くらし情報『失恋の残りもの (18) 貝殻』

2015年8月24日 10:30

失恋の残りもの (18) 貝殻

白くて小さな貝殻で、ちょうど直己の親指の爪と同じくらいの大きさだった。

「切りすぎた直己の爪みたいじゃない?」と陸子が言うと、直己はいつものように、腹から響くような声で笑い出し、「じゃあこれは、切りすぎた俺の爪の標本として大事に保存してくれよ」と言い出した。陸子が手頃なガラスのケースを見つけてきて、それらしく飾ってやると、直己はまたそれに大笑いしていた。他人に話しても、何が面白いのかまるで理解されないようなことを笑いあう仲だった。

些細な意地の張り合いで、どちらかが笑い声をあげるのをやめたとき、終わりが始まるのだ。そして、二人の間でだけ通用していた笑いや、二人にしかわからない言葉は、どこにも記録されず、どこにも行かず、ただ消え去ってゆく。

とっくに消え去ったと思っていたその存在が、チェストの下に眠っていて、不意に陸子の足の裏をチクリと刺したのだった。

別れてから、直己のパジャマは簡単に捨てることができた。
簡単に、というよりは、そこに彼の身体の大きさや、身体の匂いがしみついているような気がして、つらくて見ていられなかった。不意に視界に入ると、ビクッとした。感情を揺さぶるものが家の中にあるのが怖かったから、無理やり追い出すようにして捨てた。

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