くらし情報『失恋の残りもの (18) 貝殻』

2015年8月24日 10:30

失恋の残りもの (18) 貝殻

ひげ剃り、歯ブラシ、靴下。それらのものも捨てた。見たくなかったし、終わったことを自分にわからせなくてはいけないと思った。彼の生活に関わるものがある限り、「また前のように、何事もなかったかのように、この家に来てくれるのではないか」という希望を捨てられなかったから、ものを捨てたのだ。

それは、自分から希望を捨てるようなことだった。捨てたくなんてなかったけれど、その希望にしがみついていたら、もっと大きな希望を失うかもしれない。陸子にとっては、自分を守るための必死の選択だった。それでも、もう自分の道具としてもすっかり手になじんでしまったあの爪切りだけは、捨てることができなかった。
欠けた小さな白い貝殻も。

気分転換のために始めた模様替えの手を止め、陸子はチェストの引き出しの奥から、ガラスケースに入れた貝殻を取り出した。貝殻の欠けた部分に、拾った爪のかけらを合わせてみる。全然合わない。合うわけがないのに、合わせてみる。そんなつまらないことでも、直己がいれば、一緒に笑う起爆剤になった。

あんなに大きかった笑い声が、今はどこか遠くから聞こえるさざ波のように遠くにしか思い出せない。笑い声を止めてはいけないのだ。

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