2019年1月16日 19:20
作家・柴崎友香が綴る“チョコ”エッセイ『チョコレートのある世界』
子供みたいに手や顔をべたべたにして食べたい誘惑にかられたりもする。
ずっしり重みがあるチョコレートケーキも忘れてはならない。さんざんおいしいごはんを食べて満腹なのに食後のデザートを選ぶとき、よりによってあのほとんど黒に近い密度の高い一切れを選んでしまうのはなぜなのか。しかし運ばれて来たそれは、選択が正しかったことを毎回必ず実感させてくれるのだ。
家にいるときは甘いものはたまにしか食べないのだけど、仕事をしているあいだは違う。特に小説が佳境にさしかかって、ここでがんばろう、というときに、いちばん「効く」のはチョコレートだ。
ひとかけら口に入れると、充電という言葉がふさわしいくらい、そのほろ苦い甘い塊が融けて体内に入っていくのが感じられる。普段ならほんの二、三かけでじゅうぶんなのに、仕事をしているときはついつい、食べてしまう。
脳がエネルギーを欲してるのだなあ、と思う。その疲労感も、チョコレートのためにある気もする。
チョコレートだけが。
ゆったりした憧れも、懐かしさも、ちょっとうしろめたい快楽も、繰り返しの毎日の中の小さな楽しみも、みんな味わわせてくれる。
チョコレートだけがいつも特別だから、わたしは箱の中に一粒、そのしあわせを取っておきたくなる。