2018年7月20日 18:00
両親の死と直面。映画『悲しみに、こんにちは』が描く少女の再生物語
というのも、私がこの経験をしたのは6歳のとき。幸いなことに私を取り囲む環境は、必要であればいつでも話を聞いてくれるオープンなものだったので、脚本を書き始めたときにはすでにこの問題を乗り越えることができていたんです。
ただ、つらかったことは、小さかったこともあり、実際の母親を覚えていないこと。だから、思い出したくても思い出せず、自分のなかに母のイメージがないというのは、悲しいことだなとは思いました。
―映画の前半ではフリダの両親や病気については、説明をせずに描いていますが、そこには母親の記憶がないという監督の心境も反映されているのでしょうか?
監督
それよりも、私にとってはこの映画を母親の死後から始めるということのほうが大事でした。なぜなら、そこを境にフリダの新しい生活が始まっていくことを描きたかったからなんです。つまり、「喪失」という部分に重きを置くのではなく、「新しい生活への適応」という部分を見せたいと思いました。
それに、子どもというのはつらいことは忘れてしまうので、母が亡くなったことよりも、そのあとのことのほうがよく覚えているんです。
だから、私にとって1993年の夏というのは喪に服していた寂しい時期というよりも、新しい家族に溶け込むために努力していた前向きな意味を持つ時期だったと思っています。