも、これからは心を入れ替えてほしいですね。 人気のマンガをまとめて読む▶著者:ライター ベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班
2023年10月28日小さいころからとにかく臆病な性格で、痛いことや怖いことが大嫌い。出産に対する恐怖が強かったしおさんでしたが、「無痛分娩」という存在を知り、なんとか出産へ踏み切ることに。さっそく無痛分娩の麻酔について院長から説明を受けたしおさん。また当日は陣痛を誘発させるために、バルーン処置をすると言われ、さらに恐怖が増してしまいます。いよいよ出産当日。陣痛を誘発させるためにバルーンが子宮口に挿入されたのですが、想像以上のつらさで心が折れそうに。助産師さんの一緒に頑張ろうという言葉に励まされていました。バルーンを挿入してから1時半ほどたつと、生理痛のような痛みが出てきました。だんだんと痛みが増して悶絶するしおさん。すると3時間後、股に新たな違和感が。なんと挿入したバルーンが抜けていたのです。子宮口が無事に開いたということで、助産師さんがどれくらい開いたか確認してくれることに。 バルーンが終わって余裕を感じていたしおさんですが、そんなしおさんのところへ、器具を持った院長がやってきてー!? 再び襲ってくる恐怖 ※病院食以外の飲食については、病院スタッフに確認しましょう。 ※誤)人口破水 → 正)人工破膜※人工破膜は、赤ちゃんを包んでいる卵膜を人工的に破り、お産を進めるためにおこなわれます。その際、医療器具を用いますが、痛みを伴うことはありません。 しおさんの子宮口を確認した助産師さんが言いました。 「すごいです!! もう子宮口6cmも開いています」「とても柔らかいです! これはすぐにお産も進みますよ!」 突然の内診グリグリに衝撃を受けたしおさんではありましたが、助産師さんから褒め言葉をもらい、自己肯定感アップ! もう麻酔を打ってもらえるのだろうと、出産に余裕が出てきます。 食後に陣痛が強くなりましたが、助産師さんから指導してもらった腰を揺らす体操を実施するなど前向きに頑張っていたしおさん。 そこへ……。「しおさんこんにちは!」と院長がやってきました。前回バルーン処置で怖い思いをしたしおさんは、院長を見た瞬間ドキッとして固まりました。 すると、何やら鋭利な医療器具を出し、人工破膜によって破水させると言い出します。その器具を見たしおさんは、再び恐怖に襲われます。 しかし、実際に人工破膜をしてみると……。 「あったか~い」 痛みはなく、むしろ気持ちがよくて思わず目を閉じてしまうしおさん。 その後、お産は進み、陣痛も加速。しおさんが自宅に待機していた夫に「陣痛なう」とメッセージを送ると、「俺も緊張しておなか痛くなって、トイレこもってた」と返信が……! しおさんの夫は家でしおさんとおなかの赤ちゃんのことを心配し、緊張していたのでした。 ◇◇◇ 人工破膜を無事に終え、旦那さんに連絡をとったしおさん。旦那さんも、赤ちゃんがいつ生まれるのか、おなかが痛くなるほど緊張していたのですね。しおさんに、旦那さんの想いが伝わった気がします。つらいとき、家族からの応援メッセージは何よりの励みになりますよね。家族や病院のスタッフさんみんなで無事に出産を乗り越えてほしいですね。 ※バルーン処置とは子宮口にゴムでできた器具を挿入し、その中に蒸留水など滅菌された水を入れて膨らませ、重さと圧で陣痛を誘発させる処置のこと。監修/助産師 松田玲子>>次の話 著者:マンガ家・イラストレーター しお
2023年10月27日小さいころからとにかく臆病な性格で、痛いことや怖いことが大嫌い。出産に対する恐怖が強かったしおさんでしたが、「無痛分娩」という存在を知り、なんとか出産へ踏み切ることに。しかし、無痛分娩はまったく痛みなく出産できるのだと勘違いをしていたしおさん。医師から麻酔を打つ前に陣痛を経験すると言われ、不安でいっぱいに……。また、麻酔のことや出産当日の処置内容などを聞き、しおさんの恐怖はさらに増してしまいます。そのため、入院の前日は一睡もできませんでした。いよいよ出産当日を迎えたしおさん。陣痛を誘発させるため、バルーンが子宮口に挿入されたのですが、想像以上のつらさで心が折れてしまいそうに。助産師さんからの励ましの言葉もあり、また前向きにお産と向き合い始めたのですが……。 バルーンが抜けたと思ったら、しおさんは助産師さんのある行動に衝撃を受けることにー!? 股に新たな違和感が…※マンガでは省略をしていますが、実際には、陣痛誘発時には胎児心拍などをモニタリングするための分娩監視装置を装着します。 バルーンを子宮口に挿入してから1時間半が経過したころ。生理痛のような痛みなので余裕を感じていたしおさん。 しかしさらに30分が経過すると、激しい痛みにしおさんは悶絶してしまいます。 助産師さんから「頑張ってください!」と励ましの言葉を受け、分娩台を殴ったりしながらなんとか痛みに耐えていました……。 するとバルーンを挿入してから3時間後。しおさんは股に新たな感覚を覚えます。 助産師さんに確認をしてもらうと、なんとバルーンが抜けていたのです。 そしてそのまま、子宮口がどれだけ開いているのか、助産師さんに確認してもらうことなったのでした。 ◇◇◇ しおさん曰く、このとき担当してくれた助産師さんがいたからこそ、最後まで弱気にならずに頑張れたそうです。不安との闘いの中、何度も出産の現場に立ち会っている人たちの存在はとても大きいもの。ここまできたら、助産師さんや医師の言葉を信じてお産に臨みたいですね。 ※バルーン処置とは子宮口にゴムでできた器具を挿入し、その中に蒸留水など滅菌された水を入れて膨らませ、重さと圧で陣痛を誘発させる処置のこと。監修/助産師 松田玲子>>次の話 著者:マンガ家・イラストレーター しお
2023年10月26日このマンガを描いているみたんさんの妹・コツママの出産レポです。陣痛が始まって4日、妻の苦しむ姿を見て、陣痛促進剤を検討してほしいと夫が医師に相談しました。「陣痛促進剤を使用する促進分娩にはリスクが伴うので、スタッフの少ない土日はおこなわないことにしている」と医師は説明。陣痛促進剤の使用は明日の先生にお願いしよう、今日はなんとか頑張ろうとコツママは心に決めます。ですが、気分は落ち込み……、そんなときに助産師の姉・みたんさんが病院にやってきました。面会にやってきた姉のみたんさん。負のオーラを放っているコツママ、目の下にクマを作っている夫のTくんを見て、これはヤバイ……と状況を察知します。みたんさんはコツママの話に耳を傾け、時に同調し、時にアドバイスをしつつ、わずかな時間を過ごしました。姉との面会が気分転換になり、精気が戻ったコツママ。ですが、その日の夜、赤ちゃんの心音が下がっていき……。 へその緒が圧迫されている!? 赤ちゃんの心音を見ていた助産師さんが、焦った様子でコツママの病室にやってきました。へその緒が圧迫されている可能性があり、赤ちゃんの心音が下がっていること、状況によっては帝王切開になる可能性もあることを伝えられました。コツママは突然のことに動揺しつつ、おなかの赤ちゃんが心配に……。 助産師である姉・みたんさんに電話をすると、「帝王切開になったとしても赤ちゃんのためと思って頑張りな!」と励まされました。こればかりはどうなるかわからない……先生や助産師さんを信じて自分ができることをやろうと決心。座ったり立ったりと姿勢を変えていくとへその緒の圧迫がとれる可能性があると言われ、Tくんと一緒に体勢を変えていきます。繰り返すうちに心音が下がらなくなり、ひと安心。 そして陣痛が始まって5日目の朝、診察を受けると子宮口の開きは6cm。自然経過を進められますが、コツママは「陣痛促進剤を打ってほしい」と訴えます。夫のTくんがこれまでのコツママの状況を説明。医師が陣痛促進剤の使用を決めました。 赤ちゃんの心音が下がっていると言われて焦りますが、2人で協力してなんとか乗り越えました。夫がこれだけ寄り添ってくれると心強いですよね。5日目の朝を迎え、陣痛促進剤を使うことになったコツママ。いよいよ出産となるのでしょうか……。 監修/助産師 松田玲子 著者:マンガ家・イラストレーター みたん
2023年10月26日結婚当初はわりと体型が細身だった私。2度の出産を終えてぶよぶよに太ってしまいました。自覚はあったものの、夫の言葉はそれはショッキングなものでした……。夫の衝撃的な言葉育児や仕事のストレスに追われていた私は、甘い物を食べ過ぎて知らないうちにどんどん太っていっていました。ある日、それを見兼ねた夫から、「おばさん体型過ぎて妻として見てられない」「昔の体型に戻ってほしい」と言われてしまいました。育児も家事もせず家でダラダラしていても痩せている夫、一方で必死に仕事や育児や家事で忙しいのにどんどん太っていく私……。なんだか悲しくなってしまいました。 夫の「妻として見てられない」との一言はひどいと思いましたが、私自身太り過ぎた自覚はあったのもあり、おかげでダイエットを決意することができました。今は甘いものをとるのを控えるようにしています。今後、ストレス発散も兼ねて、私が運動する時間を確保できるよう、これを機に夫に家事や育児をやってもらいたいと相談しようと思っています。 作画/いずのすずみ著者:並木優子20代、二児の母。現在は医療機関で働きながら副業で執筆をおこなう。
2023年10月26日